目蒲の高校時代---ケツピン棒の思い出・前編

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内容

一、夏の午後は・・・

二、山口君の名返事

三、代返発覚

四、トマス・ソーヤ、目蒲

五、校内引き回しの上・・・

六、ケツピン棒・準備

 

一、夏の午後は・・・

 7月の上旬、来週から一学期の期末考査が始まるそんな時だった。

 五時間目と六時間目の間の休み時間、生徒が一番眠くなる時だ。 しかし、明和高校の六年A組のクラスでは、そんな眠気も一辺で吹き飛んでしまうような事件が起ころうとしていた。

(注:六年一貫教育校では、中学からの通算で高校三年を六年と呼ぶことがあります。)

 名和学園・中学校・高等学校は、国鉄・東中野駅から、徒歩10分ほどの、中央線ぞいにある六年一貫の男子校であった。

 進学校としては、当時は、中堅クラスであったが、勉強だけに偏らない「人間教育」を目指す中等教育機関として、校則と生活指導の厳しさは、都内の男子校、随一であった。

 それだけに、入試偏差値はそれほど高くはないが、息子たちが「不良」などにならずに思春期を通過してほしいと願う父兄たちの人気は高く、体罰に関しても、入学時に親から承諾書をとるなど、ビシビシと行われていた。

 

 六時間目の始業ベルがもうすぐ鳴ろうとしていた。6Aの教室で、クラス一番の優等生、山口君の机の周りを、三人の問題児たちが取り囲んでいた。もちろん、岡部、水野、目蒲の三人組だった。

「え〜、代返なんて、オレやだよぉ〜。できないってば・・・」

 山口君は、漢文大好き!の国立帝都大志望のクラス一番の優等生だった。6時間目の漢文の授業をサボるはずのないヤツだった。

 代返など引き受けて、大好きな漢文の授業に集中できないのではたまらないと、山口君は、なかなか首を縦にふらなかった。

 しかし、三人組もしぶとかった。

「そこんとこ、な!明日の昼、パンおごるからさぁ!頼むよ!代返。」

「な!頼む!代返。」

「恩に着ます!山口君!」

 三人組のあまりのしつこさに、さすがの山口君も、始業ベルがなる五秒前に、やっと、三人の代返を引き受けることに同意した。

 あわてて、6Aの教室を離れる三人組だった。

「山口なんかに頼んで大丈夫かよ。」

「そうだよ、山口なんかに、代返なんて高度な事できるかなぁ〜?」

「仕方ねぇ〜だろ。藤本には先週頼んだし、秋吉には先々週、それに、原田には先約があるらしいし・・・。まじめで、漢文サボらないことが確実なヤツで、頼めるヤツって、もうアイツしか残ってないんだよ。」

 目蒲のいうことも、もっともだった。他の漢文サボり組みは、出席確実な別の真面目なヤツに代返を頼んでおり、先約済みで、頼める相手が残っていなかったのだ。

 サボりそうなヤツに代返を頼むのは、代返がばれるリスクより、結局欠席扱いになるリスクが高すぎて、とても頼むことはできなかった。

 案の定、50人近くいた6Aのクラスは、30人近くに減っていた。

(注:最近は少子化の影響で、一クラスの人数はこれほど多くないでしょうが、当時は、55人とかが当たりまえでした。)

「オレさぁ、第一志望、S大にしたからさぁ、漢文なんてやってらんねーんだよ・・・それより数学、数学・・・」

「あ、俺は、明日の古文の予習、やりてーし・・・」

「だよな・・・国立受けるヤツしか必要ないじゃん!漢文なんて・・・」

「しかも、六時間目、やってらんねぇ〜!」

「じゃ、図書館行くか?」

「ああ、いこうぜ!!」

 さすが進学校!授業をサボっても、やはり、考えることは、勉強のことであった・・・

 しかし、ここで、目蒲がニヤッとして、提案するのだった。

「でもさぁ・・・こんなに天気がいいのに、いきなり図書館は、もったいなくねーか?」

「それもそうだな・・・・」

 六時間目の漢文サボりを決め込んだ仲間の迷いにつけこむかのように、目蒲が、間髪をいれずに、さらに提案する。

「なあ、屋上で、身体、焼かねぇ〜!俺、オイル持ってきたからさぁ!」

「あ、校則違反!津島に見つかったら、やばいんじゃねぇ!」

「そうだよ・・・悪くすると、ケツピンだぜ・・・高3にもなって、アイツのケツピン棒食らうのなさけねーーー」

「なんだよ、おまえ、高3にもなって、まだケツピン棒がこえーのか?」

「えっ・・・こわかねーけどさ・・・後輩たちの手前、はずかしーじゃん・・・パンツ一丁てのもさ・・・」

 そう答える岡部の顔は、耳まで真っ赤だった。

 「ケツピン」とは、校則を違反した生徒や、生活態度の悪い生徒が、放課後、生徒指導室または会議室に呼ばれ、竹の棒でケツを叩かれる、明和学園独自の体罰であり、その竹の棒は「ケツピン棒」と呼ばれていた。中高六年一貫の男子校には、当時はどこでも、代々受け継がれているユニークな体罰の一つや二つはあるものだった。

 「パンツ一丁」と聞いて、目蒲も、ポッと顔を赤らめる。目蒲の顔には、迷いの表情が浮かんでいた。しかし、目蒲は、その迷いを振り払うかのように、岡部に言う。 

「平気、平気、あいつも、いまごろ体育教官室で、昼寝だよ!」

「まあ、あいつのことだから、そうだよなぁ〜!」

 岡部、水野、目蒲の三人組は、大笑いしながら、高校校舎の階段を上り、屋上へ急いだ。

 屋上では、すでに、何人かの高三生が、甲羅干しをしていた。もちろん、全員、白の校章入りスクール・ブリーフ一丁だった。

 いいとこのおぼっちゃまで「優等生」なだけに、「不良」といわれることに憧れ、「軟弱」と言われることをなによりも嫌う「進学校」の男子高校生は、意外と、お肌の色とお手入れには、気を遣うのであった。

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二、山口君の名返事

 6Aの教室では、漢文担当の国語科教師、町田が出席を採っていた。すでに、70歳を過ぎている、退職間近の老教師であった。

 公立校と違い、私立校には、はっきりとした定年がないためシーラカンスのような老人教諭が、一人や二人いるものだった。

「秋吉」

「はい!」

・・・・・・・・

「岡部」

「はい!」

 教室のあちこちで、クスクス笑いが起こった。男だけが集まると、男だという意識が希薄になるのだろうか?男子校の男子は、意外と、女々しく、陰湿でネチネチした面があった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「水野」

「ハイッ!」

 さっきよりも、すこし大きな、こぼれ笑いが起こった。クラスの連中は、笑いをこらえるのに、必死だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「目蒲」

「ふわぁ〜い!」

 これには、堪えきれずに吹きだしてしまう者もいた。山口君の名演技ならぬ、名声色に、クラス全体から再びクスクスと笑い声が漏れ、

「あいつ、声優になれんじゃないの?」

と、ヒソヒソ話に花が咲いた。

 もちろん、「代返」のポイントは、いかに声色を上手く使いこなすかであった。

 さすが帝都大・現役合格をめざす優等生の山口君だ。押さえるべきポイントは、しっかりと、押さえていた。

 山口君は、クラスのそんなヒソヒソ話に、密かに優越感を感じていた。優等生の集まる「進学校」の中で、さらに優等生といわれる生徒たちは、「お前は、マジメだ!」といわれることを、極度に嫌う。

「僕も、マジメだけじゃないんだぞ!悪いこともしっかりできるんだ!」

 と、心の中で、いつも自分をバカにしている雰囲気があるクラスの連中に、大声で叫んでいた。

 しかし、必死で笑いを堪えるクラスの連中や、プチ・優越感に浸る山口君が一つ見落としていたことがあった。

 目蒲の名前を呼び、山口君の名返事を聞いた老漢文教師・町田の目が、その老眼鏡の奥で、キラッ!と光ったことであった。

 やがて出席は、山口君本人の番になっていた。

 代返の、もう一つの、そして、意外に見落としがちな重要ポイントのひとつに、自分自身の返事を、忘れずにすることがある。

 頼まれた友人の返事をしっかりとすることに気をとられすぎて、意外に、自分自身の番になったとき、返事を忘れてしまうのであった。

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三、代返発覚

「山口」

しばらくの沈黙。

「山口!欠席か?」

ハッと気がつき、あわてて返事をする山口君。

「あ、はい!」

 その「あ、はい!」が山口君の命取りだった。

 ボケたふりして、その爺さん先生はなかなかのクセ者だった。漢文の町田教諭は、目蒲が、自分の漢文の授業を、三週連続で、さぼったことに、しっかりと気がついていて、いつか 目蒲の尻尾を押さえようとしていたのだった。

 それもそのはず、町田教諭が、約五年前、教師人生最後の正担任を受け持った1Cのクラスに、新入生の目蒲久夫がいたのであった。

 当時、頭も要領もよく、クラス一のやんちゃ坊主だった目蒲には、ずいぶん手を焼かされたものだった。

 6月生まれの目蒲は、すでに18歳、少年からもう大人の男への仲間入りをしていた。喉仏も出っ張ってきて、ずいぶん低い声になったとはいえ、大ベテラン教師の町田が、目蒲の声を聞き間違えるはずがなかった。

「あのやんちゃ坊主、また、わしの授業をサボりおった。誰が、代返をしているんだ・・・・???」

 そう考えながら、なにもなかったかのように出席簿に顔を埋め、ぼそぼそとした声で出席をとりながら、犯人が、尻尾を出してくるのをじっと待っていた町田教諭だった。

「あ、こいつか!」

 山口君が、不自然な返事をしたとき、その大ベテラン教師の感が働いた。

「あれ、あんた、さっき返事しただろ?」

 すかさず、畳み掛けるように、問いただす町田教諭。

「いえ、してません!」

と、間髪をいれずに、答えるのが、この代返発覚か??という山口君の人生最大の難局を切り抜ける唯一の正しい選択肢であった。

 もちろん、町田教諭は、カマをかけただけだったからである。

 しかし、 勉強一本の山口君も、修羅場の人生経験が少し足りなかったようだ。真っ赤な顔をして、困ったように、

「いえ、あの、その」

とシドロモドロの山口君。

 クラスの連中も山口君の味方ではなかった・・・

「山口君!ピンチ!」

「目蒲君!大ピンチ!」

と、町田にも聞こえる大声で野次が飛んでしまい、クラス全体が大爆笑の渦につつまれた。

 その時、突然のカミナリが6Aの教室に落ちた。

「うるせぇ〜〜〜〜〜ッ!貴様ら、わしの授業を愚弄する気かぁッ!!!!」

 さすが、本当の軍隊よりも厳しい軍隊式教育で有名だった、戦前の関東第一高等師範学校出身の町田教諭である。

 歳はとっても、「ここぞ!」というときのクラス掌握術は、若手教師が足元にも及ぶことなどできない、ド迫力と厳しさがあった。

 エリートコースを歩んできた進学校の優等生たちは、いくら悪ぶっていても、この種の恫喝には、めっきり弱いものだ。

 水をうったように、教室は、シィ〜〜ンと静まり返った。

 これだけの怒鳴り声を出せるのは、「人間教育」を重視し、厳しい校則と生活指導で有名な明和学園の、厳しい教師のうちでも、町田だけだったのではないだろうか。

 もちろん、町田も、優等生たちが集まる明和学園で、こんな大声をだすのは、カンニングが発覚した時と代返が発覚した時くらいで、めったにないことだった。

 「人間教育」重視の明和学園では、「代返」の様なごまかし行為は、「カンニング」の次に重罪で、「校内喫煙」よりもその罰は重かった・・・

「授業は、一時、中断する。しばらく、静かに自習をしていなさい。」

 いつもの、やさしいぼそぼそ声で、クラス全体にそういうと、真っ赤な顔で、少し震えながら、下を向いている山口君に向って、

「君は山口君だね。中間考査で、満点をとった君の顔と名前を、わしが覚えていないはずがないだろう。いまからちょっと、私といっしょに来なさい。」

 いつものやさしいおじいちゃん先生の口調にもどった町田だったが、山口君に呼びかけるその口調は、いつもとは少し違い、一切の不正を許さない厳しさが混じっていた。

 真っ赤な泣きそうな顔で、町田の後をついて教室を出て行く山口君。残ったクラスの全員は、下をむいて、自習をするふりをしていた。そして、町田教諭と山口君が教室から出て行くと、再び、教室には、ヒソヒソ話の花が咲いていた。

 教室を出た町田教諭と山口君は、職員室を通り過ぎ、体育館一階の体育教官室へ向っていた。山口君の顔は、次第に、青ざめてきていた・・・

 明和学園の体育館一階に、体育教官室はあった。なかは、授業の合間の空き時間に休憩をとっている体育教師の溜まり場だった。

 自分の机の上に足を乗せ、左手では竹刀をもち、自分の肩をポンポンと叩きならが、右手では、鼻をほじって、職員室より大型の、音声多重放送受信機能付き、最新36インチテレビジョンで、午後のワイドショーを独り観ている体育教師がいた。

 津島裕二32歳、関東体育科学大学、通称、体科大出身の中堅体育教師であった。

 明和学園では、一番の元気者で、生活指導の統括責任教諭でもあった。

 午後のワイドジョーの「最近の女子高生の生態特集」を見ながら、性職、いや失礼、教師という聖職に身を奉じる者にあっていいことなのだろうか?ジャージの股間にテントを張っている津島であった。男性教師も一皮向けば、その股間はただの雄であった。

「最近、溜まってんなぁ・・・そういえば、生徒のケツも叩いてないし・・・」

 ワイドショーの特集と同時に、津島のストレス解消になるのは、生徒のケツをケツピン棒でビシビシ叩くことであった・・・。

「あ〜、眠ィ!職員会議が終わったら、さっさと帰って、息子の面倒でもみてやっか・・・」

 32歳いまだ独身、彼女もいない、寂しい男であった。

 6時間目も始まったばかりだ、人が来るはずもない体育教官室のドアをノックする音に、ビックリしてテレビを消し、ドアを開けると、そこには、津島の恩師でもある町田教諭が、真っ青な顔の山口君とともに、立っていたのであ った。

「先生、サァッ!どうぞお入り下さい・・・」

 町田に体育教官室の丸椅子を用意し、直立不動で、町田の次の言葉を待つ津島だった。それもそのはず、町田は、津島の恩師だった。そう、津島自身も明和学園出身であり、いわゆるOB先生だったのである。

 町田は、直立不動の姿勢で前に立つ津島の顔を見上げるようにして言う。 

「この生徒が、目蒲から、6Aのワシの授業で、代返を頼まれたらしいんだよ。悪いが、調べてやってくれんかね。津島先生。」

「ハイッ!」

 まるで、元気なやんちゃ坊主が、怖い先生に返事をするようなピシっと気合が入った返事を津島はした。

 山口君は、凍りつくような表情で、二人の教師のその会話を傍らで聞いていた。

「じゃ、ワシは、また、6Aの教室にもどらんといかんので。頼みましたよ。あ、それから、この生徒、マジメな子だから、お手柔らかにしてやって下さいよ・・・」

 そういうと、町田は、杖をつきながら、ゆっくりと、生徒たちが自習して待つ6Aの教室へと戻っていった。

「ハイッ!配慮いたします!」

と大声で返事をすると、津島は、町田の後姿を見送っていた。

 津島教諭と、ふたり残された山口君は、心臓がバクバク状態であった。

「さあ、入りなさい」

 校則違反には鬼と噂の津島教諭の意外に優しい言葉に、すこし驚く山口君であった。

 体育教官室のドアを閉めると、山口君の後ろから、山口君の両肩に手をかけて、「やさしく」エスコートして、教官室の中に、山口君を招き入れる津島教諭だった。

「ここは、君のようなマジメな人間が、こんな時間に、町田先生に連れられてくるようなところじゃないんじゃないかな?山口君?え?黙っていたんじゃ、先生、わかりませんよ。」

「・・・・はい、すいません。」

 カラカラの喉から搾り出すような、蚊の鳴くような小声で、やっと返事をする山口君であった。

 津島教諭は、山口君を部屋の一番奥の壁のところまで連れてくると、

「さあ、そこに正座しなさい。」

と、壁の前に正座するように、山口君に優しく、しかし、さっきよりは、すこし厳しい口調で、命令した。

 罰で正座をさせられるなんて、山口君にとっては、生まれて初めての経験だった。

 教師経験もそろそろ十周年を迎える津島だった。学生時代、嫌いで、追試の連続だった心理学の本を、教師になってからは熟読し、生徒に応じた叱り方のコツを体得した津島だった。

「君がこんなとこで、正座させられていることを知ったら、ご両親は、悲しむんじゃないかな??」

「・・・・・」

「だまっていたら、わからないだろ。さあ、先生に君の考えを教えてください。」

「・・・・・」

 少しずつ、津島の口調が、トゲトゲしくなっているのを、山口君は、感じ、掌は、汗でびっしょりだった。

「君のお父さんは、立派な方だろ?それに、君も、帝都大に進んで、弁護士さんになるんだろ?」

「い、いえ、検察官が第一志望です・・・」

 山口君は、「あ、まずいこと言ったなぁ〜」とすこし後悔した。

「あ、そう。じゃ、知ってるよね。詐欺罪って。」

 丸椅子を引き寄せ、いきなり、山口君が正座しているまん前に、足を開いて座った。

「は、はい一応・・・」

「代返も、詐欺罪なんじゃないかな?町田先生をだましたっていう意味で?」

「・・・・」

 いきなり、津島は、山口君のマッシュルームカットの髪の毛を両手で掴むと、遠慮なしに、思いっきり引っ張り上げ、

「黙っていたら、わからないんですよ!!教えてくださいよ!!山口、セ、ン、セ、イ!!」

といって、怒鳴りつけた。思わず、正座の体勢から腰を浮かせる山口君。

「アッアッ・・・・痛い、痛い、先生、痛い」

 髪の毛を引っ張り上げられ、中腰になる山口君だった。津島は、容赦なかった。山口君を、自分の顔の高さまで、「引っ張り上げる」と、

「オイ!山口、目蒲に代返頼まれたのか?だったら、正直に言えよ。いま、目蒲は、どこだ!」

「・・・・」

「黙ってたら、わかんねぇ〜んだよ!」

「イタッ、痛い・・・髪の毛、離して・・・お願いします。」

「今、どこにいるんだ!目蒲は!」

「痛い・・・・屋上、屋上、高校校舎の屋上です・・・」

それを聞くと、津島は、山口の髪の毛を離し、

「よし、すぐ戻るから、お前は、そこでしばらく、正座して反省してろ!」

 そういうと、津島教諭は、体育教官室を出て行った。

 山口君は、生まれて初めての経験に茫然自失の状態であった。

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四、トマス・ソーヤ、目蒲・・・

「おい、ヤベェ〜よ!」

 高校校舎の屋上で、白のスクール・ブリーフ一丁で、さんさんと降り注ぐ太陽の下、甲羅干しをしていた、主に高校三年生の生徒たちは、津島教諭の姿を、屋上に見るや、制服を持って、着るのも忘れ、クモの子を散らすように、そそくさと、屋内に戻っていった。

 屋上の階段から一番遠いところに、6Aの目蒲、水野、岡部が、やはり、白のスクール・ブリーフ一丁で、うつ伏せになり寝そべっていた。一番奥にいたせいか、津島教諭が近づいてくることに、三人とも、全く気が付かなかった。

「あ〜、極楽、極楽・・・」

「おい、水野、6時間目の終わりまで、あと何分?」

「あと、30分位だぜ。」

「そっか、じゃ、もうちょっと、ゆっくりできるな・・・」

 その時、目蒲は、自分の上に覆いかぶさる影をみて、背後に誰か立っているのを感じた。

「そこに立ってるの誰だよ!日焼けできねぇ〜だろ!トットと、どけよ!」

「おい、目蒲・・・」

「目蒲ッ・・・ヤバイって・・・」

 水野も岡部もその影がだれのものかすでに気が付いていた。二人の全身から血の気が引き、汗は、冷や汗へと変った・・・

「なんだよ、うるせぇ〜な!」

「目蒲さん、オレも仲間に入れて下さいよ・・・」

「だれだよ、それなら、トットと寝ろよ。俺のうしろに突っ立てんじゃねぇ〜よ!」

「失礼しまぁ〜ス!」

 目蒲の隣に、寝たヤツは、この蒸し暑い炎天下のなか、ジャージの上下を着こんでいた。

 不思議に思って、目蒲が、横を向くと、津島教諭が、やはりうつ伏せになって寝ており、目蒲の方をむいて、ニタっと笑った。

「ギャ!津島!いや、せ、先生・・・」

 慌てて起き上がる目蒲だった。

「よぉ〜!目蒲君!こんな時間に、めずらしい場所で会ったなぁ〜!俺も甲羅干ししようと思ってなぁ〜!仲間に入れてくれっか?」

「いえ、はい・・・」

シドロモドロの目蒲であった。

「ずいぶんといい臭いがするなぁ〜。バニラアイスでも食べたのかなぁ?それとも、今流行の、日焼けオイルの匂いかなぁ〜?目蒲君、先生に教えてください・・・」

 津島は、優しい口調で目蒲に語りかけた。しかし、その優しさが、返って、不気味で怖かった。

 目蒲は、いきなり、自ら正座すると、

「はい!日焼けオイルです!すいませんでしたぁ!」

といって、大声で津島教諭に謝り、まだ開けたばかりの日焼けオイルのボトルを津島に差し出した。

「こういう物を、学校にもってくるのは、校則違反じゃなかったかな?先生に、教えてください、目蒲君。」

「は、はい・・・そうだと思います・・・」

「そうか・・・校則違反か・・・そうすると、もしかして、それは、ケツピン棒の対象になるのかな??目蒲君、先生に、教えてください。」

「す、すいません。オレが学校に持ってきて、オレが、勝手に使ったんです。こいつらには、関係ありません。」

 それを聞くとニヤリと笑い、犬のように鼻をクンクンさせながら、水野を岡部の身体の匂いをかぐ、津島教諭だった。

「水野君も、岡部君も、ずいぶんいいオイルの匂いがするけどなぁ〜、どうなんですか、目蒲君、先生に教えてください。」

「オレが、水野君と岡部君に、使えって、命令したんです。だから、水野君と岡部君には、関係ありません。信じてください・・・」

「そうか、お前が、そこまでいうなら、信じてやらないこともないがなぁ・・・」

「・・・・・」

「じゃ、もう一つ聞くぞ、今、6Aは、なんの時間なのかな?」

「・・・・・」

「町田先生の、漢文じゃないのかなぁ?どうですか、目蒲君、先生に教えてください。」

「すいません。さぼりました・・・」

「それは、正しくないんじゃないかな?目蒲君。さっき、町田先生と山口君に、出席簿を見せてもらったが、ここにいる三人とも出席になっていましたよ。先生に、教えて下さい目蒲君よ!!!!」

「山口のヤツ、チクリやがった・・・」

思わず、水野が口走ったのを、

「黙ってろ!」

と、目蒲が制止した。

 ここで、いきなり、津島の口調が変った。目蒲ご自慢のもみ上げをいきなり両手で掴み上げると、それを上に持ち上げるように、引っ張った。

「ずいぶんもみ上げもかっこよくはえそろってきたじゃないか。そろそろさっぱり刈り上げるか!目蒲君よ!」

「いえ、いいです。遠慮しておきます。あ〜痛い・・・」

 目蒲は、高校二年の三学期に、三日連続遅刻して、坊主頭にさせられたばかりだったのだ。

 津島は、さらに強く、目蒲のもみ上げを引っ張ると、

「お前ら、山口に、代返頼んだんじゃないだろうな!正直に答えろ!え!どうなんだ。」

 目蒲は、

「い、い、い、い、痛い!山口君には、関係ありません。本当です。山口君の分も、俺が罰を受けますから。帰してやって下さい。 」

 その言葉をきくと、津島は、ニヤリと笑い、

「よし、わかった。目蒲!今の言葉、忘れんじゃねぇ〜ぞ!」

「はいッ!男に二言はありません!」

「よし、目蒲、水野、岡部、お前ら三人は、オレがもどってくるまで、ここでパンツ一丁でしばらく正座だ!日焼けすんには、ちょうどいいだろ・・・」

「はい!」

「はい!」

「はい!」

 ニヤリと笑うと、津島は、

「さあ、優等生君は、釈放だ。山口には、いい薬になっただろう・・・」

と、つぶやきながら、山口君を独り残した体育教官室へ戻っていった。

 体育教官室で、独り、正座をしている山口君。足の痺れが、山口君を襲っていた。そこへ、屋上から戻ってきた、津島教諭が入ってきた。

「山口!今日は、教室にもどっていい。だが、こんど代返なんて引き受けたら、お前も、頼んだヤツと同罪だからな。よく覚えとけ!」

「は、はい・・・失礼します・・・」

 蚊の鳴くような声で挨拶をすると、山口君は、肩を落として、しびれた足を引き摺りながら、6Aの教室へと戻っていった。

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五、校内引き回しの上・・・

 高校校舎の屋上で正座している岡部、水野、目蒲の三人組。

「あいつ、チクリやがったんだよ。代返のこと!」

「許せねぇ〜!フクロにするしかねぇ〜よ!」

「バカ!もう済んだ話だろ!山口のことは、忘れろ!」

「お前、なんで、山口のことかばうんだ??まるで、ベッキーをかばうトム・ソーヤみたいだな!」

「あ、お前と、山口いい仲なのかぁ?」

「バァ〜カ!そんなんじゃないよ!」

 そういいながら、目蒲は、内心、

「あいつ明日、学校来れねぇんじゃねぇ〜。」と心配していた。

 岡部が言った。

「山口の心配よりも、ケツの心配した方が、いいじゃねぇ〜!」

「バァ〜カ!お前のは、冗談になんねぇ〜ンだよ。」

と、目蒲は、返した。

「あ〜、ケツピン棒か・・・痛てぇ〜〜んだろうなぁ・・・お前、前回食らったのいつだ?」

「忘れた、高一のときかなぁ?」

「目蒲は?」

「バぁ〜カ、わかりきったこと聞くなよ。高二の三学期だよ。三日連続で、遅刻したとき。あのとき、一回は、総武線が遅れたんだぜ・・・でも、津島が、認めないって・・・」

「シッ!津島が戻ってきたぞ。」

 瞑想し、反省しているふりをする三人であった。

 六時間目が終わる五分ほど前だった。津島は、わざと六時間目が終わるのを待つかのように、正座している三人に、話しかけた。

「お前ら、詐欺罪って、知ってっか?」

「・・・・」

「代返っていうヤツも、先生を騙すんだから、詐欺罪じゃないか??ところで、お前ら、誕生日何月だ?」

「六月です。」

「五月です。」

「オレも、五月です・・・」

「そうか、そんじゃ、三人とも18歳ってわけだな・・・お前ら、詐欺罪で、少年院でも入るか、いや少年刑務所か、それとも大人の刑務所かな??」

「・・・」

目蒲は、

「マジかよ!」と、思いながら、

「いえ、入りたくありません!」

と、答えた。それを聞くと、津島は、再びニヤリと笑い、

「なかなか、素直じゃないか・・・仕方ねぇ〜!ケツピン棒で、許してやっか!」

「・・・・」

「さあ、立て!まずは、お前らの教室に戻って、体育のジャージに着替える。そのあと、職員会議が終わるまで、会議室の前で、正座だ。いいな!」

「はい!」

「はい!」

「はい!」

と、勘弁してよ!といった顔をしながらも、ハキハキとした返事をして、しびれる足を我慢してどうにか立ち上がった。

 制服を着ようとする目蒲たちに、

「着なくてもいい!制服をもって、パンツ一丁で、オレについて来い!」

「え〜、先生、それは、勘弁してくださいよ・・・」

「ダメだ!それも、お前らのお仕置きだ!だまって、オレに、ついて来い!」

 ちょうど、6時間目の終了を知らせるチャイムが、校内に響き渡った。

 高校校舎に続く階段に向おうとした目蒲たちに、津島は、

「方向がちがう!こっちだ!」

と、中学校舎へ続く、空中渡り廊下へと、進みだした。

「ちょっと。勘弁してよ・・・・」

 半分、涙交じりの水野の訴えに、津島は、ただ、ニヤニヤしているだけだった。

 白のスクール・ブリーフ一丁で、制服を抱えた目蒲たち三人は、津島教諭に先導され、津島教諭のフォイッスルにあわせて、大声で、 手を「元気に」上げながら、歩調を合わせ、

「1、2」

「3、4!」

「1、2」

「3,4!」

と、軍隊調に行進した。体育祭のときの行進のやり方だった。

 6時間目が終わり、帰宅や部活に向う生徒たちで、ごった返す校舎を、中学校舎4階、3階、2階、1階、高校校舎1階、2階、3階、4階、と、わざと遠回りをして、高校校舎4階の6 Aの教室へ向っていた。 

 途中では、中学生や高校生の部活の後輩から、

「あ、水野先輩!」

「あ、目蒲先輩!」

「あ、岡部先輩!」と、指差され、

「先輩たち『校内引き回し』食らってるよ!」と、バカにされたような目つきで、ジロジロ眺められていた。

 『校内引き回し』とは、ケツピン棒を食らう生徒が、白のスクール・ブリーフ一丁で、生徒指導室または会議室へ行く前、校内を、大声で掛け声を掛けながら、 体育祭さながらの行進をしなければならない、明和学園名物の「お仕置き前奏曲」であった。

 パンツ一枚で校内を歩かなければならない恥ずかしさより、それを眺めている先輩・後輩・同級生全員が、これから、生徒指導室または会議室で、ケツピン棒を 受けなければならないことを知っていることが、なにより、恥ずかしかった。

 中一の生徒たちにとっては、

「なんだ、あのおじさんたち・・・パンツ一枚で・・・」

といった感想が正直なところであったろう。中一生たちが、この行進の恥ずかしさを知るには、もう一年くらい明和学園で生活する必要があった。

 津島に先導された目蒲たちは、いよいよ、高校3年生の教室がある高校校舎の4階の廊下へと、その行進を進めていた。

 教室に残っていた目蒲と同じ高三生たちは、その行進の音を聞き、色めき立っていた。

「久々だよ!ケツピン、ケツピン!」

「今日は、誰だ?」

「野球部の目蒲に、ラグビー部の水野、それに、陸上の岡部だ・・・」

「これは、見物だぜ!」

「会議室か?生徒指導室かな?」

「まだ、わかんねぇ〜!」

「とにかく、ケツピン・ウォッチングの準備だ!」 

 そんな会話が、部活の準備のため教室に残っていた高校三年生たちの間で交わされていた・・・・

 高校三年生のフロアーにきて、さらに真っ赤な顔の目蒲たちは、同学年の者たちに冷やかされながら、やっとのおもいで、6Aの教室にたどり着いた。

 そして、ケツピン棒を受ける時のユニフォームであるジャージに着替えると、正座をするため会議室前へと再び大声を出して行進しながら戻っていった・・・

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六、ケツピン棒・準備


 放課後、会議室に明和学園の職員が、職員会議のために集まってきていた。

 6Aの三人が正座しているのをみて、ジロジロ見ていく教師もいれば、

「お前ら、なにやらかした?」

「このあと、ケツピンか?」

と、からかっていく教師もいた。特に、6Aの正担任、数学科の内藤は、正座する三人に頭に、

ガツ〜〜〜ン!

ガツ〜〜〜ン!

ガツ〜〜〜ン!

と、目から火花が散るような拳骨を食らわして、

「お前ら、ご両親に連絡しといたからな!」

と言って、会議室の中に入っていった。

「ちょっとぉ〜!勘弁してよ・・・」

「高三で、親呼び出しかよ・・・」

 三人は、親が呼び出し!と聞いて、半分泣きそうになっていた。

 その日の会議は、約一時間ほどで終わった。担任の内藤教諭が、

「津島先生!こいつらのこと、お願いします!」

といって、三人を振り向くこともせず、さっさと職員室へ入っていった。

「ちょっと!担任なら、助けてくださいよ・・・」

 三人は、津島教諭にすべてがまかされてしまったことを不安に心細く思いながら、津島教諭の指示を待った。

 すぐに津島も、会議室から出てきた。

「よし、三人とも会議室に入れ!」

三人とも、「え!今日は会議室?」と思いながら、

「はい!」

「はい!」

「はい!」

と返事をして、弱々しくケツをさすり、しびれる足を引き摺りながら、三人は会議室の中に入っていった。最後に入った目蒲が、会議室のドアを閉めようとすると、津島教諭は、

「ドアは閉めなくていい。開けたままだ!」

と、命令した。そして、

「三人とも、上履きを脱ぎ、机の上に正座!」

と、命令した。 そして、クーラーのスイッチをオフにして、会議室の窓をすべて開け放った。近くでは、グランドで野球部が練習をしていた・・・

「これから、お前らがお世話になるケツピン棒を用意すっからな!まあ、正座して、待ってろや・・・」

 そういうと、竹刀の割り竹をさらに半分に割って細くし、一メートルほどに切った竹の棒を二本、会議室の隅から持ち出してきた。

 そして、黒のビニールテープを三巻、津島のジャージから取り出した。それを、正座している三人の前に、わざと見せ付けるように広げると、会議室の椅子に座り、「ケツピン棒」をつくる準備を始めた。

 津島は、意外なほど、几帳面に、神経質そうに、これから目蒲たちの尻に咬みつく「ケツピン棒」を作っていた。

「しっかり、テープを巻いておかないとな・・・お前らのケツに『当たった』とき、割れちまうからな・・・竹って、案外弱いんだぜ。」

 三人は、正座して、ケツをモジモジさせながら、その話を聞いていた。

「水野、お前、前回ケツピン棒のお世話になったのは、いつだ?」

「高一の時だと思います・・・」

「そうか、久々だなぁ〜」

「高三用のケツピン棒は、一味も二味も違うぞ!覚悟はできてんのかぁ?」

「は、はい・・・がんばります・・・」

「バァ〜カ!なに頑張るんだ?お前、緊張してねぇ〜??そうだよなぁ〜、オレも・・・」

 目蒲は、野球部。水野は、ラグビー部、そして、岡部は、陸上部だ。高三生のしかも運動部の野郎ばかり、成熟してプリっとした叩き甲斐のある堅尻を、三人分、叩けるなんて・・・

 想像しただけでも、津島は、興奮するのであった。津島の最近の欲求不満も、これで解決。股間の津島ジュニアも、泣いて悦こぶ三連続打席であった。

 その興奮からか、津島は、思わず、自分が生徒だったとき町田教諭からケツピン棒を食らったときの思い出を、話しそうになっていた。

「おっと、いけねぇ〜」

と思い、話を岡部に振った。

「岡部、お前は、前回のケツピン棒はいつだ?」

「はい・・・たぶん中学生のときだったと・・・」

「そうか、おまえもずいぶん久々だな!テープの色が違うだろ!中一の初心者用は、白、中二・三の中級者用は、赤、高一・二の上級者用は、青、そして、高三の最上級生用は、黒なんだよ。」

「今年、黒のケツピン棒を食らうのは、お前らが初めてだからな・・・もしかすると、最初で最後かもしれねぇ〜な・・・高三にもなって、ケツピン棒のお世話にならなきゃいけない情けないヤツらは・・・」

「お前ら、18だろ!もっと、大人になったらどうなんだな?え?まあ、このケツピン棒で、お前らが大人になる手伝いを少しでも出来れば、俺としても、教師冥利に尽きるけどな・・・」

 津島の嫌味に耐えながら、しびれる足をゴソゴソ動かして、目蒲たちは、ケツピン棒が出来上がるのをただひたすら待っていた・・・

 目蒲たちの目の前では、窓越しに、野球部の後輩たちが練習をしているのが見えた・・・

「あ〜、丸見えジャン・・・」

 目蒲は、半ば諦めて、津島の仕打ちを甘んじて受けていた・・・

 なんと、津島は、黒のビニールテープをケツピン棒一本につき、一巻半丁寧に、むらのできないよう、巻きつけていた。

 竹刀の割り竹から作った棒キレは、目蒲たち、やんちゃ坊主たちのケツに、キツイお灸を据える、重たい「黒いムチ」へと、変化していた・・・

 「よし、出来上がりだ!音を聞きてぇ〜か?」

 その場で、津島が、そのケツピン棒を素振りすると、

ブゥ〜〜ン!

ブゥ〜〜ン!

ブゥ〜〜ン!

と鈍い音が、会議室に響き渡った。目蒲は、思わず、ケツを引き締めた・・・

後編へつづく

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