父子ラグビー物語 by 太朗 

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外伝 その1 東和大学・體育會(体育会)・闘魂棒物語

一、若き血燃ゆる 

 世間では、東和大の男子大学生のことをエリートに対する羨望の念もこめて「東和ボーイ」と呼ぶ。しかし、東和大の学生、特に、体育会所属の男子大学生は、自分たちのことを「東和男児」または「東和健児」と呼ぶのが好きだった。

 その東和男児たちの身体に熱く流れるものは煮えたぎった若き血潮であり、その精神に溢れるものは「闘魂」の二文字であった。とにかく、東和男児たちは、何をするにも熱く燃えているのであった。

 帝都でもっとも歴史が古い私立大学六校が集まる帝都六大学リーグ。その秋季野球リーグ戦の最終日。今年も、最終戦は、伝統の東明(明東)戦、すなわち、東和大野球部と明和大野球部の事実上の決勝戦であった。この試合に勝ったものが、リーグ1位の栄冠に輝き、負ければ、リーグ2位の地位に甘んじなければならなかった。

 そんな絶対に負けられない試合の舞台は、大神宮球場である。いままさに試合が始まろうとするその直前、三塁側選手控え室では、ベンチ入りする15人のレギュラー選手と、東和大体育会応援團の四年生団員十一人以外は締め出されており、その扉は固く閉ざされていた。

 控え室の中では、東和大体育会野球部の選手たちが、試合前恒例の重要な儀式に臨んでいたのだ。

「これから、打倒明和大!我等が東和必勝!を期し、我等が東和を支える援団の熱き友情と有難いご好意に甘え、闘魂注入の儀式をお願いする!お前ら、覚悟はいいかぁ〜!」

と、野球部主将でエースの四年生・黒澤憲之が気合を込めて宣言する。

 それを聞いたユニフォーム姿の他の野球部レギュラー十四人の面々は、口々に、

「ウォ〜〜〜〜!!!!望むところだ!」

「ヨッシャ!武者震いがするぜ!」

と雄たけびを上げ、自らの頬をパチパチ叩きならが、気を引き締めていた。

 それを聞いた、黒澤は、黙ってうなずくと、

「田辺!一丁、頼む!」

と、東和大体育会応援團・親衛隊・第六十七代隊長の田辺純太に声を掛けた。

 田辺は、さすが、団幹部と団旗を守る親衛隊の隊長である。背はそれほど高くはないが、いかにも重心が低そうな、胴長短足のガッシリした屈強な体つきの男で、ガクランの高襟からムックリと出るその顔は赤銅色に日焼けしていた。そして、現役最後の応援の晴れの舞台に立つのを前に、サッパリ硬派角刈りを決め、整ったあごひげを生やし、迫力と風格を感じさせる親衛隊長だった。

「よし!わかった!遠慮はせんぞ!」

と、田辺は黒澤に向かって言う。

「ああ、かわってる!存分にやってくれ!」

 その返事を聞くと、田辺は、その場にいた四年生応援団員の中から前に出ると、自分よりも背の高い野球部員たちの前に進み、眼光鋭く、野球部員たちを睨みつけ、突然、腹から絞り出す迫力ある野太い声で、

「野球部員!全員ぃ〜〜〜〜ん!整列ぇ〜〜〜〜つ!」

と、野球部員たちに命令した。

「ウォ〜〜〜〜〜ッス!」

とそれにも負けない迫力で答えるレギュラー選手たちだった。そして、田辺と黒澤の前に一列に整列した。

 整列すると、微動だにせず、口をキリッと結び、あごを引き、腹を引き締め、ケツの穴もキュット締め、直立不動の姿勢で主将の黒沢と援團・親衛隊長の田辺の指示を待つ野球部員たちだった。

 その大半は、四年生野球部員で、全員、一年生部員だった頃、応援団に「体験入団」させられた時のことを思い出していた。整列をかけられ、闘魂注入の儀式を受けた時の、あのケツへの熱い衝撃を思い出し、ケツがキュッと引き締まる思いだった。

 その場にいた十人の四年生・応援団員たちも、野球部員たちと向かい合い、田辺と黒澤の後ろに整列した。


二、「帝都スポーツ」新米記者・米原忍

 もちろん、扉は締め切られていたが、その叫び声は、外で待機している球場関係者、東和大関係者、野球部関係者、マスコミのスポーツ記者たちの耳にも入っていた。

 「スポーツ帝都」の腕章を腕に巻いた23歳、新米記者の米原忍は、東和の控え室の中で、一体これから何が始まるのかと驚いた表情で、先輩記者に尋ねていた。

「せ、先輩。いったいなにが始まるんスか?」

「馬鹿野郎!そんなことも知らんのか、このドアホが!それでよく大学野球番がつとまるな!」

「す、すいません・・・」

「闘魂注入の儀式だよ!闘魂注入の儀式!」

「闘魂?注入?なんスか?それ?」

「あのなぁ〜。ここまできて、そんな初歩的なことを俺に説明させるなよ・・・だから、帝都大出身の秀才・お坊ちゃまと組むのは嫌だったんだよ!」

 そう言いながら、マジマジとこのメガネで色白の新人後輩記者を眺める「スポーツ帝都」の中堅記者・34歳の下田勇実だった。

 米原は、下田に言わせれば超トロい「天然ボケ」の後輩だった。しかし、メガネの奥のどんぐり眼をクリクリとさせて、「先輩!」と自分を慕ってくるこの後輩を、下田は、どことなく憎めないでいた。その表情を見ていると、怒鳴っても、ついつい、フォローしてやりたくなるのだった。

「こいつの実家・・・そうとうな金持ちなんだな・・・イタリア製デザイナーズブランドのスーツを新人が着るなよな・・・俺なんて、いまだに『洋服の赤山』の吊り掛けだぜ・・・それに、いくら球場での取材だって、スーツに白のスニーカー・白のソックスはねぇだろう・・・こいつもしかして、いまだにグンゼYGティーンズの白ブリーフとかはいてんじゃねぇ??まあ、俺もブリーフだけどさぁ・・・ブリーフはやっぱBVDだよな・・・」

 そんなことをブツブツと思いながらも、下田は、そのどことなく憎めないカワイイ後輩に東和大野球部、そして、大神宮球場での東明戦前の名物儀式の説明を始めた。

「東和の野球部の連中はだな。公式戦前、特に、明和大との試合の前は、必勝祈願で気合を入れんだよ。応援団のヤツにケツを叩いてもらってな。お前もケツ叩いてやろうか?新人のクセになんか気合入ってねぇ〜んだよ、お前はな!」

バァッチィ〜〜ン!

と、下田の、高校時代は柔道で鍛えた図太い腕の先にある分厚く・大きい右掌が、ひょろっと背の高い新米記者・米原のスーツのケツを強襲した。

「痛てぇ〜!」

 そういってピョンピョン飛び跳ねながら、空いた左手で必死にケツをさする米原だった。他社記者たちのクスクス笑いが周りから洩れてくる。米原の顔は耳まで真っ赤だった。

 米原忍は、国立・帝都大・経済学部出身の超・エリートで、お堅い帝都政経新聞社に入社。記者を希望し、新人ローテーション研修で、スポーツ・芸能部のないお堅い帝都政経新聞社から、子会社の「スポーツ帝都」へ出向し、先輩記者のもとでスポーツ・芸能取材の研修を受けているのである。

 生まれながらのお坊ちゃま育ち、親からも教師からも手を挙げられたことも叱られたこともない米原にとって、ちょっと乱雑で、体育会系の、先輩記者・下田は、恐いながらも、憧れの先輩であった。研修が終われば、先輩ともお別れ。本社に戻らなければならないことが辛かった。

 そんな憧れの先輩から、生まれて初めて尻を叩かれ、顔は真っ赤、胸はなぜかドキドキの米原だった。しかし、米原も、半年とはいえ、社会の荒波にもまれ少しは成長したのか、まわりからの失笑も気にせず、すぐに平静を取り戻すと、先輩に興味津々に質問してきた。

「お尻を叩くって、なんで叩くんスか?」

「この位の棒だよ。直径5cm位の樫の棍棒らしい。長さは、野球のバットより少し長い位かな・・・」

 下田は、指と両腕で大きさと長さを示しながら、米原に説明していた。

 棍棒での尻叩きだなんて、さっき、先輩から生まれて初めて平手で尻を叩かれ、23歳にして、「尻叩きデビュー」を果たした米原にとっては、少し強烈すぎたようだった。どんなに痛いのか想像もできなかった。しかしなぜか、スーツの下のグンゼYGの白ブリーフに包まれた米原の仮性包茎気味の股間のイチモツは、ビンビンに怒張していた。そんな熱い股間を取材用のバックで隠しながら、

「えっ・・・でも、怪我しないんスか?大事な試合の前でしょう。棍棒でケツなんて叩いて・・・」

と、先輩に質問する米原。

「アイツら、リトルリーグ時代からケツバットで鍛えられてるから平気なんだろ・・・両ケツにケツバット・タコができていて、ちょっとやそっと叩かれたってビクともしないらしいぜ!まあ、叩かれてるとこ見たことねぇ〜から詳しいことは知らんけどな。アイツら、あの儀式だけは、俺たちに取材させねぇ〜んだよ!」

 憧れの下田先輩から「ケツバット」なんて刺激的な言葉を聞いて、またまた胸がドキドキの米原忍だった。

「先輩もやられたんスか・・・ケツバット・・・」

 心臓が口から飛び出しそうになりながらも、メガネの奥の大きな目をクリクリさせながら、好奇心むき出しで先輩に質問する米原。もう仕事のことは米原の頭にはなく、尻叩きのことで頭がいっぱいだった。

「えぇ?」

 お前、こんなところでなに聞いてんだ??といった呆れた顔をしながらも、

「あのなぁ・・・まあ、いっか。俺は柔道部だから、ケツバット食らうわけねぇ〜だろ!竹刀だよ!」

「はあ、竹刀ですか?」

 「え!竹刀って剣道で使う道具じゃないんですか?」と、またまたトンチンカンな質問をしようと思いながら、そんなこと質問したら、こんどこそ先輩に怒鳴られる思い、これ以上の質問をやめた米原忍だった。

 米原は、東和野球部のその尻叩きの儀式が見たくて仕方なかった。目はなぜかギラギラと光っていた。

「ねぇ!先輩!どうにか取材できないんスかね?今、扉の向こうでやってる儀式。特ダネですよ!突撃取材でフォーカスしましょうよ!」

「おぉ〜!お前もやっと記者魂に目覚めたか?」

「ええ、まあ。先輩ほどじゃないッスけど・・・」

 照れくさそうに頭を掻く米原。憧れの先輩に褒められて、気分はルンルンだった。

「ばぁ〜か!俺だって何度もトライしてみたよ。けど、野球部の方は、無理だな・・・でも・・・・」

「でも、何スかぁ?」

「棍棒での尻叩きは、もともと応援団のシゴキなんだ。それを、野球部の連中が気合入れのためにやってるんだ。だから、応援団の方を取材すれば、見れるかもしれんがな・・・挑戦してみるか?米原?」

「やりましょうよ!応援団の取材!先輩と一緒なら、僕、やれそうです!」

「ばぁ〜か!お前ひとりでやるの!」

「えっ!僕、一人ッスか・・・」

 急に心細い顔になる米原だった。

「東和の体育会はどこもそうなんだが、アイツら、マスコミ嫌いでガード固てぇ〜んだよ。応援団に取材申し込むと、『記者が一年生団員として一年間「体験入団」すれば、取材させてやる』っていうんだよ。『一切特別扱いはしない。他の一年団員同様、頭を丸めて、一年間、猛烈なシゴキに耐えられれば、その記者にのみ取材させてやる』っていうんだよな。何人かの猛者が挑戦しようとしたらしいけど、なかなか社の上の方から許可も下りないし、下りたとしても体力的に現役の大学生についてくってのは、ちょっとなぁ・・・まあ、いままで一人も取材に成功したヤツはいないってわけよ・・・どうだ、米原、お前やってみっか?」

「はぁ・・・・」

「まあ、無理だろうな。お前が成功したら、坊主頭で、この球場のまわり逆立ちして歩いてやるぜ!まあ、お前は、研修が終われば『さいなら(さよなら)』だから、もともと無理だろうけど・・・」

 ちょっと、寂しそうな口調でいう先輩の下田だった。

「・・・・」

 やはり寂しそうな顔で下を向く米原。

「俺やります!やらせて下さい!政経新聞やめて、スポーツ帝都の記者になります!先輩のためなら坊主頭になって突撃取材します。だから、挑戦させてください!」

と、言いたくても言えない自分が悔しかった。



三、これぞ東和男児の魂なり!!

 東和大体育会野球部の一年生のメニューに、「野球」の二文字はない。野球はさせてもらえないのだ。「俺、高校の時より、野球が下手になったよ・・・」それが、一年生部員たちの定番のボヤキだった。

 東和大体育会野球部・一年生部員のやることは、野球部寮での雑用、使い走り、グランド整備、練習中の球拾いと声だし、そして、「新人研修」と称する応援団への一学期間の体験入団だった。

 当時、野球とラグビーは、大学スポーツそして東和体育会の華であった。

 ラグビー部よりも数倍は硬派だった野球部は、将来の東和のヒーローになるべき一年生部員に、自分たちの活躍を影で支え盛り立ててくれる応援部員たちの苦労を体験させるため、応援団への体験入団を毎年課していたのだった。

 応援団といえば、なぜか野球部以上の猛訓練を自らに課す、ストイックな男たちの集団だ。

 野球部員たちは、体験入団を通し、「舞台裏で苦労して支えてくれるやつらがいるから自分たちがある」ということを身をもって教わるのである。

 そして、一学期間とはいえ、同じシゴキに「押忍」の精神で一緒に苦労し耐え忍んできた同期の応援団員たちは、野球部員にとって「戦友」となるのだった。

 すなわち、野球部と応援団の同期は、部は違えど、固い男の友情で結ばれ、それが、公式戦でグランドと観客席で一丸となり、大神宮球場に「男の青春」という華麗なる華を咲かせ、母校に名誉ある勝利をもたらすのである。

 野球部からの体験入団一年生たちが「裏でささえているものの苦労」をタップリと味わうことになる舞台は、野球部員たちにとって、練習場での苦労が開花するもっとも華やかな場であるはずの大神宮球場である。

 もともと、入団間もない一年生が、多くの観客の前で一人前に応援演舞などできるはずもないし、期待されてもいない。二年生団員でさえ、大神宮球場での重要な仕事の一つは、観客の誘導であった。一年生団員は、二年生団員について、見習い、使い走り、連絡要員、そして試合中は、一応、観客席の一番後ろで習ったばかりの掛け声と身振り手振りで、応援の真似ごとをするのがせいぜいだった。

 そんな中、一年生団員のもっとも重要な仕事の一つは、試合中そして試合後、「集合要員」として、集合することだったのだ。

 試合中、東和大がリードされれば、すかさず、四年の先輩の集合がかかる。集合するのは、一年生団員のみだった。

「お前らの気合が足らんから我ら東和はリードされている!もっと気合を入れて応援しろ!」

「オッス!」

「それでは、気合を入れて、拳立て50!」

と来る。

「オッス!拳立て50!失礼します!」

「1」「2」「3」・・・・

 球場の外で一列にならび、固いコンクリートの上に両拳をつき、母校のリードを期して気合の拳立て伏せをする。それが、一年生応援団員のツライ仕事なのだ。もちろん、拳立てのぺースがすこしでも遅れれば、先輩の竹刀が容赦なくケツに飛んできた。

「頼む!リードしてくれ!!」

「頼む!負けんでくれ!!」

「勝ってくれよ・・・頼むよ・・・」

「東和は、ま、負けない・・・」

と、球場で母校の名誉をかけ戦っている野球部員たちに対してなのか、理不尽なシゴキに負けそうになる自分自身に対してなのか、一年生団員たちは、必死で心の中でそう叫びながら拳立てをする。汗と涙がポタポタと固いコンクリートの上に落ちてくる・・・。

 試合中、東和大がリードされれば、何度も「集合」がかけられ、気合を入れられる。そんな苦労も、東和が試合に勝ってくれれば報われるが、負けで終われば、悲惨である。試合後、再び、一年生団員に集合を掛けられ、

「整列!よく聞け!本日の敗戦は、すべてお前らの気合不足が原因である!」

「オッス!」

「今日の敗戦と、明日の勝利のために、駅まで気合のうさぎ跳びだ!!始め!!」

と、理不尽な命令が下る。

 先輩の竹刀でケツをビシビシ追いまくられながら、

「オイさ!オイさ!」

の掛け声よろしく、哀れ「東和ボーイ」のカッコよさはどこへやら、通行人の視線を感じる余裕もなく、応援部一年生団員たちの、うさぎ跳びの列は、駅までの長い道のりをピョンピョンピョンピョンと続くのであった。

 そして、フラフラする足を引き摺りながら、先輩たちより遅れて電車で応援団の寮に帰れば、「遅い!!球場から寮まで何時間かかってやがる!!闘魂が足りん!!」と、あの「闘魂棒」での気合い入れが一年生団員たちの尻に待ち受けているのだ!!

・・・・・・・・・

 再び、大神宮球場。東和の控え室。
 
 レギュラーの大半を占める四年生野球部員たちは、自分たちの現役最後の試合となる伝統の東明戦を前に、援團・親衛隊長として、自分たちの前に立ってド迫力で睨んでいる同期の田辺、そして、その後ろに整列している同じく同期の四年生・団員たちと共に噛みしめた一年生団員の時の苦労を思い出していた。

「いいか!今日の試合は、今シーズン、いや、四年間、一試合も欠かさず、気合の応援で、客席から俺たちを支えてくれた応援団の同期のヤツらにささげる試合だ!気合入れていくぜぇ!」

と、黒澤は、目の前に整列した野球部員たちにハッパをかけた。

 再び、

「ウォ〜〜〜〜!」

の雄たけび。控え室は熱気に溢れていた。

 そういうと黒澤は、自分も、野球部員たちの列の一番端に並んだ。そして、大声で、叫ぶように、

「闘魂棒気合入れ!お願いします!選手一同!気を付け!礼!」

といって、前に居並ぶ田辺と同期の応援団員たちに深々と頭をさげた。

 黒澤の号令のもと、これから試合に臨む他の野球部員たちも、

「しまぁスッ!」(「お願いします」の意。)

と叫び、深々と頭を下げた。 

「オッス!」

と、応援団式の受諾の挨拶で返す田辺・親衛隊長と四年生団員たちだった。

「東和ぁーー大学!体ぁーー育会!応援團!親衛ぇーー隊!第六十七代!隊長、田辺純太!僭越ながら、我等が東和の必勝を期し!闘魂棒で気合の挨拶を入れさせていただきまぁーーーす!」

と、田辺の自己紹介も兼ねた宣言だった。いよいよ気合入れ儀式の始まりだった。

「オッス!」

と、同じく応援団式に返事を返す野球部員たち。

「黒澤、基準!気合入れの隊形に開け!」

と、田辺の命令が飛んだ。

「オッス!」

の雄たけびと同時に、野球部員たちは、控え室いっぱいに所狭しと、お互いに間隔を開けて一列に広がった。

「回れぇ〜〜〜〜〜〜!右!」と再び田辺の命令。

「オッス!」

の返事もよろしく、野球部員15人全員が一斉に後ろを向く。再び、田辺の指示だ。

「両腕!!上げぃ!」

「オッス!」

 選手全員、両腕を肩の高さにまで挙げて、その姿勢を保つ。

「拳を握れぇィ!!」

 野球部選手たちは、左右両拳をグッと握る。

 すでに、田辺の手には、団員から渡された直径5cmで、長さは1m10cmほどの、飴色に輝く、「闘魂棒」が握られていた。闘魂棒には、墨で黒々と、

「これぞ東和男児の魂なり 魅せんか男の心意気」

と描かれていた。

 田辺は、ケツを向けている野球部員たちの後ろを、闘魂棒を床にコツコツと「軽く」叩きつけながら、歩いていく。選手たちのケツを一人一人じっくり見定めていく。全員、ユニフォームの上からとはいえ、ケツはプリっと後ろにふくらみをみせ、ズデンとデカケツながら、鍛えられて引き締まった堅いケツであることがわかる。

 野球部における闘魂棒・尻叩きは、闘魂棒で叩かれた時は連戦・戦勝だったという野球部に残る「伝説」のため、いつからから縁起を担ぎで、毎回公式戦の前に行われるようになった儀式だった。

 試合前の恒例行事とはいえ、あのコツコツと床を叩く「闘魂棒」の音色を聞くと、「いよいよか・・・」と、ケツが引き締まる野球部員たちだった。

 引き続き、田辺の指示が飛ぶ。

「両足!開けィ!」

「オッス!」

 選手15人は、一斉に、足を肩幅よりやや広く開く。そして、田辺の最後の指示が飛ぶ。

「尻!構えィ!」

「オッス!尻出し!失礼します!」

といって、さらに両拳をグッと握り、ケツを後ろへプリッと突き出す野球部員たち。応援団では、先輩に自分の汚いケツを突き出す非礼をことわるため「尻出し!失礼します!」というのが礼儀とされていた。

 野球部員たち15人のケツが一斉に田辺の前に突き出される。田辺は、「闘魂棒」を肩に担ぐようにして持ち、最後の注意を出す。闘魂棒を初めて食らう一年生の団員に注意するような口調だった。

「これから貴様らのケツに、闘魂棒で挨拶させていただく!闘魂棒は、団旗の次に神聖なるものだ!貴様らの屁で汚してはならん!ケツの穴をしかっりと締めィ!」

「オッス!」

といって、ケツの穴をキュッと引き締める野球部員たちだった。「闘魂棒」を受ける準備は万端整った。

「準備はよいかぁ!!?」

と、大声で聞く田辺。

黒澤始め選手たちの、

「ウォ〜〜〜〜〜ス!」

の声が、控え室中に響き渡った。

 そして、田辺は、おもむろに主将の黒澤の後ろに立ち、闘魂棒をバットのようにして構え、黒澤の後ろに突き出されたケツに狙いを定める。

「東和大必勝祈願!闘魂棒、イクゼぃ!」と田辺の雄叫び!

「東和大必勝祈願!闘魂棒、頂戴します!!」と黒澤の雄叫び!

 後ろへケツを突き出す黒澤が、体がくの字になるほど、さらにケツをグッと後ろへ突き出した。

「やぁ〜〜〜〜〜〜!」

と、田辺は気合の雄叫びとともに、構えた「闘魂棒」をまるで本塁打でも狙うかのように、上から下へ思い切り振り切る!

ドシィ〜〜〜〜〜ん!!!

 田辺の振り下ろした「闘魂棒」が、東和大野球部エースで主将の黒澤のケツに、鈍く低い音を響かせて、着地、もとい、着ケツする!

 容赦なく打ちのめされた黒澤のユニフォームのケツ。そのケツへの衝撃が、一瞬のうちに脳天へ伝わり、思わず両腕を縮める黒澤だった。

「と、闘魂、あ、ありがたく頂戴しましたぁ〜〜〜!」

と、苦しそうな声を絞り出すようにして、思わず前方にふらつくように進む黒澤だった。無論、ケツをさすることなどできない。縮めた両腕は、再びスクと前を突くように、伸ばさなければならなかった。

「オォ〜〜〜〜!」

の地響きのような歓声とともに、

パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!

と、後ろで並んで見ていた同期・四年生団員たちの割れんばかりの惜しみない拍手がなり響いた。前方にぶっ飛ばされることもなく「闘魂棒」の試練を受け止めた黒沢に対する称賛の拍手だ。

 主将・黒澤の苦しそうな声から、その日の「闘魂棒」は半端じゃないと覚悟を決める、残り14人の選手たち。

 今日はいつもの試合とは違う、四年生にとっては現役最後、しかも明和大との事実上の決勝戦だ。闘魂棒がどんなに強く振り下ろされても、闘魂棒を尻に受けた衝撃で前につんのめるような醜態だけは晒すまいと心に誓う選手たち。第一、そんな縁起が悪いことは、絶対に許されないのであった。

「よし!来い!」「よっしゃ!」と、自分に気合を入れなおし、さらにケツをプリッと潔く後ろへ突き出し、「闘魂棒」の順番を待つ野球部員たち。

 黒澤の隣でケツを突き出し順番を待つ、副将でキャッチャーの友永辰男の尻の盛り上がりは、14人の中でも群を抜いていた。もちろん、ユニの尻にパットを縫い付けてあるのだ。当時はまだスラパンはなく、思い切りスライディングができるようユニフォームのケツの部分に布を縫い付けるのが普通だった。尻パットを厚くすれば、ケツバット対策にもなるし、まじめにトレーニングを積まなくても、ケツがカッコよく盛り上がって見え一石二鳥というわけである。もちろん、東和大の野球部員のユニフォームの尻パットもそれなりに厚かった。しかし、それは、母校の勝利のため、心置きなく気合のスライディングをするためであり、闘魂棒の衝撃を和らげようなどと卑怯なことを考えている東和男児は一人としていないのであった。

 もちろん、友永もそんな卑怯な男ではない。東和大体育会応援團の「闘魂棒」の打擲は、尻パットの一枚や二枚で和らげられるほど、ヤワではなかったのだ。

 田辺の闘魂棒は、友永のケツに狙いを定めていた。

「東和大必勝祈願!闘魂棒、イクゼぃ!」

「東和大必勝祈願!闘魂棒、頂戴します!!」

ドッシィ〜〜〜〜〜ン!

 ガァツ〜〜〜ンと、脳天直撃の闘魂棒尻叩きだった。しかし、友永は、なにもなかったように涼しい顔だった。リトルリーグ時代からほとんど連日のようにケツバットに泣かされ、友永のケツには、野球少年の勲章でもある「ケツバット・タコ」がしっかりと出来ていた。要するに友永のケツの皮はぶ厚いのであった。

「闘魂、ありがたく頂戴しました!」

と、大声で挨拶する友永。黒澤よりもさらに根性の入った挨拶に、後ろに居並ぶ四年生団員たちは、割れんばかりの拍手と歓声で、友永の男気と根性を称えたのだった。

「よし!俺もカッコよく挨拶決めるぜ!」

と心に誓い、さらにケツをグッと後ろへ突き出して、闘魂注入をいまや遅しと待つ13人の野球部員たち。

「東和大必勝祈願!闘魂棒、イクゼぃ!」

「東和大必勝祈願!闘魂棒、頂戴します!!」

ドッシィ〜〜〜〜〜ン!

「ウゥ・・・と、闘魂、あ、ありがたく頂戴しましたぁ!」

 巨漢の友永のように涼しげに「闘魂棒」に応えることは、残りの13人にとっては困難だった。ぶっ飛ばされずに踏ん張るのがやっとだった。たった一発でも額からは脂汗がにじみ、目からは火花が散るほどだ。しかし、ジリジリと焼けつくように痛いケツを必死でさすりながら、その場でピョンピョンと飛び跳ねる醜態をさらすことなどできない。「元の位置につけ!」の号令がかかるまで、再び両拳をしっかり握った両腕をグッと前に突き出して、涙目になりながらも、両眼でグッと前をにらみつけ、ケツを後ろに突き出したままの体勢を維持するのだ。

 無論、闘魂棒を頂戴した残りの選手たちにも、応援団の四年生団員たちからは、

「オォ〜〜〜!」

の歓声と惜しみない拍手が送られる。

「東和大必勝祈願!闘魂棒、イクゼぃ〜〜〜〜!」

「東和大必勝祈願!闘魂棒、頂戴します!!」

ドッシィ〜〜〜〜〜ン!

「ウゥ・・・と、闘魂、あ、ありがたく頂戴しましたぁ!」

「オォ〜〜〜!」

パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!

「東和大必勝祈願!闘魂棒、イクゼぃ〜〜〜〜!」

「東和大必勝祈願!闘魂棒、頂戴します!!」

ドシィ〜〜〜〜〜ン!

「ウゥ・・・と、闘魂、あ、ありがたく頂戴しましたぁ!」

「オォ〜〜〜!」

パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!パチッ!

 このようにして、試合前の「闘魂注入の儀式」が進んでくのだった。

 果たして、選手全員のケツに闘魂が注入されると、田辺親衛隊長の「元の位置につけィ!」の号令よろしく、野球部員たちは、直立不動の姿勢になる。 

 そして、応援団員たちによって厳かに校歌、応援歌の斉唱が始まる。ケツに注入されたジリジリと熱い「闘魂」を感じながら、野球部員たちは、直立不動のまま校歌、応援歌を聴き、また、自らも歌う野球部員たち。彼らの目からは、感極まった男の涙が溢れているのだった。

 闘魂棒で、気合と闘魂、そして、東和男児の熱き魂をケツから充填され、闘志満々の野球部員たち。円陣を組んで再度気合を入れた後、控え室を出て、ベンチへと続く階段を駆け上っていく。いよいよ試合の始まりだった。無論、東和の勝利は確実だった!!

 野球部員たちの去った控え室では、大事な試合の応援を直前に控え、今度は、四年生応援団員だけによる、現役最後の闘魂棒気合入れの儀式が行われていた。

 一年生の時から、日常的に闘魂棒で気合を入れられている応援団員のケツの皮は厚く、団員のケツには、一人の例外もなく、団員の勲章である「闘魂棒タコ」ができていた。そんな東和応援団員たちは、闘魂棒を食らった後の、ケツがカァ〜〜〜ッと焼けるような熱さが好きだった。ケツの熱さで、自分の中の闘魂に火が付くような思いだったのである。

おわり

注:短篇小説「深夜の罰ゲーム すし若バイト物語 十三、ついに垣間見た「闘魂棒」の黒光り!」における東和大学・体育会・闘魂棒プチエピソードを読みたい方は、こちらからどうぞ!

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