父子ラグビー物語 by 太朗 

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外伝 その2 汗と涙!男の友情と連帯感!東和大学応援団物語



 7月初旬、東和大バスケ部対明和大バスケ部の対抗戦は、東和の惨敗だった。

 東和大キャンパス内に建つ、学生会館。東和体育会所属各部の部室がその建物内にあった。なかでも、地下一階一番奥の一角は、応援団の部室が入っており、団員以外はめったに近寄らない場所だった。

「一年!部室前に整列ぇ〜〜〜〜〜〜ツ!」

「コラァッ!なにチンタラやってんだ!急げ!」

 応援団・親衛隊長で、四年の田辺の怒号が、地下一階に続く階段から、学生会館中に響き渡っている。学生会館一階中央の学生会館サロンでくつろいでいた東和大体育会各部所属の学生たちは、

「あ、また始まったな・・・」

「悲惨だな・・・援団の一年は・・・」

と、ささやきあっていた。

 それは、東和が明和に負けたときの恒例行事の始まりであった。応援団部室の前、地下一階一番奥の廊下が少し広くなった薄暗い空間が、その恒例行事の舞台だった。

「オッス!」

「オッス!」

と、口々に叫びながら、覚悟を決めた一年生団員たちが、集合し整列する。一年生全員、黒の応援団ジャージに身を包み、頭は五厘刈りで青いツルツル頭。それに比べて、顔の方は、4月の入団以来、応援団の伝統により髭剃りが許されないため、無精ひげが目立っているヤツが多かった。

 そんな一年生団員たち10名は、整列し、両手はピシッと脇につけ、頭のてっ辺からつま先まで体をピンと張り、四年生の言葉を一言一句聞き逃しまいと、集中するのだった。

 四年生の田辺親衛隊長は、髪は角刈り、髭の剃り跡が青々と残る精悍な顔立ちの東和男児だった。身長170cmとそれほど高くはなかったが、いかにも重心の低そうな屈強な体であることが、黒のガクランの上からもわかった。

 応援団における親衛隊とは、団長と団旗を守る重要な役割を担う。応援の時、舞台で演舞を披露するリーダー部に対して、裏方に徹しなければならない。まさに応援団を裏で支える縁の下の力持ち的存在だった。旗持ち、すなわち、旗手も親衛隊から選ばれるため、応援団員の中でも、屈強な体つき、そして、強固な鋼のような精神力の持主が、毎年、親衛隊に所属するのだった。

 親衛隊は、新入り教育も担い、親衛隊長は、その中心となって、一年生団員の教育、すなわち、シゴキにあたる。仏の団長に、鬼の親衛隊長と、親衛隊長は、一年生からは嫌われる、まさにツライ役回りでもあった。

 整列した一年団員を鋭い目で睨みつけながら、仁王立ちの田辺親衛隊長。まるで一年団員に見せつけるように、あの「闘魂棒」を前に立て、両手をその上端に重ねて置いていた。直径5cmで、長さは1m10cmほどの樫の丸太から作られた闘魂棒は、飴色に輝き、その側面には墨黒鮮やかに、

「これぞ東和男児の魂なり 魅せんか男の心意気」

と描かれていた。4月の入団以来、何度も闘魂棒でケツペタをかわいがられている一年団員たちの両ケツペタは、条件反射的に、キュッキュッと引き攣るのであった。

 そして、親衛隊長のいつもの言葉が、その恒例行事の前奏曲のように、一年団員たちの耳に入ってくる。

「我が東和が、本日、明和に『惜敗』を期したのは、お前らの応援に、『気合』の二文字が足りなかったからである!わかってんのか!」

「オッス!」「オッス!」「オッス!」「オッス!」・・・・

 次々返事をする一年団員たち。一年にとって、それは耳にたこができるくらい聞いたフレーズだった。

「これから、お前らにその不足した『気合』を充填するため、拳立て100回の試練を与える!」

「オッス!ごっつぁんです!」「オッス!ごっつぁんです!」「オッス!ごっつぁんです!」「オッス!ごっつぁんです!」・・・

 親衛隊長に感謝する一年団員たち。一年団員の一番端に並んでいた、一年団員のリーダー格、唐沢純太がデカイ声で叫んだ。

「オッス!拳立て100回!失礼しますゥッ!一年!拳立て準備!」

 一年団員たちは、「オッス!拳立て100回!失礼します!」と、口々に叫ぶと、お互いに少し間隔を開き、学生会館地下一階の7月でもひんやりとしたコンクリートの床に両拳をつく。

 再び、唐沢の号令、

「拳立て100回始め!イィ〜〜〜〜ちっ!」

 そして、それに続くように

「オッス!一!」「オッス!一!」「オッス!一!」「オッス!一!」・・・・

と、唐沢の号令にあわせて、拳立てを始める一年生団員たち。

「にぃ〜〜〜〜!」

「二!」

「二!」・・・・

「さぁ〜〜〜〜〜ん!」

「三!」

「三!」・・・・

と、拳立てが、規則正しく一年生たちによって行われていく。少しでも手を抜こうとすれば、竹刀を持って一年生たちを囲んでみている二・三年生の親衛隊員の檄と喝入れが、一年生団員たちのケツや腿に情け容赦なく飛んでくる。

・・・・・・・・・・・

「よんじゅう!」

「四十!」

「四十!」

 リズミカルに進んできた一年生団員たちの拳立ても、四十を過ぎる頃になると、乱れがちになり、声も小さくなっていく。床には、一年団員たちの、汗がポタポタと滴り落ち始めていた。それと反比例するかのように、

「オラ!オラ!それでもお前援団員かよ!」

「もっと気合を入れィ!」

「もっと深く腕を曲げろ!」

「ケツが上がっとる!体は、真直ぐピシッと伸ばせ!」

バシィ〜〜〜〜〜〜!

と、親衛隊の先輩団員たちの怒号と、一年生のケツや腿に炸裂する竹刀の音がだんだんと大きくなってくるのだった。

・・・・・・・・・・・

 それでも、4月に応援団に入団して以来三ヶ月、毎日のようにみっちりと「筋トレ」でしごかれた一年団員である。全員へこたれることなく、50、60、70、80と次第にきつくなってくる拳立て後半をどうにか乗り切ろうとしていた。健康な18〜19歳の男たちである。鍛えられれば鍛えられた分だけ、体は引き締まり、筋骨隆々に逞しくなっていくのだった。

 一年生の先頭に立つ唐沢とはちょうど列の反対側のどん尻で、一番小柄な応援団員が、他の応援団員に混じり、拳立てに汗を流していた。

 他の一年団員は、全員170cm以上の体格だったが、その団員だけは、160cmと小柄で、めがねをかけていた。坊主頭になったその風貌は、味噌のCMに出る「マルコメ小僧さん」にそっくりなため、他の団員や先輩からは「マルコメ」とあだ名されている東和大一年生の木下謙だった。

 応援団の伝統により、一年生団員は、一年間、髭を剃ることを禁止されていたが、木下の場合、そんな髭もなかなか伸びず、無精ひげも、産毛で鼻の下がうっすら黒くなる程度だった。入団から三ヶ月がたち、やっと身体は鍛えられ、少しはたくましくなってきたものの、4月の入団時は、もやしのように色白で、運動経験は全くなし、応援団ではあきらかに浮く存在の木下だったのだ。

 四年の幹部も、最初は入団を断ろうかと思っていたが、木下の「受験勉強でなまった自分の体と心を応援団に入って叩き直したい!男を磨きたいんです!」との熱意に負けて、入団を許可したのであった、

 4月に入団した25名の一年団員も、シゴキの辛さにまけ、7月には、半分以下の10名にまで減っていた。木下もすぐに尻尾を巻いて逃げるだろうと、先輩団員全員が思っていたが、意外にしぶとく根性があり、その10名の中に残っていた。

 そんな木下も、健康な身体を持った18歳の男である。4月には、腕立て10回がやっとだったのが、今は、拳立ても60回くらいまでは、軽くこなし、他の一年団員に遅れずについてくるほど鍛えられていた。しかし、最後の30〜40回では、まだまだ辛くなり、一度もまだ拳立て100回をクリアしたことのない木下だったのである。

 木下が拳立て100回をクリアできなければどうなるのか・・・それは語るまでもないかもしれない。連帯責任の「闘魂棒」による気合入れが、一年生団員たちのケツに待っているのだ。

 東和・応援団の闘魂棒は、それだけで威圧感があり、団員全員から恐れられているが、個人に対する制裁には使われることは稀であった。先輩より与えられる試練を、一年生全員が達せられなかった時に、連帯責任の罰として団員たちの尻に飛んでくるのだ。

 まさに、他の一年団員にとっては、「木下のために食らわなくてもいい『闘魂棒』をケツに食らっている」状態が、4月以来ずっと続いている。その日も、80回を越える頃から、木下の遅れが目立ってきていた。

 「はちじゅ〜〜う、いぃ〜〜〜ち!」唐沢の号令がかかる。そして、他の1年団員の「81!」の声。しかし、それに一息遅れて、木下の「81!」の意気絶え絶えのやっとの声が聞こえ始めていた。

 二・三年の団員からは、「オラ!木下!どした!」「遅れとるぞ!木下!」の叱咤激励が飛ぶ。それと同時に、

パァ〜〜ン!

ビシ、ビシ、パァ〜〜ン!!

と、腕立てでへばってくるとどうしても上がってしまう木下のケツを、先輩たちの竹刀が次次と強襲する音が聞こえてくる。

「またあいつか・・・」

「しっかりしてくれよ!」

「またアイツかよ!」

「俺たちの足ひっぱらないで、はやく、応援団やめちゃえよ・・・」

と、他の一年団員も、木下に対する恨み節を心の中でつぶやき始める。

「勘弁してよ・・・昨日食らったばかりだろ・・・今夜くらい上を向いてねかせてくれ・・・」

「闘魂棒・・・かんべんしてくれ・・・これじゃ、ケツがいくあっても足りないぜ・・・」

と、連帯責任の「闘魂棒」のことが頭にチラチラよぎり始めているのだった。

 いつもは静観している親衛隊長の田辺も、まだ一度も拳立て100回の試練をクリアしたことのない木下を励まそうと、「闘魂棒」を三年に預け、自ら木下のそばで拳立てをして励まそうとする。

 しかし、その日は、いつもと違い、自らの拳立てで苦しいはずの一年生の唐沢から、

「オラァ!木下!負けんな!あと、18だ!」

の声があがったのだった。

 木下に対する恨み節が心の中でこだまし始めていた他の一年団員も、唐沢の声に、ハッと気がつき、

「気合だ!木下!」

「根性だ!木下!」

「がんばれ!木下!」

と、次々と、声を上げるのだった。

 二・三年生の団員たちは、自分たちも経験した「あの時」を、いままさに一年生たちが経験していることに気がついていた。

 先輩たちからの怒号と木下のケツや腿に振り下ろされる竹刀の音が急に消える。そして、82、83、84と、毎回、「がんばれ、木下!」の声援が、苦しいはずの一年生団員から聞こえてくるのだった。

「よし!やっとわかってきたな、コイツラも・・・」

と、親衛隊長の田辺は、厳しい表情のままだったが、内心、喜んでいた。

 いままで、先輩たちからのシゴキに自分のことしか考える余裕のなかった一年生団員たちに、仲間である同期の団員を気遣う心の余裕が出てきたのだった。それは、応援団では特に重要な同期の団結心・連帯感の芽ばえの時だった。これからは、一年生団員の連帯感は日に日に強まっていくに違いない。しかも、それが、一年生の中でも将来の団長候補ナンバーワンの唐沢から芽生えてきたことが、一年生の教育係である田辺にはうれしかったのだ。

 そしてそれは、もちろん、一番弱い木下の心の中でも同じだった。

「よし!がんばるぞ・・・みんなに迷惑をかけてたまるか!絶対に100クリアだ!」

と、震えて、もうほとんど感覚のない腕に、最後の力を振り絞ろうとしていた。

85、86、87、88、89、90と、一回一回、

「オレ、絶対に負けない!」

「みんなのためだ!あと一回がんれば、100に一回近づく・・・」

「応援ありがとう!」

と、心の中で思い、叫びながら、拳立てをこなしていく木下だった。

 しかし、90回の大台に入り、毎回続く「木下!がんばれ!」の「仲間」たちの声援が、次第に遠くなってくるのを感じる木下だった。

「あぁ、だめだぁ・・・」

「あと、三回・・・・俺の腕・・・頼む、動いてくれ・・・」

「あぁ・・・みんなにまた迷惑かける・・・・・」

 次第に朦朧となっていく木下の意識。遠くで、「あと一回だ!木下!」「根性出せ!木下!」「ラストだ!木下!」の仲間たちの声が聞こえるような気がした・・・。

「やったな!おめでとう!」

「100回クリアだ!」

 ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!

と、みんなに囲まれ胴上げをされる木下。

 その時、誰かが叫んだ!

「あ!危ない!」

 下で受け止めてくれるはず仲間の手をすり抜け、自分の体が床にたたきつけられそうになる木下・・・。

 そして・・・ほんの数秒の甘美な夢からハッと目が覚める木下だった。

「おい!木下!」

「木下!目を覚ませ!」

 木下は、先輩からバケツの水をかけられ、ビショビショになり、冷たいコンクリートの床に横になったまま、目を覚ました。

「オラァ!!いつまで寝てやがるんだ!!さっさと起き上がれ!!」

 木下の無事を確認したからなのか、田辺親衛隊長や先輩団員たちの厳しい声が学生会館・地下一階に再び響く。

「オッス!」

の返答よろしく、どうにか起き上がる木下。

「整列!」

の、親衛隊長の厳しい怒号が、学生会館・地下一階の廊下に響き渡る。

「オッス!」「オッス!」「オッス!」「オッス!」・・・・

と、木下と9名の一年生たちは、親衛隊長の前に整列する。もちろん、親衛隊長の右手には、闘魂棒が握られていた・・・。

 

 木下が拳立て100回をクリアするには、まだ少し根性と体力が不足していた。その厳しい現実を、木下そして他の一年部員たちは受け止めなければならない。連帯責任の闘魂棒だった。

 「一点差でも負けは負け!」のスポーツの厳しさを、スポーツを外野から応援する応援団員の卵たちが、自らのケツを以って学び取る時がやってきた。拳立て99回でオマケしてもらえるほど、東和の応援団は甘くない。先輩との気合の勝負、いや、自分自身との勝負に負けた男たちが、これから尻に懲罰を潔く受ける時が来た。

「お前たちが憎いんじゃない・・・かわいいおまえたちに愛のムチを入れるのが俺の役割だ・・・俺もつれぇんだ・・・わかってくれ・・・」

 そんな思いは顔には出さず、厳しい面持ちの田辺親衛隊長は、前に整列した1年生たちをにらみつけ、 

「木下が拳立て100をクリアできなかったのは、お前ら一年生全員の気合が足りないからだ!その不足している気合を、これからオレ自らが、この闘魂棒で、お前らの尻からたっぷりと注入してやる!」

 これもまた暗誦できるほどに何度も聞いている親衛隊長の言葉だった。

「オッス!ごっつぁんです!」

「オッス!ごっつぁんです!」

「オッス!ごっつぁんです!」・・・

親衛隊長に感謝する一年団員たち。一年団員の一番端に並んでいた、一年団員のリーダー格、唐沢純太がデカイ声で叫んだ。

「オッス!失礼します!一年全員回れ右!」

 その号令にあわせ、

「オッス!失礼します!」

「オッス!失礼します!」

「オッス!失礼します!」・・・・・

と、一年団員全員が回れ右をする。唐沢が再び叫ぶ。

「オッス!失礼します!一年全員!位置につけ!」

 その号令にあわせ、一年全員は、

「オッス!失礼します!」

「オッス!失礼します!」

「オッス!失礼します!」・・・・・

と叫びながら、両足は約45度の角度にしっかり開いて踏ん張り、両手を挙げ、万歳の格好をする。

 再び、唐沢の気合の雄叫び。

「オッス!一年全員、尻出し!失礼します!」

 それにあわせて、一年全員は、

「オッス!失礼します!」

「オッス!失礼します!」

「オッス!失礼します!」・・・・・

と挨拶しながら、上体をやや屈めながら、さらに両拳をグッと握り、ケツを後ろへプリッと突き出す。応援団では、先輩に自分の汚いケツを突き出す非礼をことわるため「尻出し!失礼します!」というのが礼儀とされていたのだ。

 親衛隊長の方を向け、プリッと突き出された一年生団員たちの黒ジャージのケツ。入団以来3カ月間、一年生団員たちの汗が染み込んだ黒ジャージ。そのケツは、テカテカに光っていた。

 田辺は、「闘魂棒」を肩に担ぐようにして持ち、後輩たちのテカった黒ジャージのケツを眺めながら、一年生団員たちの後ろをゆっくり歩くのだった。

カツ、カツ、カツ・・・

 田辺親衛隊長の黒革靴の足音が、コンクリートの廊下に響き渡る。その音を聞き、一年生団員は、全員、緊張でゴクリと生唾を飲み込みつつも、カッと目を見開いて、前の方を睨むように凝視する。

 再び、唐沢の号令がかかる。

「オッス!失礼します!ケツの穴を閉めィ!」

 そして、その号令にあわせ、一年団員たちは全員、

「オッス!失礼します!」

「オッス!失礼します!」

「オッス!失礼します!」・・・・・

と、言いながら、己のケツの穴をキュッ、キュッと締めにかかるのだった。

 闘魂棒は、団旗の次に神聖なるものである。闘魂棒で気合を入れられた際、万が一にも、屁を放ち、闘魂棒を汚してはならない。そのため、ケツの穴をキュキュッと引き締めて、闘魂棒をいただくのである。闘魂棒の衝撃で前に倒れないよう、両足はしっかり開くも、ケツ穴はキュッとしかり締めておく・・・この体勢を体得できなければ一人前の団員とはいえないのだ。

 一年団員のテカった黒ジャージのケツの中央の部分がやや凹み、後輩たちのケツの双丘の鍛えられた輪郭、そして、それを包んでいる白ブリ―フのラインが、いままでよりも、クッキリ、プリッと、テカテカの黒ジャージ生地の上に浮かび上がる。そんな後輩たちの黒ジャージのケツを威厳を持った眼差しでみつめつつ、田辺親衛隊長は、満足そうに頷くのだった。

 果たして、唐沢が、

「オッス!失礼します!ケツの準備完了しました!闘魂棒、頂戴いたします!!」

と叫ぶ!それに続くように、一年団員たちが、声をそろえ、

「オッス!闘魂棒、頂戴いたします!!」

と、闘魂棒を懇願する。

「よし!」

と、田辺親衛隊長の声。

カツ、カツ、カツ・・・

 再び、田辺親衛隊長の黒革靴の足音。田辺が、闘魂棒を持ち、後ろで、「気合注入」を始めようとしている気配を、一年団員全員がケツで感じている。黒ジャージとブリーフにつつまれたケツが、なぜか、ムズムズし、鳥肌が立つのだった。

 一年団員の誰ももう、木下のことなど恨んではいなかった。自分たちの気合が足りなかったから、闘魂棒でケツを殴られるのだ。

「もっと、木下のことを気合を入れて応援していれば・・・俺は自分のことしか考えいなかった・・・仲間の木下のことを助けてやれなかった・・・不甲斐ない・・・」

 一年団員全員、そんな後悔と自責の念とともに、ケツを親衛隊長の方へ潔く突き出し、闘魂棒によるありがたい気合の注入を待つのだった。

「オレのために、みんながケツを殴られる・・・オレがもっと根性だしていれば・・・ゆるしてくれ・・・」

 木下は、今度も拳立て100をクリアできなかった自分の不甲斐なさを恥じて、やはり、早く気合を入れてほしいと、ケツを後ろへ出していた。闘魂棒が自分を鍛えてくれる。ありがたい。もっと、強くなりたい。そんなことを念じながら。

「行くぞ!」

と、田辺親衛隊長の、気合の入ったデカイ声に、思わず全員、前に突き出した両拳をギュッと握り直し、ケツ穴を、再び、キュッと引き締めるのだった。

バシィ!

と、重く鈍い音が、後ろの方から聞こえてくる。親衛隊長によって、唐沢のケツに気合の闘魂棒が唸りを上げた音だった。

 唐沢は、前に突き飛ばされることもなく、見事、田辺親衛隊長の闘魂棒を、両ケツでしっかり受け止め。

「オッス!ご、ごっつぁんでした!!」

と、少し苦しそうに叫ぶのだった。いつも一年生の中では、最初に、闘魂棒を食らう唐沢。その挨拶は、男のやせ我慢を滲ませる声色で、しっかり試練に耐えているというストイックな響きがあった。そして、同時に、一年生ながらも、気合と迫力を感じられる挨拶だった。

「いよいよか・・・」

「次はオレか・・・」

「オレは次の次だ・・・・」

 残りの一年団員は、ゴクンとつばを飲み込み、覚悟を決めて、闘魂棒が己のケツを強襲するその時を待つのだった。

 田辺親衛隊長を喜ばせることが再び起こった。唐沢が、隣でケツを突き出している柏崎に向かって、

「柏崎!がんばれ!」

と、声をかけたのだった。

 一瞬、驚く柏崎だったが、同期の唐沢からの応援に、気合の入った

「オッス!」

で応える。それにつられてか、まだ順番を待って、自分のケツの運命に気が気ではないはずの他の一年団員からも、

「柏崎!がんばれ!」

「柏崎!がんばれ!」

の声援が飛んでくる。そのすべての声援に、応えるかのように、そして、自分自身に気合を入れるかのように、柏崎は、

「オッス!闘魂棒、頂戴いたします!」

と、再度、挨拶し、あらためて、ケツを後ろへキュッ!プリッ!と突き出すのだった。

「行くぞ!」

の親衛隊長の鋭い声。

バチィン!

と、柏崎のケツに気合が容赦なく充填される。闘魂棒をケツでしっかり受け止めた柏崎は、ケツにカァ〜〜ッと燃えるようなものを感じながら、

「オッス!ごっつぁんでした!!」

と、雄たけびを上げる。

「よし!次!」

「向坂!がんばれ!」

「向坂!がんばれ!」

「向坂!がんばれ!」

と、同期の声援の中、

「オッス!闘魂棒、頂戴いたします!」

バチィ〜〜〜〜〜ン!

と、男の気合充填!

「オッス!ごっつぁんでした!!」

「よし!次!」

「柳田!がんばれ!」

「柳田!がんばれ!」

「柳田!がんばれ!」

「オッス!闘魂棒、頂戴いたします!」

べチィ〜〜〜〜〜ン!

と、気合充填一丁あがり!

「オッス!ごっつぁんでした!!」

 横一列に並んだ端から、次々と、闘魂棒による熱き男の気合充填が行われいく。闘魂棒がケツを打つ音が一人また一人と近づいてくる。ケツを後ろに突き出して、順番を待つ1年団員は、闘魂棒の痛さとその熱い衝撃を思いながらも、それを己のケツでしっかり受け止めなければ仲間に申し訳が立たないというプレッシャーに押しつぶされそうになる。そんな自分の不安を打ち消すかのように、仲間への声援に声を張り上げる。

 闘魂棒の順番を待つ一年団員からも、気合充填が終わり、ケツが焼けるように熱くて痛い一年団員からも、同期を励ます「がんばれ!」の雄叫び。そして、その声援は、列の一番端の木下の番になった時、頂点に達する。

「よし!次!」

「木下!がんばれ!」

「木下!がんばれ!」

「木下!がんばれ!」

「木下!くじけんな!」

 その声援に応えるかのように、

「オッス!闘魂棒、頂戴いたします!」

と、木下が、まだ少年のような少し高い声で、闘魂棒を気合の懇願。

「よし!行くぞ!しっかり足をふんばってろ!!」

 田辺親衛隊長の前に突き出された木下のケツは、まだ高校生の自分の弟のケツのように見えた。

「かわいいケツしやがって・・・だが、手加減はできん!」

と、心を鬼にして、闘魂棒を両手でグッと握りなおす。そして、木下の小さいがプリッと引き締まったケツの、一番肉厚の部分を下から叩き上げるようにして、木下のケツにも手加減なしの気合充填を見舞う!

べチィ!!!

 果たして、一年団員の中で、一番小さな木下の一番小さなケツにも、田辺親衛隊長の闘魂棒は容赦なく振り下ろされた!

「あぁ〜〜〜!」

と、思わず叫ぶ木下。木下は、その闘魂棒の威力に耐えることができず、前にぶっ飛ばされてしまったのだ。

 闘魂棒で気合を充填されたとき、一年団員の誰か一人が、足の一歩でも踏み出せば、気合充填は、最初からやり直し!それが、応援団の先輩と後輩、男と男の約束だった。

 木下は、闘魂棒の儀式においても、同期の足を引っ張ってしまう存在だった。木下は、入団以来、闘魂棒をケツでしっかり受け止められたことがまだ一度もなかったのだ。そのため闘魂棒の儀式は、一周で終わることはなく、毎度、5周行われるのが常だった。

 もちろん、木下がしっかりとケツで闘魂棒を受け止められない限り、儀式は終わらないのが原則だが、闘魂棒5本以上は、ケツが麻痺して意味がないことと、闘魂棒でけが人を出しては、闘魂棒の儀式の趣旨に反するので、最高でも一度に5本が、応援団の不文律だった。

 前の床につんのめる木下の後ろで、田辺親衛隊長の

「気合充填不十分!!もう一丁!!やりなおーし!!」

の無情の宣言が響く。

 昨日までなら、一年団員のほとんどが舌打ちし、ため息をもらし、木下を睨みつけていただろう。心の中は、木下に対する恨み節一本に違いなかった。しかし、一年団員たち心の中には、弱い仲間を全員で助けようとする、真に強い「東和男児」の精神が生まれつつあったのだ。

 木下の隣に並んでいた高山が、木下に手を貸してやる。

「木下!さあ、起きろ!がんばろうぜ!」

 高山が差し出した手を見て、思わず泣きそうになる木下。声に詰まって、「すまん・・・・」の一言がでてこない木下。泣きそうな顔の木下を見て、唐沢を始め、一年団員の口からは、次々と、

「がんばろうぜ!木下!」

「気にすんな!木下!」

「木下!ドンマイだ!」

の声がかかる。

 木下は、その声援に、目を瞑って、その場にいる全員が驚くほどの大声を腹から振り絞り、

「ウオッス!」

と、応えるのだった。

 痛いはずのケツをさすろうとするヤツは一人もいなかった。男らしくキビキビとした行動で、すぐさま、横一列に整列し直し、気をつけの姿勢を取る一年団員たち。

 それは、まるで、一生懸命に並べたドミノを完成目前で端からすべて倒されてしまった時ように、すべてが最初からのやり直しだった。

 まずは、田辺親衛隊長の言葉。

「木下が闘魂棒をケツでしっかり受け止められなかったのは、お前ら一年生全員の気合が足りないからだ!その不足している気合を、これから、この闘魂棒で、お前らの尻からたっぷりと注入してやる!」

 これもまた暗誦できるほどに何度も聞いている親衛隊長の言葉だった。

「オッス!ごっつぁんです!」

「オッス!ごっつぁんです!」

「オッス!ごっつぁんです!」・・・

 親衛隊長に感謝する一年団員たち。一年団員の一番端に並んでいた、一年団員のリーダー格、唐沢純太がデカイ声で再び叫んだ。

「オッス!失礼します!一年全員回れ右!」

 回れ右して、両足を約45度の角度に開いて立ち、両手を万歳の格好に挙げ、両拳をしっかりと握る。そして、上体を屈め、ケツを後ろに突き出し、ケツの穴をしっかりキュッと閉める!屁こき防止のためだ。

 最後に、唐沢が、

「オッス!失礼します!準備完了!闘魂棒、頂戴いたします!」

と言えば、二周目の始まりだった。

「行くぞ!」

の親衛隊長の鋭い声。

バチィン!

と、気合の充填。

「オ、オッス!ごっつぁんでしたぁ〜〜〜!」

の感謝の雄叫び!

 一周目とすべてが同じだった。一年団員がケツに感じる痛みが、一周目より増大したこと以外は・・・。

 二周目といっても、田辺親衛隊長の闘魂棒に「手加減」の三文字はない。一周目とは、比べものにならないほどの、熱い衝撃が、唐沢たちのケツに、ジンジンと染みてくる。

 それでもなんとか、唐沢始め9人の一年団員たちは、しっかり闘魂棒をケツに受け止める。そして、いよいよ、木下の番だった。一周目よりも大きな声の「木下!がんばれ!」の声援が一年団員から掛かる。

 両手拳をギュッと握り、

「オッス!闘魂棒、頂戴いたします!」

と、気合の挨拶をする木下。

「行くぞ!」

べッチィ!

 闘魂棒のクリティカルヒットが、木下のケツを強襲する。まさに作用反作用の法則。

 再び、

「あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

の叫び声ととともに、もろくも前にぶっ飛ばされる木下だった・・・。

「三本目か・・・」

「つれぇ〜な・・・・」

 他の一年団員全員の脳裏に、闘魂棒を三本以上食らったときのケツの状態がよぎっていた。今夜は上を向いては眠れない・・・黒紫のケツの痣はしばらくは消えない・・・椅子に座るのが一週間はツライ・・・ブリーフはく時のあのズキっとする痛さ・・・銭湯で黒紫のケツを晒しながら、白ブリの腰ゴムをグィと開いて、両脚を足穴に入れ、そぉっと両脚にはわせるようにしてそれを上げながらブリーフを穿くしかない・・・そんな情けない恰好の悪い自分の姿が頭に浮かんでくる・・・。

 しかし、唐沢の

「起きろ!木下!男だろ!ツレェのはお前だけじゃねぇ〜んだぞ!」

の怒鳴り声が、いつまでも床に倒れこんでいる木下だけでなく、再び木下への恨み節が心の中で頭をもたげようとする他の一年団員たちをハッと気づかせるのだった。

「つらいのはオレだけじゃない!みんなつらいんだ!」

 田辺親衛隊長の

「気合充填不十分!!もう一丁!!やりなおーし!!」

の冷徹な声が響いている。

「よし来い!三本目!」

と、全員自らを奮い立たせるように整列して、鬼の親衛隊長の前で、三度、気をつけの姿勢をとる一年生団員たち。全員ケツがジリジリ燃えるように痛かった。まるで焼きたての餅がケツペタに張り付いたようにケツが重かった。あと一本で、ケツの感覚が麻痺すること必至だった。

 振り出しに戻り、再び親衛隊長のあの言葉だった。

「木下が闘魂棒をケツでしっかり受け止められなかったのは、お前ら一年生全員の気合が足りないからだ!その不足している気合を、これから、この闘魂棒で、お前らの尻からたっぷりと注入してやる!」

「オッス!ごっつぁんです!」

「オッス!ごっつぁんです!」

「オッス!ごっつぁんです!」・・・

 親衛隊長に再び感謝する一年団員たち。一年団員の一番端に並んでいた、一年団員のリーダー格、唐沢純太がデカイ声で再び叫んだ。

「オッス!失礼します!一年全員回れ右!」

 再び、万歳してお辞儀してケツを出し、ケツの穴をキュッと引き締める一年生団員。

 一年生団員全員、もう五本目までを、うすうす覚悟していた。お互いに声を掛け合い、励ましあうしかなかった。

バチィ〜〜〜〜ン!

と、容赦なくケツに飛んでくる闘魂棒。三本目は、もう痛みより、股間に響く衝撃の方が大きかった。ケツが麻痺し始めたのだ。

 もちろん、最初の9人の一年団員たちは、見事、両ケツでしっかり闘魂棒を受け止め、

「オッス!ごっつぁんでした!」

の挨拶を決めていた。

 そして、いよいよ、木下の番だった。

「よし!次!」

「オッス!闘魂棒、頂戴いたします!」

と、木下の気合の請願!

「木下!がんばれ!」

「木下!根性出せ!」

「木下!気合だ!」

「木下!踏ん張れ!」

 いままで以上に大きな同期の声援に、再び胸が熱くなり、両拳をグッと握り締め、足のスタンスを今までより少し広めにとって踏ん張り直し、ケツをキュッと突き出す木下だった。

「木下!がんばってくれ!オレもつらいが闘魂棒を負けてやることはできん!」

 田辺親衛隊長は、胸の中でそう叫びならが、闘魂棒三本目を、

バチィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!

と、一切容赦することなく、木下のケツの肉を叩きのめすように振り下ろすのだった。

 一瞬、シィ〜〜〜〜〜〜〜〜んと静まり返った。木下の叫び声は聞こえなかった。そのことに最初に気がついたのは、唐沢だった。

「木下!挨拶だ!」

 ハッと気がつく木下。

「オッス!ごっつぁんでした!」

と、闘魂棒をしっかりケツで受け止められた時の挨拶をする木下。

 再び、シィ〜〜〜〜〜〜〜〜ンと静まり返った。

パチ!パチ!パチ!パチ!

 その手を打つ音は、田辺親衛隊長からだった。そして、他の二・三年生団員からも、

パチ!パチ!パチ!パチ!

と、拍手が起こり始めた。そして、同期の団員からも

パチ!パチ!パチ!パチ!

と、拍手が起こり始めた。

 最初は、まばらだった拍手が、次第に大きくなり、

パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!

と、まるで応援の最中に聞くような大拍手となり、木下を包んでいくのだった。

「よくがんばった!」

「よし!よし!」

と、田辺親衛隊長。

 そして、唐沢たち同期の一年が次々と声をかけ、肩をポンポンと叩き、木下の坊主頭を乱暴に撫ぜて触っていくのだった。しばらくその拍手と歓声は途切れることがなかった。そして、それに涙を流しながら「オッス!」で応える男・木下だった。

 やがて、再び、整列の号令がかかる。一年生全員、再び、横一列に整列し、田辺親衛隊長の前で、ピシッと気をつけの姿勢をとる唐沢、木下ら一年団員たち。

 満足そうな顔の田辺親衛隊長から、この恒例行事の締めの言葉だった。

「我が東和が、本日、明和に『惜敗』を期したのは、慙愧の極みであった。しかし、我が東和の将来を背負って立つ、君たち一年生団員の気合溢れる姿を見られたことに、極めて満足している!君たちのその気合が本物であることを、オレは、この目で今一度確かめたい!本日の締めとして、グランドまで、そしてグランド一周の気合のうさぎ跳びをオレに見せてくれ!」

 もちろん、闘魂棒でこの恒例行事が終わりなほど、東和の応援団も、田辺親衛隊長も甘くはない。

 「拳立て100→闘魂棒ケツ叩き→うさぎ飛び」は、東和大が試合に負けた時の、涙と汗のシゴキコースだったのである。

「あーーー、うさぎ跳びぐらい負けてくれーーー!」

と、一年生団員、全員が心の中で懇願していた。

 しかし、親衛隊長から、「気合のうさぎ跳びを見せてくれ!」と依頼されたら、一年団員としては断ることはできない。ただただ、

「オッス!ごっつぁんです!」

の気合の返事と、ピョン、ピョン、ピョンと、気合のうさぎ跳びを披露するしかないのだ。

 二・三年の先輩団員からは、再び、

「オラオラ!お前ら、うさぎ跳びだ!グズグズしてんじゃねぇ〜!」

の怒号が飛ぶ。

 唐沢が再び、音頭をとり、

「オッス!うさぎ跳び、失礼します!」

の雄叫びよろしく、ウンティング・スタイルにしゃがみ、両手を後ろに組むと、まるで、自らが模範を示し、

「ブツブツ不平をもらさず、男ならだまってオレについてこい!」

と、同期にいわんばかりに、

「ワッショイ!ワッショイ!」

と掛け声をかけ、ピョンピョンピョンと跳ねながら、一階へと続く階段の方へと向かうのだった。

 木下はじめ他の一年生団員も、

「ワッショイ!ワッショイ!」

の掛け声よろしく、ウンティング・スタイルのまま、両手を後ろに組み、ピョンピョンうさぎ跳びをしながら唐沢についていく。

 夕日に照らされながら、東和男児たちは、その熱き青春の1ページをまた母校・東和大キャンパスに刻んでいくのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 うさぎ跳びも終わり、部室の掃除をして、やっと開放される一年生団員たち。全員が帰ろうとした時、田辺親衛隊長がやってきて、

「おい!お前たち!ちょっと待ってくれ!」

と、一年生団員に声をかけてくる。

 またなにかシゴかれるのかと、不安になる一年生団員たち。

「オッス!全員整列!」

と、唐沢の号令。

「そんなに改まらんでもいい。今日の闘魂棒は痛かったか?」

「オッス!ごっつぁんでした!」

と、一年生団員の優等生的返事に、田辺はニヤリと笑う。そして、ガクランのポケットに手を突っ込むと、すこし照れくさいような顔になり、

「これはだな、木下が闘魂棒をケツにしっかり受け止められ、木下が男になれたことに対する、オレからの祝いだ!」

と言った。

「おぉ〜〜〜〜!」

と、一年生団員全員から声が上がる。

 そして、田辺は、

「二・三年生団員の手前、シゴキは負けてやれんが、これはオレからの気持ちだ!受け取ってくれ!」

といって茶封筒を一年生たちに差し出すのだった。

「オッス!ごっつぁんです!」

と言って、その封筒を代表して受け取る唐沢。

「あの・・・開けていいッスかぁ?」

と、遠慮がちに聞いてくる唐沢に、

「ああ、もちろんだ!遠慮はするな!」

と、田辺先輩。鬼の親衛隊長のこんなやさしい言葉を聞いたのは入団以来初めてだった。

 唐沢がその封筒を開けると、それは、大学キャンパスのすぐ近くにある銭湯「鶴の湯」の入浴券10枚だった!

 驚いたような表情の一年生団員たちに、

「お前ら、そろそろ臭うぞ!援団の寮じゃ、俺たちに気を使って風呂もゆっくり入れんだろうからな!今日は、鶴の湯でゆっくり羽を伸ばして来い!」

 そういえば、バスケ部の応援のための深夜までの練習で、先週は風呂になど入る余裕のなかった一年生団員たちだった。鬼の親衛隊長の暖かい気遣いに、思わずジィ〜〜〜んとくる一年生団員たちだった。

「オッス!ごっつぁんです!」

と、口々に礼をいう一年生たちだった。

「しかし、羽を伸ばしすぎて、寮の門限には遅れんなよ!おまえらのかわいいケツがまた泣くことになるからな!俺は助けてやれんぞ!じゃあな!」

と言って、ニヤニヤ笑いを隠すこともなく、部室から出ていこうとする田辺。

「オッス!失礼します!」

と、挨拶をする一年生団員たち。

 部室のドアのところで、何かを思い出したように、一年生団員の方を振り向いた田辺先輩は、まだまだニヤケた顔で、

「お前ら、男だったら、タオルでケツを隠すんじゃねぇぞ!」

と言うのだった。

「え!?」

と、一瞬、田辺が何をいっているのかわからない風の一年生団員たち。

 一年生たちのその表情に、田辺先輩は、再びニヤリとすると、

「銭湯で、お前らのケツの勲章を隠すなってことだ!!」

 その言葉にやっとわかったのか、思わず、一年生団員たちから笑いがもれる。一年団員たちが、親衛隊長の前で笑ったのは、入団以来、初めてのことだったであろう。

「いいか!男だったら絶対に隠すな!銭湯にいるヤツラにお前たちの気合の証を堂々と見せつけてやれ!」

「オ、オッス!」

と、戸惑いながら返事をする一年生団員たち。

 そうして田辺先輩は部室を出て行った。それを確認すると、一年生団員たちは口々に、

「とはいってもな・・・俺たちのケツ、今日は、相当派手だぜ・・・」

「すまん・・・オレの責任で・・・」

「気にすんなって!マルコメ坊やの責任じゃないよ!」

「そうだよ!気にすんな!」

「木下!ドンマイだ!」

「だいたいだなぁ!バスケ部が、あんなに不甲斐ない負け方するからだなぁ!」

 それを唐沢が遮った。

「高山!もう言うな!それ以上は愚痴になる!バスケ部の先輩方も頑張ったんだ!それ以上は言うな!」

「まあ、かわってるけどさぁ・・・バスケ部が負けて、俺たちがシゴカれるんじゃなぁ・・・」

「それが援団ってもんだろう・・・」

と、別の一年生団員。その言葉に、高山はじめ全員が妙に納得したようだった。

「さあ!風呂に行こうぜ!」

と、唐沢が全員に声をかけた。

「おお!」

と、全員から元気のいい声があがる。

「でさぁ!ケツどうすんだよ!?」

と、高山がさかんにみんなに聞いてくる。

「男だろ!隠さないの!」

「えぇ〜〜〜、でも大学一年もなって、ケツ殴られて青痣つくってるなんてみっともないぜ・・・」

「恥ずかしくない!男だったらケツは絶対に隠すな!」

と、リーダー格の唐沢の言葉に、

「お、おお・・・」

と、全員なんとなく頼りのない返事をする一年生団員の面子だった。

・・・・・・・・・・・・・・

 ジャージからガクランに着替えて、東和大キャンパスのある街にくりだす一年生団員たち。高襟のガクラン姿につぶれた帽子。そのバンカラな姿に振り向く東和大生も多く、ジロジロ見られるその視線に、恥ずかしくもあり、応援団員として誇らしくもあった。

 東和大正門から、歩いて四・五分の「鶴の湯」の男湯に入っていく唐沢たち。番台で「チワッス!」と挨拶をして、先輩からもらった入浴券を出して、脱衣場に進む。いよいよ、ケツの青痣、もとい、男の勲章のお披露目だった。

 当時はまだ銭湯全盛の時代。大学生たちの下宿も、ほとんどが風呂なしで、「鶴の湯」は東和大生たちでゴッタ返していた。

 ロッカーを確保し、いよいよ脱ぎ始める唐沢たち。ガクランを脱ぎ、シャツを脱ぎ、靴下を脱ぎ・・・・ブリーフを下ろすところでみんな躊躇する。

「どうしたんだよ!」

「はやくパンツ脱いで風呂に入ろ〜ぜ!」

「みんな!早くパンツ脱げよ!」

「そういう、お前から脱げよ!」

「バカ!お前が先だろ!!」

と、ケツの痣を銭湯中に晒すのが恥ずかしい、一年生団員たちは、ブリーフを下ろすに下ろせないでいた。

 さっきまでは、「男ならケツは隠すな!」と、カッコいいことを言っていた唐沢も、さすがに一人では恥ずかしいらしく、自分から最初にパンツを下ろせないでいた。

「あ!お前のブリーフ、黄色い染みがつきすぎぃ!」

「あ!お前だって、なんだよ!そのケツの茶色い筋!」

と、果ては、ブリーフの染みの品評会まで始まる。

 番台に座り、脱衣場に睨みを効かす、鶴の湯の主人・鶴田良哉(72歳)は、ブリーフ一丁でお互いにじゃれ合い、なかなか風呂に入ろうとしない東和大生の集団が気になって仕方なかった。

 風呂屋の主人がこちらを睨んでいることに気がついた唐沢は、

「おい!こうなったら、全員で、いっせいにブリーフを下ろそうぜ!」

と提案。

「よし!いっせいのせ!だぜ!」

「よし!わかった!」

「一斉の!」

と、応援団で鍛えられたその喉で馬鹿でかい声を出す高山だった。

「ばか!声がデカイ!」

と、唐沢にたしなめられる高山!

 いつもは声が小さいと先輩に怒鳴られている一年生団員たち。応援団で鍛えられ「小さな」声を出すことなどできなくなっていたのだ。

 声を潜めるように「一斉のせッ!」の唐沢の音頭で、一斉に、ブリーフを下ろす一年生団員たち。もちろん、一斉とはいっても、全員、己の白ブリーフの腰ゴムをグィ〜ンと思いきり開いて、それを膝までそぉっと下げる。でないと、ブリーブのバックと腰ゴムがケツに擦れて、ケツにズキッと激痛が走るからなのだ。

 果たして、全員、白ブリーフを脱ぎ捨ていると、すかさず白タオルでケツを隠す唐沢たち。唐沢たちのケツには、見事な青紫の横一文字の筋が、濃くクッキリと焼き付けられていた!

 ケツの青線もそうだが、その不自然な集団行動が、目立たないはずがない!

 東和大生がまたなにか騒ぎを起こすのではと、番台で一部始終を注視していた鶴田は、唐沢たちのケツの痣を見つけ、なにか昔を懐かしむようにさかんに頷いていた。旧海軍出身の鶴田は、「やはり若いもんは、ああやって鍛えられなきゃいかん!」とでも言いたげだった・・・。

 一方、白タオルで前ではなくケツを隠すようにして風呂場に入って来る唐沢たちを注視している三人の男たちがいた・・・。

「おい見ろ、原田!アイツラ・・・」

「誰をだよ?」

「あのケツの青痣!見えねぇ〜のか?」

「え・・・」

・・・・・・・・・

 男が男湯にはいってこんなに恥ずかしい思いをするとは、夢にも思わなかった唐沢たち。唐沢たちのケツの青痣は、嫌が上にも、目立ち、特に銭湯にいた東和大生たちの注目の的だった。一人ならともかく、10人も、判で押したように同じ青痣をケツにこしらえていれば、それは目立たないはずがなかった。もちろん、この経験は、唐沢たちの連帯感をいっそう強めることになったことは言うまでもない。

 体を洗い終わると、ケツの青痣を隠すには好都合の湯船に、全員、急いで飛び込むようにして入る唐沢たち。もちろん、湯船の端に座ったり、腰を下ろすことはケツが痛くてできず、なんともケツの置き所のない座り方で湯船につかるのだった。もちろん、ケツを隠していたタオルを、湯船につけることなどしない。ツルツルの坊主頭の上に、上手に畳んで載せるのだった。

 湯船につかり、体が温まってくると、血行もやたらとよくなり、闘魂棒で気合を注入されたケツも、ウズウズとむず痒くなってくるのだった。そのケツを湯船の下で、そっとさわってみる唐沢たち。しかし、ちょっと触れただけで、そのかゆみが、ズキッとする痛みに変わる・・・。

 これはたまらんと、ほどなく、10人全員が、再び、カルガモのような集団行動で、タオルで隠したケツを振り振り、脱衣場に戻ってくる。そして、タオルで体をサッとふき取ると、そぉ〜っとブリーフをはいてケツを隠そうとする唐沢たち。

 その唐沢たちの滑稽な行動に、海軍の新兵時代の自分の姿を思い出す鶴の屋の主人・鶴田は、可笑しくて、笑いを堪えるのに必死だった。

 鶴の湯の男湯・脱衣場で、どうにかブリーフでケツ隠せた安心感からか、唐沢たち一年生団員たちは、やっといつもの調子にもどり、ブリーフ一丁で、脱衣場兼休憩室をうろうろしながら、風呂で熱って汗が吹き出る体をさましていた。

 その時、さっき風呂場で、唐沢たちのケツの青痣を注視していた男たち三人が、唐沢たちのところへやってきた。三人ともやはりブリーフ一丁。そのブリーフは生協で売っている唐沢たちと同じブリーフだった。

「おい!原田・・・やめようぜ・・・」

「そうだよ・・・よりによって一年生に謝らなくても・・・」

「いや、俺は謝りたいんだ!特にアイツらにな!」

 その原田という名の男は、唐沢たち10人の前に来ると、

「お前たち、応援団の一年生だろ?」

と尋ねてくる。

 唐沢は、怪訝な顔をして

「え・・・ええ・・・でもなにか??」

 唐沢の後ろにいた高山が、なにか因縁をつけられるのではと思い、

「おい!相手にしない方がいいぞ・・・」

と、唐沢の耳元で小声でささやく。

「いや、俺たちはあやしいもんじゃない・・・」

と、原田。そして、いきなり、その三人の白ブリーフ姿の男たちは、唐沢たちの前に正座すると、

「オレは、バスケ部の主将、原田博之だ!今日は、お前たちの応援に応えられなくてすまなかった!」

他の三人も、

「すまなかった!」

「すまなかった!」

と、床に両手をついて頭を下げたのだった。

 一瞬、驚いてどうしていいかわからないでいた唐沢は、原田たちに声をかけることなく、ただ、同期の一年生たちに向かって、

「援団!!整列!!」

と、号令をかける。10人の一年生全員が、すぐさま唐沢の指示に従った。全員が整列すると、唐沢は、四年生がいつもやっているまねをして、腹から大声を張り上げた。ブリーフ一丁の股間を風呂屋の天井に突き出すようにして上体を反り、



「とうわぁーーーーー大学!たいいぃーーーーく会!えんだぁーーーん!リーダー部一年!唐沢純太!未熟ではございますが!栄光ある!とうわぁーーーー大学!たいいぃーーーーく会!バスケット部の必勝を期し!応援の音頭をとらせていただきまぁーーーース!」

と叫んだのだった!もちろん、風呂屋の客が一斉に振り向いた。

「ウォ〜〜〜〜〜〜ッス!」

と、闘魂棒でケツに気合を入れられたばかりの9人の一年生団員たちは、一年生としてはド迫力の返答をした。その雄たけびは、風呂屋の客全員の腹に響いていた。

 同期のその応答に満足したように頷くと、唐沢は、

「えんだぁーーーーん!てびょうぉーーーーーし!構え!」

と叫ぶ!

「オッス!」

と、他の一年生団員9人がブリーフ一丁で、横一列に整列し、腕を胸の前に伸ばして、両手を合わせて手拍子の準備をするのだった。

「フレェーーーー!フレェーーーー!とぉー!うー!わッ!」

 唐沢に続いて、9人の一年生団員が、手拍子に合わせて、

「フレフレ!東和!フレフレ!東和!」

と、復唱する。そして、「ウォ〜〜〜〜!」と雄たけびを上げると風呂屋中に響く割れんばかりの拍手をするのだった。

 四年生に負けない立派な応援だった。風呂場の客全員から、拍手が沸きあがる。

 番台の風呂屋の主人は、「まだケツを殴られヒィ〜ヒィ〜泣いてる、あの青痣の新兵たちがねぇ〜〜〜、なかなかたいしたもんだ!」と、ひとり頷きながら感心していた。

 短い応援が終わると、唐沢は、「さあ、失礼するぞ!」と同期の連中たちに言うと、まだ頭を下げているバスケ部の四年生三人に、「オッス!失礼します!」とだけいい、自分たちのロッカーの方へと、その場を立ち去る。他の9人も唐沢同様、一人一人、四年生たちに「オッス!失礼します!」といって、各自のロッカーの方へと戻り、再び、シャツとガクランを着こむのだった。

 そして、10人全員が揃うと、番台のオヤジに

「ごっつあんでした!」

と元気に挨拶をして、風呂屋を後にする。

 後に残ったバスケ部の四年生たち。その目からはなぜか涙が止め処なく流れていた。そして、たくましい応援団の新人たちに安心したのか 、「これで俺たちも安心して卒業できる・・・」と思うのだった。

 風呂屋での援団・一年生たちの男気溢れる応援の話は、バスケ部の四年生の三人の口から応援団の4年生たちの耳へ、そして、鶴の湯の主人・鶴田良哉からも、田辺親衛隊長の耳へ届けられたのであった。田辺親衛隊長は、昔、鶴の湯の深夜の掃除バイトをやっていたこともあり、鶴の湯の主人とは懇意の間柄だったのである。

終わり

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