部長の寵児 前半  by 太朗

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一、プロローグ

 東京・杉並の閑静な住宅街の中に立つ、いまだ古めかしい鉄筋コンクリート三階建ての建物。築30年を優に超えていると思われるその 建物が、大手総合商社・三丸物産・男子独身寮「青雲寮」だ。

 昭和の時代、いや、平成の御世に入っても、バブル崩壊の頃までは、大手総合商社の男子独身寮といえば、「若衆宿」などと揶揄されな がらも、若手男子社員を一人前の商社マンに鍛え、さらには、その会社にとっての生え抜き、サラブレッド育成のための教育機関として機 能してきた。

 しかし、バブル崩壊による経営難、さらには、日本人の意識・価値観が変化する中、男子独身寮を縮小・廃止する商社が相次いだ。

 そんな中、大手総合商社・三丸物産も例外ではなかった。しかし、三丸物産・男子独身寮「青雲寮」においては、年々入寮希望者が減少 する中にあっても、どうにか古きよき「若衆宿」の気風をその中に残していたのである。


二、正樹の入寮

 三丸物産の新入社員・初期・集合研修は、例年、山中湖セミナーハウスにて約一ヶ月間、新入社員たちを缶詰にして行われる。その研修 ・最終日、午前中には新入社員全員の配属先も正式決定し、新入社員一人一人に辞令が渡されていた。

「オレは広島支社の営業課だ!」

「オレは青森だ!」

「オレは名古屋だ!」

と、男子新入社員のほとんどは、全国各地の営業へ配属され、そこでサラリーマンとして、いや、商社マンとしての一歩を踏み出すのだっ た。

 そんな新入社員の一人、黒田正樹(22)は、辞令ともう一枚の紙切れを持って、昼食をとるためセミナーハウスの食堂へと向かってい た。

「黒田!お前はどこに決まった?」

と、正樹の研修仲間の峯田が正樹に声をかけてくる。

「オ、オレか?オレは東京本社の営業推進部だ。」 

「おぉ!いきなり東京本社かよ!ラッキーじゃんか!」

「そ、そうでもないよ・・・」

と、正樹はなぜか浮かない顔をしていた。

「どうしたんだよ!憧れの東京本社だぜ!もっと喜べよ!あ〜あ・・・オレなんか、最果ての稚内支店だぜ・・・」

「なんだよ、お前こそ喜べよ。三丸物産の稚内支店は、北洋漁業の海産物缶詰の取引高で業界シェアナンバーワンだぜ!ロシア人の漁師た ちから、さしでカニとか買い付けんるんだろ!カッコいいじゃん!」

「まあなぁ・・・でもなぁ・・・オレ、ロシア語からきしだし・・・丸の内の東京本社もあこがれだよなぁ・・・」

と、峯田は正樹が持った、もう一枚の紙切れに気がつくのだった。

「あれ・・・それなんだ?本社配属のヤツは、オレたちよりも紙が一枚多いのかぁ?チェッ!もう差別されてるよ!」

 その紙に書かれた内容も知らず、一人ふくれっ面をする峯田に、正樹は、

「違うよ・・・これは青雲寮の寮長からだ。」

 そういって、正樹は、峯田にその紙を見せるのだった。

 その紙には、

「黒田正樹君 

 青雲寮への入寮を許可する。

平成1×年4月吉日 青雲寮・寮長 河合貴男」

とあった。

「そうか・・・おまえ、青雲寮に入寮するのか・・・」

「峯田は?」

「ばぁーか!稚内支店に男子独身寮はねぇよ・・・三丸物産の男子寮で一番北にあるのは札幌の大志寮さ。」

「そうか・・・」

「おまえは、星城のラグビー部出身だからな・・・」

「ああ、東京近郊に配属されたら青雲寮に入れってOBからそう言われてんだ・・・配属は東京本社だもんな・・・入寮しないわけにいか ないだろ・・・」

「青雲寮は、三丸物産の男子寮の中で一番上下関係が厳しいらしいぜ!」

「ああ、OBから聞いて知っている・・・覚悟はできてるよ。」

「まあでも、野郎の社員の場合、出世するには、あの寮に入るしかないらしいからな・・・」

 正樹にとって、峯田の「出世」という言葉がやけに新鮮だった。もう学生ではないことをいやでも自覚させられる正樹だった。



三、寮生下着拝見!

 正樹の入寮初日。5月のとある金曜日の夕方。青雲寮の寮食堂では、先輩社員有志によって、青雲寮へ入寮する新入社員たちの歓迎会が 行われていた。

 青雲寮では、寮に住む社員のことを「寮生」と呼んでいた。先輩寮生、そして、新入寮生の自己紹介が一通り済むと、無礼講の飲み会が 始まった。新入寮生たちは、少し不安を抱きながら、緊張の面持ちで、寮食堂にあるいくつかの古めかしいテーブルについた。

 その日の歓迎会に参加していたのは、先輩寮生が16人、そして、新入寮生は、正樹も含めて5人だった。仕事でどうしても顔見せでき ない先輩寮生が数人いるとは聞いていたが、意外にこじんまりとしているなと正樹は思うのだった。

 また、正樹が驚いたのは、先輩たちの所属が、ことごとく「営業推進部」であることだった。そして、正樹を含めた新入寮生の5人の経 歴も、大学の違いこそあれ、全員、学生時代は体育会所属。しかも、正樹たちの出身部は、チームワークが重視される球技系の部で、その 中でも特に練習・規律が厳しいとされている野球部、ラグビー部、そしてアメフト部であった。

 仕事を急いで切り上げて帰ってきたのか、7時半から始まった歓迎会に参加した先輩寮生の多くは、Yシャツにネクタイ姿の者が多かっ た。

 まだまだスーツの着こなしはイマイチであることを自認する正樹は
 
「先輩方、Yシャツにネクタイが決まってるよな・・・」 

と思うのだった。

 先輩寮生の中には、正樹と同じ星城ラグビー部出身の平林俊平がいた。正樹が一年生の時のラグビー部の主将である。学生時代はちょっ と頼りない感じがあった俊平先輩だったが、久々に会う俊平先輩は、Yシャツにネクタイ姿であるからかもしれないが、一回り大きくなっ て、まさに大人な感じだった。学生時代同様、浅黒く日焼けしている平林俊平だったが、学生時代よりも後ろを高く刈り上げた短髪が、精
悍だった。ピチピチでいまにもはちきれそうなシャツが印象的だった。

「俊平先輩・・・・学生のときよりずっとカッコいい・・・」

と正樹は思うのだった。

 飲み会が始まってしばらくすると先輩寮生たちが、いくつかあるテープルを回り始めるのだった。

「よぉっ、正樹!久しぶり!」

と、白い歯をニッとみせ微笑み、正樹のテーブルへとやってくる平林俊平。顔見知りの先輩が来てくれて、少し頼もしくなる正樹だった。

「ここの寮って案外人数すくないッスね・・・先輩。それに先輩の方たち、営業推進部の人ばかりだし。」

と、正樹が平林に尋ねる。

「あったりまえだ!ここは営業推進部所属の男子社員の中でも、特に、将来有望な若手だけが入れる寮なんだぜ!」

「えっ・・・」

「今年の倍率は約12倍だったそうだ・・・四谷部長、書類選考には相当苦労したらしいぜ。もちろん、おまえは一番に選ばれたらしけど な・・・」

「え!そ、そうなんスかぁ・・・」

と正樹は驚くのだった。しかし、「将来有望」の平林の言葉に、なにか誉められたようなこそばゆさを感じるのだった。

☆☆☆☆☆

 俊平先輩をはじめ、歓迎会に参加していた先輩寮生は、全員、浅黒く日焼けして精悍で、スポーツマンらしく、明るく豪快な人が多かっ た。

 新入寮生たちは、

「今日は無礼講だからな!まあ、飲め飲め、飲んでくれ!」

と入れ替わり立ち代わり先輩たちから酒を薦められる。

 先輩たちは、正樹たちに薦めるだけでなく、自分たち自身も次々と杯を乾していく。まさに豪快な飲みっぷりを正樹たちの前で披露する 。

 参加者たちの酒が回ってくると、いままでの堅苦しさは一転、なごやかな雰囲気になり、歓迎会はいやがうえにも盛り上がっていくのだ った。

 宴もたけなわ、先輩たちから誰ともなく、

「脱げ!脱げ!」

「脱いじゃえ!脱いじゃえ!」

の声があがるのだった。

 正樹たち新入寮生も、根は体育会系野郎だ。

「よっしゃ!一丁、脱ぐか!」

と学生時代のコンパを思い出し、着ていた服を脱ぎ始める。

 正樹は、四年前のあのラグビー部のGW合宿を思い出し、

「あ〜〜〜、あの裸踊りが始まる・・・・」

と思うのだった。他の新入寮生もあの裸踊りのことは知っているらしく、お互いに顔を見合わせる。

 正樹は、OB河合が俊平先輩に言った、

「平林!貴様!四年にもなってまだ皮被りか!貴様も来年は三丸の営業だぞ!独身寮・入寮までにその包茎チンポをどうにかしろ!」

との言葉を思い出す・・・

「やべぇ・・・俺まだ完全に剥けてねぇんだ・・・」

と、正樹は思い、「見栄剥き」すべきかどうか迷うのであった。

 しかし、「脱げ!脱げ!」の言葉が、自分たち新入寮生だけに向けられたものでないことに、正樹たちはすぐに気がつくのだった。

「脱げ!脱げ!」

「脱いじゃえ!脱いじゃえ!」
 
の先輩寮生たちの言葉に、まず脱ぎ始めたのは、入社二年目の先輩寮生たちだった。

 先輩たちの、勢いにまだついていけない正樹たち新入寮生たちは、それをじっとみつめている。

「あ、あの人・・・まだ、あんなパンツはいてんだ!」

と、正樹の隣にいた同期の久保が正樹にささやくように言う。

 今まで着ていたYシャツとフラックスを豪快に脱ぎ捨てたその先輩寮生が、はいていたパンツとは、なんどグンゼの白スタンドードブリーフだったのだ!

「あ!」

と正樹は思う。あんなパンツを見たのはいったい何年ぶりだろうかと思った。しかも、上は、白のランニングシャツだった。

 その先輩は、白ブリーフ、白ランニングシャツ、そして、黒ソックスをはいたまま、再び、席に着き、何事もなかったように酒を飲み始めるのだった。白ブリーフから出た堅そうな筋肉がついた二本の逞しい脚、そして、ランニングシャツから見える太いながらも引き締まった肩と上腕・・・その先輩の姿は、新鮮にそして強烈に、正樹の脳裏に焼きつけられるのである。

 次々と、ごく自然に、当たり前であるかのように、服を脱いでいく先輩たち。酒が入るとつい脱いでしまう体育会系野郎の習性は、サラリーマンになったからといってそう簡単に抜けるものではなかった。 
 
「あ!あの先輩もだ・・・」

と正樹は思わず声に出して言ってしまう。見ると、正樹たちの前で、Yシャツとスラックスを脱いだ先輩寮生たち全員が、示し合わせたかのように、白ブリーフに白ランニングシャツだったのである。

「なんだ?正樹?」

と、正樹と同じテーブルにいた平林俊平が、正樹に聞いてくる。

「い、いえ・・・なんでも・・・・ただ、先輩の人たち全員、あ、赤ちゃんパンツ・・・い、いや・・・ブリーフなんですね・・・しかも白の・・・・」

 それを聞いて、すでに酒が相当回ってるのか真っ赤な顔の俊平先輩は、「はぁ?お前なにいってんだ?」といった顔をして、

「あったりまえだろ!俺だって、入社以来、これだぜ!」

と言って、Yシャツとスラックスを脱ぎ始めるのだった。

 Yシャツを脱いだ俊平先輩の浅黒く日焼けした上体を覆うのは、他の先輩寮生と同じ、白ランニングシャツだった。そして・・・正樹は、なぜかドキドキと胸の高鳴りを感じてしまう。

「あの俊平先輩が赤ちゃんパンツ??あの主将の俊平先輩が、白ブリーフ??マジかよ・・・ありえねぇ〜〜〜!!」

と正樹は思いつつも、俊平先輩の開かれていくスラックスのジッパーを凝視するのだった。

 俊平先輩の右手で徐々に開けられていくスラックスのジッパー・・・・次第に開け放たれていくその「社会の窓」から、見えてきたものは、まさにあの白いコットンの生地だった。そう、グンゼブリーフの白の木綿生地だった。

 正樹の視線を感じたのか、

「正樹、なに見てんだよ・・・そんなめずらしいのか?俺のパンツが?」

と俊平先輩は、正樹に聞いてくる。

「い、いえ・・・」

と答えてはみたものの、正樹は、20代の男がこれだけ揃いも揃って、白ブリーフに白ランニングシャツを着ているのを見たことなど生まれて初めてで、「そりゃめずらしいッスよ・・・」と思うのだった。

「二年目のあいつらのと違ってさ・・・これ、YGのセミビキニなんだぜ!」

と、俊平先輩は、どこか自慢げだった。

「しかもだな・・・俺のサイズはMだ!向こうに座ってるヤツいるだろ?アイツ、俺の同期で岡田っていうんだ。星城の野球部出身だぜ!でもさぁ、あいつなんか、ブリーフのサイズLLなんだぜ!20代でLLのブリーフじゃ、いくらなんでも、ダッセェよな!」

と、正樹に同意を求めてくる俊平先輩。

 俊平先輩のブリーフ談義に全くついていけない正樹は、

「え、ええ・・・」

と返すのがやっとだった。

 俊平先輩の言ったとおり、向こう側のテーブルにいは、ちょっと太めの先輩がいた。しかし、太めと言っても、ぽっちゃりというのではなく、ガッチリしたキャッチャータイプの人だった。

「岡田先輩って、ドカベンみてぇ〜だな・・・」

と正樹はそう思うのだった。

「おまえも脱げよ!」

と正樹にいきなり言ってくる俊平先輩。

 正樹が服を脱ぐのをためらっていると、俊平先輩は、

「ホラ!なに遠慮してんだよ!新入寮生も脱げ脱げ!」

とデカイ声で、新入寮生全員に催促するかのように言うのだった。

 他の先輩方からも、

「脱げ脱げ!」

「遠慮すんな!」

「男同士だろ!なにはずかしがってんだ!」

「男同士、パンツ一丁で飲もうぜ!」

と次々声がかかるのだった。

 正樹たち新入寮生たちは、とまどいながらも、服を脱ぎ始めるのだった。全員、体育会出身だ。先輩の前で脱ぐなど朝飯前。恥ずかしいはずがない。さっきまでは、「よっしゃ!一丁、脱ぐか!」の意気込みだった。

 しかし、先輩寮生全員が、白ブリーフに白ランニングシャツであることを見て、自分たちの今はいている「下着」が、その場の雰囲気にあわないことを感じ取ったのである・・・だから、脱ぐのを戸惑い、お互いに顔を見合わせているのだった。

 しかし、先輩寮生たちの、

「脱げ脱げ!」

の催促は、だんだん大きくなっていく。

 ついに、一人、また一人と、服を脱いで、「下着」だけになる。正樹たち新入寮生たち・・・案の定、正樹たち新入寮生は、全員、トランクスにTシャツだったのである。

 先輩寮生が全員、白ブリーフに白ランシャツの中にあって、新入寮生たちの姿は、あたかも、銀座の街をサンダルとママチャリで行くがごとく、はたまた、丸の内のオフィス街をジーンズ姿で歩くがごとく、場違いなものだった。

 新入寮生たちのその下着姿に、寮食堂内は、シ〜〜ンと静まり返る。

「ヤベェ・・・これ、シラけたってこと・・・」

「マジ、やばいんじゃない・・・この雰囲気・・・」

「あ・・・先輩たち、マジ怒ってる・・・」

と、新入寮生たちは、不吉な雰囲気を感じるのだった。

 しかし、俊平先輩の、

「よぉ〜〜〜し!!男同士!そうこなくっちゃな!!飲もうぜ!飲もうぜ!」 

の言葉に、食堂内は、再び、元のざわめきを取り戻す。

 新入寮生たちは、ホッとして、席に着き、先輩たちから薦められるまま、さっきまでのように、杯を乾していくのである。その晩の歓迎会は、大いに盛り上がり、新入寮生全員、酔い潰されるまで飲みに飲んだのであった。


四、その場の雰囲気を読むのがサラリーマンだ!


「お、おい!!黒田!起きろ!」

「なんだよ・・・・ムニャムニャ・・・俺はまだねむいんだよ・・・ムニャムニャ」

「おい!起きろよ!」

 しつこく自分を起こし続けるその声に、やっと目を開ける正樹。

「い、いってぇ・・・・」

 頭がガンガンする。二日酔いであった。気がつくと、正樹は、独身寮の自分の個室のベッド上で、トランクスとTシャツのままで寝ていたのであった。

「や、やべぇ・・・俺・・・部屋の鍵もかけずに・・・・」

 そして、正樹を起こしていたのが、久保を始めとする正樹の同期4人であることに気がつくのだった。

 正樹がおきたのを確認すると、久保が話始める。

「昨日の歓迎会、メチャクチャ、ヤバクなかったかぁ?」

「ああ、ちょっとな・・・」

「先輩たち全員、ブリーフにランシャツ、しかも白だもんな・・・あんなこと聞いてなかったよ・・・」

「でも、先輩、俺たちになにもいわなかったじゃんか・・・」

「バァ〜〜カ・・・黒田・・・おまえは気楽でいいよな・・・」

「俺たちもう学生じゃないんだぜ!もうガキじゃないんだ!場の雰囲気を読まなくちゃいけねぇんだよ!」

「そうだよな・・・先輩に言われる前に行動する!それがサラリーマンの鉄則だよな・・・」

「そうだよ!」

「よし!これから、みんなで、ブリーフとランシャツ、買いに行こうぜ!」

「ほら!なにグズグズしてんだよ!黒田も早く起きて用意しろ!置いてくぞ!!」

「ま、まってくれよ!」

とあわてる正樹。一人で、あのダサイ、白ブリーフと白ランニングシャツを買出しに行く勇気は、正樹にもさすがになかった。

 正樹の用意ができると、正樹の同期5人は、近くのイトーヨーカドーへとブリーフとランニングの買出しに出かけるのだった。

「あ〜あ・・・ブリーフなんて穿くの何年ぶりかな?」

「オレ、中坊の時以来・・・」

「久保、だっせ〜〜!オレなんか、小坊までで卒業だったぜ!」

「うっせーな!」

「あ〜〜あ・・・あんなダッセー下着はくのいやだなぁ・・・女の子にふられちゃうよ〜〜〜!」

「でも、先輩たち全員、あの下着だもんなぁ・・・」
 
「夕べのあの一瞬の沈黙・・・アレ絶対、無言の圧力っていうヤツだよな!」

「だよな!」

 そんなことを話しながら、正樹たち5人は、スーパーの下着売り場で、グンゼ白ブリーフと、グンゼ白ランニングシャツを調達するのだった。もちろん、ブリーフは、入社二年目の先輩と同じ、スタンダードタイプだった。
 

五、四谷部長来寮

「おめえら、どうやら買ってきたらしいな!」

と、スーパーでグンゼ白ブリーフとグンゼ白ランニングシャツを買って寮に帰ってきた正樹たちを迎えたのは、営業推進部・第三課・課長の河合(40)であった。河合の右手には、おもちゃの乗馬鞭が握られており、それを左手のひらにピチ!ピチ!と打ち付けていた。

 正樹たち5人の新入寮生は、

「やっべぇ〜〜!めちゃくちゃ雰囲気悪いじゃん!」

と思うのだった。

 河合の後ろには、昨日の飲み会ではやさしそうに見えた先輩たちが、ニヤニヤしながら立っているのだった。

「この方が、寮長の河合課長だ!」

と、河合(36)の向かって左隣に立っている村上課長補佐が正樹たちに河合を紹介するのだった。村上(31)は、河合に次いで、独身寮では最古参の男だった。

 河合の向かって右横で、平林俊平が、

「ったく、こいつら、しょーもないですよ!昨日は、そろいもそろってトランクスにTシャツですからね!」

と、冷たく言い放つ。

「俊平先輩!それはないッスよ・・・昨日はあんなにやさしかったじゃないッスかぁ!」

と、正樹は思うのだった。正樹が一年生の時のラグビー部主将であった平林俊平。この男、自分の後輩だけがいる時と、自分の先輩、特に、上司がいる時の態度が180度、全く変わってしまう要注意の先輩であることを、正樹はまだ知らなかった。

「そうかぁ・・・昨日は四谷部長がいらっしゃらなくて幸いだったな・・・」

「そうですよ!四谷部長がいらしたら、今頃、俺たち全員、殺されてましたよ!」

「こいつら、舐めまくってますよ!俺たちのころなんか、寮の歓迎会には、全員、ブリーフとランニングシャツを着て出席したもんですよ!」

「そうだなぁ・・・こんな出来の悪い新人たちを見たのは、俺も初めてだ・・・こいつら、新人研修でなに勉強してきたんだぁ?」

「そうですよ!このままじゃ、こいつらを四谷部長の前に出すわけにいきません!四谷部長が来られる前に、こいつらのこと、しっかり締めておきましょうよ!課長!」

「そうですよ!しっかり教育し直しましょう!」

 昨日とは全く違って厳しい態度の先輩たちを前にして、寮・玄関のホールに突っ立ったままの正樹たち5人の新入寮生は、

「やっぱ、違うと思ったんだよな・・・そんな甘いところじゃなかったたんだよな・・・ここは・・・」

と思うのだった。

「オラァオラァッ!なにそこでボケッと突っ立てんだよ!」

「そうだ!そうだ!さっさと買ってきたブリーフとランニングシャツに着替えろ!!」

と、先輩たちの怒鳴り声が、玄関ホールに響く。

 正樹たちは、返事をする暇もなく、先輩たちの怒号に追いたてられるように、あれよあれよという間に、ブリーフ、ランニングシャツだけの姿にさせられてしまう。もともとラグビーや野球をやっていた連中だ。ブリーフ・コットンにつつまれたケツの部分にやや窮屈感はあるものの、白のブリーフとランニングシャツから出た四肢は、浅黒くて逞しく、三丸物産・営業若手として遜色はなかった。

 あるものは中学以来7年ぶり、あるものはまた、小学以来10年ぶりのブリーフだ。ブリーフのピッタリしたフィット感とは裏腹に、ケツから太腿のあたりが妙に寒々しくて、正樹たちは全員、ケツのあたりをしきりにさするのだった。しかし、お互いに感想を話している暇などなかった。

「整列!!!」

との河合課長の号令に、正樹たちはビクッとなり、あわてて河合課長の前に横一列に並ぶ。

「いいか!おめえらがつけることが許される下着は、いまおめえらが着けているグンゼ白ブリーフとグンゼ白ランニングシャツのみだ!常に清潔を旨とし、いつでも部長にお見せできるよう、真っ白にしとけ!染みなんかつくるなよ!!!」

と、河合課長は、正樹たちを恫喝するかのごとく指示するのだった。他の先輩たちは、正樹たちの後ろでニヤニヤしている。

 「部長にいつでもお見せできるよう・・・」という課長の言葉に引っ掛かりながらも、正樹たちは、どうにか、

「は、はい!」

と返事をする。

「おめえらが今脱いだ下着は没収する!もちろん、寮内だけでなく、出社するときも、下着はブリーフにランニングシャツだ!いいな!」 

と河合課長。正樹たちの後ろでは、平林俊平が、正樹たちの脱ぎ捨てたトランクスとTシャツをポリ袋の中に放り込んでいくのだった。

「いいかぁ!今晩は、四谷部長が久しぶりに青雲寮に来られる!それまでに、一階の廊下、及び壁をピカピカに掃除するんだ!」

と、いきなり河合課長から、四谷部長がその夜、寮に来ることが知らされる。正樹たちは、なにかいやな予感に包まれるのだった。

 もちろん、掃除をするのは、正樹たち新入寮生5人だけ、雑巾を渡され、キュッキュキュッキュと廊下や壁、ガラス窓を磨かされるのだった。しかもグンゼ白ブリーフとグンゼ白ランニングシャツだけの姿でだ!

「オラァッ!オラァッ!おめえらの顔が床に写るくらい、しっかり気合入れて廊下を磨かんかぁいっ!」

ピシッ!!!

と、少しでも気を抜こうものなら、正樹たちのブリーフ一丁のケツに、河合課長の「おもちゃの乗馬鞭」が炸裂する。

 おもちゃとはいえ、思い切り鞭を入れられるので、かなり痛い・・・

「痛てぇ!!」

と思わずさけんでしまう正樹。

「どうだぁ?黒田!競走馬として鞭を入れられる気分は?この鞭はだな、営業推進部名物なんだぜ!おめえらの走りが足りない時、おめえらのケツにビシッと鞭入れて、加速させるためにあるんだ!」

「・・・・・」

 正樹は、ヒリヒリ痛むケツを擦ることも出来ず、競走馬に例えられた三丸物産・営業若手の、なにごとにも常に全力投球で、全速力で当らなければならない、そうでなければ、鞭をピシッとケツに入れられる身の上のつらさを思うのだった。

 結局、課長から、ピシッ!ピシッ!と乗馬鞭で追い立てられながらの掃除が終った頃には、汗だくになってしまう正樹たち5人の新入寮生たち。午後7時30分を回っていた。外はすでに暗くなっていた。

 そしてほどなく、水が打たれ掃き清められた寮玄関前に、黒塗りのベンツが到着する。黒塗りのベンツは、本社・部長のステータスシンボル!四谷部長の到着だった。

「先輩!四谷部長がいらっしゃいました!」

と玄関で見張りをしていた平林俊平が、あわてて、寮へと戻ってくる。

「四谷部長のおこしである!寮生全員、ランシャツにブリーフ一丁で、玄関ホールに集合!」

の館内放送が、河合課長の声で流れる。

 各部屋から、白ランシャツに白ブリーフの逞しい男たちが出てくる。三丸物産の若手・営業精鋭部隊の男たちだ!部長来寮を前にして、ほとんど全員が散髪を済ませてきたのか、後ろが高く刈り上げられ青々としているその短髪が凛々しかった。

 寮生たちが続々と玄関ホールへと集まり、整列する。その後ろの方に、正樹たち5人の新入寮生も、遠慮がちに並ぶのだった。さっき、河合課長から鞭を入れられたケツが、まだヒリヒリと痛むのだった・・・
 

六、四谷部長の武勇伝 〜ザ・ファイナル・プレゼンテーション!!フフフ、パワーポイントなんていらないぜ!〜

 黒塗りのベンツから降りてきたのは、高級イタリア製スーツに身をつつみ、金縁の眼鏡に、金のロレックスの時計をつけた四谷(43)だった。ゴルフ焼けして浅黒く、ラグビー部出身らしいガッシリした体格でありながらも、なかなか締まったその体躯は、「怖いが頼れる上司」といった風格をかもし出していた。蛇足ながら、金縁の眼鏡は最近身に付け始めたものらしい。もちろん、星城大学時代は、勉学などそっちのけのラグビーひとすじ、目など悪いはずなかった。伊達眼鏡である。

「いらっしゃいませ!!!!」

と、図太い男たちの声が、寮の玄関ホールに響き渡る。

 四谷は、

「おお、今夜は世話になるぞ!」

とだけ言うと、もっていたゼロハリバートンのアタッシュケースを河合に渡す。

 そして、四谷は、自分を迎える、グンゼ白ブリーフ、グンゼ白ランニングシャツだけを身に纏った逞しい自分の部下たちを見渡して、満足そうに何度も何度もうなずくのだった。

☆☆☆☆☆☆☆☆

 約4年前、当時まだ本社・営業推進部・第一課・課長の四谷に、次長への昇格の声がかかる。その異例の速さの出世に対して、社内の風当たりはかなりのものだった。

 特に、当時の本社・営業推進部の霜山次長(55)は、それをやっかみ、

「40代前半で本社・次長とはあってはならぬこと。」

と、四谷の次長昇進に最後まで反対する。

 陰険な霜山は、保身のため、どうにか四谷の次長昇進を阻止しようと、

「四谷の小童(こわっぱ)めが!!!十年早いわ!フフフ・・・左遷してやる・・・」

と、絶対に成功しないはずの仕事を四谷に次々と与えたのだった。

 その中で一番の難題は、大阪・船場に本社があり、「会社という名の金のなる木に、見事なゼニの花を咲かせてみせます!」が信条、ねちっこい商売でその名を知られる金友商事(かなともしょうじ)の難攻不落と言われていた牙城を崩すことだった。すなわち、それは、当時、三丸物産が長年狙いをつけながらも、なかなか結べないでいた、下着メーカー・グンゼとの独占卸売り契約であった。

 霜山次長から、「グンゼの件は、君に任せたよ!」と言われた時、四谷は、なにを血迷ったか「絶対に成功させてみせます!背水の陣で臨みましょう!」と言い放つ。

 三丸物産において、「背水の陣で臨む」とは、失敗したら、どこに左遷されても構わないということであった。この言葉は、三丸物産では、本来、「背水の陣で臨め!」と、まず上司が部下に対してプレッシャーを与える時に使うのが常識であったが、それを部下である課長の四谷の方から、上司である次長の霜山に言い放ったのである!これはあとでわかったことだが、その商談に失敗すれば、四谷は、課長補佐に降格の上、最果ての鹿児島支店管理下・指宿枕崎連絡所へと飛ばされるところだったらしい。

 もちろん、四谷にも勝算があったわけでは必ずしもないらしい。さしもの四谷も、なかなか首を縦に振らないグンゼの担当者たちに対して、かなりの苦戦をしいられる。

 しかし、ラグビー部時代に鍛えた粘り強さと押しの強さで、どうにかグンゼの役員たちを前にしてのプレゼンテーションにまでこぎつけるのであった。

 グンゼ役員たちを前にしてのプレゼンテーションの日。四谷は、当時の部下の中から、自分の後輩である星城ラグビー部出身者、特に、20代イケメンで「サオタケ」自慢のヤツを10名程度つれてグンゼ本社に乗り込んだのであった。
 
「おめえら準備はいいな?グンゼの役員の中には、オバサンが多いからな・・・こうなったら、色じかけよ・・・」

と、部下たちとなにやら相談し、プレゼンに臨む。

 もちろん、四谷のプレゼンに紙の資料など必要なかった。役員会議室にいきなり10人以上の浅黒くて精悍なイカツイ男たちが入ってきて、驚いているグンゼ役員たちの前で、四谷は、

「もう私どもが申すことはなにもございません!!!さあ見てください!弊社の男子社員は全員、御社のブリーフとランニングシャツ、そして、ソックスを身に纏い、日夜、仕事に邁進いたしております!!」

と、言い放つ。

 四谷のその言葉が終わるが早いか、四谷の後ろに並んでいた四谷の部下たちは、着ていたビジネススーツの上下をいきなりスパッと脱ぎ捨て、なんとあろうことか、全員、グンゼ白ブリーフにグンゼ白ランニングシャツ、そして、忘れちゃいけねぇ!グンゼの濃紺ソックスという姿になって、

「どうか三丸物産をよろしくお願いします!」

と気合をこめて挨拶し、深々とお辞儀をするのだった。もちろん、回れ右して、逞しいケツを見せることも忘れなかった。

「・・・・・・・・」

 一瞬、水を打ったように静まり返る会議室・・・しかし、その沈黙は、下着メーカーに多いという、おばさん役員たちの拍手によって破られた!ブリーフのモッコリ度に目がくらんだのだ!

 そして、ああ仮面の告白、入社以来、ノンケ・リーマンという仮面をつけて早30有余年、ゲイのおじさん役員たちの拍手が、おばさんたちの拍手に続く!三丸の営業若手のモッコリブリーフとその逞しい体躯に、「うちの営業にもああいう若者が必要だ!」と、スタンディング・オベーション寸前の感動につつまれる。しかし久々の回春ボッキッキで、高級スーツの股間はテントを張りっぱなし、立つことはできない。もちろん、プレゼンが終ったあとの「おさわりタイム!」を心待ちにして、三丸の営業マンたちを物色し始める!

 そして、それに続き、何事も横並び、「みなさんが賛成するならば・・・」と、石橋をたたき続けて早30有余年、無難派ノンケおじさん役員たちも、拍手を始めるのだった!

 最後に、代表取締役社長も、ゆっくりと頷きながら、拍手を始める!契約成立だ!金友物産の牙城を「四谷グンブリ軍団」が崩したのだった!!!

 もちろん、その後、四谷は次長に昇進する。しかし、四谷にも危ない場面がなかったわけではない。陰険な霜山から申し渡された仕事で、一件、成約に至らなかったものがある。それは、下着メーカーBVDの日本における独占卸売り権を、三丸物産のもう一つのライバル・四菱商事から奪うことができなかったことだ。しかし、四谷は、部長に上手に取り入り、霜山にその責任のすべてを押し付けてしまう。 結果、霜山次長は、55歳にして、鹿児島支店管理下・指宿枕崎連絡所・所長に飛ばされ、そこで寂しくひっそりサラリーマン人生を終えるのであった。

 それ以来、四谷は、あれよあれよという間に、本社・営業推進部・部長に上り詰める。すなわち、グンゼ白ブリとグンゼ白ランシャツは、四谷にとって誠に縁起のいいものなのである。その後も、四谷の部下たちは、自ら進んで、グンゼの白ブリと白ランシャツに身を包み、仕事に臨むようになる。こうして、青雲寮でも、グンゼ白ブリにグンゼ白ランシャツをつけることが、不文律となるのだった。

 もちろん、四谷の次の目標は、BVDであったが、外資系だけになかなか難しく、戦いあぐねている。当然、四谷の前で、BVDのブリーフ姿を晒すことはまだまだ時期尚早。そんなことをしたら、最果ての指宿枕崎連絡所行きを覚悟しなければならなかった。

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