2010新春・新作短編 ケツ丸出しのヒーローたち 〜とある野球部の納会風景〜

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この物語はフィクションです。この物語に、暴力、体罰、いじめ、パワーハラスメント、セクシャルハラスメント等の違法行為・不適切行為を称賛したり助長させたりする意図はありません。

 

一、予期せぬ監督訪問


 舞台は、私立・緑翠舎(りょくすいしゃ)高校の硬式野球部。

 緑翠舎高校は、地方小都市にある、創立70有余年の伝統ある私立男子高だ。その街で緑色のブレザーを着ている高校生らしき男の子をみかければ、それが緑翠舎高校の生徒である。

 そして、その高校生が、真っ黒に日焼けして坊主頭だったならば、それはほぼ間違いなく、硬式野球部の部員。すなわち、高校球児なのであった。

  その緑翠舎高校がある地方都市の中心街。JR駅の真向かいにある、その街で一番高い10階建のビルが、ホテル「緑翠」であった。その街のシティホテルであり、ビジネスホテルであり、観光ホテルの役割も担っていた。

  地元の人間にとっては、泊る場所というよりは、結婚式や会社の宴会、そして、家族の記念日などに、そこにあるレストランで会食をする場所であった。

  正月気分もまだ明けやらぬ1月の上旬。そのホテルの3階にある事務室の電話がけたたましく鳴った。副支配人の田所が、すぐに受話器をとる。電話はフロント係の三田村からだった。

「田所副支配人・・・緑翠舎高校の今泉さんという方が、副支配人にお会いしたいと、来られていますが・・・」

「ほう・・・今泉さんが・・・」

とつぶやくように言う田所。

 この時期、緑翠舎高校の人間がホテルに尋ねてくれば、野球部の納会の相談であることは、田所も知っていた。しかし、今泉といえば、硬式野球部の監督である。監督が直々にわざわざホテルまで納会の相談に尋ねてくるとは異例中の異例だった。

 ただ、田所にも、心当たりがないわけではなかった。田所は、思わずニヤリとして、

「今年の納会は、例年になく楽しめそうだ・・・・」

とつぶやいてしまうのだった。

「副支配人・・・いかがいたしましょう・・・お会いになりますか?」

と、田所の指示を促してくる三田村。

 田所は、思わずハッと我に帰り、

「も、もちろんだ・・・俺が直接会う・・・三階の応接室へご案内してくれ・・・」

と、三田村に指示を出すのだった。

「はい、かしこまりました!」

と返事をする三田村の声を聞いて、受話器をおく田所だった。


 ホテル「緑翠」の副支配人の田所は、三十代後半。180cmの長身に、なかなかガッチリした体格をしている。ちょっと強面のその顔は、旅行会社の営業担当者と毎週末接待ゴルフにあけくれているせいか、精悍に日焼けしていた。そして、田所のケツは、プリッとデカク、サイドベントのスーツの上着をまとっても、ちょっと窮屈そうだった。

 自身、緑翠舎高校・硬式野球部のOBでもある田所は、今泉の名前を聞いただけで、思わず背筋がピンとなり、両ケツペタをキュキュと引き締めざるを得なかった。

 田所が野球部一年の時、現監督の今泉は、コーチから昇格して、まさに監督になったばかりで、一番、はりきっている時期であった。

 田所の代は、甲子園には出られなかったものの、三年生で野球部を引退するまで、今泉監督にたっぷりとシゴかれた経験があり、今泉監督の鬼ぶりは、まさに身をもって、いやケツをもって経験済みだった。

 特に、監督になってからの「第一期教え子」として、今泉は、田所の代の部員たちを、他の代の部員たちよりも、かなりキツめに指導していた。

 今泉監督のケツバットは、ことに、緑翠舎高校・硬式野球部の名物であり、あのガツンと脳天まで響く重い痛みは、忘れようにも忘れることができなかった。己のケツが、いまでもあの痛みを覚えているのだった。


 事務室から応接室へと向かう田所。応接室が近づくにつれて、緊張で心臓が高鳴るのを覚えていた。ホテル業界という客商売に身をおいて15年超の田所は、客の接待にこれほど緊張することなど久々のことだった。

「先生!お久しぶりです!」

と、応接室の扉を開けるなり、深々と頭を下げる田所。

「おお!田所君!久しぶりだね・・・今回は、子供たちのことで世話をかけるよ・・・」

と、応接室ソファの上座にいた今泉監督は、立ち上がって、田所を方へ寄ってくるのだった。

 60代前半の今泉監督。野球部の朝練を終えて、そのまま来たのか、緑色のストライプの野球部のユニフォーム姿だった。今泉は、田所が現役高校球児の頃ほどではないにしても、脂ぎった、田所にもまして強面な風貌だった。それは、監督の低い物腰とはうらはらに、田所をどこか威圧するものがあった。

「まあまあ先生・・・お座りください・・・納会のお話は、部長の上村先生から、内々に伺っております。今年は、いつもより少し遅らせて、3月の下旬にするとか・・・」

 田所に言われるまでもなく、再び、応接室ソファの上座にドカンと腰を下ろすと、かなりピッチリとしたユニフォームの両足をパカンとおっ開く、今泉だった。

 そんな今泉は、田所の「3月下旬」という言葉に顔を曇らせる。3月下旬と言えば、春の甲子園の時期。本当なら、納会などやっている時期ではなかった。

「そうなんだよ・・・あの秋の事件は、私が監督になって以来の不祥事でね・・・現役部員も、秋季大会ですっかり調子を崩してしまって・・・優勝にあと一歩、届かなかったわけだ・・・もちろん、春の甲子園出場の話もフイになった・・・これで、10年来続いていた、わしの監督としての甲子園連続出場記録も途絶えてしまったんだ・・・」

 そういうと、今泉は、いかにも悔しそうに唇をかみしめるのだった。その悔しそうな、なんともいえない今泉監督の表情には、田所にも見覚えがあった・・・。

「監督さん・・・怒りで爆発寸前だ・・・」

 それは、チームの練習に気合いが入っていない時に、今泉監督がいまにもカミナリを落とす直前の表情だった。田所にとっては、その表情を忘れることができなかった。一年生の時、その表情をみせた監督は、決まってメッセンジャーボーイをしていてそばに控えている田所に、

「田所!グランドにいるヤツらに集合をかけろ!!」

と命令するのだった。

「集合!!!!」

と、あわてて田所が叫ぶ頃には、監督は、右手にノックバットを持って、ベンチからホームベースの方へゆっくりと向かっているのだった。

 田所もあわてて監督の背中を追い、グランドの他の選手たちと合流し、監督の前に整列する。もちろん、監督は、低めのドスの効いた声で、

「ケツバットだ!理由は、おまえらが一番よくわかっているはずだ!!わからんヤツは、自分の胸に手をあてて、よ〜〜く聞いてみろ!!!」

と宣言する。

 そして、田所は、先輩、そして、同期部員たちに、

「回れ右して、ケツを後ろ!!」

と、ケツバット受け用意の号令をかけるのだった・・・。

 そんな記憶が、走馬灯のようによみがえってくる。田所は、監督の怒り爆発直前の表情に、さらに心臓が高鳴り・・・なぜか、股間がカァ〜〜と熱くなるのを感じるのだった・・・。 

 今泉監督は、悔しそうに話を始める・・・。

「どこかのバカな芸能人のマネをしたらしいんだよ・・・。」

 その前年の秋、緑翠舎高校・硬式野球部を引退したばかりの三年生が三人、高校生だというのに、ベロンベロンに酔っぱらって、市民の憩いの場である城址公園で、深夜、マッパフルチンで大声出して走りまわり大騒ぎをしでかして、警察に補導されてしまったのであった。

 普通なら、よほど悪質でない限り、警察では説教でみっちりしぼられ、一晩、頭を冷やした後、お咎めなしの釈放となり穏便にことは運ぶはずなのだが、悪いことに、その三人は、その年の甲子園をわかせた緑翠舎高校・硬式野球部のクリーンナップトリオの鈴木、山本、岡田だったのだ。

 そのためか、その騒ぎのことを地元の新聞がひときわ大々的に報道し、連日、校門前、そして、野球部寮玄関前に報道陣がつめかける事態となった。結果、緑翠舎高校・硬式野球部の現役部員たちは、秋季大会ですっかり調子を崩してしまい優勝を逃し、当然のごとく、春の甲子園にはお呼びがかからなかったという結果になったわけである。

 しかし、今泉監督には、さらに憂慮していることがあるらしかった・・・。

「まったく、今の子供たちは、なにを考えているのかさっぱりわからんよ・・・わしも、もうそろそろ引退する年なのかなぁ・・・」

「いえいえ、先生には、まだまだがんばってもらわないと・・・」

「いやね・・・一番困ったことには、現役部員たちが、アイツらのことをヒーロー扱いし始めていることなんだ・・・格好いいから、俺たちも引退したらやってやろうとか言い出す選手もいるらしいんだ・・・・」

「それは困ったことですね・・・」

「だろう・・・ああいうふざけた大騒ぎをして、みんなに迷惑をかければ、どういうことになるのか・・・あの三人だけでなく、野球部員たち全員にきっちりと教えてやらないといけないと思ってね・・・で、それには、現役部員、そして、OBたちも多数参加する納会の機会を使うのが一番いいと思ってね・・・」

「先生のおっしゃる通りだと思いますです・・・はい・・・」

「実は、そのことで、君に折り入って相談したいことがあってね・・・それで、今日は、ここまで出向いてきたわけだ・・・」

 その言葉を聞いて、田所の心臓は、再び、高鳴るのだった・・・。田所も地元の人間である。前年の秋の、緑翠舎高校・硬式野球部員の不祥事のことは、よく知っていた。そして、鬼の今泉監督のことである。あれだけの不祥事を起こせば、あの3人は、ただではすまされないと思っていた。

 田所が現役の時もそうだった。田所たち野球部員が、なにかやんちゃをしでかせば、かならず、今泉のオヤジのキツイお仕置きが待っていた。

 しかも、今泉のオヤジのお仕置きは、やんちゃ坊主をして、もう二度と悪さはしないと心底思わせるほど、効果てき面、きつくて痛いだけでなく、超恥ずかしいお仕置きだったのだ・・・。

 そう、高校生男子の間でともするとありがちな、悪さをしたヤツが逆に人気者のヒーローになるなんてことがないよう、今泉監督は、やんちゃをしでかした部員たちに、もう二度とそんな悪さをしようなどと、みじんも思わせないほど、キツイお灸をすえて、しっかりと反省をさせるのだった。

 しかし、昨秋のあの事件以来、田所のところへは、あの事件を起こした3人にキツイお灸がすえられたというOBからの情報などはなかった。

 田所は、

「今泉のオヤジも、丸くなったものだ・・・」

と、内心、少しさびしく思っていたのだった。

 しかし、今、目の前にいる今泉監督の話を聞いて、興奮せざるを得ない田所だった。

 そう、監督の話ぶりから、納会の時、母校の名誉にとんだ泥を塗った不届き者の三人に、キツイお灸がすえられることが、田所には容易に予想できたのだ。そして、思わず、興奮した声色で、

「はい!私どもにお手伝いできることがあれば、なんなりとお申しつけください!」

と返答するのだった。

 それから、しばらくの間、今泉監督と田所は、納会の式次第について、打ち合わせをするのだった・・・

「椅子三脚と、部屋に備え付けの木製ブラシを三つですか・・・」

「そうだ・・・椅子三脚は、大宴会場の舞台中央に適当な間隔をおいて並べておいてほしい・・・」

「はい・・・」

「ところで、大宴会場の防音設備はどうなっているのかね?」

「それはもうご安心ください!私どものホテルは、昨年、内装工事を全館で済ませまして、耐震補強と、宴会場と会議室には最新の防音設備をほどこしてあります。扉を閉めれば、宴会場の音が外に漏れることは、絶対に、ございません!」

「ほう・・・それは頼もしいね・・・こういうことは、マスコミの恰好の餌食になるからね・・・くれぐれも内密に頼むよ・・・」

「はい!それはもう、当然のことでございます!!」

「では、あとのことは任せたよ・・・OB会の会長とも、田所君、君が窓口になって、しっかりと話し合ってくれたまえ。じゃあ、わしはこれで失敬するよ。」

 そういうと、今泉監督は、ホテルの応接室を後にするのだった。

 一人残った田所は、興奮気味に、応接室の内線電話の受話器をとるのだった。

「ああ、三田村君か・・・客室係長の本庄君に、部屋に備え付けの木製ブラシで予備のヤツを三つ、すぐにボクの部屋まで持ってくるようにいってくれ!」

と、指示を出すのだった・・・。

 そして、事務室に戻った田所は、ちょうど届けられたホテルの部屋に備え付けの木製ブラシを手にとって、その背の部分を平手で撫でてみるのだった。その木製ブラシは、洋服用でズシリと重く、その背は、硬質木製で、その手触りは、田所にとって、ゾクッとするほど冷たく硬かった・・・。



 田所は、口元に笑みを浮かべながら、

「これでやられたら・・・確かにキツイぜ・・・・」

とつぶやきながら、

パチコォ〜〜〜〜〜〜ン!!!

パチコォ〜〜〜〜〜〜ン!!!

と、ブラシの木製の背を、自分の手のひらに、何度も何度も打ちつけるのだった。

 そうしている間にも、田所のスラックスの股間は、石を入れたかのように、ギンギンに怒張してきていた・・・。そして、田所は、ついに我慢できず、椅子から立ち上がると、その木製ブラシを右手に持ち、己のスラックスのケツに、

パチコォ〜〜〜〜〜〜ン!!!

バチコォ〜〜〜〜〜〜ン!!!

ベチコォ〜〜〜〜〜〜ン!!!

と、その木製ブラシの背を打ちつけてみるのだった。

「い、痛てぇ〜〜〜!!ズボン上からでも、これはかなり効くぜ・・・これで、やんちゃ坊主たちの生ケツをぶっ叩こうなんて・・・今泉のオヤジ、まだまだ十分、鬼だぜ・・・フフフ。」

 そんなことをつぶやきながら、ケツをさすりつつ、再び、椅子に座る田所。興奮で、その日の仕事は、ほとんどなにも手につかない状態であった。納会の日が待ち遠しかった・・・。


二、やっぱり「あれ」が待っていた!! 〜オヤジのケツ叩き宣言〜

 その町は古風な町だった。選挙と言えば、保守の政党がいつも圧勝するような町だった。

 家庭はといえば、昔ながらの厳しい父親のいる古風な家庭が多かった。その町の少年たちのほとんどが、怖い存在、なにかやんちゃをしでかせばビシっと自分を叱る一番身近な存在として、父親を認識していた。そして、その父親たちは、少年たちに、野球をすることを熱心に奨めるそんな町だった。

 鈴木康平18歳、高校3年生。もうすぐ卒業だ。昨年の秋、城址公園で、マッパフリチンダンスを披露した野球部やんちゃ坊主の一人だった。

 補導され、警察で一晩お世話になった後、パトカーで家まで送られてきた自分に待っていたもの・・・それは、「バカ野郎!!」というオヤジのカミナリだった。そして、オヤジの前に正座して、一時間以上の説教。康平にとってそれは、17年間生きてきた中で、オヤジからの一番長い説教だった。

 しかし、説教が終わるとオヤジは、「部屋へ戻ってよく反省しろ!」と言うだけだった。両足はもう立って歩けないくらい痺れたけれど、「えっ!これで終わりなの・・・ラッキー!!」と康平は思ったのだった。

 その一方で、康平は、いつもとは違う、なにかもの足りない気分を感じていた。そうなのだ。説教のあとにいつも必ず康平を待っている「あれ」がなかったのだった!!

「俺ももう高3だしな・・・オヤジも俺のこと大人扱いしてくれているのかな・・・」

と康平は安易に思っていた。

 すでに大学へのスポーツ進学が決まっていたこともあり、高校としての公式の処分もなかった。もちろん、今泉監督が、校長や教頭、そして、教育委員会の重鎮たちを粘り強く説得して回ったからである。

 その今泉監督も、一緒に騒ぎを起こした山本・岡田とともに鈴木康平が、野球部監督室に謝りに行った時、

「野球部を引退したおまえらに俺から言うことはもうなにもない!しかし、今回の騒ぎで、後輩をはじめ多くの人に迷惑をかけたことだけは肝に銘じておけ!」

と言うだけだった。

 引退前なら、きっと三人は、ケツバットの2本や3本、しかも食らった後に涙がジワァ〜〜ンとあふれてくるに違いない容赦なしのキツイやつを今泉監督からいただいていたかもしれなかった。

 しかし、三人がケツバットの代わりに今泉監督から受け取ったものは、原稿用紙を各人に3枚だった。今泉監督曰く、「野球部の納会までにそこに反省文を書いておけ!」だった・・・。

 さて、納会を翌週に控えた週末の夜、鈴木康平は、自室にこもって、シコシコ、反省文書きに必死になっていた・・・。

「やっべぇ・・・原稿用紙3枚なんて、なに書けばいいんだ・・・」

 そういいながら、左手は携帯に伸びる。かける相手は、やはり反省文書きと格闘しているであろう悪友の山本将太だった。

「あ、将太?オレ、オレ・・・反省文書けた?」

「書けっこねぇ〜じゃん・・・このままじゃ、マジ、やべぇよ・・・」

「だろ・・・1200字なんてさぁ、書けねぇよなぁ・・・大輔どうしたかなぁ?あいつの携帯、最近、いっくらかけても通じねぇんだよなぁ・・・」

「岡田のヤツ、オヤジさんにケータイ取り上げられたらしいぜ・・・」

「マジィ?」

「ああ・・・アイツのオヤジさん警察官だろ・・・だから、超きびしいらしいぜ・・・ここんとこ毎日、警察署の剣道早朝げいこに参加させられて、オヤジから根性バシバシ叩き直されてるらしいぜ・・・」

「マジィ?でも、アイツ、弟いるじゃん・・・・弟にケータイ借りれねぇのかなぁ?」

「無理らしい・・・弟、貸してくれねぇって、言ってた・・・」

「情けねぇなぁ・・・弟だろ!貸してもらえねぇなら、奪えよ!!」

「バァ〜〜カ!そんなことしたら、アイツ、マジでオヤジに殺されちまうぜ!!」

と、悪友・岡田の近況話で盛り上がっているその時だった・・・

「コラァ!!康平!!こんな夜遅くに、誰と話してるんだ!!」

と、後ろから鈴木のオヤジさんの声だった。

「と、とうさん・・・」

と、ビックリして後ろを振り向く鈴木康平。康平は、あわてて、

「や、野球部のや、山本から電話がかかってきて・・・」

とウソをつくのだった。

 鈴木オヤジは、息子の手から携帯を取り上げ、「もしもし?」と話しかける。

 しかし、相手の悪友・山本もケータイの向こう側から聞こえてくる声を聞いて激ヤバの雰囲気を察知したのか、首尾よく回線を切っていた。

 鈴木オヤジは、相手に切られてしまった携帯を、ちょっと悔しそうな顔をしながら息子に返すのだった。そして、息子・康平に、

「康平!反省文は書けたのか?」

と聞いてくる。

「い、いや・・・もう少しで・・・」

と、あわてて、机の上に拡げてある原稿用紙を隠そうとする康平だった。

 そんな息子を遮るかのように、原稿用紙を取り上げる康平のオヤジさん。

 一行目と二行目に「反省文 鈴木康平」と書かれた以外はまだ白紙の原稿用紙を見て、オヤジさんは、息子の頭を軽く小突くと、

「バカ野郎・・・まだ全然書けてねぇじゃねぇか!!」

と、康平のことをたしなめるのだった。

「は、はい・・・ご、ごめんなさい・・・」

「いいか康平!今度の納会では、おまえら三人が、迷惑をかけた人たちの前で、反省文を読んで詫びないといけないんだからな!!」

「えっ・・・反省文って、書くだけじゃなくて、読むの?」

「あたりまえだ!読んで、反省の気持ちを、みなさんに伝えなくてどうする!」

「は、はい・・・でも、納会って、部の一年や二年もいるし・・・」

「あたりまえだ!後輩にも詫びを入れないとダメだろ!!」

「は、はい・・・」

「それからだ!さっき、岡田君のお父さんと相談したんだが・・・」

「えっ・・・岡田って、大輔の?」

 岡田のオヤジといえば、警察官をしていて超厳しいオヤジさんらしい。まさか自分も、警察署の剣道・朝稽古に強制参加かぁ?と、一瞬、不安になる康平だった。

「そうだ・・・大輔君のおとうさんとだ。」

「は、はい・・・」

「納会には、おまえら三人、全員、頭を五厘に丸めて出席しろ!!」

「えっ!!」

「バカ野郎!なにが『えっ』だ!男が反省の意を身を以って示す時は、坊主にするしかないだろう!!」

「は、はい・・・」

と、観念したように返事をする康平。

 しかし、内心、ホッと一安心の康平なのであった。野球部を引退してせっかく伸ばした髪を、また、クリクリ坊主にするのはちょっと痛かったが、野球で坊主頭には少年の頃から慣れていたし、まだまだ朝の寒さが残っているこの時期、剣道の朝稽古に強制参加よりはずっとマシだと思うのだった。

 しかし、康平のオヤジさんは、そんな息子の気持ちを見透かしたかのように、

「いいか康平!!反省文と坊主頭だけで済んだと思ったら大間違いだからな!!ここからが重要だぞ!!納会では、集まったみなさんの前で、おまえたちのケツをぶっ叩いて、去年の秋のおまえたちの軽率な行動を、たっぷりと徹底的に反省してもらうからな!!」

「えっ?みんなの前でケツ叩き?後輩もいる前で?じょ、冗談でしょう?と、とうさん・・・・」

と、急に不安そうな顔と声になる康平だった。

 しかし、康平のオヤジさんは、息子を厳しく突き放すかのように、

「冗談かどうかは、納会に出ればわかる!!納会欠席は絶対に許さん!!首に縄をつけてでも、納会には絶対連れて行くからな!!」

とだけ言って、康平の部屋から出て行ってしまうのだった。

 自室に一人残った康平は、あわてて、ケータイをとり、悪友の山本将太に連絡を取ろうとする。

 しかし、何度かけても、

「おかけになった電話は、ただいま電波の届かないところにあるか、電源が切られているためつながりません!」

の音声が流れてくるだけだった。

「マ、マジかよ・・・後輩たちの前で、オヤジからケツ叩かれるのかよ・・・そんなのありかよ・・・やべぇよ・・」

と、独りつぶやく康平。

 康平がなにか悪さをした時、オヤジさんの説教のあとにいつも必ず康平を待っていた「あれ」・・・。今回も、オヤジさんは、息子のことを「あれ」なしで許したわけでは決してなかったのだった・・・。

 その晩、鈴木康平、山本将太、岡田大輔の三人に、それぞれのオヤジさんたちから、反省と詫び入れのための公開ケツ叩きの宣言がなされていた・・・。

 後輩たちも出席する納会での超恥ずかしいケツ叩きのお仕置きを宣告された三人の息子たちは、その晩、布団にはいってもなかなか眠りにつけなかった・・・うそであってほしいと願っていた・・・しかし、オヤジはお仕置きのことでいままで冗談をいったことなど一度もないのだった・・・本当だとしたら、いったい、自分たちは、どうやってケツを叩かれるのだろうか・・・三人は、いちばん最近、オヤジからケツを叩かれた時のことを思い出していた・・・思いだしただけでも恥ずかしくてたまらないオヤジからのケツ叩き・・・三人の18歳のやんちゃ坊主たちは、布団の中で羞恥心と不安な気持ちにさいなまれながら、眠れない夜を過ごすのだった。

 

三、父と息子のスキンシップ 〜俺、昨日、オヤジから「あれ」食らってさぁ・・・〜


 私立・緑翠舎(りょくすいしゃ)高校。2年A組教室の昼休み。

 こんがりと日焼けして坊主頭の硬式野球部員の生徒、近藤隆志、誉田泰博、宮本健太の3人が教室の隅に集まってなにやらコソコソと話している・・・。

「隆志・・・昨日、どうだった?」

「そうだよ・・・おまえのオヤジ、カンカンだったじゃん・・・あれ、やられたのか?」

「ああ・・・・」

「ケツ、みせてみろ・・・・」

「やだよ・・・恥ずかしい・・・」

「いいじゃん・・・ちょっとくらい・・・」

「そうだよ・・・おれたちがチェックしてやる・・・ロッカーで後輩にみられたりしたら、先輩としての立場、マジ、ねぇ〜じゃん・・・」

 親友、いや悪友たちからせがまれて、隆志は、後ろを向き、緑色のブレザーの裾をめくり、制服のグレイのズボンとお気に入りのグレイのボクサーブリーフを少し下し、制服のワイシャツの裾をペロンとめくって、恥ずかしそうにプリッと盛り上がった生ケツを見せるのだった。

「うっわぁ!あとがついてる・・・」

「ま、マジィ?」

「ああ、クッキリだ・・・」

「やっべぇ〜〜、オヤジの手形がまだケツに残ってるなんて・・・オレのオヤジ、バカ力だからなぁ・・・それに、昨日のはめっちゃキツかったし・・・おまえもほっといたら、岡田先輩みたいになる!!とか言ってさぁ・・・カンカンだった・・・でも、オレ、岡田先輩じゃねぇ〜し・・・」

「だよな!!ワハハハハ・・・・」

と、明るく笑う三人。

 近藤、誉田、宮本の悪友三人は、その前日、野球部の練習が休みなのをいいことに、近藤の家に集まって、親に隠れてタバコを吸っていたのだ。場所は、近藤隆志の部屋。
 
 そして、運悪く、いつもより早く帰ってきた近藤のオヤジさんに、部屋に残った煙と臭いでそれを見つかってしまう。

 もちろん、すばしっこいやんちゃ坊主たちだ。近藤は、親友の誉田と宮本を、部屋の窓から首尾よく逃がしてやり、自分だけがオヤジさんに「御用」となった。もちろん、誉田と宮本が一緒に部屋にいたなんてことは、絶対に親には言わなかった。それが、彼らが誰かの家で悪さをする時のルールだった。

 近藤は、オヤジさんから、甲子園を目指す球児としての心得を説教され、お約束通り、「あれ」を食らったのであった・・・。

 「あれ」とは、私立・緑翠舎高校がある町で育った男の子たちの間だけで通じる隠語だった。

 保守的な町である。家で息子がなにかやんちゃや悪さをしでかした時、与えられた役割や勉強を怠けた時、父親が息子のケツを叩いて仕置きする家庭が多かった。特に、教育熱心な父親だと、息子が高校を卒業するまで、必要な時は、ためらうことなくケツ叩きをすることが普通だった。
 

 緑翠舎高校がある町の少年たちは、物心ついた時は、もうオヤジさんからケツを叩かれているのである。

 しかし、オヤジさんから食らったケツ叩きのことを話すのは、男同士であっても、ごくごく限られた親友たちの間だけであった。そして、ケツ叩きという罰の恥ずかしさもあってか、

「オレ、オヤジからケツ叩かれちまってさぁ・・・」

とは言わず、

「オレ、オヤジからあれを食らっちまってさぁ・・・」

と、目線下向きで頬を赤らめながら、オヤジからケツ叩きを食らったことを親友たちに報告するのである。もちろん、親友、いや、いたずら仲間に、仕置きを受けた後のケツをチェックしてもらうこともしばしばだった。

 そして、緑翠舎高校に息子を通わせる家庭の父親たちは、例外なく教育熱心な父親たちであり、息子のケツを必要とあらば叩く、または、実際、叩いているという父親が、ほとんどであった。もちろん、近藤隆志のオヤジさんも例外ではなかった。

「さあ、約束だぞ!隆志!今度、タバコを吸ったら、どうするって言った?」

「は、はい・・・オ、オレのケツを・・・」

「何だ?聞こえねぇぞ!男ならもっとはっきりと言うんだ!」

「は、はい!オレのケツを叩くって言いました!!」

「よし!じゃあ、こっちへ来て、ケツを出すんだ!」

「は、はい・・・」

 隆志は、オヤジに反抗することなどできなかった。隆志に限ったことではなかった。緑翠舎高校・硬式野球部の部員ならば誰でも、父親に反抗することなどできなかったのだ。

 オヤジさんが、野球部のOBである部員がほとんどであることもある。リトルリーグ時代から「野球ができるのは、おとうさんのおかげ。おとうさんに感謝しなさい。」と耳にタコができるほど、聞かされていることもある。

 「父子二人三脚で、甲子園を目指す!」といった考えを、父も息子も信じて疑わない家族が多いのである。すなわち、息子たちにとっては、オヤジさんに反抗することは、甲子園への切符を自ら破り捨てるに等しい行為なのであった。

 覚悟を決めた近藤隆志は、がっくりと肩を落とし、うなだれるように下を向いて、はいていたジャージを膝の上まで下ろすのだった。ジャージを膝上まで下ろして、パンツのケツを丸出 しにすることは「あれ」を食らう時の最低条件だった。そして、オヤジさんが座っているところまで、ヨチヨチ歩きで行くのだった。部屋の扉を、弟や妹、そして、母親が不意に開けないことを祈るばかりだった。

 そして、オヤジさんところまでくると、隆志は、オヤジさんの膝の上に野球で鍛えてプリッと盛り上がったケツを乗せるようにして、オヤジさんの両太ももの上に屈む。隆志は高校2年生で身長は179cm。オヤジさんの膝の上にケツを乗せるようにして屈んでも、両手両足を、部屋の床に十分つくことができた。

 モジモジしながら、オヤジさんの膝の上で、自分のケツの位置を「調整」する隆志・・・オヤジさんが一番叩きやすい場所へケツをもっていくことは簡単だった・・・隆志は、それほど頻繁にオヤジさんから「あれ」を食らっていたのだった!!

 オヤジさんの膝の上の、オヤジさんが一番叩きやすい場所にデンとおかれた隆志のプリッと盛り上がった肉厚のケツ。しかし、このときはまだ、隆志のケツは、グレイのボクサーブリーフに包まれていた。そのままでバチン!と最初の一発を食らわすか、ケツを生までひん剥いてバチン!といくか・・・それはオヤジさん次第だった。

「もう高2なんだから・・・ガキじゃないんだから・・・ナマだけは勘弁してください・・・ナマだけは勘弁してください・・・」

と、オヤジからの一発目を待ちながらも、隆志は、心の中で必死に念じるのだった。

 しかし、隆志のその思いも虚しく、オヤジさんは、隆志のボクサーブリーフの腰ゴムに手をかけるのだった。そして、その腰ゴムを一気に息子の太もものあたりまでズズッと引き下ろす!!

 丸出しになる隆志のケツ。己の膝上で、息子のむき出しになった生ケツを観察するオヤジ。

 オヤジさんは、いきなり、

「チッ!」

と舌打ちすると、隆志に、

「先生からケツバットをいただいたのか?」

と、膝上の息子に問いただす。「先生」とは今泉監督のことだ。

 こんがり日焼けした息子の、そこだけ妙にペロォ〜〜ンと白いケツ・・・スラパンの痕がクッキリだった。しかし、その白いケツの一番盛り上がったところより少し下あたりに、うっすらとピンク色の太い痣がついていた。野球部OBのオヤジさんならば、すぐにケツバットの痕跡だとわかる。

 オヤジさんが現役部員だった頃なら、それは野球部員の男の勲章だった。しかし、昔ほど今泉監督が、ケツバットを繰り出さないことをオヤジさんは知っていた。これは、息子が野球部で今泉監督の逆鱗に触れた証拠だったのだ。

「やべぇ!!」

と焦る隆志・・・。心臓が今まで以上にドクン!ドクン!と高鳴る。

 オヤジさんは、膝上でケツ丸出しの息子に、言い訳を考える暇を与えなかった。

「どうした?なんで先生を怒らせた?」

「あ、朝練、サボりました・・・三日連続で・・・」

「なにィ!!朝練をサボっただとぉ〜〜〜〜!!しかも、三日連続だとぉ〜〜〜〜!!!」

「は、はい・・・二年生としての自覚が足りんって言われて・・・それで、『ケツを後ろ!!』ってことに・・・」

 「ケツを後ろ!!」とは、緑翠舎高校・硬式野球部で「ケツを後ろに突き出せ!!」の意味だった。オヤジさんの時代から伝統のケツバットの「枕詞」であった。

「あたりまえだ!!とうさんの頃だったらな、朝練一日さぼっただけで、まずは先輩からケツバットをいただき、つぎにコーチ、それから監督さんからケツバットだぞ!!もう一週間はケツが痛くて、椅子に座るのも苦労したもんだ!!三日も朝練をサボるだなんて、おそろしくてできなかったもんだぞ!!」

「は、はい・・・」

 もうオヤジさんからの言葉はなかった。呆れたといわんばかりのため息の後、オヤジさんのデッカイ右手のひらが、

バチィ〜〜〜〜ン!!!

と、隆志の生ケツのど真ん中に炸裂したのであった。

 一発目の重い衝撃に、思わず目をつむる隆志。それからは、

バチィ〜〜〜〜ン!!!

べチィ〜〜〜〜ン!!!

バチィ〜〜〜〜ン!!!

べチィ〜〜〜〜ン!!!

バチィ〜〜〜〜ン!!!

べチィ〜〜〜〜ン!!!

と、情け容赦のない連打だった!!

 オヤジさんからのケツ叩きに、目ん玉をギュッとつむり、奥歯をグッと喰いしばり、床についた両手両足を踏ん張るようにして、オヤジさんの膝上の「定位置」でケツを上向きに、ジッと我慢する隆志。

 オヤジさんからのケツ叩きは、物を使わない平手打ちだけだったが、いつも軽く百発は超えていた。しかし、いつの頃からか、隆志は、泣いて許しを乞うことはしなくなった。オヤジの膝上にケツを上向きに置いて、オヤジの許しが出るまで、ただただジッと我慢の子だった。それは、部活で食らうケツバットよりは何十倍か軽いケツ叩きかもしれなかった。しかし、オヤジさんのケツ叩きは、ケツにだけではなく、胸にズシィ〜〜ンと堪える、隆志にとってなにか非常に重いものがあった・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ところでさぁ・・・野球部の納会でたくねぇ〜よなぁ・・・」

と、野球部の悪友たちにケツを見せ終えて、パンツと制服のズボンを上げながら、近藤隆志がボヤくのだった。

 誉田も、

「ああ、俺も出たくねぇ〜、OBのおっさんたちのつまんねぇ〜自慢話ばっかだしなぁ〜」

と、同意する。

 しかし、二人のぼやきを聞いていた宮本健太が、ニヤニヤしながら、得意げに話し始めるのだった。

「へへへ・・・っつうことは、おまえら、まだ知らないんだ!あのこと!」

「な、なんだよ?あのことって!?」

「そうだよ!なにを俺たち知らねぇんだよ!教えろよ!」

「へへへ・・・とっておきの情報なんだけどさぁ・・・」

「なんだよ!ニヤニヤしやがって!」

「そうだよ!もったいぶってねぇ〜で、早く教えろ!」

「オレ、もったぶってねぇ〜し!タダじゃ教えねぇだけ!!!」

「なにィ〜〜〜こいつ、許せねぇ〜〜!!」

と、近藤隆志と誉田泰博は、宮本健太に飛びかかる。

「教えろ!!」

「ヤダね!!」

「コイツ!!教えろって!!」

と、取っ組み合ってじゃれ合う三人組。

 やがて、健太がニッと不敵な笑みを顔に浮かべながら、

「今日練習が終わったら、駅前のタコ焼き屋で、てりたまマヨネーズ一皿!!」

とデカイ声で言うのだった。

「出たぜ!!健太の食い物オネダリが!!」

「600円だろ!!高っけぇよ!」

「おまえら二人で割れば、300円だろ!!」

「でも、高っけぇ!!」

「じゃあ、教えねぇ!!」

「おまえも200円出せ!!」

「ヤダ!!」

「少しは負けろよ!!!」

「絶対にヤダね!!」

「じゃ100円!!」

「ダメだ!!」

「コイツ!!オレたち親友だろ!教えろ!!」

「ダメぇ〜〜〜〜〜〜〜!!!」

と、ワイワイガヤガヤ、5時間目の始業ベルがなるまで、野球部の悪ガキトリオは、じゃれあっていたのだった・・・。

 そして、野球部の練習後、駅前のタコ焼き屋で満足そうに「てりたまマヨネーズ・たこ焼き」を頬張る宮本健太。その宮本の話を、喰いいるようにして聞く、近藤と誉田だった。

「マジィ!!」

「ウソォ!!!おまえ、デマじゃねぇ〜だろうな・・・」

「マジで本当!!俺も最初、信じられなかったけどさぁ・・・監督と大出コーチが監督室で話してたんだから、間違いないぜ・・・」

「でも、マジ、やばいでしょ、それ!」

「ヤバイよ・・・鈴木先輩と山本先輩と岡田先輩が、納会で、オヤジさんたちから『あれ』を食らうだなんて!!!」

「しかも、俺たちも見ている前で!!」

「こりゃ一生もんでしょう!!」

「だろ!だろ!600円の価値あっただろ!!」

「あ!コイツ、全部、食いやがった!!!」

「一つぐらい残しておくのが友情ってもんだぞ!!」

「へへへ・・・ごちそうさんでした!!さあ、帰ろ!帰ろ!」

「コイツ・・・許せねぇ!!!!」

と、ここでもワイワイガヤガヤ、賑やかにじゃれ合う野球部の悪ガキトリオたちだった・・・。



四、オヤジは法律だ! 〜納会の日の朝〜

 納会の日の早朝。外はまだうっすら明るい程度だった。

「オラァ!大輔!!いつまで寝てるんじゃ!!早う起きんかい!!!」

と、緑翠舎高校3年・硬式野球部・新OBの岡田大輔が、自室でオヤジに叩き起こされる。

 現役警察官の大輔のオヤジさんが、「鬼刑事」言葉になったら、要注意だ。寒いからといって、いつまでも布団にくるまっていると、オヤジさんの デッカイ右手のひらがバチィ〜〜ン!と大輔のケツに飛ぶ。

 案の定、その日の朝も、

「とうさん・・・まだ眠いよ・・・今日、納会だろ・・・もう少し寝ててもいいだろ・・・」

と、甘える大輔に、大輔のオヤジさんは容赦なかった!

「バカもん!!今朝も体操だ!!もう大二郎は起きて庭で待っとるぞ!!」

「じゃあ、二人で勝手にやってよ・・・」

バチィ〜〜〜〜〜〜〜ン!!!!

 オヤジの右手は、オヤジの次の言葉よりも早く、大輔のふとんをはいで、大輔のパンツ一丁のケツを強襲する。

「起きろ!!」

「ぎゃぁ!!い、痛てぇ〜〜〜!!」

と、あわてて布団から飛び出し、パンツ一丁のケツを両手で痛そうに抑える大輔だった・・・。

 オヤジのマジ度をケツで感じた大輔は、素直にオヤジに従い、ブルッと身ぶるいしながらも、パンツとランニングシャツのまま、

「納会では潔くケツ出すからさぁ・・・今は叩かないでくれってあれほど頼んだのに・・・痕がついたら、マジやばいから・・・」

と、ブツブツいいながらの不平顔で、はだしのまま庭に下りていくのだった。

 岡田家の朝は、オヤジ喬雄、大輔、そして、弟の大二郎、三人そろって、「県警・機動隊体操・第一」から始まる。

「オイッチ、ニー、サン、シ!!」

と、オヤジの気合いの掛け声に合わせて、息子二人も、

「オイッチ、ニー、サン、シ!!」

と体操をする。それは、「ラジオ体操第一」に似てなくもない・・・。

 特筆すべきは、その時の格好が、父子三人「お揃い」の白のランニングシャツに白のブリーフであることだ!

 大輔の家では、ガキの頃から、オヤジのお古の白ランニングシャツと白ブリーフを大輔が着て、大輔のお古を弟・大二郎が着ける。なんともエコな父子なのであった。

 オヤジは、ガキの頃から、白ランニングシャツと白ブリーフで通している。それが男の下着と信じて疑わない。だから、息子たちも、 ガキの頃から、白のランシャツに白ブリだ!!

 しかし、恥ずかしさを覚える年頃、いや、もう小学校低学年の頃から、大輔と大二郎は、特に白ブリーフを嫌がり、通学途中のどこかで、自分たちがお気に入りの下着に着替えていた・・・。小遣いを、パンツ代にあてていたのだった。





 岡田家は、父、大輔、大二郎の三人・父子家庭。母親・絹代は大二郎を生んで間もなく病死している。それからは、母親の姉、すなわち、大輔のオヤジにとっては義姉が、なにかと、岡田家の家事面をサポートしてきていた。しかし、義姉も家庭を持つ身、義弟と甥っ子たちの朝の面倒まではみることができず、朝はいつも男三人だった。

 日課であるブリーフとランシャツの「体操」があるため、思春期以降の大輔、大二郎にとっては、朝、おばさんがいないことは、むしろ気が楽だった・・・。洗濯も、おばさんにパンツを見られるのが恥ずかしくて、絶対おばさんにはやらせず、自分たちでやっていた・・・。

 岡田父子が緑翠舎高校のある、この古風な町に引っ越してきたのは、6年前、大輔が中学生になったばかりの時だった。

 引っ越してきたのは、父親の転勤のためだ。父親が、県警本部直属の県警機動隊・第一方面大隊の大隊長から、その町の警察署の少年課・課長へ転勤となったためだ。

 その町には、警察の家族官舎がなかったため、県が民間から借り上げた一般家族向け住宅に大輔たちは移ってきたのであった。

 大輔の父親は、高校卒業後、すぐに県警察に入った、たたきあげの46歳。身長は185cm。しかも、剣道、柔道、空手の有段者で、 体つきは引き締まった筋肉質だが、骨太でガッチリしていた。

 顔は、岡田家の代々のものか、なかなかのイケメンながら、さすが機動隊に長年奉職していただけあり、眼光は相手を射抜くがごとく鋭かった。そして、その浅黒く日焼けした肌の色が、いやがうえにも、その40代の父親の背中に、ストイックなダンディズムのオーラを醸し出していた。

・・・・・・・・・・

 6年前、転属初日、署長に挨拶にいった大輔のオヤジ喬雄は、自分よりも10歳以上年下の署長から言われるのだった。

「いやぁ〜〜、機動隊の猛者だったあなたが、この町の少年課の課長だなんて・・・きっと、暇をもてあましますよ・・・」

と、いたずらっぽく笑いかけてくる署長だった。

「は、はい・・・」

「去年の補導事案は、たった一件。駅前の本屋での男子中学生の万引き未遂です・・・しかも、隣町の中学生でした・・・」

「は、はい・・・」

 自分の前に座るぽっちゃりと太った色白の署長。東京の大学を出て、県警の幹部登用試験に合格したエリートだ。同じ警察の組織にいながら、喬雄とは全く違う人事システムの中にいる上司だった。

 そんな署長が、一体、自分になにを言おうとしているのか、喬雄は測りかねていた。今回の異動は喬雄にとって明らかに左遷だ・・・この署長は、嫌みの一つでも言いたいと思っているのか・・・しかし、そんな意地の悪い署長ではないことが、喬雄にはすぐにわかった。

「この町は古風なんです・・・」

「はぁ・・・こ、古風と申しますと?」

「教育がです・・・」

「はぁ・・・教育がですか・・・それでどんな風に?」

「例えばですね・・・息子の躾けに関しては、熱心な父親が多いですね・・・息子がちょっとやんちゃをしでかせば、すぐに『あれ』です!!」

「はぁ・・・『あれ』?」

「ワハハハハ・・・・岡田さんはこの町の出身ではないのですね・・・実は、私、この町の出でして・・・こう見えても、子供の頃は、かなり腕白坊主だったんですよ・・・だから、オヤジにはしょっちゅう・・・」

 そのエリート署長は、頬をポッと赤らめながら、喬雄に父親が息子を躾ける時の「あれ」のことをやけに詳しく熱っぽく語り始めるのだった・・・。

 上司である署長から、この町の警察の少年課の課長ならば、絶対に知らなければならないであろう「あれ」のことを聞いて、喬雄は、大いに感銘を受けるのだった。

 そして、喬雄は、

「県警本部にいた時は、ついつい忙しくて、朝の体操以外、息子たちのことは姉さんにまかせきりだったからな・・・いかん、いかん・・・これからは、我が家でも、息子を躾ける時は、『あれ』で行くか!!よし!いままで以上に厳しく、オレのこの右手で、アイツらを鍛えるぞ!!」

と心に誓うのだった。それ以来、岡田家でも、息子の大輔と大二郎は、オヤジ喬雄の膝上で生ケツをむき出しにされ、タップリとオヤジの右手のひらとスキンシップをすることになるのである。

・・・・・・・・・・

 「あれ」だけはこの町の流儀に合わせた岡田家。しかし、古風な町に生きる古風な人々に受け入れられることは、そう容易なことではなかった。仕事場である警察署ではともかく、特に、自宅の近所では、なにかとよそ者・新参者扱いされたのであった。

 その風向きがようやく変わり始めたのは、長男・大輔が、緑翠舎高校に入学してからだった。大輔は、オヤジ喬雄に反抗してか、オヤジが奨める剣道部には入らず、硬式野球部に入ってしまったのだ。

「反抗しやがって、仕方のないヤツだ・・・」

と、当初は思ったものだった。

 しかし、当時すでに、甲子園常連校となっていた緑翠舎高校は、その町の誇りであり、特に、硬式野球部員たちは、その町のどこへ行ってもヒーロー扱いされていたのだった。

 自分たちのことをよそものとして無視していた近所のおばさん連中も、朝、喬雄に会えば、

「ちょっと、大輔君、緑翠舎の野球部員なんだって!応援してるわよ!!」

と、いままでとは打って変わって親しげに、図々しくも向こうから話しかけてくるのであった。

 だが、オヤジ喬雄は、そんな状況に悪い気はしなかった。ならばと、長男・大輔の野球を熱心に応援するようになる。

 一方、息子の大輔は、この町で、緑翠舎高校・硬式野球部員であることの「プレッシャー」を感じ始めていた。そして、やがて、学校や町だけではなく、家庭でもいままで野球に全く興味を示さなかったオヤジからのプレッシャーをビンビンに感じるようになる。オヤジが、大輔の野球に関して、あれこれ干渉してきたのであった。

 そんなプレッシャーを感じつつも、大輔は、野球部の猛練習にも耐え、3年の時は、レギュラーとして甲子園出場を果たす。そして、引退。いままでプレッシャーに感じていたものから一気に解放された気分になり、城址公園でのマッパ・フリチン事件を起こしてしまうのである。

 しかも、その町で平成20年代の今になっても「少年たちにクーデターをそそのかす曲だ!」として絶対に聴いてはいけないことになっている尾崎豊の「卒業」を、悪友三人、チンコフリフリ、肩を組んで歌っていたから始末に悪い。

 その古い歌は、その古風な町の少年たちにとっては、オヤジたちに秘密でこっそり聴く歌のトップワンの曲だった。オヤジたちの「支配」を撥ね退けたい少年たちの内なる気持ちを尾崎が見事に代弁してくれているからかもしれない・・・。

 もちろん、オヤジの警察での肩身は一気に狭くなり、大輔たちが、お咎めなしで翌日釈放されたことで、かえって喬雄は、身内である警察署内でも陰口を叩かれるようになる。

 そんな中、今泉監督から、大輔たちの野球部での処分を決めたいから、学校まで来てほしいと連絡を受けるのだった。

 そして、今泉監督、大輔の悪友である鈴木康平と山本将太のオヤジさんたちの前で、大輔のオヤジ喬雄が、納会での息子たちに「あれ」でキツイお灸をすえることを提案したのである!

 喬雄から、「あれ」の提案を受けて、思わず頬をポッと赤らめる鈴木のオヤジさんと山本のオヤジさん。どちらも、その町の出身で、緑翠舎高校・硬式野球部のOBだ。オヤジからの「あれ」には、相当恥ずかしい思い出があるらしい・・・。そして、二人は、今泉監督が三人のお仕置きについて非常に乗り気な雰囲気なのを察知して、喬雄の案に賛成するのであった。

 大輔たちの、オヤジという法律、支配からの卒業はちと早かったのだ!!

・・・・・・・・・・

 いよいよ納会の日の昼すぎ。

 納会が行われるホテル「緑翠」の一階ロビーにある男子トイレの中で、岡田大輔が、野球部の後輩である長谷川浩二に、必死で何かを頼みこんでいた・・・。

「た、頼む!!浩二!!!パンツを交換してくれ!!」

「パ、パンツっすかぁ・・・で、でも、オレのパンツめちゃくちゃ汚いし・・・」

「それでもいいんだ!納会が終わったらすぐ返すから・・・なぁ!た、頼む!」

と言って、後輩に頭を下げる大輔。

「えっ・・・でも・・・パンツってのはちょっと・・・」

 先輩からのパンツ交換のお願いになかなか応じてくれない後輩に、岡田大輔は、焦りまくり、

「じ、時間がないんだ・・・すまん・・・」

と言って、後輩に飛びかかる!

「あ!!せ、先輩、何するんですか!!!」

 後輩の制服のズボンのベルトにつかみかかり、それを緩めようとする大輔。ベルトが緩むと、急いで、後輩のズボンをズズッと下ろそうとする。

 後輩の長谷川の顔が恐怖で凍りつく・・・しかし、それはいまにも制服のズボンを下ろされかけているからではなかった・・・。先輩の岡田大輔の後ろに、ものすごい形相をした大柄で強面の警察官が、迫ってきていたのだった。

「コラァ!!大輔!!こんなところで何しとるんじゃ!!」

 それは大輔のオヤジさんだった。なんと、警官の制服を着て、納会に出席するつもりでいるらしかった!

 大輔のオヤジさんは、息子の襟首をムンズと掴むと、息子を後輩の長谷川から引き離し、引きずるようにして外へ連れ出すのだった。

「何をコソコソやっとんじゃ!!潔くケツを出す約束だったろうが!!男だったら、潔く、堂々としとれ!!!さあ、こっちへ来い!!」

と、大輔を引っ張っていくのだった・・・。

「お、オヤジ・・・わ、わかったから・・・そ、そんなに強く・・・ひ、引っ張らないで・・・」

 真っ赤な顔で、もう泣きそうな顔で、自分から離れていく先輩の岡田大輔・・・それを呆気にとられて見ていた後輩の長谷川浩二は、

「あ、あれが岡田先輩のオヤジさん・・・ひぇ〜〜〜こぇ〜〜〜〜!!」

と思うのだった。

 その町では、オヤジは厳しい法律だった。

 特に岡田家の法律は厳しい。

 岡田家息子教育基本法

第一条 <息子の躾け> 大輔または大二郎が、悪さをした時、怠惰・怠慢な行為に陥った時、またはオヤジに反抗した時は、ケツ叩きの刑に処す。

2.<刑の執行方法> ケツ叩きは、息子たちのむき出しのケツをオヤジの膝上に乗せ、平手または適当な道具にて、厳しく打ち据えることによる。

3.<叩く回数> ケツ叩きの回数は、特に定めず。息子たちが十分反省するまでとす。

 いよいよ、大輔たちのケツに、オヤジの法律が定める厳罰が下される時が来たのだった!

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