オヤジの義務 by 太朗

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「ボクは君をかっこよくする義務がある。」

 今オレが運転している家族用バン、トヨタ・ヴォクシーのテレビCMの中で、父親役の俳優が言った台詞だ。そして、オレは、その言葉に大いに共感できるのだった。

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 あぁ〜〜、それにしても今オレの前で、パンツを膝まで下げてケツ丸出しで立っているオレのバカ息子は全然かっこよくない。

「なまのおしりはヤダよぉ〜〜〜〜!」

と、ケツを撫でながらもう泣きべそだ。

 息子の部屋の勉強机の椅子に座ったオレは右手に持ったお仕置き用の杓文字で、息子の左太腿を、

バチン!

と叩き、

「健太!甘えるな!さあ早くこっちへ来い!」

と一喝する。

 それは50センチほどの木の杓文字で、ヘラの部分には「正義」の文字が墨書きされている。オレのじいちゃんが広島で買ってきたものだ。オレもガキの頃、悪さをすると、オヤジからこの杓文字でよくケツを叩かれたもんだ。もう痛いのなんのって・・・。あの痛みは叩かれたヤツにしかわからないよな。

 息子は、

「いっ、痛い・・・」

と、思わず身体を横に反らして、叩かれた太腿を左手で揉むように押さえる。

 オレは、息子の左腕をグイとつかんで引き寄せると、息子の坊主頭をグイと押さえて、オレの膝に乗せるように屈ませるのだった。

「さあ、約束どおり百叩きだからな!」

「なまじゃ、超痛いよぉ〜〜〜、ごめんなさぁ〜〜い・・・ゆるしてぇ〜〜〜、グスン!」

と、息子は両手でケツを隠すようにして許しを乞う。往生際が悪い!

「まだ叩いてねえぞ!さあ、手をどけて、ケツを男らしく出せ!」

と、オレは息子の右手、そして左手を、順にグイグイと掴み、息子の両手がお仕置きの邪魔にならないよう、それを背の上でギュッと掴んだまま固定する。

「パパぁ・・・痛いよぉ・・・もうしないから、反省ているから、おしり、ぶたないでぇ・・・グスン!」

と、息子は最後の懇願をオレにしてくる。しかし、オレは、息子の甘えた態度に言葉ではなくケツ杓文字で応える。

バッチィ〜〜〜〜ン!

 快音一打!オレは、杓文字を右手に持ち高く振り上げると、息子のケツのほぼ中央に、それを思い切り振り下ろしたのだった。

「ギャぁ〜〜〜いだぁ〜〜いいいい!!うわぁ〜〜〜〜〜ん!!!ゆるしてぇ〜〜〜!」

と、息子はオレの膝の上で思わずのけぞり、オレのギュッと掴まれたままの両手を反射的にケツの方へもっていこうとする。一発目がバッチリと効いている証拠だ。息子のケツは、今、燃えるように熱くて痛いに違いない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 誤解してもらっては困る。オレは決して暴力オヤジではない。息子のケツを叩く理由はちゃんとあるのだ。

 木曜日・・・いきなり会社にかかってきた妻からの電話。カミさん、電話の向こうで泣きじゃくっていた・・・どうやら、オレのバカ息子、小6の長男・健太が、学校でいじめに加担していたらしい。

 それで、うちのカミさん、学校に呼び出され、担任の山崎先生からタップリとしぼられたらしい。あの40過ぎのオールド・ミス、そうとうキツイからな。カミさんが泣くのも無理はないか・・・

 どうやら事情はこうらしい。カミさんが泣いていたのは、そのオールド・ミスのお小言のせいだけではなかったのだ。

 健太のクラスには、就学前に重い病気を患い入退院を繰り返している綾羅木(アヤラギ)美和子ちゃんという女の子がいるらしい。

 現在、美和子ちゃんの病気は、徐々に回復しつつあるが、中学生になるまで定期的に入院して検査と強い薬を投与する治療を続けないといけないらしいのだ。可愛そうなことに、その薬の副作用で、美和子ちゃんの髪の毛はすべて抜け落ちてしまい、医療用のかつらを被って登校しているらしいのだ。

 その日の昼休み、クラスの男の子5人が、美和子ちゃんのかつらを取り上げしまい、「やぁ〜〜い!禿げ、禿げ!綾羅木の禿げ坊主!!!!」とからかったらしい。そして、そのかつらを踏みつけて、こわしてしまったらしいのだ。そして、なんとあろうことか、その5人の中の一人が、うちの健太だったのだ!

 ああ、オレは、体が震えるくらい腹立たしかった。いくら小5の子供がやったこととはいえ、それはもういじめではない。立派な暴力犯罪であろう。しかも、オレのバカ息子が、その暴力犯罪の一翼を担っていただなんて。

・・・・・・・・・・・・・・・

 木曜日の夜。会社から戻ったオレの前に正座している健太に反省の色は全くなく、男同士のつき合いがどうのこうのと生意気な言い訳ばかりだ。

 ついに頭にきたオレは、健太に、

1、坊主頭になって反省すること。

2、お仕置きとしてケツ百叩き。

3、オレと一緒に美和子ちゃんの家に謝りに行くこと。

を言い渡した。もちろん、お仕置きはオレの会社が休みになる土曜日に敢行だ!

「え〜〜〜、なんでオレだけお仕置きなのぉ・・・グスン・・・山本だって、村田だって、坊主になんかしないよ・・・・」

「他の子は関係ないだろ!これはお前のお仕置きだ!」

「綾羅木が・・・あ・・・美和子ちゃんが元気になったら、きっと仲良くするよ・・・」

「あたりまえだ!その前に、お仕置きだ!!!」

「えっえぇ〜〜〜グスン・・・」

 反省しているのかしていないのか、健太はなおもこの調子だった。

・・・・・・・・・・・・・・・


 そして土曜日。オレの会社は休み。健太は午前中が学校だ。もちろん帰って来たら、坊主頭にケツ百叩きが待っている。しかし、案の定というか・・・健太が帰ってきたのは午後7時近くになってから。全く、心配かけやがって・・・。

 オレは帰ってくるなり健太をつかまえ、

「さあ、床屋へ行くぞ!ランドセルは置いて、車に乗るんだ!」

と、厳しく言い渡す。

「えぇ〜〜〜、もう床屋さんしまってるよ〜〜〜、帰って来るときみたもん・・・」

などと、どうにかお仕置きを逃れようとして、思いつく限りの言い訳をオレにしてくる健太。

 しかし、オレは、絶対に許すとは言わなかった。あれだけの悪さをしでかしたのだ。息子にしっかりケジメをつけさせないといけない。それがオヤジであるオレの義務なのだ。

「バカ野郎!いつもの床屋じゃねぇ〜んだよ。信介おじさんのところに行くんだ!さっき電話をかけて待っていてもらっている!」

とのオレの言葉に、

「えっ!」

と絶句する健太だった。そんな健太を引きずるようにして車に乗せ、隣町にある床屋へ向かうオレだった。

 信介おじさんとは、隣町で床屋をやってるオレの中学時代の友人だ。

「いじめのケジメをつけさせるため、息子の健太を坊主にしたいからやってくれ!頼む!」

とのオレの依頼に、信介は、

「おまえの息子もそんな年頃になったか!ワハハハハ!!」

と笑い飛ばしながらも、快く引き受けてくれたのだった。

 もう言い訳するネタも尽きたのか・・・オレが運転する車の助手席に座る健太は、すっかりしょげかえっていた。

・・・・・・・・・・・・・・・

「丸坊主なんて格好悪くてやだぁ〜〜〜〜〜!!!!グスン!!!」

 バリカンの音を聞いて、床屋の椅子から逃げ出す健太。目に涙をいっぱいためている。

「泣くくらいだったら、なんで、美和子ちゃんにあんなひどいことしたんだ?」

とオレ。

「だってぇ〜〜、山本が誘ったから・・・・」

 まったく往生際が悪いバカ息子だ。同じ言い訳を何度繰り返すつもりだ。

 どうしても理容台の椅子に座ろうとしない健太。信介がオレの方を向いて目で合図してくる。中学時代のイタズラ仲間の信介である。信介が考えていることはわかっていた。オレと信介が本気でかかれば、健太の一人や二人を押さえつけ椅子に座らせることくらいたやすいことだった。

 しかし、そうはしたくなかった。オレは、このバカ息子に、男としての潔いケジメのつけかたを身をもって教えたかったのだ。それがオヤジの義務なのである!

 オレは、

「健太、帰りたかったら帰っていいぞ!車の中で待ってろ!」

と言うと、健太に自動車の鍵を投げ渡すのだった。鍵を受け取った健太はビックリしたようにオレのことをジッとみていた。

 そして、オレは、

「信介!オレのことを坊主にしてくれ!」

と言い、さっきまで健太の座っていた理容台の椅子に座るのだった。

「お、おまえ・・・いいのか?」

とあわてたように聞いてくる信介に、オレは、

「ああ、バッサリとやってくれ!!」

とキッパリ。

 もちろん、心配は無用。これは覚悟の上だった。会社の上司は、オレが結婚するときの仲人で、健太の名づけ親でもある。事情を説明して、丸刈りになる承諾はとってあったのだ。

ウィ〜〜〜〜ン!!!

 信介のバリカンは、みるみるうちに、オレの髪の毛を刈り落としていく。オレは、チラリチラリと後ろの健太の様子を見るのだった。

 オレの「身を呈した決死の」坊主作戦は、健太を押さえつけ椅子に縛り付けるより効果があったようだ。オレが丸刈りになっている間、健太はなんと、ガックリとうなだれながらも、信介の店の床に正座をして、「順番」を待っていたのだった。そして、自分の番になると、うつむきながらも、素直に理容台の椅子に座って、オレとおなじく、バリカンでウィ〜〜ンと丸刈りになるのだった。

 こうして、ケジメの坊主頭になった健太。散髪が終った健太の坊主頭を、オレは無言のまま、押さえつけるように撫でてやった。

 車の中では無言だった息子が、家に帰るなり、

「パパ・・・ごめんなさい・・・」

と、ボソリと、しかし真剣な口調で言うのだった。

 もちろん、素直に謝ったからといって、これでお仕置きが終ったわけではない。

「部屋に行って正座して待ってろ!」

と、オレは、健太に厳しく言い渡す。ケツ叩きはいつも健太の部屋でやるのだが、オレが行くまで、正座して息子を待たせるのが、我が家流であった。

「はい・・・」

と、元気なく返事をして部屋にトボトボと向かう健太。やっと素直になったか・・・やれやれ、手を焼かせやがる。

・・・・・・・・・・・・・・・

 オヤジは息子をきちんと責任のとれる一丁前の男に育てる義務がある!そう「ボクは君をかっこよくする義務がある。」のだ!

と、オレは自分に言い聞かせ、心を鬼にして、膝上の息子のケツを、我が家の教育用・「正義」の杓文字で何度も何度も打ち据える。

 約束は百叩き。一回でもオマケはなし。それが男同士の約束だ!もちろん、心配はいらない。甘やかさない範囲ではあるが、怪我はしないように、手加減はしているのだ。

バッチィ〜〜〜〜ン!

ベッチィ〜〜〜〜ン!

バチコォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!! 

「ぎゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!ごめんなさぁ〜〜〜〜い!!!!お尻の皮がむけちゃうよぉ〜〜〜!!!」

「バカ野郎!!お前のケツが何枚剥けたって、美和子ちゃんの心の傷は治らないんだぞ!!!」

バッチィ〜〜〜〜ン!

ベッチィ〜〜〜〜ン!

バチコォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!! 

「痛いよぉ〜〜〜〜!!!」

「お仕置きなんだから、痛くてあたりまえだ!」

バッチィ〜〜〜〜ン!

ベッチィ〜〜〜〜ン!

バチコォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!! 

「いだぁ〜〜〜〜〜〜い!!!」

「このくらい我慢しろ!!美和子ちゃんは、病院で、お前の何倍も何十倍も、痛くて苦しい思いをしているんだぞ!!!わかってるのか?」

バッチィ〜〜〜〜ン!

ベッチィ〜〜〜〜ン!

バチコォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!! 

「わかったよぉ〜〜〜〜!!!もうぶたないでぇ〜〜〜〜!!」

バッチィ〜〜〜〜ン!

ベッチィ〜〜〜〜ン!

バチコォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!!

 オレの膝の上で、叩かれる毎に、オレの腿をギュッと掴んでくる健太。やっと男らしくケツ叩きを受ける心構えができたのか・・・健太の両手を押さえているオレの左手に、オレはもう力を入れる必要はなくなっていた。
バッチィ〜〜〜〜ン!

ベッチィ〜〜〜〜ン!

バチコォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!!

バッチィ〜〜〜〜ン!

ベッチィ〜〜〜〜ン!

バチコォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!!

 98、99、100回と、オレは、約束通り、健太の生ケツを百回、「正義」の杓文字で厳しく打ち据えた。

「さあ、立ちなさい!」

 百叩きが終わり、オレは健太を前に立たせるのだった。泣いて抱きついてくると思いきや、健太は、

「いてぇ〜〜〜」

とつぶやきながら、ケツを痛そうに必死で擦り、頬についた涙の跡を腕で必死にふき取ろうとしていた。

「さあ、きちんと立って、オレの目をしっかり見なさい!」

「はい・・・」

 真っ赤なケツ丸出しで、オレの前に立った健太は、少し恥ずかしそうに頬を赤らめていた。目を下にすると、健太の股間からは、チョロと一本、産毛とは明らかに違う大人の剛毛が生え始めていた。コイツもそろそろ大人の男になりつつあるんだ・・・。

 オレは、健太の目をしっかりみて、

「どうだ!わかったか?お前が美和子ちゃんにしたことがどんなに卑劣なことなのか!」

と、健太に問いかける。

「はい・・・ごめんなさい・・・」

と、ペコリと頭を下げる健太。

「オレにあやまったって仕方ねぇだろうがぁ・・・明日は美和子ちゃんの家に一緒に謝りに行くからな!」

と、オレは三番目の約束を健太に思い出させるのだった。

「えぇ・・・ほんとうに、いくの・・・」

「あたりまえだ!約束だろ!わかったか?!!」

「は、はい・・・」

「よし!パンツをはいていいぞ!」

 オレにパンツを穿くことをやっと許され、膝まで下ろされていたパンツをあわてて上げる健太。この前のお仕置きのときとは全く違い、泣くこともなく抱きついてくることもなく、ただケツの痛みを必死で我慢するような表情でパンツにつつまれたケツを両手でそっと撫でる健太の姿が印象的だった。

 もちろん、オレと健太は、翌日、美和子ちゃんの家へ行き、美和子ちゃんのご両親の前で、両手をついて謝った。美和子ちゃんはショックで再入院してしまったことも聞いた。健太にとって、子供ながらも、そのことはかなり堪えたらしかった。カミさんの話だと、美和子ちゃんが退院した時、健太は、一人で美和子ちゃんの家へお見舞いにいったということである。


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 そして、今、オレが運転している家族用バン、トヨタ・ヴォクシーの後部座席には、高三になったオレの長男・健太が座っている。そして、その隣には、美人で可愛らしい女子高生が・・・もちろん、息子のガールフレンドさ。

 まったく驚いたよ。その娘があの綾羅木美和子ちゃんだなんて。

 健太に紹介されて「はじめまして・・・綾羅木美和子です。」とオレの前で恥ずかしそうに挨拶した彼女。すっかり健康的な女子高生になっていた。中学生になり、彼女を苦しめた病気も完全治癒と診断され、その後、再発もなく、いまでは健太と同じ高校に通い、健太とともにテニス部に所属して青春を謳歌しているらしい。

 それにしても、「オヤジィ!出かける方向一緒でしょ?」とオヤジを運転手にして彼女とデートとは、健太も相変わらずちゃっかりしてやがる。「セカチュー」とかいう映画を観るんだとさ。

 「なんだ?『セカチュー』って?高校生にもなってポケモン映画かぁ?」

とオレの的外れな質問に大笑いしながら、シネコンの前で降りる二人。

「おい健太・・・早く免許とって今度は自分で運転しろよ・・・オレが運転手だなんて、そう何度も甘やかさんぞ!」

 そんなことを思いながら、オレは、なかなかカッコよくなった息子の健太(かなり親バカが入っているかも・・・)、そして、すっかり健康になった美和子ちゃん、そんな青春真っ只中の二人の後姿を見送るのだった。

終わり

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