深夜の罰ゲーム すし若バイト物語

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一、すし若のバイト

 昭和59年4月。大学一年生になった俺は、学生街にある一軒の回転すし屋でバイトすることになった。そこは、大手総合商社・三丸(みつまる)物産がやっている格安回転すし屋のチェーン店で、店の名前は「すし若 東和大学正門前店」だった。

 新米の俺の仕事は、閉店時の掃除以外は、先輩バイト店員の指示のもと、機械がにぎったシャリ(寿司飯)にネタをのせ、それをベルトコンベアーにのっけて客席に回すだけという素人でもできるものだった。

 バイトは三交代制で、俺はいつも深夜班といわれる第三班で、午後5時から閉店の午前12時までと閉店作業をする班だった。バイト代は他の時間帯よりもいいし、時間の関係上、バイトは野郎ばかり、しかも当然、終電などは気にしなくていい大学周辺に住んでいるジモピーなヤツらばかりだった。自然、俺たち全員はチームワークもよく楽しく仕事をこなしていた。

 俺たち店員は、厨房・板前用の白ズボンに、店名である「すし若」のロゴが入ったTシャツ、そして、同じく「すし若」のロゴが入った白帽、そして、スニーカー様の白の上履きといういでたちで店に立つ。そして、例えば、客が店に入ってくると「らっしゃい!」、店から出て行くときは「シタ!」と威勢良く挨拶する。まるで「やまびこ」のように、一人のバイトが挨拶すると、他の店員もおうむ返しに同じ挨拶をするのだった。「らっしゃい!」は、「いらっしゃいませ!」で、「シタ!」は、「ありがとうございました。」だ。よく聞いてもらえれば省略はしていないのだが、「らっしゃい!」「シタ!」の部分だけ異様に強調して叫ぶので客にはそう聞こえるのだった。

 店に普段いる店員は全員大学生のバイトで、レジ係りと経験を要する寿司飯炊き(シャリ炊き)は、バイト歴2年超の先輩バイト店員の役割だった。それで、レジ係りでバイト歴が一番古いものはフロアー長と呼ばれ、同じく、シャリ炊き係りで一番のベテランは厨房長とよばれ、俺たちバイト仲間のリーダー的存在だった。フロアー長は、「すし若」本部センターに、ネタの注文をする重責も担っていた。



二、店長とは

 俺がその店でバイトを始めて3週間くらいしたある日。俺が第三班の出番に備えて休憩室で着替えている時、フロアー長の田中さんと、厨房長の井上さんがなにやら話をしている。二人は、俺が通う東和大学の三年生だった。

「今日は新店長が来るんだったよな・・・井上?」

「ああ。栗原さんみたいにあんましチェック厳しくない人だと楽勝なんだけどな・・・」

「だよな・・・俺もそう願ってるんだ。おまえ、栗原さんに新しい店長がどんな人か聞いたか?」

「いや・・・まあ、今夜になればわかるさ。」

「まあ、そうだな・・・さあ、気合入れていこうぜ!」

「ああ!」

 その話を聞いて、 

「新店長?そうか栗原さんの代わりに新任の人が来るんだ・・・」

と俺は思った。

 「すし若」における店長とは、「すし若」を運営している商社・三丸物産に入社3〜5年目の若手営業マンたちで、多い人では一人2、3軒のチェーン店をまかされているらしい。普段は店にいないが、毎日一回、閉店近い時間になると必ず売り上げとレジのチェックに来るのだった。もちろん、レジで打ち込まれた 売り上げデータは、三丸物産ご自慢のPOSシステムによって、本社の管理センターに逐一報告され、レジにある現金の横領など現実にはできないのだが。

 店長は、レジのチェックの他、お店運営に関する様々なことをバイト店員たちに指示して帰っていく。たいていは閉店間際に来るので、店長が厳しい人か否かは、当然、俺たちのバイト先からの帰宅時間にかかわってくるのだった。

 

三、新店長・京極正彦登場!

 俺たちバイトとその新店長が初対面したのは、とある平日の夜だった。

 その日、俺がバイトをしていた時間帯(平日午後5時〜閉店時間の午前0時・ラストオーダーは午後11時30分)のバイトの人数はジモピー野郎ばかりの12人、しかし、店は常時学生たちで混雑していた。しかも、その日は平日で、午後7時過ぎからは、会社帰りのサラリーマンが加わり、忙しさはかなりのものだった。

 時間はあっというまに過ぎ、午後11時をまわって、客もまばらになってきた頃、フロアー長の田中さんがブツブツ言い始める・・・

「新店長、まだかよ・・・おっせぇ〜なぁ・・・」

「前任の栗原さんに電話入れてみれば?」と、厨房長の井上さん。

「いや・・・栗原さんは広島転勤でもう東京にはいねぇからなぁ・・知るはずねぇーよ・・・」

「そうか・・・じゃあ、待つしかねぇってことか・・・」

「ああ、本当に来るのかなぁ・・・新店長?」

 そして、それは、閉店時間の午前12時を過ぎ、ホール長の田中さん指示の下、俺たちが閉店作業を始めようとした時だった・・・ 店の自動ドアが開き、一人の男が入ってくる。

「あ、すいません・・・もう閉店なんです・・・」

の田中さんの言葉を遮るようにその男は、

「オッス!」

とだけ言って、店の中にズカズカと入り込んでくる。

 その男は、浅黒く日焼けし、短髪、キリッと引き締まったイカツイ顔立ちに、目は非常に鋭く俺たち全員を睨みわたす・・・スーツも、ホストや風俗店の黒服にも負けず劣らずの「夜の街」によく似合うタイプの黒系のスリムスーツだった。

 俺たちはその筋の人かと一瞬固まった・・・というのも、こんな学生街にも任侠な方々の縄張りがあった。もちろん、三丸物産の総務部はそういうところは怠りなく、俺たち学生バイトに万が一にも危害が及ばないよう事前対応をしている。しかし、堅気な企業も、任侠な方々も、所詮、組織は組織・・・春の定期人事異動で、縄張りを受け持つチンピラが変わったりすると、時々、閉店間際、事情を知らないチンピラがみかじめ料(いわゆるシャバ代、あいさつ料)を間違って徴収に来るのだった。

 俺たちがこう思うのも無理はなかった。前任者の栗原店長は、眼鏡をかけ、温厚な顔つきで、色白ポッチャリ、いかにもサラリーマン風の七三分けだった。それに対して、いま店に入ってきた男の風貌は、とてもじゃないが、三丸物産に勤めるサラリーマンには見えなかったからだ。

 もちろん、その男の、

「新店長の京極だ!よろしく!」

の一言で、俺たちの緊張は一気に緩むのだった。

 そして、その京極新店長は、俺たちが、

「よろしくお願いします!」

と挨拶し終わるか終らないかのうちに、

「店を閉めたら、全員ホールに集合!」

とだけ言って、厨房の奥にある事務所に入っていった。ホールとは、満員の時、客を待たせておくための待合場所のことで、「すし若」 東和大正門前店の待合ホールはかなり広かった。

「なんか、怖そうな人だな・・・」

俺たちは、お互いにそんなことをいいながら、一瞬途切れた閉店作業に戻るのだった。

「俺、挨拶に・・・」

と行って、フロアー長の田中さんは、あわてて事務所に入っていくのだった。

・・・・・・・・・・・・

 しばらくして閉店作業が終わり、俺たち12人のバイトは、新店長の指示通りにホールに集合した。すし若のバイト服のままだった・・・

 そして、京極新店長が事務室からホールに出てきた。

「お疲れ!」

の新店長の挨拶に、俺たちは鸚鵡返しに、

「お疲れ様です・・・」

と挨拶する。

 俺たちの元気のない、いかにも型どおりのセリフを読むような挨拶に、京極さんは、

「なんか、元気ねぇーなー!もう一回!お疲れさん!」

と、挨拶を促す。

「お疲れ様です!!」

と、俺たち。

「よぉ〜〜し!やっと元気が出てきたみたいだな・・・俺が今日からこの店を預かることになった新店長の京極正彦だ!よろしくな!」

「よろしくお願いします!」

「俺は4年前に東和大を卒業した!体育会・空手部出身だ!おめえらの中に空手部のヤツはいるかぁ?」

 俺たちは、顔を見合わせる。バイトの中に体育会所属のヤツはいなかった。運動をしているヤツはいても、せいぜい、スポーツ系同好会止まりだった。

 京極さんは、俺たちの中から返事がないのに少しがっかりしたようだったが、すぐに、気を持ち直したように、

「そうか・・・まあ、どっちでもいい。俺はおめえらの先輩ってわけだ!まあ、よろしく頼むぜ!」

と、ニヤリと笑うのだった。

 俺たちは、もう一度、

「よろしくお願いします!」

と挨拶する。

「ヒェ〜〜!あの人、体育会空手部出身かよ・・・なんか厳しそうな人だな・・・他のバイト探そうかな・・・」

と、俺たちは、内心そう思っていた。

 

四、13人のパンツ一丁な野郎たち

 京極さんは、俺たちの顔を見渡すと、

「そうか・・・この店は野郎ばっかかぁ・・・こん中で、電車で帰るヤツいるかぁ?」

と、聞いてくる。

 もちろん、その日のその時間帯のバイトは、全員、ジモピー野郎ばかり。チャリか徒歩で、下宿か自宅、または、キャンパス内の一般学生寮に帰るヤツらばかりだった。当然、手を挙げた者はいなかった。

「じゃあ、明日、試験のあるヤツいるかぁ?」

 もちろん、新学期早々、試験のあるヤツはいなかった。これも手を挙げたヤツはゼロ。

「よっし!じゃあ、時間は関係ねぇ〜な!そんなら決まりだ!挨拶代わりにおめえらと一丁、勝負といくかぁ・・・」

 そういうと、京極さんは、俺たちが予想だにしなかった、まさに、想・定・外!!な行動に出る。

 京極さんは、いきなり、スーツを脱ぎ、ネクタイをはずし、ワイシャツを脱ぎ始める・・・

 京極さんの浅黒い上半身は、筋肉質でガッシリ締まっていて、その胸板の厚さから、「体育会・空手部出身」というのがウソでないことが、俺たちにも一目見てわかった。白のランニングシャツが似合っていた。

 そして、京極さんは、そのランニングシャツも脱ぎ捨て、さらに、スラックスまで脱ぎ始める。

「ちょっと、ちょっと・・・この人、危ねぇ〜〜んじゃねぇ・・・」

 俺たちは、京極さんから、身も心も、一歩引き始めるのだった。

 スラックスの下から、京極さんのセミビキニ白ブリーフが顔をのぞかせた。引き締まって堅そうな筋肉に覆われた上半身、しっかり二つ割れた腹筋、その真ん中になかなか形のいい ヘソがあり、そこから薄っすらと黒い体毛の線が一本、ブリーフの方へと降り続いている。そして、その体毛の黒い線が白いブリーフのコットンに隠れたところの盛り上がりは、京極さんのブリーフのフロントに隠された男性自身がかなり立派なものであることを 物語っていた。そして、そのブリーフの下からヌッと二脚出ている堅そうな筋肉で覆われた盛り上がった両太腿。体育会で鍛えた人の肉体を、俺たちは、まざまざと見せつけられるのだった。

 ここでやっと俺たち12人の視線に気がついたのか、京極さんは、

「なんだよぁ・・・気持ち悪りぃ〜〜な・・・ジロジロみてねぇ〜で、おめえらも脱げ!脱げ!パンツ一丁だ!」

と言い放つ。

 そして、京極さんは、

「最近、体、動かしてねぇ〜〜なぁ〜〜」

とつぶやきながら、軽くジャンプしながら、

「とりゃぁ!とりゃぁ!」

と声を出しながら、軽く蹴りの動作を繰り返すのだった。 シュ!シュ!と足が空を切る音が妙に不気味だった。

 いきなりやって来た大手総合商社・三丸物産のサラリーマンが俺たちの前でブリーフ一丁になったのである。

「いきなりスーツ脱ぎ始めて裸になっちゃって・・・気持ち悪りィのはこっちの方ッスよ・・・」

と誰もが思ったが、そう言える雰囲気ではなかった。三丸物産の社員である前に、なにしろ京極さんは、体育会・空手部出身!東和大生の俺たちにそのことが重くのしかかっていた。そんなこと言ったら、きっと殺されるに違いないと俺たちの誰もがそう思っていたのだった。

「は、はい・・・」

 俺たちは、お互いの顔を見合わせながら、「しゃぁ〜〜ない・・・脱ぐかぁ・・・」的な雰囲気をお互いに感じ取りながら、バイト服を脱ぎ始めるのだった。

・・・・・・・・・

 しばらくして、俺たちは全員、パンツ一丁となる。回転すし屋の待合ホールの暖色系の灯りの下に、京極さんと俺たち、13人のパンツ一丁の野郎たち・・・かなり、アブノーマルな光景だった。もちろん、ガラス窓にはすべてブラインドが下ろされていたので、その光景は外からは見えなかった。

 俺たち全員がパンツ一丁になると、京極さんは、俺たちのパンツを見渡し、

「なんだぁ!なんだぁ!おめえら、揃いも揃って全員トランクスかよ!チェッ!畜生・・・オシャレじゃんかよぉ・・・」

といい始める。

「・・・・・・」

 俺たちバイト一同、沈黙。

 昭和59年ごろの若い男の下着といえば、ブリーフは高校で一応卒業。大学からは、大人でオシャレな!トランクスが常識になりつつある時代だった。もちろん、大学生になっても、ブリーフのヤツは多かったのだが。

 俺たちの沈黙を無視するかのように、 

「あのなぁ・・・俺はブリーフ一丁だぜ・・・おめえらが全員トランクスじゃ、不公平じゃん!!」

と、京極さん。

「・・・・・・」

 俺たちバイト一同、再び、沈黙。

「なんで不公平なんスかぁ?別にいいじゃないッスかぁ・・・挨拶代わりの勝負って、なんか知らないッスけど・・・いやなら、止めて早く帰りましょうよ・・・」

と、俺たちは内心そう思っていた。

 その場の空気を感じ取ったのかどうかは知らないが、京極さんは、

「しゃぁ〜〜ねぇ〜〜なぁ〜〜」

とつぶやき、 そして、俺たちが予想だにしなかった、またもや、想・定・外!!!な行動に出るのだった!

 京極さんは、なんといきなり、自分のスーツの裏ポケットから財布を出すと、そこから、万札を一枚引き抜き、それをフロアー長の田中さんに渡すのだった!!

「ダッシュだ!コンビニへ行っておめえらのブリーフ12組買って来いや!!!」と京極さん。

「え!俺がいくんスかぁ?」と不満そうな田中さん。

 京極さんは、「しゃぁ〜〜ねぇ〜〜なぁ〜〜〜」といった顔つきを再びして、

「誰でもいいよ!早く行って来い!夜があけちまうぞ!」

と俺たちを促す。もう時間は午前0時半を回っていた。

 田中さんは、「じゃあ、お前行って来て!」と、その一万円札を厨房長の井上さんに渡す・・・

 それを渡された井上さんは、「え、俺、やだよ・・・」と、隣にいた山本さんに渡し・・・

 その山本さんは、不満そうな顔をして、バイトの後輩の北島さんに、「お前、行って来い!」と京極さんからの一万円を渡す・・・

 ああ、金は天下のまわりものとはこのことか・・・ちゃうちゃう!・・・結局、バイトで一番下っ端、一番新入りの俺のところにその一万円札はまわってきて・・・結局、俺が、ブリーフの買出しに行くことになり・・・(ちょっと倉本聡風に書いてみました(爆))。

 自慢ではないがお人よしの俺は、文句一つ言わずに、

「さ、サイズは・・・・?」

と、そこにいるバイトの先輩たちに聞いてしまう。

 京極さんは、トランクス一丁の俺たちの体型をざっとみまわし、

「全員、Mでいいだろ!」

と俺に指示する。

「あの〜〜、俺は、え、Lにして下さい!Mじゃ、入らないッス・・・この前、やぶけました・・・Mだと・・・」

と、俺たちの中では一番背の高い、東和大二年生で、バレー同好会「ブルーサンダー」所属の岡田さんが、遠慮がちに手を挙げてリクエストしてくるのだった。

「じゃ、おまえはLだな!他にM以外のヤツはいるか?」

と、京極さん。俺たちからは反応なし。

「じゃあ、お前・・・名前はなんだっけ?」

「こ、小林・・・小林太郎です・・・」

「そうか・・・小林、じゃあ、コンビニへ行って、俺とおんなじ、白のセミビキニブリーフのLを1組と、Mを11組買ってきてくれ!ダッシュで頼むぞ!」

「え・・・このままの格好でですか・・・」

と、俺は、後から考えれば、かなりアホな質問をする。それだけ、俺、いや、俺たちは、ブリーフ一丁の京極さんが仕切るその場の雰囲気に飲み込まれていたのだった。

 京極さんはニヤリと笑い、

「パンツ一丁の買出しかぁ?お前なかなか根性あるじゃんか!空手部のシゴキにも十分耐えられるぜ!推薦状書いといてやるぜ!」

と言う。

「えぇ・・・いいッス・・・え、遠慮しておきます。」

と俺。

「バカ野郎!冗談だよ!冗談!早く、脱いだバイト服着て行って来い!!」

「は、はい!」

と返事をすると、俺は、さっき脱いだばかりの、厨房・板前用の白ズボンに、店名である「すし若」のロゴが入ったTシャツを着こんで、まだ薄ら寒い4月の深夜の街に飛び出して行くのだった。

 

五、深夜でも恥ずかしいぜ!赤面のコンビニ・ブリーフ買出し!

 街に飛び出してみて、板前のようなバイト服で街を走るのは、パンツ一丁で走るのと負けず劣らず恥ずかしいことに気がついた。

 東和大・最寄り駅の井の頭急行電鉄「世田谷東和大前」駅周辺には、かなり大きな歓楽街もあり、午前0時半を回っても大学正門から駅へと続く商店街の灯は明るく、飲み屋帰りのサラリーマンたちで人通りは多かった。

 そのサラリーマンたちの視線を感じながら、俺は、ダッシュで、一軒目のコンビニに立ち寄る・・・

「うっ・・・混んでいる・・・」

 そうなのだ。深夜のコンビニは、帰宅帰りのサラリーマンや、夜食を買いに来た大学生たちでかなり混んでいるのだ。そして、雑誌コーナーは、エロ本を立ち読みするジャージ姿の学生たちで盛況だった。

 昭和59年当時、コンビニにはブリーフが普通においてあったし、男がブリーフを買うこと自体、全く恥ずかしいことではなかった。

 しかし、合計12組のブリーフを買うとなると話は別である。そもそも店の棚に、12組のブリーフなど置いていないのだ。必然、俺は、レジに並んで、在庫があるかどうか聞くことになる。

 一軒目のコンビニでは、ただでさえ混んでいるレジで、俺と同じ年ごろの野郎のバイトは、面倒くさそうな顔をして、

「これとおんなじ、グンゼの白のセミビキニブリーフ、Mをあと9組ッスね・・・ちょっと調べてきます・・・」

と、店中に聞こえるようなデッカイ声でそう言って、レジを一時中断し、奥へと在庫を調べに行く。

 出口付近にある雑誌コーナーでエロ本を立ち読みしていたジャージ姿の学生たちが、振り返って俺の方を一斉に振り向き、ニヤニヤと俺の方を見ている・・・出口の方に首を向けた俺と視線があってしまい、俺はあわてて視線をそらす。なにか部活のシゴキ買い物だと思ったのだろうか・・・

 さらに、俺の後ろからは、「チェッ!」と舌打ちする声が聞こえてくる。俺の後ろに並んでいる人たちだった。もう、俺は後ろを振り向くことも出来ず、ただ真っ赤な顔で待ち耐えるしかなかった。

 10分以上して、バイト店員は戻ってくる。しかし、

「在庫はないッス」

と、つれない返事をするのみだった。結局、M2組、L1組のブリーフを買って、俺は、二軒目のコンビニへと急ぐのだった。

「あと、9組かよぉ・・・買えるのかなぁ・・・」

 二軒目に寄ったコンビニもほぼ同じ応対だった・・・そもそもコンビニというのは、余計な在庫を店に一切抱えこまない流通形態なのだ。在庫などあるはずなかった。

 二軒目で2組、三軒目1組・・・四軒目3組と、そのあと俺は、大学周辺の5軒ほどのコンビニによって、やっと、12組のブリーフをかき集めてきたのだった。

 そして、店に戻った時は、時間はもう午前1時を回っていた・・・。

 

六、勝負!!最初はグーー!ジャンケンポォ〜ン!

 店に戻ってきた俺に、

「なにグズグズしてんだよ!」

とでもいいたげな、バイトの先輩の冷たい視線が突き刺さる。

 京極さんも、

「おっせーぞ!なにチンタラやってんだよ!」

と開口一番、俺のことを怒鳴る。もう俺は泣きたい気分だった。

 そして、

「さあ、サッサとブリーフに穿き替えろ!」

と、京極さんは、俺たち、12人のバイトに早速命令する。

 俺たちは、ちょっと懐かしい高校時代を思い出しながら、チンチンを手で隠しつつ、トランクスからブリーフへ着替える。久々のブリーフのフィット感に、股間がやや窮屈だった・・・。

 そして、ブリーフ一丁になった俺たち12人は、京極さんがやろうといい始めた「勝負」のルールを京極さんから聞くのだった。

 その勝負とは、なんのことはない、京極さんを含めた13人全員でジャンケンをし、勝った者から抜けて行き、最後に負け残った者が、勝った12人からブリーフ一丁のケツを蹴られるというものだった。まさにジャンケン・シッペのケツ蹴り版だった。

 もちろん、バイトの俺たちからはブーイングが起こるが、強引な京極さんが引くはずがない。京極さんは、ニヤリと笑い、

「いいかぁ!これは男と男の真剣勝負だからな!気合入れて負けたやつのケツを蹴ること!負けたヤツは、勝者12人全員から蹴られた後、あまった寿司を一皿くっていいぞ!勝負は、きょうあまった寿司皿がなくなるまでだ!田中!今日は何皿余ったんだ?」

「えぇ〜〜と・・・30皿です!」

「ば、バカ野郎!30皿も余らせやがって!お前らの土産じゃねぇ〜〜んだぞ!大事な商品だ!今度から、余らせないよう考えて食材配送センターに注文しろ!」

と、京極さんは田中さんを叱り飛ばす。

「は、はい・・・・すいませんでした・・・」と田中さん。田中さんは、バイトの後輩たちの前でいきなり怒鳴られ真っ赤な顔でふくれっ面をしていた。

「まあ、いい、その話はまた後だ。そうか、30皿か・・・じゃあじゃんけん勝負は30周ってことだな・・・今夜は長くなりそうだな・・・」

と京極さんはニヤリとする。

 そして、

「いいかぁ、ただ勝負するだけじゃつまらねぇ〜だろ・・・おめえら、真剣にもならねぇ〜からな。いいか、じゃんけんでズルしたヤツや、負けたヤツのケツを蹴る時、手加減したヤツ、失敗したヤツには、あとで俺から罰ゲームがあるからな!」

と、続けるのだった。

「え〜〜〜〜!!ケツ蹴りが罰ゲームじゃないッスかぁ?」

と、俺たちからは一斉に疑問の声が上る。

「バカ野郎!ケツ蹴りは、ジャンケン勝負の一部で、罰ゲームじゃねぇ!男の男の真剣勝負と心得よ!」

と、京極さんは、俺たちを一蹴する。

「じゃあ、始めるぞ!いいか!」と京極さん。

「はい・・・」と俺たち。

 俺たちの気のない返事に、京極さんは、

「気合が入ってねぇ〜〜!もう一回、返事!!!」

と怒鳴る。

 もうこうなったら、俺たちもヤケだった。

「はい!!!!」

と、俺たちは、京極さんを怒鳴り返すように返事をし、京極さんもそれに満足げに頷くと、

「一発目!勝負!!最初はグ〜〜〜!ジャンケンポォ〜〜ン!」

と、一回目のジャンケン勝負の音頭をとるのだった。

 俺はもう心臓バクバクだった・・・ブリーフ一丁にさせられ、しかもジャンケンに負ければ、12人からケツを蹴られる。考えただけでも屈辱的だ!絶対に負けたくはない。

 しかし、勝った時は勝った時で、負けたヤツのブリーフのケツを蹴らなければならない。しかも、うまく蹴ることができなければ、罰ゲームだという。

 生まれてこの方、人さまのおケツなど蹴った経験がない俺は、「上手く蹴れるだろうか・・・罰ゲームってなんだろう・・・いっそ、負けてケツ蹴り食らうほうが気が楽か・・・」などと不安になり気弱なことを考えていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「最初はグ〜〜〜!ジャンケンポォ〜〜ン!」

「あいこ!!」

「最初はグ〜〜〜!ジャンケンポォ〜〜ン!」

「やったぁ!抜けたぜ!」

「最初はグ〜〜〜!ジャンケンポォ〜〜ン!」

「あいこ!!」

と、客が誰もいない深夜の回転すしやの待ち合いホールで、暖色系の灯りに照らされながら、京極さんと俺たち、ブリーフ一丁、13人の男たちが、ケツ蹴りをかけて、じゃんけんぽん!の真剣勝負に挑むのだった。 

 やはり野郎は所詮、野郎である。最初はいやいやながらだった俺たちだったが、勝負が進むにつれて、勝負の行方に興奮し、元気が出てきて声が大きくなってくる。

「最初はグ〜〜〜!ジャンケンポォ〜〜ン!」

「やったぁ!抜けたぜ!」

と一人、また一人、また時には数人が一度に勝ち抜けていく。抜けた勝者の連中は、目をギラギラ輝かせながら、待合ホールのソファに座り、ジャンケン勝負の行方を見守るのだった。

 そして、一発目のジャンケン勝負も、最後の二人を残すのみとなった。

 負け残っている一人は、厨房長の井上さん、そして、もう一人は、なんと、このゲームの言い出しッぺの、新店長の京極さんだった。

 井上さんも、京極さんも、すっかりエキサイトして、顔を真っ赤にさせ、「決勝」に臨む、俺たちも胸がドキドキする。

 一人は、三年生でありバイトの先輩の井上さん、そして、もう一人は、俺たちのまさに監督である、店長の京極さんだ。どちらが負けても、面白そうだ・・・俺たちは、 ブリーフ一丁、ソファでくつろぎながら、ニヤニヤして、勝負の行方を見守るのだった。

 井上さん、京極店長、どちらともなく、声をかけて、一回目最後の勝負が始まる!

「勝負!!最初はグ〜〜〜!ジャンケンポォ〜〜ン!」

井上さん!!!はさみでチョ〜〜〜キ!!!

京極店長!!!紙でパァ〜〜〜〜〜〜!!!

紙とはさみで井上さんの勝ち!!!!

「やったぁ!やったぁぜ!!!!」

と井上さんは、ブリーフ一丁で、ピョンピョン飛び跳ねて喜び、俺たちに、ハイ・ファイブのタッチを求めてくる。俺たち11人は、まるでホームランを打った味方打者をベンチで迎えるように立って、井上さんを迎える。俺たちバイト仲間の連帯感が嫌が上でも高まるのだった。

 そして、ひとまず落ち着くと、俺たち12人の「二十四の瞳」は、一斉に、ホールど真ん中に残された京極さんに注がれる。

「なぁ〜〜んだ・・・この人、あたりはやたら怖いけど、ジャンケン、結構、弱いじゃん」

「さあ、どうするんですか!京極店長!ケツ蹴りの約束ですよ!」

と、俺たちは、内心、嘲るような視線を、京極さんに向けていた。

 しかし、意外にも、その時の京極さんは潔く、俺たちの京極さんに対する評価はちょっとだけ上るのだった。

 京極さんは、

「なんだよ・・・いきなり俺が初っ端から負けかよ・・・しゃーない・・・さあ、蹴れ!遠慮はすんなよ!」

と言うと、俺たちの方にケツを向け中腰になり、ケツをプリッと出すのだった。

 しかし、再び、京極さんは、俺たちが予想だにしなかった、まさに想・定・外!!!!な行動に出るのだった。

 京極さんは、いきなり真剣な声色になり、

「オッス!京極正彦、完敗ッス!ケツ蹴りお願いします!!!」

とデッカイ声で言うのだった。

 そして、それだけではなかった。プリッと突き出たケツを覆っているブリーフの左右両方の足ゴムのところを、いきなり両手で掴むと、ブリーフの足穴を拡げるようにして、ブリーフをケツの谷間に挟み込み食い込ませ、Tバック状態にしたのだ!当然、プリッと肉厚で逞しい京極さんの生ケツが俺たちの前に晒されたわけである!

 俺たちは、京極さんの全く想定外のブリーフ・Tバックに、度肝を抜かれ、固まってしまったのだった。 

 

七、ブリーフ・Tバック

 ブリーフ・TバックとTバック・ブリーフは、似て非なるものである!

 京極さんのいきなりのブリーフ・Tバック、生ケツ晒しに、金縛りにあったように動けなくなってしまった俺たち・・・

 いつまでも、ケツを蹴ってこない俺たちに、京極さんは、

「どうした?約束だ!思いっきり蹴っていいぜ!」

と、俺たちを促すのだった。

 本当に店長のケツを蹴っていいことをやっと自覚し始める俺たち。

「面白れぇ〜じゃん!やったろうじゃないの!」と、ニヤニヤするヤツ。

「店長が生ケツ出してるってことは・・・俺たちが負けたときは、俺たちもあんな感じでブリーフケツに挟んで生ケツ晒すのかよ・・・ヤバイじゃん・・・」と、鋭い!ところに気がつくヤツ。

 俺のように、

「上手く蹴れるかな・・・失敗したら、罰ゲームだよな・・・ 罰ゲームっていったいなんなんだ・・・」

と自信なく、罰ゲームを心配するヤツ。

 俺たちバイト学生たちの様々な思いが交錯する中、いよいよ俺たちは、一人一発ずつ、ジャンケンで負けた京極店長のケツを蹴り始めることになった。

 京極店長は、「さあ!遠慮せずかかって来い!」といわんばかりに、さらにグィ〜〜ンとブリーフをケツに食い込ませ、空手で鍛えたその堅尻を俺たちの前に晒すのだった。

 

八、男の常識??ケツ蹴り作法

「じゃあ!行きます!」と、最初はやはり、俺たちのリーダー的存在、東和大三年・フロアー長の田中さんだった。

「田中かぁ!よし来い!」と京極店長。

 田中さんは、ちょっと助走をつけると、右足で、バチッと京極さんのケツを蹴ったのだった。

 それは、田中さんの足と京極店長のケツのなんとも気合の入らない接触音だった・・・

「痛てぇっ!」

と軽く叫んだのは京極店長ではなく、田中さんの方だった。

 それと同時に、周りの俺たちは思わず、「あっ!」と言ってしまう。田中さんの穿いていた白の上履きが田中さんの右足から抜けて、宙を舞い、ボトンと待合ホールの絨毯の上に落ちたのだった。

 田中さんは、右足の甲の部分を押さえて、「い、痛てぇ〜〜〜!」と泣きそうな顔をしていた。周りの連中からは、「マ、マジ・・・」とため息がもれる。

 後ろから見ていた俺は、いまにもはちきれんばかりにピチピチの田中さんのブリーフになぜか注目してしまう・・・。

「田中さんには、グンゼ・セミビキニMは、ちょっと小さいよな・・・」

などと考えている場合ではなかった。

 俺のそのムフフな思考は、

「バカ野郎!!!田中!靴を履いたまま右足で蹴るとはルール違反だぞ!」

との京極店長の怒鳴り声で破られる。京極店長のケツペタには薄っすらと赤い、田中さんの足型がついていた。

「え、ルールって・・・なんスかぁ?」

と、田中さんは思わずつぶやくように言う。

「バカ野郎!!!おめえら、ケツ蹴りのルールを知らんのか?」

「は、はい・・・ただ、ケツ蹴ればいいんじゃないッスかぁ?」

「おめえら、野郎同士でケツ蹴りゲームやったことねぇのかよ?」

「な、ないッス・・・」

「チェッ!情けねえ!おめえらそれでも男かよ?俺が学生だった頃はだな!なにかにつけて部の連中と勝負して、負けたときは、ケツ蹴り食らってたぜ!」

「男でも普通はしないッスよ・・・それって、東和の空手部だけじゃないッスかぁ?」

と思っても口に出して言える雰囲気ではなかった。

 京極さんは、立ち上がって俺たちに熱く語り始める。ケツに食い込んだブリーフは、まだ完全に元には戻らず、半ケツ・ペロリのままだった・・・。

「京極さんのケツって、本当に肉厚だな・・・」

と俺は思った。

「いいかぁ!ケツ蹴りの最低限のルールだけ、お前らに伝授しておく!

一つ、必ず足の甲で蹴る!足の裏で押し出すように蹴ってはケツを出してる野郎に失礼だ!

二つ、必ずおめえらの効き足とは逆の足で蹴る!これは怪我の予防策だ!

三つ、必ず裸足になって蹴る!相手の野郎も裸ケツ晒してんだ!おめえらも裸足で蹴ってやるのが最低限の礼儀ってもんだろう!

以上 しっかり頭に叩き込んどけ!!!」

「は、はい・・・」

「よし!田中!さっきのおめえの蹴りは、本当はルール違反のアウトだが、ノーカウントにしてやる!さあ、裸足になって、お めえの効き足とは逆の足でもう一回俺のケツを蹴っていいぞ!」

 田中さんは、足を押さえて泣きそうな顔をして、「や、ヤバイよ・・・あの人のケツ、マジ、石のように硬てぇ〜〜よ・・・」と、バイト仲間に小声でささやいていた。

「なにグズグズ言ってんだ!!!早く蹴れよ!」

と、京極店長が催促してくる。中腰になって再びケツを出した店長のブリーフは、再び、グィ〜〜〜ンと店長の肉厚の両ケツの谷間に食い込んでいた。先ほどよりも、食い込みが奥深く、もうほとんど、Tバック・ブリーフと見分けがつかないくらいだった。

「京極さんのケツ・・・きれいなのかな・・・朝、クソしてきちんとふいてんのかな・・・でないと・・・」

などと、俺はくだらないことを心配していた。

「田中!失礼します!」

と言って、再び、田中さんが軽く助走をつけて、京極店長のTバックなケツを左足で蹴るのだった。

ベチン!

 再び、なんか間の抜けたような接触音が、俺たちの耳に飛び込んでくる。そして、再び、京極さんのデカイ声が回転すし屋待合ホールに響くのだった。

「なんだ!なんだ!その蹴りは!田中!おめえ真剣に蹴ってんのかよ!俺はだなぁ!おめえから気合を入れて欲しいんだよ!その気合が、ケツを通して、全然、俺の魂に伝わってこねぇ〜〜んだよ!!」

と、再び立ち上がり、ブリーフ・Tバックのまま半ケツ晒して、熱く語るのだった。

「真剣ッスよ・・・・でも、京極さんケツ、堅すぎるッスよ・・・こっちの足が痛いッス・・・」

と、田中さんは、真っ赤になって、口を尖らせて京極店長に訴える。

 しかし、その訴えはあえなく却下。

「悪いな・・・田中!アウトだ!罰ゲームを覚悟しとけ!」

と、京極店長。

「チェッ!」

と舌打ちして、田中さんは、俺たちが並んでいる列の後ろの方へ下がっていった。

 そして、

「マジ、やばいから・・・マジで・・・」

などと、厨房長の井上さんたちとささやき合っているのだった。

 他の連中の蹴りも大同小異だった。

「山本!行きます!」

ベチ!

「い、痛ってぇ〜〜〜〜!」と山本さん。

「アウト!!蹴りに真剣さが足りん!罰ゲーム!」と京極さん。

「川本!行きます!」

ベチン!

「い、いチィ・・・」と川本さん。

「アウト!蹴りに気合がはいっとらん!罰ゲーム!」と京極店長。

「岡田!行きます!」

ベチ!

「い、痛てぇ!」と岡田さん。

「アウト!なんだ!その女の腐ったような蹴りは!俺のケツをなめとんのかぁ!!罰ゲーム!」と京極店長。

 そして、俺の番・・・

「小林!行きます!」

パチ!!!

「あ、あれ・・・・」

「バカ野郎!!蹴るのは俺のケツだ!腿ではない!!!」

 バイトの先輩たちは大爆笑!

「アウト!罰ゲームだ!」

 俺は、運動不足で脚が十分に上らなかったのか、それとも狙いが悪いのか・・・結局、俺の左足の甲は、京極店長の腿に当っただけだった。それでも、かなり痛くて、思わず、足の甲を押さえてしまう俺だった。

「京極さんの筋肉・・・マジ、堅いんだ・・・」

と俺は、空手部で鍛えた人の筋肉の半端じゃない堅さに驚いたのだった。

 結局、俺たちの「蹴り」には、すべて京極さんの物言いがつき、俺たちは罰ゲームを宣告されることになるのがミエミエだった。

 俺たちは、

「なんだ、結局、こういうことだったのかよ・・・汚ねえよな・・・なんやかんやいって、やっぱ店長も大人だよな!」

と、結局、俺たち全員を罰ゲームにしようとする店長のやり方に不満を抱きつつあった。

 しかし、それが間違いだったことを、俺たちは、井上さんの蹴りの後で知るのだった。

 そこまでで、京極店長のケツを蹴ったのは俺たち11人。最後に残ったのは、厨房長で、東和大三年の井上さんだった。

 井上さんは、軽く右手を挙げると、

「井上!失礼します!」

と言って、2,3歩助走をつけると、左足で、

バシッ!!!!

と、京極さんのケツに一発、蹴りを見舞うのだった。

 それは、俺にも、いままでの俺たちの蹴りとは違うとわかった。しかし、どうせまた「アウト!」だろと内心思っていた。

 しかし、京極さんは、

「シタァッ!ごっつあんです!」

と、俺たちが思わず飛び上がってしまうほどの、気合の入ったデカイ声で挨拶するのだった。

 そして、ケツを擦りながら立ち上がると、

「いまのは気合入ったぜ・・・井上・・・おめえ、なかなかやるじゃんか・・・」

と、井上さんの蹴りを誉めるのだった。

「そ、そんなことないッス・・・」と井上さんは謙遜する。

「おめえ、サッカーやってたのか?」

「は、はい・・・高校までやってました。」

「やっぱそうか・・・あの蹴りはサッカー部の蹴りだな・・・井上、おめえ、なんでサッカー部に入らなかったんだ?おめえなら、十分、東和のサッカー部でもやってけるんじゃねぇかぁ?」

「一年の時セレクションで落ちました・・・だから・・・」

「そうか・・・おめえは一般入試なんだなぁ・・・スポーツ推薦もらえねぇと、東和の体育会は敷居が高けぇからな・・・」

「ま、まあ・・・それに、俺、実力もそんなじゃないですし・・・」

と、井上さんは、悔しそうに唇を噛み締める。

 それを見て京極店長は、

「まあ、体育会に入って体鍛えることだけが男の人生じゃねぇ〜からな・・・まあ、がんばれや・・・余計なこと聞いてかえって悪かったな・・・井上・・・」

と、慰めるように言って、井上さんのブリーフのケツをポンポンと軽く何回か叩くのであった。

「よし!一回目の勝負は終了だ!井上以外は罰ゲームだな!」

と、京極さんは俺たちの方を振り返り、ニヤリとするのだった。

 

九、罰ゲーム 熱いぜ!クサイぜ!!気合入れケツ杓文字!

 京極新店長は、ニヤニヤしながら、東和大三年生でバイト先輩・井上さんに、

「井上!厨房にシャリ炊き用の杓文字で余ったヤツがあったら一本持って来てくれ!」

と、命令する。

「は、はい・・・」

と返事をし、井上さんは、厨房へと行く。

 京極店長から「罰ゲーム」を宣告された俺たち11人のブリーフ一丁の野郎たちは、お互いに顔を見合わせ、「罰ゲームってなんなんだぁ?」と不安に思うのだった。俺たちの不安をよそに、俺たちと同じブリーフ一丁の京極店長は、鼻歌まじりで、軽くジャンプしたり、屈伸したり、なにやら準備体操のようなことをやり始める。

「い、いったい、これから何が始まるんだ・・・」

と俺たちは、ますます不安になる・・・。

 ほどなく、井上さんが厨房から、45cmほどの寿司飯を混ぜる木製の杓文字を持ってきた。それは、俺たちバイトには見慣れた杓文字だった。京極さんは、その杓文字を井上さんから受け取り右手で握り締めると、俺たちの方を向いて、厳しい口調で宣言した。

「いいか、おめえら!今後、俺の店で、おめえらバイトが、なにかミスをやらかした時、気合の入ってない態度をとった時、そして・・・」

 京極さんは、ここで一息おいて、さらにニヤリと笑い、

「じゃんけんケツ蹴り勝負の罰ゲームの時はだ!俺がいま右手に握っている杓文字が、おめえらのケツに容赦なく飛ぶから覚悟しとけ!!いいな!」

と続けた。

「は、はい・・・・」

「元気がねぇーぞ!もう一回!」

「は、はいッ!!」

「いいか!俺のやり方が気に入らないヤツは、いますぐ帰っていいぜ!」

「・・・・・・」

 俺たちバイト一同沈黙。京極さんのやり方が気に入ったわけではないが、俺にとっては、帰れるような雰囲気ではなかった。

 しかし、

「チェッ!こんなのやってられっかよ!ガキじゃあるまいし、ケツ叩きなんて信じられねぇ〜よ!」

と、東和大三年の森尾さんが口を尖らせて京極さんにたてつく。

 京極さんは、ブリーフ一丁、仁王立ち。右手には杓文字を握りながら、両腕を胸のところで組んで、いままでとは違った静かな口調で、

「そうか・・・残念だな・・・帰っていいぞ・・・」

と森尾さんに言う。

 森尾さんは、京極さんを睨みながら、
「じゃあ、俺、失礼します!」

と言って、ロッカールームのある事務室の方へ行こうとするのだった。森尾さんが、呼び水になったのか、東和大三年生でバイトの小此木さんと、神林さんも、

「お、俺たちも、失礼します!」

と言って、事務室の方へ行こうとするのだった。

 フロアー長の田中さんと厨房長の井上さんは、あわてて、

「おい、待てよ・・・一年のときから一緒にがんばってやってきたんじゃん・・・逃げるなよ・・・」

と、三人に駆け寄り、なんとか説得しようとする。

 しかし、森尾さんは、

「逃げるんじゃねぇ!ここのバイトやめて帰るんだよ!!!」

と、それを振り切り、事務室の方へ行ってしまう。そして、小此木さんも神林さんも、

「田中、井上・・悪いな・・・でも、俺たち辞めるわ・・・」

と言って、森尾さんに続いて、その場を去るのだった。

 困ったように京極さんの顔を見る田中さんと井上さん。しかし、京極さんは、依然、静かな口調で、

「放っておけ・・・勝手にすればいい。」

とだけ言うのだった。田中さんと井上さんは、少し不満そうだったが、京極さんのその言葉に従うのだった。森尾さんたち三人は、ものの三分も経たないうちに、店から去っていた。そして、残された俺たちバイト九名。

 京極さんは、静かな口調で、念を押すように、

「ここに残ったということは、おめえらは、いいんだな!俺のやり方についてくるんだな!」

と聞いてくる。

 俺たちは、まだ迷うように、他のバイト連中の気持ちをさぐるかのように、顔を見合わせながら、返事をできないでいた。しかし突然、

「は、はいッ!いいです!俺たち、店長のやり方でいいです!」

と、デッカイ気合のこもった返事で、沈黙は破られる。

 それは田中さんと井上さんだった。三人の三年生バイトが去っていった中、残った三年生は、田中さんと井上さんだけだった。田中さんと井上さんは、バイトの中では最古参、「すし若」が好きで、いままでバイトを続けてきた。たとえ、先に去っていった三年生の人たちに続いて、俺たち後輩たちが全員帰ってしまったとしても、ここに残ったのだろう。田中さんと井上さんは、それほど「すし若 東和大正門前店」に愛着を感じていたのだった。

 田中さんと井上さんのその返事の勢いに押され、俺たち、後輩バイト七名も、

「は、はいっ!いいです!」

と返事をするのだった。

 俺たちの返事に満足そうに頷くと、京極さんは、再び、厳しい口調に戻って、

「よし!罰ゲームを始める!井上以外のヤツは、そこのソファに両手をついて、ケツを出せ!!」

と、俺たち八人に命令するのだった。

 俺は、森尾さんたちのドサクサで、忘れていたことを急に自覚するのだった・・・京極さんが持っているあの杓文字でケツを叩かれるということを!!!

 俺はいよいよ心臓がドッキン、ドッキン・・・はちきれんばかりだった。そして、ブリーフにつつまれた股間にもなにやら熱いものを感じてきてしまう・・・。この前ケツを叩かれたのはいつのことだろう・・・・いや、ケツを叩かれたことなど、生まれてこの方あるはずなのだ!!

 俺の両親は、俺がどんなにやんちゃをしでかしても、俺に手を上げる主義ではなかった。俺がいままで通ってきた、小学校、中学校、高校・・・ケツを叩く体罰をする教師は何人もいたが、俺は一度も叩かれたことはなかった。優等生だったというわけではない。ただ、学校でケツを叩かれるほどのやんちゃを、悪ガキ仲間としでかす勇気がなかっただけのことなのかもしれない。結局はいつも傍観者だったのだ。

 そんな俺がバイト先でそこの店長からケツを叩かれる!今朝まで思っても見なかった人生の展開だ!

ドッキン!ドッキン!

 俺の心臓の鼓動は、ますます速く、そして、ますます激しく打ち始める。そして、俺のブリーフの股間はカァ〜〜ッ!と火がついたように熱く、まるでなにかが逆流するかのようなむず痒さに襲われていた・・・。

 気がついてみると俺は、田中さんを始めとするバイトの先輩七名とともに、ソファに両手をついてケツを京極さんの方へ向けていた。京極さんからみて、田中さんのブリーフに覆われたケツが一番右。そして、俺のブリーフのケツが一番左の端だった。

 俺たちの突き出されたケツを見て、京極さんが、

「オラァ!オラァ!ケツ、めくらんかい!ブリーフめっくて、貴様らの裸のケツを晒さんかい!」

と、怒鳴りつける。そして、もう俺たちは、どうやってブリーフをめくり「裸のケツ」をさらすのかもわかっていた。

「あ〜〜、やっぱりだよ・・・・」

と、俺たちは、あきらめのため息とともに、両手でめいめいのブリーフのバックの部分を左右両方ともケツの谷間に挟み込みブリーフ・Tバックにし、京極さんの持つ「すし若・気合杓文字」の前に生ケツを晒すのであった。

 俺たちのめくられたケツを見ても、まだまだ京極さんは満足しなかった。

「バカ野郎!まだまだケツの出し方が足りねぇ〜〜んだよ!」

と言うが速いか、京極さんは俺たちの方へやってくると、いきなり俺の穿いているグンゼ・セミビキニブリーフ白・サイズMの腰ゴムをむんずとつかみ、それをためらうことなく上へ

グィ〜〜〜〜ン!

と引っ張り上げる。俺の穿いているブリーフのバックの部分は、さらに

グィグィ〜〜〜〜ン!

と、俺のケツ谷間へ食い込んでくるのだった。

 俺は思わず、

「あっ・・・あぁ・・・」

とよがり声をあげてしまう。

 俺は、昔、小6の頃、修学旅行の風呂あがりに、リトルリーグ所属でクラスのガキ大将グループの面々がやっていたブリーフ・フンドシ・ゴッコを思い出していた。

「フンドシだぁ〜〜〜!」

と言って、お互いブリーフをケツの谷間に食い込ませ、ケツを見せ合うあの遊びだ。

 俺は、その場で仲間に入る勇気はなかったものの、修学旅行から戻って家で一人、トイレの中で、ブリーフ・フンドシ・ゴッコをやったものだ。ブリーフがケツの谷間に食い込むときの、己の最も敏感な部分を刺激するあの感覚・・・ 小学生ながら感じたあの思わずムッフンものの快感を俺はその時、嫌がうえにも思い出していたのだった。

 俺のケツの谷間の奥に隠れた「菊門」は、あの頃よりも、格段に敏感になっていたようだ。俺のよがり声は、京極さんにも聞こえ、

「オラァッ!小林!よがってんじゃねぇ〜〜よ!」

と一喝される。俺はもう恥ずかしくて返事さえも出来なかった。

 京極さんは、俺のブリーフが終ると、俺と並んで回転すし屋の待合フロアのソファに両手をついてケツを出しているバイトの先輩たちのブリーフを

グィ〜〜〜〜ン!グィ〜〜〜〜ン!

と引っ張り上げて行く。

 俺には見えないが、その度に、先輩たちの穿いているグンゼのブリーフは、先輩たちのケツの谷間に容赦なく食い込み、先輩たちのケツはさらにプリンと裸に晒されたに違いない。そして、先輩たちも、ケツに容赦なく食いこむグンゼブリーフのコットン生地でアソコをグイグイ刺激されたに違いない。

 俺ほどではないにせよ、先輩たちの方から、妙に切なく、

「あっ・・・あぁ・・・」

とよがり声に似たため息が次々と聞こえてくる。

 果たして、京極さんは、俺たちのブリーフの腰ゴムを、自分で引っ張り上げ、俺たちのケツを十分にめくり上げ、やっと満足したようだった。

 そして、ジャンケンで負けて、俺たちからケツを蹴られまっくた京極店長のリベンジ、逆襲なのか・・・罰ゲームが始まった!

「よし!これが『すし若』名物!!!気合杓文字の味だ!よく覚えておけ!」

と、京極さんが言うが速いか、俺の右側から、

べチィ〜〜〜〜ン!!!

とド派手な音が、俺の耳に飛び込んでくる!京極さんの振り下ろす気合杓文字が、フロアー長の田中さんの生ケツに炸裂したのだった!!

「いてぇ〜〜〜〜!!!」

と、小林さんの叫び声聞こえる。小林さんは思わず立ち上がり、ブリーフ・Tバックのケツを両手で必死に揉んでいる。

 京極さんは、

「オラァッ!田中!気合入れてやったんだ!ケツさすってねぇ〜〜で、何か言わんかい!!!」

と、田中さんを怒鳴りつける。

「あ、ありがとうございました・・・」と田中さん。

「あのなぁ、俺に対する礼なんて、後からいくらでもいえるんだよ!そうじゃねぇ〜〜んだよ!一丁前の男がよぉ、人前で裸のケツ晒して、ケツぶん殴られたんだ!おめえ、こん畜生ぉ〜〜って悔しかぁねぇ〜〜のかよ!俺が学生の頃はだなぁ、先輩からケツぶん殴られた時は、もう悔しくてよぉ、なにか叫ばずにはいられなかったぜ!叫べ!男だったら、なんか叫べよ!!」

と、再び、独り熱くなる京極さんだった。

「はぁ・・・そういわれても・・・なんて叫べば・・・?」と田中さん。俺たち全員、田中さんと同じ気持ちだった。

「ったく・・・めんどう見切れねぇ〜〜なぁ・・・おめえらは・・・」

と、京極さんは、一般学生と「東和健児」たる体育会学生との間のかなりの温度差を痛感したようだった。

「よし!俺がおめえらに、東和健児のイロハを仕込んでやる!いいか!気合杓文字でケツに気合を頂いたらだ!『すし若!ファイト!』って叫べ!」

 京極さんのこの言葉に、俺たちは、思わず大爆笑だった。しかし、京極さんは真剣そのもの。

「バカ野郎!笑うな!!!とにかく!『すし若!ファイト!』だ!いいな!!」

 こうなると京極さんも「体育会系」むき出しだ。理屈も何もない。ただ俺に従えだった。

「よし!田中!おめえ、フロアー長なんだ!後輩たちに見本みせてやれ!ケツ杓文字もう一発!」

「えっ!マジかよ・・・汚ねぇ〜よ・・・」

と、さすがの田中さんもブツブツと不満を言う。

「コラァッ!店長命令だ!ブツクサ言ってねぇで、トットとそこに手をついて、もう一丁ケツを出しやがれ!」

と、京極さんは、田中さんを一喝する。

「チェッ!」

と舌打ちしながら、田中さんは仕方なくケツを出すのだった。すぐさま、

べチィ〜〜〜〜ン!!!

と、気合杓文字が田中さんの生ケツに着地する音が、ホールに響き渡る。

 さすがフロアー長の田中さんだ。その音に続けて、

「すし若!ファイト!ありがとうございました!」

と、気合のこもった田中さんの叫び声が、待合ホールに響き渡ったのだった。

 京極さんの気合杓文字は、休むことなく、田中さんの隣の岡田さんのケツを強襲する・・・

べチィ〜〜〜〜ン!!!

「すし若!ファイト!ありがとうございました!」

 そして、次、

べチィ〜〜〜〜ン!!!

「すし若!ファイト!ありがとうございました!」

 その次、 

べチィ〜〜〜〜ン!!!

「すし若!ファイト!ありがとうございました!」

 一人また一人と、俺の右側にいる七人の先輩たちのケツに杓文字で気合が入れられていく。杓文字がケツに炸裂する音と、先輩たちの雄たけびが、だんだん俺の方へ近づいてくる。

「だんだん近づいてくる・・・・」

ドッキン!ドッキン!ドッキン!

 生まれて初めてケツを叩かれるという運命の時を前にして、俺の心臓は、はちきれんばかりに強く鼓動を打つ。そして、それにあわせるように、

ドックン!ドックン!ドックン!

と、俺の股間で、ブリーフに覆われた俺の男性自身は激しく脈打つ。

「や、やばい・・・た、頼む・・・こらえてくれ・・・・」

 俺は股間の愚息にもう堪えきれないほど熱いむず痒さを感じていた。そして、もうそれは自分ではコントロール不可能くらいの快感となって、俺の股間から脳天へズズ〜〜ンと突き上げてくるのだった。

「あっあぁ・・・」

 俺はどうにか堪えようと、必死で、両脚を閉じたりしてみるがダメだった。

「うっ・・・・」

ドクン!ドクン!ドクン!ドピュ!ドピュ!ドピュ!

 熱い快感を己の男性自身に感じるとともに、急に軽くなる股間・・・そして、俺のブリーフの中は、ジワァ〜〜と温かくなるのだった。

 俺が己の股間に「異常」を感じているその間にも、隣の先輩のケツに

べチィ〜〜〜〜ン!!!

と京極さんの気合杓文字が炸裂する。

 俺の隣の先輩は、

「すし若!ファイト!ありがとうございました!」

と叫ぶのだった。ソファの上についた俺の右手の甲に、その先輩のつばが飛んできた。俺の隣の先輩は、叫ぶとすぐさま、上体を起こし、「いてぇ〜〜」と泣きそうな声を出しながらケツをさすってピョンピョン飛び跳ねている。

 俺の中でスゥ〜〜〜と冷めていく熱気。俺は妙に冷静になって、

「いよいよだぁ・・・・」
と思い、目をつむる。その瞬間だった。

べチィ〜〜〜〜ン!!!

という音とともに、俺はいままで感じたことのないような強烈な痛みをケツペタに感じるのだった。京極さんの杓文字は、俺の左ケツペタに着地したらしい。そして、ジワァ〜〜〜と熱くなってくる 俺のケツ。

 俺は、ケツをさすりたくなる衝動をどうにか抑えながら、

「すし若!ファイト!ありがとうございました!」

と、あらんかぎりの声を振り絞って怒鳴るのだった。

 熱くてヒリヒリするケツを擦りたい。「よくがんばった俺のケツよ!」と早くいたわってやりたいと思いつつ、俺は、ブリーフの中の生温かい感触のことが気にかかり、上体を起こせないでいた。すし屋の匂いで、あの青臭い鼻をつくような臭いはどうにかごまかせているようだったが、ブリーフの外にしみでているだろう俺の愚息から出たネバネバの精をいかんともすることもできないでいた。

 しかし後ろで、京極さんが、

「よし!これで罰ゲームは終了!おっと・・・もう2時かよ・・・今夜はこんくらいでお開きにスっかぁ・・・」

と言う。

 最初はジャンケン勝負30周と息巻いていた京極さんだが、俺たちにいろいろ指導しているうちにさすがに疲れてきたらしい。

 その言葉に救われたのは、まさに俺自身だった。俺は、俺の後ろでお互いにケツを見せ合っている先輩たちに気がつかれないように、両手でブリーフのフロントあたりを隠しながら、あわてて、便所にかけこみ、ブリーフの中で爆発してしまった俺の青臭いザーメンを、どうにかトイレットペーパーでふき取ったのだった・・・。

 

十、チーム京極の掟 〜野郎は全員白ブリーフとする!〜

 このユニークすぎる新店長の京極さん。次の日も閉店間際に店に顔を出し、仕事が終って帰ろうとする俺たちを集めて、ミーティングだ。

「よし!この店は、全員野郎で鍛えがいがありそうだ!いいか、おめえら!この店の売り上げを、夏までに、全国一にするぞ!いいな!」

「は、はい・・・」

「そのために、明日より俺たちは『チーム京極』として一丸となってこの店を運営する!いいな!」

「は、はい・・・」

「チーム一丸となるためには、気持ちも一つにしなければならない!」

「は、はい・・・」

「よし!そのためにはだ!いいかぁ!いまおめえらが着ている白の制服だけでなく、パンツもお揃いでなければならない!」

「え〜〜〜〜〜〜!!!!」

 俺たちからは一斉にブーイングが起こる。しかし、それを意に介するような京極さんではない。

「うるせぇ!」

と俺たちを一喝すると、

「今後は、この店の野郎のバイトのパンツは、全員、白ブリーフだ!ブリーフも制服の一部と心得よ!いいか!俺と同じ、グンゼのセミビキニだからな!」

と指定してくる。

「俺たち、ブリーフなんて、昨日の一枚しか持ってないッスよ・・・パンツ買いたす金なんてないッス!」

と言ってくるヤツもいる。

「よし!それなら、バイト代にブリーフ代を加算してやる!」

と京極さん。

 俺自身は、「よし!それなら昨日のブリーフを穿き続けろ!」との京極さんの言葉を期待して、ちょっとガクッとくる・・・。

 それでも、俺たちのブーイングはおさまらなかったが、京極さんは、「俺のチームでは野郎は全員ブリーフ!」はもう決定済みであり、何人にも文句は言わせんと言わんばかりに、

「いいか、ブリーフを穿いてバイトに来ているかどうかは毎日チェックするからな!はいてこなかったヤツには、これがケツに飛ぶからな!」

と、ニヤリとして、背中に隠し持っていた昨日のあの「気合杓文字」をちらつかせるのだった。

 その気合杓文字のヘラの部分には、昨日と違って、黒の極太油性ペンで、「すし若」「気合」と描かれている。

 ブリーフを穿いてこなかったらケツ杓文字と聞いて、俺たちのブーイングはますます高まる。フロアー長の田中さんが、京極さんに質問する。

「どうやって、俺たちのパンツ、チェックするんですか?」

「バァ〜〜カ!そんなこともわからねぇのかよ!お前たちがいま穿いている白のズボンはだな・・・生地がスゲェ〜〜薄ぇ〜〜んだよ!だから、お前たちが穿いているパンツがスケスケでみえるんだよ!」

「えっ・・・マジィ?」

と、俺たちバイトは、あわててお互いのズボンをあらためて見るのだった・・・確かに、俺たちのトランクスが透けて見えていて、その色や柄までクッキリと透けて見えていた。

「おまえら何年ここでバイトやってんだ!バカ野郎!いままでそんなことも気がつかなかったのか!」

と、京極さんだった。

 それでも、京極さんには不思議なカリスマがあり、俺たちは、やや不満に思いながらも、次の日からバイトには、「チーム京極」指定の白のグンゼ・セミビキニブリーフを穿いてくるのだった。もちろん、俺たちの脳裏には、京極さんの「おめえたちが店で穿いている白ズボンって、パンツスケスケなんだぜ!」の言葉が焼きついており、今までとは違って、俺たちは店にでていると、どうもズボンのケツのあたりが落ちつかない。

「俺たち全員、ブリーフ穿いてること・・・お客さん、気がついてんのかな・・・」

と、客の視線をいやがおうでも意識してしまうのだった。

 休憩時間には、先輩たちが、事務室にあるバイト服身だしなみチェック用の全身鏡にケツを向け、己のケツのブリーフラインを観察しながら、ズボンのスケスケ度をチェックしている。

「これはヤバイよ・・・ケツのブリーフの線とか、激見えじゃん!!カッコ悪りぃ・・・」

「激ヤバ・・・マジ薄っせぇ〜〜よな、俺たちのズボン・・・ブリーフの染みとかも、ズボンの上からミエミエなんじゃねぇ!」

「え、それ、マジィ!?それ、ヤバイよ・・・彼女とか店にきたらどうしよう・・・」

「その前に、おめえ、彼女いんのかよ!?」

「いるよ!あたりまえだろ!」

などと、言い合っていた。

 そして、閉店後のミーティングで、京極さんは、俺たちを一列に並ばせ、待合ホールのソファに両手をつかせ、ケツを出させて、俺たちの白ズボンから透けて見えるブリーフラインチェックをすることもしばしばだった。しかし、それ以外は、案外と楽勝な店長だよな・・・と俺たちは思っていた。

 すなわち、閉店直後にやってきて、時には、俺たちを整列させブリーフライン・チェックをし、時には、

「京極さん・・・せっかく俺たち、ブリーフなんスから、この前のケツ蹴りゲームの続きやりましょうよ!」

と、すっかりあのケツ蹴りゲームにはまってしまった俺たちのリクエストがあれば、どんなに仕事で疲れていても、

「おお、今夜は一丁、勝負といくか!」

と、応じてくれる。

 ケツ蹴りゲームにしても、やっかいなのは、京極さんが負けたときだけで、俺たちがお互いケツをけりあっているときは、笑ってみているだけで、特に、「アウト!罰ゲーム!」などとはいってこないのだった。

 そして、京極さんが勝者になっても、「俺は素人のケツは蹴らん主義でな・・・」と、俺たちがどんなに蹴ってくださいといっても、「これは店長権限だ!俺のケツ蹴りはパスだ!」と頑として俺たちのケツを蹴ることはなかった。

「あの人、あたりはやたらこぇ〜けど、案外、楽勝の店長だよな・・・」

というのが、俺たちの大方の意見だった。

 とにかく、店の運営に関して、細かいことを一切言ってこないのだった。しかし、京極さんが俺たちの店の担当になってから二ヶ月ほどしてから、フロアー長の田中さんが、休憩時間に売り上げデータをみながら、

「やっぱあの人すげぇ〜よ・・・あの人の言う通りに食材配送センターに注文してると絶対に寿司が五皿と余らねぇぜ・・・」

と言うのだった。

「うっそ・・・それって、マジ、すげえじゃん・・・」

と俺たちはだんだん京極さんを店長として尊敬し始めるのだった。

 しかし、その一方で、俺たちの前では威張って「チーム京極」などと言ってる京極さんも、本社に戻ればまだまだ入社5年目にも満たないペーペーの若手社員だ。

「全国一なんてデカイこと言ってるけどさぁ・・・あの人まだ下っ端の若手だろ・・・なにができるんだろうな・・・」

などと、俺たちはまだまだ京極さんを甘く見ていたのだった。


十一、飲食店における「営業」の極意とは?

 梅雨から夏にかけて、すし屋の売り上げは相当に落ち込む。そんな中、たいていのチェーン店は、数日から一週間かけて、店内を改装し、秋から冬にかけての稼ぎ時に備えるのだった。回転すし屋チェーンの「すし若 東和大正門前店」も例外ではなかった。

 7月初旬、夏期休暇を二週間後に控え、俺たちの「すし若 東和大正門前店」も店内改装をすることとなった。

 そして、俺たちは「バイトは休み?」と期待する。しかし、京極さんの「おめえら、二日とも店に出てこいよ!やることあるんだからな!明日の改装初日は、午後5時に店に集合だ!」との命令に、その期待は見事打ち破られるのだった。

「京極さん・・・改装中の店に俺たち集めて、いったい、なにするつもりなんだろう・・・」

と、俺たちは、ちょっと不安に思うのだった。

・・・・・・・・・・・

 翌日、改装初日の午後5時、俺たちが店に行ってみると、内装業者の職人さんたちは初日の仕事を終えすでに引き上げていなかった。

 すでに待合フロアーのソファと絨毯は、新しいもの変えられていたが、まだビニールのカバーがしてあった。その待合フロアーに集合した俺たちに、京極さんは、

「オッス!店が休業の時に、わざわざ来てもらってご苦労だった。今日は、おめえらに、飲食店における営業の極意を伝授してやっから・・・ダッシュで、いつものバイト服に着替えて来い!!!」

 ロッカールームのある事務室で俺たちは、

「ったく・・・たりぃ〜〜よな・・・今日は休みたかったのに・・・」

などとブツクサお互いに言いながら着替えている。

 二年生で、軟式野球サークル「レッドウルフス」のメンバーでもある横井さんが、

「あっ・・・ヤバ・・・俺、今日、ブリーフじゃねぇ〜わ・・・あれさぁ・・・夏になると蒸れて穿いてられねぇんだよな・・・まあ今日はいっか・・・」

と俺の隣でそう言いながら、トランクスのままで、白のズボンにTシャツ、白帽のバイト服をつけて、店の方へ出て行くのだった。

「え、ヤバイんじゃないッスかぁ・・・」

と俺は思いながら、横井さんの後姿を見つめていた。

「おめえら、おっせ〜〜ぞ!!!なにチンタラ着替えてんだよ!!!」

と、いつもの京極さんの怒鳴り声が店の方から響いてきていた。

 京極さんに急かされ、店の待合ホールに集合した俺たちの前に、京極さんから差し出されたのは、ハガキくらいの大きさの紙の束だった。そして、その紙の表面には、

「新装記念 寿司皿10皿まで半額クーポン」

と印刷してあった。

「おお・・・10皿まで半額だなんて、本部もやるなぁ・・・」

と俺たちは思った。

「いいか!いままでおめえたちにはやらせてなかったが、飲食店の営業において、街頭でのチラシ配り、クーポン配りは、基本中の基本だ!」と京極さん。

「は、はい・・・」と俺たち。

「チラシ配りといっても、甘くみるんじゃねぇ〜ぞ!!街を歩く人の関心を引き、受け取ってもらうためには、気合を入れて配らないといかんのだ!その気合の入れ方をこれからおめえたちに伝授する!」

と京極さん。京極さんは、ニヤニヤしながら、すでに右手に持っていた「気合杓文字」で、自分の左手をパンパン打ち鳴らしながら、俺たちを眺め渡す。

 京極さんが、「気合」と言い始めたら、ちょっと危険だ。気合杓文字と俺たちのケツの「スキンシップ」の前奏曲なのだ。今までの経験から、俺たちのケツは、いやがうえにも、ヒクッヒクッと、緊張し始めるのだった。

 かくして、

「すし若ぁっ!お願いしまぁすっ!」

と、客のいない店内に、俺たちの怒号が響き渡る。

 京極さんが俺たちに伝授してくれた気合のこもったチラシ配りとはこうだった。

「いいかぁ!街を歩く人は、全員、おめえたちの店のお客様だと思え!おめえたちの腕の長さ分、お客様との距離がとれるように、おめえたちは、できるだけ歩道の端に立つ!そしてだ!お客様の歩く速度を、横目でチラチラ意識しながら、目測する!あと、三歩で、おめえたちのまん前を通るっていうその瞬間を逃すな!その瞬間を逃さず、おめたちは、デッカイ声で、

『すし若ぁっ!お願いしまぁすっ!』

って挨拶しろ!いいか、まだおめえらの前にきてないお客様の方を向くんじゃねぇーぞ!おめえらの目ん玉は、前をキッとみつめたままだ。そして、挨拶が済んだら、すぐさま、75度に深々にお辞儀をしろ!いいか、75度に上体を倒すってのは、案外、難しいもんだからな!上体を倒すと同時に、ケツを後ろにキュッと突き出す感じだ!いいな!」

「はい!」

「ケツを後ろにキュッと突き出して、深々とお辞儀をすると同時に、腕をスクッと思い切り前に伸ばして、クーポンを前に差し出すんだ!あと三歩のおめえらのタイミングが間違ってなけりゃ、街を歩くお客様の丁度、手のあたりに、クーポン券は差し出されているはずだ!よし!練習だ!俺がおめえらの前を歩くから、俺をお客様だと思ってクーポンを差し出してみろ!!!」

 俺たちは、横一列に整列し、前を歩く京極さんに、

「すし若ぁっ!お願いしまぁすっ!」

と挨拶し、深々と礼をして、クーポンを配る練習をする。

 もちろん、京極さんは、時には左から、また時には右から、時には早足で、また時にはゆっくりと、俺たちの前を歩く。俺たちの挨拶とお辞儀、そして、クーポンを差し出すタイミングがよければ、京極さんは、クーポンを受け取ってくれるが、そうでなければ、クーポンを受け取らず、通りすぎてしまう。

 右から左、または左から右、京極さんは、俺たちの前を通り過ぎる度ごとに、

「俺にクーポンを受け取ってもらったヤツは、上体を起こしていい!まだクーポンを手に持っているやつは、お辞儀したままで、ケツを後ろに出してろ!」

と、俺たちに命令する。

 そして、京極さんは、俺たちの後ろへ回り、まだケツを後ろへ突き出したままのタイミングを計れなかったヤツのケツを「気合杓文字」で、

バチィ〜〜〜ン!

バチィ〜〜〜ン!

と打ち据えていく!

 もちろん、気合杓文字をケツに頂いたならば、俺たちは、

「すし若!ファイト!ありがとうございました!」

と気合の雄たけびをあげなければいけない。


 俺も、なかなか京極さんからクーポンを受け取ってもらえず、何度「気合杓文字」のお世話になったか知れなかった。練習が終る頃には、俺のケツは、もうホッカホッカの状態だった。

 もちろん、その日、トランクスを穿いていた二年生の横井さんは、すぐさま、コンビニにブリーフを買いにいかされた。もちろん、自腹である。レシートを持ち帰ってきても精算はしてもらえなかった。

 ブリーフを穿いて、列に戻った横井さんに、

「おめえ、特に、気合が入ってねぇ〜〜なぁ!特訓だ!」

と京極さん。

 哀れ、横井さんは、一人ズボンを脱がされ、ブリーフ・Tバックで生ケツ晒しの上、

「すし若ぁっ!お願いしまぁすっ!」

のクーポン渡し特訓20枚となった。

 横井さんは、京極さんからなかなかクーポン券を受け取ってもらえず、その度に、

バチィ〜〜〜ン!

と、京極さんの気合杓文字が、横井さんの生ケツに炸裂する。

 ケツに気合を入れられた横井さんの

「すし若!ファイト!ありがとうございました!」

の雄たけびが、

「すし若!ファイト!グスン!ありがとうございました!グスン!」

と涙声に変わるまで、その日の特訓は続けられたのだった。サークルとはいえ、野球で鍛えて、なかなか肉厚な横井さんのケツが、真っ赤に染まっていく光景、それはかなり哀れだった。

「よし!明日は実践だ!四限の講義が終る午後4時30分から、キャンパス周辺で、クーポン配りを実施する!明日は、店に、午後4時に集合!いいな!」

と京極さんは指令を出し、その日は解散となったのだった。

 

十二、女子学生なんか気にすんな!ブリーフラインを見せつけろ!〜大学正門前、気合のクーポン配り〜

 翌日、午後4時に集合した俺たちには、それぞれ100枚のクーポン券が渡され、キャンパス周辺でのクーポン配りが、京極さんから命令された。

「昨日、特に、気合が入ってなかった横井と小林は、俺の監督下、大学正門前で、クーポン配りをする!」

と言い渡されてしまう。もちろん、横井さんはブリーフを穿いてこず、俺は俺で、練習でタイミングが悪く、気合杓文字のお世話になった回数が、バイトの中ではダントツだったのだ。

「よし!まずは、すし若のバイト服に着替えろ!!」

 俺たちは、覚悟はしていたものの、京極さんのその命令に絶句する。

「あ〜〜〜、格好わりぃ〜〜よ・・・・」

「ヤバイッスよ・・・俺たちのあのズボン、パンツ透けて丸見えなんスよ・・・」

「そうですよ・・・女子とかが通ったら、俺たち、マジやばいッスよ・・・」

「店長、頼みます!外でのチラシ配りは、私服でいきましょうよ!お願いします!」

 しかし、俺たちのこの願いを、京極さんは、あっけなく却下!

「なんだぁ、なんだぁ!なにが恥ずかしいだ!恥ずかしいと思うこと自体、気合の入ってない証拠だろうが!女子学生がなんだぁ!そんなの気にすんな!男だったら、堂々と、おめえらのブリーフの線をみせつけてやれ!!!!」

と、俺たちは一喝されただけだった。

 俺たちは、ブーブーいいながらも、白のズボン、すし若Tシャツ、白帽、白スニーカー、そして、パンツはもちろん、グンゼ・セミビキニ・白ブリーフといったいでたちで、大学周辺でチラシ配りをすることになったのだ!

 時はまさにまだ梅雨もあけきれない7月初旬。汗がジワァ〜〜リと全身を覆い、ブリーフはもうペタッ!と俺たちのケツにくっつき、ズボンまで汗がしみでてくる始末。ブリーフラインは普段以上に俺たちのズボンのケツにクッキリ浮かび上がっている!!

「すし若ぁっ!お願いしまぁすっ!」

と、お辞儀するたびに俺たちのブリーフラインくっきりのズボンのケツは後ろへ突き出され、さらにクッキリ強調されるにちがいなかった。

 そんな状況の中、俺たちのクーポン配りが始まるのだった。特に、俺と横井さんは、右手に気合杓文字を持った京極さんの監督つき。

「すし若ぁっ!お願いしまぁすっ!」

「すし若ぁっ!お願いしまぁすっ!」

の、気合の挨拶も空しく、正門を出入りする通行人たちが、クーポンも受け取らず、通り過ぎていくたびに、京極さんの、「オラァッ!おめえら、気合が入っとらん!」の怒号とともに、

バチィ〜〜〜ン!

バチィ〜〜〜ン!

と、気合杓文字が、俺と横井さんの、汗でグッショリ!ブリーフラインはクッキリ!のケツに見舞われるのだった。

 その度に、俺たちは、

「すし若!ファイト!ありがとうございました!」

「すし若!ファイト!ありがとうございました!」

と、挨拶もしなければならない・・・。もう俺は、通行人たち、周辺に集まってきた学生たちの視線を、痛いほどに感じながら、己の羞恥心が早く麻痺してくれることを願うしかなかった。

 

十三、ついに垣間見た「闘魂棒」の黒光り!

 大学正門前は、もちろん天下の公道。俺たちのこのチラシ配りは、いやがうえにも、衆目に晒されることになる・・・。

 ものめずらしそうに集まってくる学生たち。女子高生は、ニヤニヤ笑いながら、通り過ぎていく・・・一方、男子学生たちは、立ち止まって遠巻きに、俺と横井さんが、京極さんからシゴカれ、しばかれているのをニヤニヤ笑いながら、なにやら、お互い、ヒソヒソ話をしながら、眺めているのだった。

 正門の前には、交番もあり、正門には守衛さんがいるのだが、彼らも、表に出てきて、ニヤニヤしながら、眺めるばかり・・・「またどこかの部のシゴキが始まったわ・・・」 くらいにしか思っていないらしかった。それもそのはず、昭和59年頃は、まだまだこの程度のシゴキは、応援団などの硬派体育会では、平気で人前で行われており、彼らも見慣れた光景だったのだ。

 もちろん、こうしている間にも、俺たちの前にあいた空間を、通行人が通り過ぎていく。京極さんは、

「人目は気にすんな!っていっただろうが!いいか、おめえらの前を通り過ぎるヤツの歩く速さを観察することに集中しろ!そして、サッとすばやく、クーポンをヤツらの前に差し出すんだ!」

と、俺たちに諭すように言うのだった。

 俺は、気になるケツのブリーフライン・・・公道で人前でケツ杓文字を食らう恥ずかしさ・・・すべてをグッと飲みこんで、京極さんのアドバイス通り、近づいてくる通行人に意識を集中する。

 やがて、

「すし若ぁっ!お願いしまぁすっ!」

と差し出した、俺のディスカウントクーポンを学生風の人が一人受け取ってくれた!

 後ろから、「よし!その調子だ!」と京極さんの声が聞こえ、京極さんが、俺のケツをポンポンと平手で軽く叩いてくれているのがわかった・・・。

 一度、タイミングを掴むと、次から次へと、面白いように、通行人は、俺が差し出すクーポンを受け取ってくれるのだった。

 京極さんは、俺たちの後方で俺たちを監視しながらも、もう俺と横井さんを怒鳴ることはしなかった。そして、俺たちの周りに集まっていた、ヤジ馬たちも、水が引くように、一人また一人と立ち去っていくのだった。

 そんな中、俺の後ろから、気合の入った腹に染み渡るようなよく通る声が響いてくる。

「オッス!京極さんじゃないッスかぁ!お久しぶりッス!こんなところでなにしてんスかぁ?」

「よぉ!薗部じゃねぇ〜かぁ!部の方はしっかりやってかぁ?」

「オッス!ボチボチってところです。」

「そうかぁ・・・実は、俺、まん前のあの店の店長になってなぁ・・・見ての通り、バイトの連中に気合入れてんだよ!」

「お〜〜〜、なんスかぁ、その杓文字・・・見せてくださいよ!」

「おお、これかぁ・・・まあ、バイトの連中に気合入れるためのもんよ!」

「お〜〜〜、またまたヘラに文字なんか描いちゃって・・・京極さんらしいッスね・・・」

「そ、そうかぁ?ところでなんだ、その紫色の袋は?」

「え?これッスかぁ・・・もちろん、これッスよ・・・・」

「おお、闘魂棒じゃねぇかぁ・・・」

「いや、後輩のヤツらが、あんまり気合の入ってねえ稽古をしでかすもんスからね・・・今夜あたり、ちょっと集合かけて、締めてやろうかと思いましてね・・・援団から借りてきたんスよ・・・」

「そうかぁ・・・おめえも、ご苦労だな・・・まあ、愛情をもってかわいがってやれよ・・・」

「もちろんですよ・・・かわいい後輩たちのケツっスから・・・そんな手荒な真似はしないッスよ・・・まあでも、今夜はアイツら、上を向いては寝れませんけどね・・・・」

と言いながら、京極さんとその人は、お互い豪快に笑うのだった。

 俺は、クーポンを配りながらも、その二人の話に必死で耳を傾けていた。噂には聞いていた「闘魂棒」という言葉を直に聞いて、俺はドキッとする。しかも、俺の後ろで、京極さんと話している人は、いまそれを持っているというではないか・・・俺は、後ろを振り向きたい衝動に駆られていた。

 しかし、

「オラァ!声が小さくなってきてねぇかぁ!もっとしっかり気合を入れろ!」

と、京極さんから発破をかけられ、俺はそれを断念する。

「ところで、あの二人、東和のヤツらッスかぁ?」

「ああ」

「じゃ、この闘魂棒、貸しましょうかぁ?」

「バカ野郎!闘魂棒のまた貸しが発覚したら、応援団からボコボコにされるのは、おめえだろうが!それにあいつらは一般学生だ・・・体育会じゃねえ!」

「そ、そうでした・・・つい調子に乗っちまってすいません・・・」

「空手部をしっかり頼むぜ!」

「オッス!もちろんッス!そうだ、俺にもアイツらのこと応援させてください。」

 そして、その声の持ち主は、俺たちの方へ近づいてくるのだった。俺は、タイミングよく、

「すし若ぁっ!お願いしまぁすっ!」

と挨拶して、その人にも、クーポン券を渡した。

「よぉ!おめえ、なかなか気合入ってんじゃねぇ〜か・・・もう二・三枚くれよ・・」

と、俺にリクエストしてくる。その人は、スポーツ刈りに引き締まった精悍な顔立ちの人だった。空手の道着を着ており、その胸には、「東和大空手部・主将・薗部」と朱の刺繍が施してあった。

「ひぇ〜〜、空手部の主将だ・・・カッコいい・・・」

と俺は、別な意味で、胸がドキドキしてしまう。

 俺は、目線をその人の胸から下に落とし、手の方を見る。その人の手首には、ベルベット様の紫の細長い袋がぶら下っていた。そして、その袋の先から少しだけはみ出てている黒光した木の棒の先端が俺の目に飛び込んでくる・・・。

「こ、これが闘魂棒かぁ・・・太ってぇ〜〜なぁ・・・・」

と俺は思った。それは一般学生は、絶対に拝むことができないといわれている。東和健児の闘魂精神をケツから下支えしていると噂の闘魂棒だった。

「あれで、ケツを思いっきりぶん殴られたら、どうなっちまうんだろう・・・」

 そんなことを思いながら、その先端部分だけで十分すぎるほどのオーラを発している木製の棒を垣間見て、ドギマギしてしまう。

 俺の目線の方向に気がついたのか、その人は、あわてて、紫色の袋からチラリとその先端を覗かせている闘魂棒を隠すようにするのだった。

「や、やばい・・・」

と思い、俺はすぐさま目線を上に向け、その人の目をみて、

「ありがとうござます!」

と言い、もう三枚ほど、クーポン券をその人に渡す。

「サンキュ!後輩連れて、絶対、行くからよ!まあ、せいぜいうまい寿司食わせてくれよ!」

と、空手部主将。

 俺は、「ひぇー、かっちょいい!!」と思いながら、もう一回、

「ありがとうござます!」

と挨拶したのだった。

 その空手部主将は、京極さんに、

「オッス!京極さん!クーポン券ごっつあんでした!」

と挨拶すると、大学構内へと向かっていくのだった。

「ああ、まあ、よろしく頼むわ!」

と京極さん。

 その後、俺たちのクーポン配りは、夏の陽が暮れるまで続いた。 そして、そのクーポン大作戦は、大成功を収め、俺たちの店の売り上げに大いに貢献したのだった。

注:東和大学・応援団名物「闘魂棒」についてもっと読みたい方は、「父子ラグビー物語  外伝 その1 東和大学・體育會(体育会)・闘魂棒物語」 もどうぞ!

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 俺にとって、京極さんはちょっとヤバイ人だったが、なぜか離れがたい魅力があった。結局、俺は、就職活動が始まる3年の後期まで、「すし若」でのバイトを続けたのだった。しかし、バイトを辞めた後は、京極さんに会う機会もなかった。そして、俺が四年生になった4月。あの京極さんも「すし若 東和大正門前店」の担当を外れてどこかへ転勤になったという話を、バイトの後輩から聞くのだった。

「あぁ、京極さんはもうこの店にはいねぇのか・・・。ったく、ケツ痛かったよな・・・クーポン配り、がんばったな・・・」

 「すし若 東和大正門前店」の前を通る度に、俺は、楽しくもケツが痛かったバイトのことを思い出し、懐かしさと一抹の寂しさを感じるのだった。

 

十四、そして、再会・・・

 俺が大学を卒業し就職したのは、丁度、バブル経済前夜の時代だった。そして、俺は、サラリーマンとして、バブル絶頂期も、バブル経済崩壊後の平成不況も経験する。

 俺は、平成1×年、勤めていた会社を「早期退職制度」という名のリストラで辞めることになる。そして、失業保険の給付を受けながらのプー太郎な生活を半年ほど送ることになった。

「やべぇ、失業保険も来月で打ち切りだよ・・・マジ、再就職先をみつけねぇと・・・」

と、そんなことをつぶやきながら、俺は、当時、日課となっていた、テレビ東京の「午前の株式ニュース」をみていた。

 ニュースのキャスターを務める、テレビ東京きっての美人アナウンサーの声が、テレビの中から俺の耳に飛び込んでくる。

・・・・・・・・・・・・・・・

「特集『経営者に聞く』、本日のゲストは、来月、日本版ナスダック市場に株式を新規公開予定の、レッツ・エンジョイ・寿司ディナー・ホールディングス、代表取締役兼CEOの京極正彦さんです。京極さん、こんにちは。」

「こんにちは!よろしくお願いします!」

・・・・・・・・・・・・・・・

 俺は思わず、顔をあげ、テレビを食い入るように見るのだった!

「あ、あの京極さんだ・・・」

 テレビの向こうで紹介されていたのは、まちがいなく、あの「すし若」店長の京極さんだった!京極さんに最後に会ってから、十数年以上経ってはいたが、あの強烈なキャラは、俺の脳裏に焼きついたままだった。懐かしさがこみ上げてくるのだった。

 少し額の生え際は後退していたが、昔と変わらないその風貌。あの鋭い目つきも、昔のままだった。

 京極さんの経営する「レッツ・エンジョイ・寿司ディナー・ホールディングス」は、バブル崩壊後の平成不況からやっと抜け出しつつある日本経済を魁るような、「超高級」回転すし屋チェーン「寿司金」を展開する会社だった。

 テレビでの紹介によれば、その回転すし屋では、一巻二万五千円のキャビア巻も供食されるという。またその番組では、そのすし屋の店長を養成する店長研修の模様も映し出されていた。それを見て、俺は、もうビックリ!

 全員、頭を精悍に丸刈りにした年齢も様々な店長候補の男たちが、その研修所の最寄り駅である、JR身延線・富士宮駅の前で、クーポン配りの模擬練習をしているのだった。

 全身、白装束の板前服・・・そのズボンのケツの部分には、ブリーフラインがクッキリ浮き出しているのが、テレビの画面からでもはっきりと確認できた。

 男たちは、大声で、

「寿司金っ!お願いしまぁすっ!」

「寿司金っ!お願いしまぁすっ!」

と、叫びながら、研修所の教官に、模擬クーポン券を配って渡す。タイミングが悪くクーポン券を手渡せないと、教官たちの怒号が、その研修生に飛ぶのだった。

 俺の脳裏に、母校・東和大正門前で、ブリーフラインもクッキリのケツをさらしながら、恥を偲んで、「すし若」のクーポン配りをしてる時のことが鮮やかに蘇ってくるのだった。

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 テレビ東京のアナウンサーは、その映像VTRを見終わると、京極さんに質問する。

「随分厳しい研修のようですね・・・脱落者はいないのですか?」

「脱落者は現在のところゼロです。弊社の店長研修に応募してくる方は、もともと目的意識が非常に明確でモチベーションが高いですから。」

と、その質問に自信満々に答える京極さんだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 もちろん俺は、すぐに、「レッツ・エンジョイ・寿司ディナー・ホールディングス」のHPにアクセスしてみる。

 なんとそこには、

「あなたも寿司屋の経営をしませんか?あなたの夢をかなえるお手伝いを弊社がさせていただきます!いまなら応募者全員に、もれなく、社長・京極から、一人一人にメッセージが届きます!ご応募お待ちしております!」

とあった。

 もちろん、俺は、無視されることも覚悟で、すぐさま、その応募先にメールで連絡を取った。そして、なんと、一日もしないうちに、京極社長から直接、メールが返ってきたのだった!

「よぉ!小林!なんだおめえ、リストラ組みか!情けねえなぁ!まあ、おめえは昔から気合入ってなかったからな・・・当然といえば、当然かぁ・・・ああ、おめえのことははっきり覚えてるぜ!俺に命令されてコンビニにブリーフを買いにいくのに、いまにも泣きそうな情けねぇ顔して、深夜の街に飛び出していったヤツだよな!よし!履歴書持って俺んところへ来い!鍛え直してやる!もちろん、下着は・・・フフフ!わかってんだろうな!」

 おれはそのメールを読んで、背中をポンと押される気分だった。これで俺の第二の人生は決まった!店長として寿司屋一軒まかされる。それも高級寿司屋「寿司金」だ。

「どんな厳しい研修だって耐えてやる・・・」

と心に誓いつつ、俺は、早速、スーツケースに白ブリ一丁まるめて突っ込み、研修所入所のための準備を始めるのだった。

おわり

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