「色柄を持たないパンツはく山崎すぐると、彼の担任の中村大悟」
〜 すぐる・大学時代編 〜
番外編01 1985年、米田助教授の《 代数学2 》
1.幼児同然の《 しつけ 》
1985年4月8日月曜日の朝。2年生に進級した理学部数学科の中村大悟は、悠々と講義室へ向かっていた。今日から講義が始まる。前期の月曜日の1限目は代数学である。1年生の時の《
代数学1
》は、大悟にとっては楽勝の科目であった。他大学から来ている若い非常勤講師が担当で、講義の出席もとらず、試験は何でも持ち込み可能なうえに易しい問題だったのだ。したがって、大悟をはじめとして多くの学生の出席率は芳しくなく、それでいて成績は“優”が付く者が多かった。
現在時刻は9時10分。1限の開始からすでに10分が経過している。大悟は小さなあくびをしてから、講義室の扉を開けた。その瞬間、大悟の眠気は一気に吹き飛ぶこととなった。扉の向こうには、大悟が想定していたのとは大きく異なる光景が繰り広げられていたからだ。
まず、教壇の上には、昨年度教わっていた若い講師は立っていない。代わりに、よく知らない中年の口ひげをたくわえた先生が、腕組みをして仁王立ちしている。そして、その横には十数名の男子学生が、俯いて正座しているのだった。
先生は、大悟が入室してきたのを見るや、
「君!こちらへ来たまえ!」
と、威厳のある声で呼び寄せた。大悟は、神妙な顔つきで少し歩を早めつつ、教壇で仁王立ちしている先生のところへと出頭した。
「私が《 代数学2 》を担当する、米田圭之介だ。君の名前は?」
「な……、中村……大悟です……」
「中村大悟君。よし、覚えておこう。君も、彼らと並んで正座したまえ」
これが、米田と大悟の出会いとなった。米田に指示されたとおり、大悟は一列に並んで正座している学生の列に加わった。
米田助教授は、咳払いを一つすると、講義室に集まった学生たちに向かって話し始める。
「研究のための3年間のアメリカ留学を終え、また帝都理科大の学生諸君とともに、代数学を学ぶこととなった。大学は最高学府。君たちの意欲的な学究に期待したい。私も、君たちに負けないように精進していく。切磋琢磨していこう。」
ここまで明るい口調で言い終えると、米田は厳めしい表情をつくり、語調を強めて話を続けた。
「しかし、初回にして残念ながら苦言を呈さなければならない。ここに十名以上の者が正座している。この講義の開始時刻は午前9時。然るに、その時刻を過ぎて悠然と講義室に入ってきたのが彼らだ。一番奥にいる、中村大悟君にいたっては、10分も経って現れるという有様だ。君たちは、これまでの家庭教育や学校教育で何を学んできたのだろうか」
米田は正座している学生の前へ移動すると、手前の学生から順に問いかけた。
「君は、《 基本的な生活習慣 》として何が大切だと、ご両親や先生から学んできたかね?」
「……物を大切にすることです」
「なるほど。君は?」
「……約束を守ることです」
「なるほど。君は?」
「……早寝早起きです」
「なるほど。君は?」
「……礼儀を守ることです」
「なるほど。君は?」
「……挨拶をきちんとすることです」
「なるほど。君は?」
「……時間を守ることです」
再び元の位置へもどった米田は、言葉を継ぐ。
「どうやら、君たちはまだまだ《 基本的な生活習慣 》を身につけられていないようだ。悲しいが、自律できる学生の水準にはほど遠く、まだまだ《 しつけ 》の必要な幼児に過ぎないと言わざるを得ない。さあ、全員起立して、黒板の桟に手を突きなさい」
学生たちは、幼児に過ぎないと断言されてしまった屈辱感と、突然の指示への戸惑いから、そのまま動かずにいた。
「どうしたのかね。早く立って、黒板の桟に手を突きたまえ」
再び促されて、ようやく学生たちは立ち上がり、黒板の桟に手を突いて一列に並んだ。
「ズボンを下ろして、尻を出す。君たちの多くが、ご両親から受けた経験があるだろう、お尻ペンペンのしつけだ」
大学生にもなって、他の学生たちも見ている前でズボンを下ろして尻を出さなければならない。まさに、幼児扱いの、屈辱的な指示であった。お尻ペンペンという語の持つ、どことなくユーモラスな響きもまた、彼らの羞恥心を増大させた。
顔を紅くした学生たちが、ベルトをゆるめてズボンを下ろしていく。グンゼやBVDの真っ白なブリーフに覆われた尻がずらりと並び、しつけの一打を待つ態勢が整った。
米田は、教卓の上に置かれていた50cmの竹製ものさしに手を伸ばす。その根元を右手で握ると、シュッと音を立てながら素振りを二度行った後、最初の尻の後方へと向かった。
《 しつけ 》は無言のまま執り行われた。誰も声を上げる者はなく、ただピシャッとものさしが尻を打つ音だけが、講義室に響く。米田のものさしの扱いは上手く、どの学生の白ブリーフの双丘に対しても、その山頂付近をしっかりと打つのだった。
ピシャッ
ピシャッ
ピシャッ
しだいに、その音が近づいてくるのを耳でとらえながら、大悟の胸の高鳴りは強まる一方であった。もちろん、すでに白ブリーフの中の一物は硬くなり、フロント部分に大きな石ころを入れたかのようになっていた……。
隣の学生の《 しつけ 》も終わり、いよいよ大悟の番となった。
真後ろに米田が立ち、ものさしを構える。大悟の緊張は最大となり、顔はますます紅潮していた。やわらかに手首のスナップを利かせながら、振り下ろしたものさしは、他の学生の場合と同じように、大悟の真っ白なブリーフに覆われた逞しい双丘の山頂を、勢いよく打ち付けた。快音一番、ピシャッッと鋭い音が響き渡る。大悟は、思わずよがり声を上げそうになったが、必死で堪えた。しかし、白ブリーフのフロント部分には、新たなシミが1つ作られていた……。
「中村くん、君は仕上げにもう一発だ」
米田はそう言うと、再びものさしを構え、やはり手首のスナップを利かせて大悟の双丘を襲撃する。今度は、先ほどよりもやや下側にピシャッと決まった。
厳粛な《 しつけ 》の執行がすべて終わり、しばらくの静寂の後に、米田の指示で学生たちは速やかにズボンを上げ、ようやく席へ戻ることを許された。
2.講義の規律
米田は講義を始める前に、学生が守るべき規律についての説明を行った。当然のことながら、講義中の私語や居眠り,飲食などは御法度である。一度目は口頭での厳重注意と、竹ものさしでの《 しつけ 》の対象となる。それで改善されない場合には、退室が命じられ、基本的には二度と講義を受講することは許されない。もし必修の科目だった場合、単位が取得できず卒業できないこととなる。学生にとっては、一大事である。
ゼミ形式で行われる場合、特に発表者は綿密な準備を行う必要があった。十分に内容を理解し、自分なりに咀嚼した上で発表することが求められ、ある程度の質問にも難なく対応できなければならなかった。もし、理解が表面的なものにとどまっていたり、基礎的な質問にすら答えられないような事態となると、大目玉を喰らうこととなる。そして、たいていは発表がやり直しになるのである。
ゼミ形式でなくても、油断はできない。米田は講義中によく学生を指名するので、いつでも問に答えられるように集中している必要がある。予習や復習も万全にしておかなければならない。特に、既習の事項を確実に理解していない場合には、叱責を受けることになる。
遅刻に関する規律は特徴的であった。
「私の講義は、定刻主義で行う。1限目であれば、午前9時きっかりに講義を開始する。そのためには、午前9時きっかりに到着していては遅い。午前9時には着席し、テキストやノートなどを開いているように」
講義開始のチャイムが鳴ると同時に講義室に入ってくるのは、米田の基準でいけば遅刻となる。遅刻者には、やはり《 しつけ 》が待っている。これも回数が重なると、受講が認められなくなり、単位が取得できなくなる。
このような厳しさには、もちろん米田の意図があった。基礎的な力をつけたいということ。社会性をしっかり身につけさせたいということ。逞しく生きていけるように自我を鍛えたいということ。自らが《
壁 》となり、父性的な指導に当たる。米田の教育者としてのポリシーがそこにあった。
アメリカ留学前の米田も、やはり一貫して厳しい姿勢で学生の指導に当たっていた。在学時には米田のことを疎ましく思う学生も多かった。米田と学生が衝突することもあった。だが、帝都理科大学・理学部・数学科のOBの多くは、卒業してから長い年月が経っても、米田を師として仰いでいた。たまに、すでに企業のエリートサラリーマンになったOBが、米田を訪ねてくることもあるのだ。
3.ラグビー部の朝練習
1985年4月15日、またまた月曜日の朝である。大悟の所属する、帝都理科大学ラグビー部では、週に2回ほどの割で朝練習を実施している。今日も、午前8時から午前8時45分まで続いた練習が、つい先ほど終わったところだ。
大悟は、仲の良い2年生部員の高津信之と小本孝と三人で連れ立って、更衣室とシャワールームのあるクラブハウスへと向かっている。おそろいのラグビージャージとラグビーパンツは、ほどよく汗と砂で汚れている。もちろん3人とも、ラグビーパンツの下は白ブリーフだ。尻の部分には、ブリーフラインくっきりと浮かんでいる。
物理学科の高津が、黒縁の眼鏡を押し上げながら、こんなことを言う。
「相変わらず、大悟のスクリューパスは軌道がおかしいと思うな」
言われて大悟は、少しムッとしながら応ずる。
「別に、普通に投げたらああなるんだよ」
「どういう力のかけ方したらあんなことになるのか、俺は不思議で仕方ない。なあ、孝」
「それはもう、物理学科の信之が解析するしかないんじゃないか?」
地質学科の小本は、山男のような大柄の体躯を揺らして笑いながらそんなことを言う。すると、大悟もそれに乗っかって、
「おお、それがいいそれがいい。結果を楽しみにしてるからな! 検算くらいはしてやるぞ」
と、今度はニヤニヤしながら言うのだった。
もちろん、大悟も小本も冗談のつもりであった。しかし、高津は真に受けていた。腕組みをして、とがらせた口で何やらぶつぶつとつぶやきながら、研究題目『中村大悟のスクリューパスの軌道に関する解析』に挑む方針を模索し始めていたのだった。
シャワールームの前に着いた3人であったが、あいにくシャワーはすべて塞がっていた。すでに順番待ちの学生もおり、しばらく時間がかかりそうであった。すでに時刻は8時53分。1限目の開始が、7分後に迫っている。
大悟は少しずつ焦り始めていた。間の悪いことに、月曜日の1限目は、あの米田助教授の代数学2なのである。
「信之と孝は、1限は大丈夫なのか?」
「統計熱力学だから、多少遅れていっても大丈夫だな」
「1限は岩石学だけど、今日は休講になってる」
「おお、そっか…。俺は、代数学なんだけど、遅刻するとちょっとやばいことになるんだよな…」
高津と小本は、不思議そうな顔をしている。いったい何が“やばい”のか、具体的なところは大悟が話さなかったので、結局分からないままであった。
そうしている間にも時間は過ぎ、8時56分となった。もう順番は回ってくるが、今からシャワーを浴びていたのでは確実に間に合わない。
「お、俺、もう行くわ! また夕方の練習でな!」
そう言うと、大悟は慌てた足取りで更衣室へと向かった。扉を開けると、着替えをする時間的余裕ももはや無いと判断して、ラグビージャージとラグビーパンツのまま、鞄だけを手に颯爽とランニングを始めるのだった。
4.ギリギリ滑り込み……
8時59分30秒、教壇に立った米田は、着席している学生の数を数えていた。代数学2の受講生は56名だが、何度数えても55名しか居ない。
(今週もまた、遅刻者が出てしまうようだな……)
9時になり、1限目の講義開始を告げるチャイムが鳴り始める。
♪ キーンコーンカーンコーン
♪ コーンカーンキーンコーン
♪ キーンコーンカーンコーン
♪ コーンカーン「キ」
ここまで鳴ったところで、講義室後方の扉が勢いよく開いた。猛烈なスピードで1人の青年が入ってくる。ラグビージャージとラグビーパンツ姿で、鞄を引っ提げて、座席めがけて突進していく。
♪「キ」ーンコーン
チャイムが鳴り終わったとき、その青年 -もちろん中村大悟である- は、座席に着席していた。もっとも、テキストやノートや筆箱などは、鞄の中に入ったままであった。
「中村大悟くん、前へ来なさい」
しばらくの静寂の後、落ち着いた威厳ある口調で、米田が告げた。
(やっぱり呼ばれたか…。それに、米田さんに名前バッチリ覚えられてるんだな…)
「ギリギリ滑り込み、アウトだ。朝は、ラグビーで汗を流していたのかね?」
「はい……。朝練習の日だったので……」
「それは感心なことだ。熱心にスポーツに打ち込む若人の姿が、私は好きだからね」
「はい……」
「だが、勉学もまた大切だ。それを忘れてもらっては困るよ。先週も言ったとおり、私の講義は定刻主義。君以外の学生は、5分前には集合して、準備を整えておった」
「はい。以後は気をつけます……」
「うむ。では、今日も《しつけ》だな」
大悟は静かに黒板の前へ歩いていき、桟に手を突いた。しかし、米田はそちらへ向かうことはなく、椅子に腰掛けてしまった。
「今日はこっちへ来なさい」
椅子に腰掛けた米田は、自分の膝をポンポンと叩きながら、そう指示するのだった。それの意味するところは、言わずもがなであった。幼い頃から、いったい何度、父親の悟に膝の上で、目と尻を腫らされてきただろう。あの独特の香の薫り漂う和室と、大学の講義室という違いはある。しかし、大悟は、かつて父の部屋へ呼ばれて叱られた日のことを、明瞭に思い出していた。
「後で、父さんの部屋へ来なさい」
そう言われると、いつも憂鬱だった。廊下をとぼとぼと歩いていき、書斎の前で呼吸を整えてからふすまを開ける。どしっと座っている父の威厳は、今でも思わず背筋が伸びるほどだ。最後に尻を叩かれたのは、高校生の時だった。参考書を買うために渡された金を、全部遊びに使ってしまったことを知られてしまったのだ。お仕置きはいつも膝の上で、平手で執り行われていた。最後には、ブリーフも下ろされて、生の尻を叩かれる。それは、高校生になってからでも同じだった。言うまでもなく恥ずかしくて、情けなくて、顔が真っ赤になった。ただ、それと同時に、父さんの膝の感触と平手の感触を、なんとなく温かく感じてもいたのだった。
今、眼前にいる米田もまた、威厳のある人物である。これからあの膝の上で尻を打たれるのだと思うと、どうしても父の書斎での想い出が重なってくる。父の書斎では、二人きりである。しかし、ここには他の学生たちもいる。みんな見ている。
大悟は、覚悟を固めた。父の書斎の前の廊下でしていたように呼吸を整えると、一歩ずつ米田に歩み寄り、そのスラックスに覆われた膝の上に己の身をあずけた。
「では、二回連続遅刻の罰だ。10発だからな」
大悟のラグビーパンツは、白い無地のもので、比較的薄手である。尻の部分にはブリーフラインがくっきりと浮かび上がっている。そればかりか、グンゼYGスタンダード型白ブリーフのシルエットが完全に透けていた。
米田の右手が、勢いよく大悟の尻へ振り下ろされる。
バッチーーン!!
バッチーーン!!
バッチーーン!!
「今何発目だね?」
「3発目です」
「うむ」
静寂の中でお仕置きが進んでいく。そこは、帝都理科大学・数学科の学生たちである。はやし立てたりするでもなく、皆大人しく、着席したままで、お仕置き風景を見守っているのだった。
バッチーーン!!
バッチーーン!!
バッチーーン!!
「何発目だね?」
「3!(3の階乗)発目です」
「フムフム」
※ 註:3!=3×2×1=6 です。
このときには、学生たちの中から少し笑い声が上がった。実は、米田の表情も一瞬だけ緩んだのだが、それに気づいた者はいなかった。
バッチーーン!!
バッチーーン!!
「7を法として、何発目だね?」
「……1発目です」
「そうだな」
※ 註:「8と1は7を法として合同」です。8≡1(mod7)
今度は、米田が遊び心を出して、ひねった訊ね方をした。合同式については、代数学1で学習済みの事項である。もしここで大悟がきちんと答えられなかった場合、お仕置きは20発に追加されるところであった。
大悟の尻は、既にうっすらと紅く染まっていた。そして、白ブリーフに覆われた一物も、しだいに膨らみを増していた……。
米田はそのことを、膝の感触から知っていた。
(まったく、このやんちゃ坊主め。ひとまず、2発追加しておくか)
バッチーーン!!
バッチーーン!!
バッチーーン!!
バッチーーン!!
10発を超えてもまだ叩かれるので、大悟は少し戸惑っていた。それを知ってか知らずか、米田はこれまでと何ら変わらない威厳のある口調で、問いかけた。
「あと、何発だね?」
「あと……−2発です!」
米田は、こいつはなかなか面白い奴だと思いながら、それを表には出さずにポーカーフェイスを保っていた。
「よろしい。反省しているようだから、−2発減らしておいた。立って、席へ戻りなさい」
「はい!」
返事をした大悟は、スッと立ち上がると、恥ずかしい気持ちを抑えつつ座席へと向かい、テキストやノートなどを机の上に出した。尻はもちろんホカホカとしたままである。それを見届けた米田は、板書を行い、講義を始めた。
「では今日はまず、整域について学ぶことにしよう」
次の講義以降、ちらほらと遅刻者が現れて、竹ものさしによる《 しつけ 》を受けることはあった。しかし、連続で遅刻をするような者は無く、大悟以外の学生が米田の膝の上に乗ることは無かった。