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「色柄を持たないパンツはく山崎すぐると、彼の担任の中村大悟」番外07頭髪検査と懲罰床屋1980のスピンオフ

「大悟の兄貴・圭悟と県立一高の仲間たち」 パート4 1981 兄貴もつらいぜ!!敗戦のロッカールーム 喧嘩あり

 

 それは、大悟たちが住む県において、高等学校・普通科がまだ男女別学で、県下一の進学校・県立第一高等学校が、男子校だった頃のお話である。「男女七歳にして席を同じうせず」(だんじょしちさいにして せきをおなじゅうせず)という戦前の教えがその県の学校制度にもまだ残っていた時代だった。

一、敗戦のロッカールーム

 ああ、船場吉兆か野々村か、はたまたベッキーかSMAPか・・・。

 世に謝罪の仕方は数々あれど、昭和の高校球児たちが監督さんに自ら詫びを入れ、すすんでケツバットを願い出る姿ほど、潔く、見ていてすがすがしいものはないであろう。


「自分たちはふがいない試合をしました!申し訳ありませんでした!ケツバットお願いします!!!」

 そうデカい声で言うと、県立一高・硬式野球部主将の北村が、ロッカールームにはいってきた荒井監督に、ペコリと頭を下げる。

 それに従うように、北村主将の右に整列していた選手たちも、

「申し訳ありませんでした!ケツバットお願いします!!!」

とデカい声で監督に謝罪すると、北村同様に、べコリと頭を下げるのだった。

 そんな部員たちの様子を、面食らったような表情でながめる荒井監督。

 しかし、そんな荒井監督の反応を待つことなく、北村主将は、自分の右に整列したベンチ入りの選手たちに、「全員、回れ右してケツを後ろ!!」と号令をかける。

 主将の「回れ右してケツを後ろ!!」の一声は、ケツバットを受けるため回れ右しておケツを後ろへ突き出せという命令だ。

 県立一高ナインたちは、全員、ためいきをつくように肩を落とすも、北村主将のその指示に従って、

「ィ〜〜〜ス!!」

と返事をし、隣で整列しているヤツの動きに合わせるように回れ右をする。

 それぞれの選手は、悔しそうに唇をかみしめるも、すぐに「よし来い!」と覚悟を決めたような潔のよい表情をみせ、少し両足を開き、万歳をするかのように両手を上げると、やや前傾姿勢をとり、ケツを後ろへと突き出す。土のグランドで試合をしてきたばかりの県立一高ナインのユニのケツは茶色く汚れていた。

 ケツバットの整列は、やや開き気味の両腕の先の握り拳が隣のヤツの握り拳に触れるくらいの間隔で並ぶ。その年度のベンチ入りの選手(登録選手)は12人。それでも、県営球場・3Bロッカー室は十分に広かった。

 木製バットを右肩に担ぐように持ちながら、選手の後ろをゆっくりと歩く荒井監督。感慨深そうな表情を浮かべながら、特に三年生の選手たちの汚れたユニのケツを一人ずつ眺めていく。

「県内、選りすぐりの秀才たちとはいえ、所詮、野球部は野球部・・・男子は男子か・・・オレは、この三年間、こいつらのケツに、何本、このバットで気合を入れてきたんだ・・・」

 そんなことを思いながらも、無言のままの荒井監督。県立一高に来て5年目。県立一高・社会科教諭でもある31歳の荒井監督は、選手たちと同様、真っ黒に日焼けし、丸刈り頭。身長は選手たちよりも高く178cmほど。学生時代に野球で鍛えたケツは、30歳を超えても、まだまだムッチリとした安定感を漂わせていた。

ドキッ・・・ドキッ・・・ドキッ・・・。

 自分たちの後ろを無言で歩く監督の足音を聞きながら、選手たちの心臓は高鳴り、その神経は、己のおケツに集中する。荒井監督が、自分たちのケツを一人一人じっくりと観察していることを、たしかに感じながら・・・。

「ああ、あんな試合しちまったら、ケツバット一本くらいじゃ、すまねぇよな・・・」

「ちくしょう・・・来るなら・・・はやくきてくれ・・・・」

と、荒井監督の「じらし」に苦しめられる選手たち。地方大会前の合宿で食らった監督さんのケツバット。ケツへのあの重い衝撃を思い出しなら、キュッとケツ穴をすぼめ、ギュッと目ん玉を閉じる選手もいる。

 特に、北村主将から一番遠い「下座」に整列する4人の2年生部員たちは、3年生部員と一緒に食らうケツバットに思いはさまざまだ。

 そんな2年生選手の一人で、次期主将が確定的となっている宮林真司は、3年生以上に一番悔しそうな顔をして

「ちくしょう・・・絶対、来年こそは、ケツバット受けなくても済むような試合をしてみせる!!」

と、来年への決意を新たにする。

 他の3人の2年生部員は、交代要員、および、記録員としてであり、試合には出してもらえなかった。しかし、試合に負けた連帯責任で、先輩と一緒に整列してケツを出さなければならない。なんともやるせない気持ちだが、そこをグッと抑えてガマンする。

「ちくしょう・・・ケツバットか・・・オレたちの代になったら、こんな恥ずかしい試合は絶対にしないぞ!!」

と、宮林同様に、来年への決意を新たにする。まだ来年のある2年生選手たちにとっては、そのケツバットは、来年へ向けての気合入れか。 

 登録選手(ベンチ入り)12人で臨んだ、その年度の夏の地方大会。県営運動場・第三野球場で行なわれた対県立農芸高校との試合結果は、「県立農芸 15−0 県立一高」で5回コールド負け。

 北村主将の「ふがいない試合」は、謙遜でもなんでもなかった。当時としては、敗戦後のロッカールームでケツバットを覚悟するのも当然のこと。もちろん、まじめな北村は、監督さんから言われる前に、監督さんに詫びを入れケツバットを願い出たのだ。

 しかし、選手たちの耳に「期待された」監督さんの怒号は、聞こえて来なかった。ただ、無言で、選手たちのユニのケツを見ながら、選手たちの後ろを行ったり来たりするのみ。

 税金を湯水のように投入して設営されたプロ野球対応の県営運動場の野球場。すべてのロッカールームにエアコンが整備されている。し〜んと静まり返った敗戦チームのロッカールームに、エアコンのモーター音だけが響いている。

 そのモーター音を聞きながら、列の真ん中あたりでケツを出している3年生の中村圭悟。

「ちくしょう・・・あいつら、オレたちのことを無視しやがって・・・」

 ギュッと両目をつむってケツバットを待つ圭悟は、その顔にさらなる悔しさをにじませる。

 試合結果がどうであれ、試合後、審判を挟んで、ホームベースの前に整列し挨拶をする。そして、その挨拶の後、両チームの選手たちは、「ナイスゲーム!」と言いあいながら、握手しあうのがお約束。

 しかし、その日の試合後、県立農芸ナインたちは、圭悟たちを無視するかのように、挨拶も握手もせずに、圭悟たちの間を素通りしてしまったのだった。

 圭悟たちの薄汚れたユニのケツをながめながら、ロッカールームの端から端まで、行ったり来たりしていた荒井監督が、突然、「そろそろだな・・・」といった顔をして、ロッカールームのドアを開けるのだった。廊下のムッとした空気が、エアコンがよく効いたロッカールームに入ってくる。

「あっ・・・監督さん、なんでロッカールームのドアを開けるんだろう?」

 そんなことを思いながらも、ひらすらケツを後ろにつき出し、監督さんからのガツンとキツイ一発を待つ圭悟たち。

 昭和の高校球児たちにとって、ケツバットは「げんこつ」のようなもの。一発ガツンとやられて、それでおしまい。長ったらしい説教よりも、気持ちの上ではよほどすっきりすると考える球児たちも多かった。

 もっとも、おケツをバットでガツンとやられるその衝撃は、ケツ穴の奥の方の微妙な部分も刺激するため、思春期男子たちにとっては、しばらく、苦痛なのか快感なのか、気持ちがいいのか悪いのか、ケツ穴から股間へと貫くなんともいえない、ともするとクセになりそうな余韻を味わうことになるのだが・・・。

 しかし、それだけに、そのキツイ一発をジッと待たなければならない「じらし」ほど、圭悟たちにとってつらいことはなかった。早くケツをバットで一発ガツンとやられてすっきりしたかったのだ。

 

二、勝って兜の緒を締めよ!

「もー、ガマンできねぇ・・・」

「監督はいつになったら、オレたちのケツを叩くんだ・・・」

 荒井監督の「じらし」作戦に、圭悟たちがしびれをきらしかけていたその時だった。荒井監督がニヤニヤしながら「おまえらもよく聞いとくんだな・・・」と言うのだった。「えっ・・・」と驚いたような表情を浮かべる圭悟たち・・・。依然として、ロッカールームには、エアコンの音だけが響いている。

 開け放たれたロッカールームのドアの向こう、すなわち、廊下には人影もなくやはりシィ〜ンと静まりかえっている。

 一回戦負けがお約束の県立一高がからむ試合を、試合後取材したいと思う新聞社や雑誌社などあるはずもない。また、「県下一の進学校・硬式野球部における暴力(ケツバット)の実態」を暴こうとするセンテンス・スブリングの記者なども心配する必要がなかった時代だ・・・。

 しかし、やがて、廊下の向こう側にある、県立農芸高校が陣取る3Aロッカールームから、なにやら怒鳴り声が響いてくる。そして、その怒鳴り声は圭悟たちの耳にもはっきりと聞き取れるほどのド迫力だった。

「オラァ!!整列!!」

「オラァ!!なにボケッとしてるんだ!!一年も全員、整列だ!!」

「オラァ!!おまえら!!試合後のあの態度はなんだ!!」

「そうだぞ!!対戦チームにあんな態度をとるようでは、決勝戦はおろか、2回戦も勝ち残れんぞ!!」

「勝って兜の緒を締めよだ!!これから気合をいれてやる!!回れ右してケツをだせ!!」


「あっ・・・県立農芸のヤツら・・・叱られてる・・・」

 圭悟たちがそう思う間もなく、3Bロッカールームから、かすかにあの音が聞こえてくる・・・。

バン!!

バン!!

バン!!

バン!!

 そして聞こえてくる「シタァ!!」の挨拶・・・。

「あいつら・・・ケツバットやられてんだ・・・」

 それがわかった時、圭悟たちの心臓がドクンドクンと鼓動を打ち始める。まるで自分たちのケツにもバットが飛んできそうな気分になる。

バン!!

という、かすかだがはっきりと耳に届くあの鈍い音が聞こえてくるたびに、思わず目をつむってしまう圭悟たち。

「すっげぇ・・・荒井監督のケツバットなんかより、何十倍もキツいんだろうな・・・県立農芸のケツバットは・・・」

 そんなことを思いながら、圭悟は、試合中、ベンチにドシリと腰を下ろす、サングラスをかけた県立農芸の恐そうな監督やコーチたちの姿を、いまさらながらに思い出すのだった。

バン!!「シタァ!!」

バン!!「シタァ!!」

バン!!「シタァ!!」

バン!!「シタァ!!」

 試合後、コールド負けした自分たちを無視した対戦相手に「ざまぁみろ・・・」などと思う気分にはなれなかった。いやそれどころか、その音を聞きながら、県立農芸の野球部員たちに同情の念すらわいてくるのだった。

「がんばれよ・・・負けるなよ・・・絶対に決勝までいけよ・・・。」

 そんなことを念じ始める圭悟なのであった。

バン!!「シタァ!!」

バン!!「シタァ!!」

バン!!「シタァ!!」

バン!!「シタァ!!」

 やがてその鈍い音が止む。そして、圭悟たちの耳に、荒井監督の声が飛び込んでくる。

「回れ右!!」

「えっ・・・ケツバットは・・・?」

「も、もしかして・・・なし?」

 ケツバットなしを悟り、思わずにやけてしまう県立一高ナインたちの顔をみて、荒井監督は、

「コラァ!!ニヤニヤすんな!!」

と一喝。そして、

「おまえらの試合後の態度は堂々としていて立派だったぞ!先生は誇り思う。三年生は、これで引退だが、いまの気持ちを忘れずに大学受験に臨むように!!そして、二年生も、今日の悔しさを忘れずに、来年に向けて、練習に励むように!!よし!!今日はこれまで!!おつかれさん!!」

と、圭悟たちを褒めるのだった。

 圭悟たちは、

「おつかれさまでした!!ありがとうございました!!」

と元気にあいさつすると、荒井監督に、深く一礼するのだった。

 

 

三、喧嘩上等!!フリチン乱闘騒ぎ 

 試合後の圭悟たちには一つの楽しみがあった。それは、リゾート温泉なみに豪華な県営運動場・野球場のシャワールームだった。

「やったぁ!!入っていいんですか!?」

「ああ、もちろんだ。汗をながしてさっぱりして来い!!」

 荒井監督の許可も得て、喜び勇んでシャワールームへと向かう圭悟たち県立一高・硬式野球部員の面々。シャワールームは野球場ごとにあり、貸し切り状態。そして、さすが、税金を湯水のように投じて建設された施設だけあり、そのシャワールームは、広くて、超高級リゾート温泉ホテルの大浴場並みの豪華さ。高校野球部ならば、2チームが一緒に入ってもまだ余りある広さの浴槽もあった。

 圭悟ら県立一高ナインたちも、一皮むけば、普通の男子高校生。早速、スッポンポンのポ〜〜ンになり、ワイワイガヤガヤ、試合の汗と泥を流すため、シャワーを浴びて風呂に入りリラックスするのだった。

 しかし、しばらくすると、圭悟たち12人で騒がしいシャワールームに、別の男子高校生たちの集団が入ってくる。そう、対戦相手の県立農芸高校の野球部員、総勢15名だ。

 県立農芸ナインたちがシャワールームに入ってきたとたん、圭悟たち県立一高ナインたちは、大声での話をピタリとやめ、ひそひそ話しを始める。それは県立農芸ナインたちも同じだった。急に静まり返るシャワールーム。お互いジロジロみたり、目をあわせたりすることはないが、シャワールームにはなんとも気まずい雰囲気がただよい始める。

 そんな中、圭悟とは親友の丸山良太が、ニヤニヤしながら、

「おい、圭悟・・・見ろよ・・・あいつらのケツ・・・蒙古斑だぜ・・・蒙古斑だぜ・・・」

と、チラッ、チラッと後ろを見ながら、圭悟に話しかけてくるのだった。

 丸山の見る方向をチラリとみる圭悟。丸山の言う意味は明白だった。監督やコーチから試合後の態度がなってないと気合を入れられたばかりの県立農芸ナインたちのケツには、みな一様に、バットの赤紫色の痕がクッキリとついていたのである。

「うわぁ・・・すっげぇ・・・」

 自分たちよりも一回り大きく、ガッチリとした体格。県立農芸ナインが、圭悟たちより鍛えていることは、その股の太さやケツのデカさをみれば明らかだった。圭悟たち同様、日焼けして真っ黒の県立農芸の野球部員たち。そして、これもまた圭悟たちと同様、プリッと盛り上がったケツの部分は、日焼けせずに肌色のまま。しかし、県立農芸の選手たちのケツには、日頃から、監督さんとコーチたちにバットで気合を入れられているであろう証が、バットラインもあざやかに青く刻印されていたのだった。そして、いまさっき、その刻印が、あらたに上書きされたことは明白だった。圭悟たちのプリッと逞しいが、桃色の尻とは、そこが違っていた。

「うわぁ・・・ケツバット食らって、ケツにあんな痣こしらえたら、オレ、恥ずかしく風呂になんて絶対入れねーぜ・・・。」

と思う圭悟。

 その痕をみるにつけ、圭悟たちは、自分たちとの格の違いを思い知らされる。もちろん、自分たちも、荒井監督からケツバットを食らうこともあったし、時には、主将の北村がケツバットを敢行することもあった。しかし、その痕は、2〜3日もすれば、きれいになくなってしまう。その程度のものだった。

 一方、県立農芸の選手たちのケツについたケツバット痕は、とてもではないが、2〜3日できれいに消えてしまうような代物ではない。むしろ、数日後に、その痣は、紫色から黒色へと変化し、しばらくは消えないであろう制裁の烙印となることが、圭悟たちにも十分にわかる。

 お互いに意識しながらも、圭悟たち県立一高ナインの視線をはばかることなく、無言のまま、黙々として、圭悟たちに青あざのケツを見せつけるようにシャワーを浴びる県立農芸の選手たち。その様子はまるで、圭悟たちにしてみれば恥辱であるばずのケツバット痕を、「男の勲章だ!」とでもいわんばかりに誇っているようにも見えた。

「一丁、からかってやっか・・・」

 そんな丸山のつぶやきが、圭悟の耳に飛び込んでくる。ハッと我に返る圭悟。

「おい、マル(丸山のこと)、やめとけ!!」

と圭悟が止めようとしたのだが、僅差で間に合わず、丸山は、シャワールームの静寂を破るかのように、

「蒙古斑野郎!!!!」

と、デカい声で、誰に向けて言うでもなく、叫んでしまうのだった。

 誰もが思っているが口に出せない言葉が、丸山の口からまさにタイムリーに出てきてしまった。県立一高ナインたちは、大笑いしてしまう。あの生真面目な主将の北村でさえも思わずプッと吹き出してしまう!!

 しかし、大笑いしたのは、県立一高ナインたちだけだ。県立農芸ナインたちは、皆、真っ赤な顔になる。県立農芸の部員たちは、皆、ケツバットを食らった後の己のケツの様子を知り尽くしていた。しかし、そこは高校球児同士、お互い見て見ぬふりをするのが礼儀だった。しかも、「蒙古斑野郎」とは、男がまだまだガキであることをバカにして侮蔑する言葉だ。

 県立農芸の正捕手・村田が、黙ってられるかとばかりに、

「なんだと!!このガリ勉軟弱野郎が!!」

と、県立一高ナインたちを睨みつける。村田の目をみて、県立一高・正投手の横山は、思わずゾッとする・・・。「あの目ん玉・・・バッターボックスに立って、オレのこと睨み付けた時の目だ・・・。」

 一方、県立一高の丸山も負けてはいない。圭悟の制止を振り切るかのように、立ち上がると、

「おまえらのこと言ったんじゃねーよ!!バァ〜カ!!」

と言ってしまう。

「なんだと!!ちょっとおまえ、出て来い!!」

「ああ、上等じゃんか!!出て行ってやるよ!!」

 県立農芸の村田の挑発に乗ってしまった丸山は、手にもっていた濡れタオルを、バンとお湯の入った洗面器に叩きつけるようにして入れると、立ち上がって、圭悟の「おい・・・マジ、ヤベェからやめろ・・・。」と小声で止めるのを振り切るように、村田の方にフリチンで行ってしまうのだった。

 シャワールームのド真ん中で、対峙する、丸山と県立農芸の村田。ふたりともフリチン。181cmの村田と、173cmの丸山。村田の前は堂々としたズル剥け、丸山はちょい恥ずかしの皮被り・・・。そんなこともあってか、その身長差以上に、村田と比べると丸山の体躯は、幼く軟弱にみえた。

「野球もろくにできねーくせに大会にでてきてんじゃねーよ!」

と言って、丸山の左肩を押すように突く村田。

「うるせぇ・・・この蒙古斑野郎!学校帰ってダイコンでも育ててろ!!」

と、お返しとばかり、村田の左肩を押すように突き返す丸山。

 進学校の生徒に「がり勉・軟弱」と言い放ち、農芸高校の生徒に「ダイコンでも育ててろ!」と言い放つ舌戦。

 それは、まるで、プロ野球の「乱闘」の始まりのようだった。最初は、丸山と村田の小突き合いだったのが、両校の部員たちが、次々と、丸山と村田の回りに集まってきて、双方、売り言葉に買い言葉、だんだんエスカレートしていく。そして、気がついた時には、あちこちで取っ組み合い、掴み合いの喧嘩が始まってしまう。

「なんだと!!てっめぇ!!もう一回言ってみろ!!このガリ勉野郎!!」

「ああ、何度でも言ってやるよ!!ダイコン野郎!!」

ボコ!ボコ!バコォ〜〜ン!!

「うぅ・・いってぇ・・・」

「おめえら、前からムカついてたんだよ!!」

バコォ!!ボコ!!バコォ〜〜ン!!

「い、いってぇ・・・ちくしょぉ!!なめんじゃねー!!」

バチィ〜〜ン!!ベチィ〜〜ン!!

 もちろん、県立一高が劣勢だ。殴られ口の中を切ってしまい血を流している者もいる。腹にパンチを入れられ、うずくまっている者もいた。

 そんな中、県立農芸の主将・早川が、高校生にしては渋くて野太いよく通る声で、

「おい、主将はどいつだ!!出て来い!!」

と言う。ド迫力だ。県立農芸の早川といえば、リトル時代からの有名人。体格もよく、野球上手。しかし、中学校で番長となってしまったため、シニアリーグを退団させられたことでも有名だった。

「よっしゃ!!主将、タイマン(注1)張るつもりだぜ・・・」

「まあ、勝敗はもう決まっているけどな・・・」

「フフフ・・・これで、県立一高・野球部のガリ勉野郎たちも、オレたちの奴隷だぜ・・・夏休みの宿題でもやらせるか・・・それとも、ガリガリ君(注2)でも買いに行かせるか・・・」

と、県立農芸の部員たちは、早川主将タイマン宣言に、みな一様にニヤニヤし始めるのだった。


太朗注1 タイマンとは1対1のケンカのことで、1980年代に当時『ツッパリ』と呼ばれる不良少年が好んで使った言葉である。当時は学校同士やグループ同士のケンカの際、最後は相手の権力者(大将・番長)とタイマンでケリをつけることが美徳とされた。また、タイマンは本宮ひろ志の漫画など当時の不良やツッパリ漫画でよく使われた。タイマン後は、お互いにリスペクト、そして、アツい男の友情が芽生える!これが当時の定番ストーリーである。)

太朗注2 ガリガリ君(ガリガリくん)は赤城乳業が製造、販売する氷菓。1981年販売開始。同社の登録商標(第2604431号ほか)。)


「えっ・・・も、もしかして、これって、タ、タイマン・・・」

 もちろん、これにマジでビビったのは、県立一高ナインたちだ。受験勉強の合間に、親や先生に隠れて読む「ジャンプ」すなわち「週刊少年ジャンプ」の漫画でしか知らなかった「タイマン」が、いままさに己の目の前で繰り広げられようとしているのだから。しかも、一方の当事者としてその場にいる自分たちに、ビビりながらも、ブルッと身震いし興奮してしまう。これぞ野郎の闘争本能か。

「おい、やめとけ・・・」

 早川に挑発されて、前に出て行こうとする主将の北村を、野球部では一番仲がいい横山が止めようとする。

 しかし、北村はそれを振り切り、

「な、なんですか?」

と言って、前にでてきてしまう。その声は、かすかに震えていた。喧嘩に参加していたのか、前を隠すタオルは、わずかだが、すでに血に染まっていた。

 北村のクソ真面目な丁寧語返答に、県立農芸の部員たちから大爆笑が起こる。北村のアザだらけの顔が、恥ずかしさで耳まで紅潮していく。

「アイツ・・・マジで、ボコボコにやられてる・・・」

 県立一高の部員たちは、いつもは冷静で真面目な主将・北村の顔が、「タイマン」など張るまでもなく、すでに腫れあがっていることに、いまさらながらに気がつくのだった。

「これ以上は、マジでヤバい・・・」

と、そこにいた県立一高の部員の誰もが思う。しかし、どうやってこの場を納めればいいのか・・・この難しい状況に、県立一高ナインたちにはどうすることもできないでいた。

 そんな中、シャワールーム出口の一番近いところにいた中村圭悟が、すぐ前でプリッとかわいい桃色のケツを晒している2年生の宮林真司の両肩に両手をかけて、宮林をグイッと下にしゃがませるのだった。

「えっ・・・」

 驚いたように振り返る宮林に、圭悟は、

「しゃがめ・・・・」

と、小声で指示する。

「すぐに荒井先生を呼んでくるんだ・・・シャワールームを出るまで、気づかれないように這っていけ・・・」

 そういうと、圭悟は、大股を開き、その間を這って行くように目で指示する。

 普段、先輩ぶって後輩に命令することがほとんどない中村圭悟先輩の、問答無用といった態度に、宮林真司は、素直に言われた通りにするのだった。圭悟は、自分の股座を這っていく宮林真司のプリッとしたケツを、「伝令!!たのむぞ!!」とでも言うかのように、軽く、ポンポンと叩くのだった。

 あの生真面目な北村が「まじめに」取っ組み合いの喧嘩に参加していたことに、圭悟は、ちょっと驚き、北村のことをちょっとだけ見直し、リスペクトする。また同時に、にらみ合っている北村と早川をみながら、圭悟は、ちょっと情けない気持ちにもなってくる・・・。

「あぁ・・・なさけねぇ・・・結局、オレたち、先生に頼ってる・・・けんかのこと知ったら、荒井先生、怒り狂うだろうな・・・でも、こうするしかねぇんだよな・・・」

 先生を呼びに宮林を行かせた自分の判断は正しかったと自分にいいきかせる圭悟。そして、同時に、自分たちが引き起こした事態の結末がどのようなものなのか、自分たちを待っている荒井先生からの厳しい「教育的指導」を覚悟するかのように、キュッと痣のついたくちびるを結ぶのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 果たしてシャワー室を抜け出した2年生の宮林真司は、タオルを腰に巻き、自分たちの陣地である県営運動場・第三野球場・Bロッカールームへと駆け込む。県立一高の試合が5回コールドと早く終了したため、昼休みを挟んで、次の試合まで、まだ3時間ほど時間がある。そのためか、次のチームの選手など、ロッカールーム前の廊下にはまだ誰もいなかった。しかし、ロッカールームの中の光景をみて、宮林は、思わず、「や、やべぇ・・・」と口にしてしまうのだった。


 Bロッカールームの中では、荒井監督が、相手チーム・県立農芸の相良監督と、なごやかに談笑しているところだった。

「ありがとうございました、先輩!しっかり胸を借りさせていただきました。いい勉強になりました。」

「いやいや、君も、県立一高の生徒たちをよくあそこまで指導したもんだ。うちと違って高校に入って野球を始める子もいるんだろう・・・うちはもっと点をとれると思ったよ!!ワハハハ!!」

「せ、先輩・・・それ、自分たちのことを褒めているのですか、けなしているのですか・・・」

「ワハハハ!!もちろん、君のチームを褒めているんだよ!!五回表にあと5点はいけると思ったんだがな・・・あのショートの選手の守備に阻まれたよ!!あの子、なかなかうまいねぇ・・・ワハハハハ!!」

「ああ、中村ですね。普段は、練習に遅刻ばっかりしていますが、ここぞという時は、よく守ってくれるヤツです。」

 県立一高の荒井監督と、県立農芸の相良監督は、学年は離れているが、同じ県立商業高校・硬式野球部のOBだった。県立商業高校は、大吾たちが住む県において、毎年、甲子園出場が期待される、公立高校では一番の強豪校である。


 そこへ、裸で腰にタオルを巻いたままの姿で、ロッカールームに駆け込んでくる宮林真司。

「や、やべぇ・・・」

「コラァ!!真司!!何がヤバいんだ!!」

 いままで和やかに談笑していた荒井監督と相良監督が、ちょっと睨むような表情で、裸の宮林の方を見るのだった。

「あっ、コイツは、2年生で次期主将の宮林真司です。真司!!相良先生の前で失礼だぞ!!何がヤバいのか説明してみろ!!」

 荒井監督の厳しい口調に、まじめな宮林は、ピリッと緊張し、直立不動の姿勢になり、

「こんにちは!!」

と挨拶し、ペコリと頭を下げる。宮林の腰に巻いたタオルがハラァッと下に落ち、宮林の股間の皮被りの逸物が、両監督の前にあらわになる。

「や、やべぇ・・・」

 思わず、ニヤリとする荒井監督と相良監督。真っ赤な顔で下を向き、前を隠すように両手を前の方へもっていく宮林真司。

「コラァ!!おまえのムスコなど、誰も見とらん!!オレになにかを報告するときは、両腕は脇にピシッとつける!!いつも言ってんだろうが!!」

「は、はい!!」

 再び、ピシリと姿勢を直し、両監督に股間を晒しながら、直立不動になる宮林。

 両監督は、真面目でいかにも育ちがよさそうな、そして、まだまだ幼さが残る宮林のしぐさをかわいいと思うのか、再び、ニヤニヤしながら、

「さあ、何がヤバいのか、いいなさい・・・先生、怒らないぞ・・・」

と、からかうように、わざとやさしい口調で言うのだった。

「は、はい・・・せ、先生・・・す、すぐ来てください・・・シャワー室で、け、けんか・・・です・・・」

「なに!!」

「ばかもん!!それを早く言え!!」

 荒井監督と相良監督の顔から笑みがさっと消え、両監督は、Bロッカールームを飛び出していくのだった・・・。

 一人フリチンで残された宮林真司・・・。床に落ちたタオルを右手でサッとつかむようにひろうと、再び、それで股間を隠し、

「やっぱ、これって、オレがチクッたってことなのかな・・・。」

と肩を落としてつぶやきながら、足取り重く、シャワー室の方へと向かうのだった。チンコ隠してケツ隠さず!!宮林は、プリッと盛り上がった逞しくもかわいい桃色のケツを後ろに晒していた。そんなかわいい2年生のケツにも荒井先生の「教育的指導」が入るのだろうか。
  

・・・・・・・・・・・・・・・・

「ったく!!誰がチクッたんだよ!!」と丸山。それを聞いて、真っ赤な顔になり、下を向いてしまう宮林真司・・・。

「コラァ!!そんなことどうでもいい!!絆創膏をはってやってるんだ!!しっかり前を向いてろ!!」

「い、いたいっ・・・先生!!もっとやさしくやってくださいよ!!」

「バカもん!!これ以上、やさしくできるか!!」

 県立一高・硬式野球部・部長兼監督の荒井先生が、ロッカールームの床にパンツ一丁で正座している県立一高ナイン12名の前を行ったり来たりしながら、野球部員の顔や手足、体についた「けんかの勲章」の応急手当てをしている。さすが、県立農芸の野球部員たちは、喧嘩上手なのか、圭悟たちの中で、医者の診察が必要と思えるケガを負ったものはいなかった。

 圭悟たちは、北村を一番右に、みな一様にちょっと不満そうな顔をしながらも、大人しく正座している。


 県立一高側のBロッカー室も、県立農芸側のAロッカー室も、そのドアは開け放たれたまま。廊下にはまだ誰もいなかった。

バチィ!!!

「シタァッ!!」

バチィ!!!

「シタァッ!!」

ベチィ!!

「シタァッ!!」


「あっ・・・ケツバットやられてる・・・しかも、あの音、パンツ一丁だ・・・」

 正座しながら、その音を聞く圭悟は、膝の上においた両拳をギュッと握りしめる。圭悟だけではなかった。荒井監督の前でパンツ一丁で正座させられている12名の秀才球児たち全員が、その音を聞きながら、喧嘩してしまったことを後悔しているのだった。

「あぁ・・・オレたちもケツバットなんだろうな・・・」

 喧嘩両成敗。県立農芸がケツバットなら、県立一高も、当然、ケツバット。それが男同士の喧嘩のお約束だ。

 圭悟たちは3年生は、全員、白ブリーフ。そして、2年生は、宮林と控え兼記録要員の徳原が白ブリーフ。残りの二人、控えの田所と高井がトランクス。特に、試合に出た先輩たちの白ブリーフは、土と泥がスラパンの中にも入ってきてしまうのか、薄茶色く汚れていた。

 全員、しっかり「乱闘」に参加した模様。顔だけでなく、手足、身体のいたるところ擦り傷や痣をつくっていた。特に、最後にタイマンを張った、北村は、体と顔のいたるところに赤紫色のあざをこしらえていた。

 ただ、不思議と、ケツを蹴られたりしたヤツはいなかった。古来より、後ろからの攻撃は卑怯とされる。その影響なのか、はたまた、ケツの方は、荒井先生のためにとっておきましたということなのか・・・。


「いっ!いたいっ!!」

「薬ぬってんだ!!このくらい男だったガマンしろ!!」


バチィ!!!

「シタァッ!!」

バチィ!!!

「シタァッ!!」

ベチィ!!

「シタァッ!!」

 その間にも、県立農芸の野球部員たちのおケツには、容赦ないケツバットが入れられ、哀れ、蒙古斑、もとい、青痣の上書きが粛々となされていた。


 そのコンクリートに濡れ雑巾を叩きつけるような音は、県立一高の秀才球児たちをビビらせるのに十分な音響効果をはなっていた。

「せ、先生・・・自分たちも、や、やっぱ・・・ケツバットですか・・・」

 誰もが聞きたかった質問を、3年生部員の寺田がする。部員の傷や痣の応急手当てをしながら、荒井先生は、ニヤリとして、「こいつら・・・マジでケツバットのこと心配してやがる・・・」と思いながらも、

「バカもん!!ケツバットの心配するくらいだったら喧嘩なんかするな!!」

と、厳しく言うのだった。

「は、はい・・・」

 後輩もいるなかで叱られ、赤い顔で下を向いてしまう寺田。

「あーあ・・・やっぱ・・・ケツバットか・・・」

 丸山が少し反抗的な口調で言う。

「おお、わかってんじゃねぇーか。心配すんな!!これが終わったら、おまえらのケツにもたっぷりと灸をすえてやる!!」

 荒井先生の事実上のケツバット宣言に、圭悟たちは、「あぁ、お灸か・・・キツイんだろうな・・・今日のケツバット・・・」とがっかりとしたように、全員、下を向いてしまう・・・。

「ったく、おまえら、いままで、とっくみあいの喧嘩なんて、まともにしたこともねーだろうが!!」

「ありますよ!!オレなんか、弟といつも喧嘩してます!!」と丸山。

「バカもん!!兄弟喧嘩は、喧嘩のうちに入らん!!あれはガキ同士のじゃれ合いだ!!」

「いっ・・・いたい・・・」

「ほら、ここもこんなにむけてるじゃないか!!しっかり消毒だ!!」お薬ヌリヌリ。

「しっ・・・しみます・・・」

「あたりまえだ!!ガマンしろ!!」

「ったく、なのに、県立農芸のヤツらに、喧嘩売るなんて、正気の沙汰か!!」

「喧嘩売ったわけじゃありませんよ!!」

「バカもん!!球児にとってケツの痣をバカにされたってのは、けんかふっかけられたのと同じなんだよ!!そんなこともわからんのか!!」

「そ、それはわかってますけど・・・でも、あんなに青いだなんて・・・」

 荒井監督はニヤりとして、

「うらやましかったのか?」

といじわるく言う。

「ま、まさか、う、うらやましくはないッスけど・・・ただ、すげぇと思って・・・それで、つい・・・」

「バカもん!!おもえはいつも一言余計なんだ!!」

「は、はい・・・」

「いっ・・・いたい・・・」

「コラ!!動くな!!消毒してんだから、ちょっとガマンしてろ!!」


バチィ!!!

「シタァッ!!」

バチィ!!!

「シタァッ!!」

ベチィ!!

「シタァッ!!」

 再び、県立農芸のAロッカー室から聞こえてくるケツバット厳行の音。


 その音に、ビクつく、県立一高ナイン。喧嘩両成敗。正座させられている秀才たちがこの言葉を知らないはずがなかった。次は自分たちの番だと、十分にわかっていた。列の一番端で正座しているクリクリとした坊主頭で幼い顔の2年生徳原などは、汗で落ちてきてしまうメガネを指でさかんに上げながら、いまにも泣きそうな顔をしている。


 Aロッカー室から聞こえてくるケツバットの音を聞くにつけて、圭悟たち県立一高ナインは、いたたまれない気持ちになる。喧嘩していた時には全く感じなかった県立農芸のヤツらに対する罪悪感も、ひしひしとわいてくる。

 そんな空気を打ち払いたかったのか、

「じゃあ、先生は喧嘩やったことあるんですか!?」

と再び丸山。

「ああ、先生が出た高校は不良のたまり場みたいなところだったからな!!」


 荒井先生は、県立農芸の監督・相良先生と同じ、県立商業高校出身。

 県商こと、県立商業高校は、男女共学だが、男女とも「ツッパリ」の巣窟と言われる高校だった。しかし、硬式野球部は、旧制中学時代からの伝統で、めっぽう強く、甲子園常連の強豪校。入学してくる男子ツッパリの中で、特に、運動神経のよさそうなヤツを硬式野球部に入部させて、2年間で、一人前の「高校球児」に仕立て上げる。そのため、公立高校にもかかわらず、シゴキも、ケツバットも、県内一の厳しさだった。また野球部に入れない他男子生徒たちのねたみから、硬式野球部員が喧嘩に巻き込まれることも多く、喧嘩術も、野球なみに鍛えられるのだ。

 そして、荒井先生は、OB相良の勧めもあり、県商卒業後、3浪して帝都経済大学に入学。大学卒業後、社会科の教員となる。

 帝都経済大学では、3年間の浪人生活でなまった己の身体と精神に喝を入れ、自分を鍛え直すため、体育会・硬式野球部の門を叩く。帝都経済大学は、いわゆる偏差値上位校で、野球はそれほど強くもなかった。しかし、年上の一年生・荒井を待ち受けていたのは、年下の先輩からの、猛烈なシゴキとケツバットだった・・・。もちろん、県商で鍛えられた荒井にとって、シゴキとケツバットに耐えることは朝飯前だったが、年下の先輩の前で、ケツをプリッと突出し、「お願いします!」とケツバットを願い出る時の情けなさは、いまでも忘れることができなかった。

プチスペシャル 荒井監督の苦労話 を読む。>

「じゃあ、喧嘩の仕方、教えてくださいよ!!」

「バカもん!!中学生じゃあるまいし、喧嘩の仕方など、恥ずかしくて高校生に教えられるか!!そこがおまえらの甘いとこなんだ!!」

 礼儀にはチトうるさいが、普段は兄貴のようにやさしい荒井先生の手厳しい説教に、丸山も黙ってしまう。


 県立農芸のロッカールームからまだまだ聞こえてくるケツバットの音。県立農芸の相良監督は、県立農芸ナインのケツに徹底したお灸をすえているようだった。

バチィ!!!

「シタァッ!!」

バチィ!!!

「シタァッ!!」

ベチィ!!

「シタァッ!!」

 圭悟たちは、再び、両拳を握りしめ、生唾をゴクリと飲み込む。2年生の徳原だけでなかった。メガネ高校球児の3年生の清野、森、寺田、そして、2年生の高井も、冷や汗でメガネが落ちてきてしまうのか、さかんに、メガネフレームのブリッジの部分を人差し指で上げる動作を繰り返す。顔に「マジで、やっべぇー。」といった表情を浮かべながら。


 そして、あの忌まわしい音が止み、Aロッカー室から相良監督のどなり声が響いてくる。

 しばらくすると、Aロッカー室から、県立農芸の小林コーチが、ユニフォーム姿でやってきて、荒井監督をドアの方へ呼び、

「ケガ人はおりませんでしたか?うちのやんちゃ坊主たちには、みっちりと教育的指導を入れておきました。退室時間まで正座ということで反省させております。監督の相良が、今回のことはどうぞご内聞にお願いしますと申しておりました。」

と言って、深々頭を下げるのだった。

「ワハハハ!!こんなのケガのうちに入りませんよ!!うちのやんちゃ坊主たちにも、これからたっぷりと灸をすえるつもりでおります!!相良先生には、そのようによろしくお伝えください。」

と荒井監督。その言葉を聞いて、パンツ一丁、正座させられている県立一高ナインたちは、ケツをモゾモゾと落ち着かなく動かし始めるのだった。

 小林コーチは、ニヤリと笑って、

「まあ、うちもけが人はいませんでしたから、お手柔らかにしてやってください・・・」

と言うのだった。

 荒井監督は、「ワハハハ!!!」と大笑いすると、厳しい口調で、選手たちに向かい、

「おい!!今のを聞いたか!!小林先生にお礼を言うんだ!!」

と命令する。

 圭悟たちは、一斉に、

「ありがとうございます!!」

と言う。

 素直で神妙な県立一高ナインの反応に、一高ナインの反省の度合いを感じとったのか、小林コーチは、ニヤニヤしながら、満足そうな顔で、

「もう喧嘩なんてするんじゃないぞ!!」

と言う。

 一高ナインたちは、顔を真っ赤に染めて、それでも、高校球児らしく、精一杯の元気を振り絞って、

「はい!!」

と、返事をする。その返事に苦笑いする小林コーチと荒井監督。

 小林コーチには、ケツバットという「お灸」をすえられるのを前にした県立一高ナインたちの気持ちが手に取るようにわかった。そして、秀才、秀才と言われながらも、圭悟たちが、県立農芸のやんちゃ坊主たちとさして変わらない男子高校生であることを知って、小林コーチは、ちょっと安心するのだった。

 そして、荒井監督には、

「では、失礼します・・・今後ともよろしくお願いします。」

と言って、小林コーチは、Aロッカー室の方へ戻っていく。

 その時、Bロッカー室のドアを閉めようとする小林コーチに、荒井監督は、

「先生、ここはこのままで・・・」

と言って、小林コーチにニヤリと微笑むのだった。

 小林コーチは、そんな荒井監督に、ニヤリと微笑み見返し、廊下を隔てただけのAロッカー室へと戻っていく。Aロッカー室のドアも開け放たれたままだった。


「よし!!もうわかってるな!!今度はお前らの番だ!!全員、起立!!」

 小林コーチが去ったBロッカールームに、荒井先生の厳しい声が響く。その声は、感情的な怒鳴り声とは違っていたが、いつもよりも大きくそして迫力がこもっていた。まるで、Aロッカールームで正座しての反省タイムを過ごす県立農芸ナインたちにも聞かせるかのように。

「ィ、ィ〜〜〜ス!!」

と、くじけそうになる気持ちを鼓舞するように返事をし、立ち上がる圭悟ら県立一高ナインたち。

 いつものように返事だけはしたものの、「よっしゃ!!県立農芸のヤツらめ、よく聞いとけよ!!オレたちのケツバット打音を!!」と対抗心も露わに武者震いできる部員は一人もいなかった。荒井先生のいつもより厳しい声、しかし、決して感情的ではない冷静さを保った声に、擦り傷などの手当てはしてくれたものの、先生が、本当はすごく怒っていることに気がつき、心からビビるのだった。


 圭悟たちがパンツ一丁、横一列に整列している前に、荒井監督がやってくる。右手には、いつものノック用の木製バットを持って。圭悟たちの視線が一斉にそのバットに集まる。

「あのバットで、ケツバットか・・・」

 全員、ゴクリと生唾を飲み込む。両掌は汗で湿っていた。ピィ〜〜ンと張りつめる緊張感。正座させられて足がしびれていることなど忘れてしまうほどだった。

 列の一番端にいる、野球部でも一番小柄な2年生の徳原などは、荒井先生のド迫力に、ブルブルと震えている。高校から野球を始めた徳原。そんな徳原も、記録要員としてではあるが、甲子園への第一歩となる地方大会にベンチ入りを果たしたということで、今朝は、両親が赤飯をたいて祝ってくれたのだった。しかし、その時、徳原も徳原のご両親も、徳原のかわいいケツが、昼前には、その赤飯と同じような色になることを知る由もなかっであろう。


 荒井監督の説教は短かった。

「今日のおまえらには裏切られた。風呂場で相手チームと喧嘩するなど無責任な野蛮人のすることだ。オレは野蛮人には容赦しねー。覚悟しとけ!」

 荒井監督が部員たちをケツバットで締めるときは、通常、「この一発で懲りてくれよ」の願いを込めて「ケツバット一本締め」となる。

 しかし、今回の喧嘩が表ざたになればたいへんな事態になりかねない状況に鑑み、荒井監督は、心を鬼にして、

「3年生ケツバット2本、2年生ケツバット1本だ!!一人ずつ前に出て来い!!」

と厳しく命令する。

 回れ右だと思っていたが、前に出されて尻が泣く。県立一高ナインたち全員が、荒井監督のその言葉にいつもより厳しいケツバットを覚悟し、ゴクリと生唾を飲み込む。

「監督!!2年生に今回の責任はありません!!2年生の分は、ボクが引き受けます!!」

 主将の北村だった。いつもなら、「アイツ・・・恰好つけやがって・・・」と思う3年生部員も多いのだが、今回は少し違った。

 北村に続いて、

「監督!!ボクも引き受けます!!」

と副将の横山。

 圭悟の横で整列している丸山も、

「チェッ・・・しゃーねーか・・・おまえもつきあえ・・・」

と圭悟に小声で言うと、

「監督!!ボクも引き受けます!!」

と、喧嘩をおっぱじめた丸山も手を挙げるのだった。

 もちろん、丸山の隣の圭悟は、「マジかよ・・・ここでオレをさそうか・・・」と思いつつも、ここは男同士!!親友からの「つきあえ」を断わることはできず、間髪を入れず、

「監督!!ボクも引き受けます!!」

と手を挙げる。

 そんな圭悟たちを、荒井監督は、ギロリと睨みつけ、

「おまえら、本当にいいのか?今日のは、2本でもつれーぞ!!カッコつけてあとで後悔すんなよ。」

と脅かすように言うのだった。

「マ、マジ・・・や、やばいかも・・・」

 そんな圭悟の気持ちを吹き飛ばすかのように、圭悟の横の丸山が、

「男に二言はありません!!2年生の分はボクらが引き受けます!!」

とキッパリと言ってしまうのだった。

 北村、横山、丸山、そして、中村圭悟。四人の目を、一人ずつ順番に睨み付け、その決意のほどを確かめようとする荒井監督。

 圭悟は、心の迷いを悟られないよう、

「迷いはありません。2年の分は、ボクが引き受けます!!」

と念じながら、必死でジッと荒井監督の目を見つめ返すのだった。 

「よし。今の四人は、1本追加の3本だ。2年生は、一歩さがって、正座してろ!!」

と荒井監督。

 そして、荒井監督は、バットを構える。右打ちだった。

「よし。2本のヤツからだ。寺田出て来い!!」

「はい!!」

 寺田は、汗で下がってきてしまっているメガネを指で上げると、くちびるをキュッと結んで、荒井監督の前にでる。

「お願いします!!」

「寺田!!メガネをとれ!!」

 その命令に、並んでいた3年生たちは、「えっ!ビンタも・・・」と思う。メガネ君の割合が高い、県立一高では、先生が怒って「メガネをとれ!!」と言えば、強烈ビンタと相場は決まっていた。

 メガネをとってロッカー室の机の上に置いた寺田は、覚悟を決めているのか、プゥッと頬を膨らますようにして、荒井監督の前に立つ。

「よし!寺田!右向け右して、ケツを出せ!」

と命令をする荒井監督。

 ちょっと意外な顔をしながらも、寺田は、茶色く薄汚れた白ブリーフ一丁。いつものケツバットのように、両脚を肩幅よりやや拡げてしっかりと立ち、バンザイするように両腕を上げ、上体をやや傾けて、ケツを後ろへプリッと突き出す。

「お願いします!!」

「いくぞ!!」

 ケツを出した寺田の斜め後ろで、荒井監督は、眼光鋭く、寺田のブリーフのケツに狙いを定める。整列している圭悟たちには、メガネをとって、不安そうに下を向く、寺田の横顔、そして、自分たちの正面で、寺田のケツを睨みつけている荒井監督の顔がはっきりとみてとれた。

 そして、監督は、まるで本塁打を狙う4番打者のように、思い切り腰を入れて、寺田のプリッと盛り上がったケツの肉厚の部分を、バットで打ちのめすのだった。

ブゥ〜〜ン!!

 バットが空を切る鈍い音が、圭悟たちの耳に飛び込んできたかと思う間もなく、バットが寺田のブリーフに包まれたケツ肉を下から上へと打ちのめす音が続く。

ベチィ!!

「あぁーーー」

 寺田は、なんともいえない声を上げて、前方にぶっ飛ばされしまう。圭悟たちは、ビンタでもないのに、監督が「メガネをとれ!」と命令した理由をさとる。それは、進学校生徒の商売道具でもある「メガネ」が、ケツバットでぶっ飛ばされて壊れてしまうようなことが万が一にもないようにするための監督の配慮だったのだ。

「いってぇーーー」

 悲鳴ともいえるつらそうな声を上げて、3年生の寺田が、自分たちが正座している前に、倒れ込んでくる。正座させられている2年生たちは、荒井監督の怒りを、あらためて感じるのだった。

 寺田は、焼けるようにジリジリと痛い、ブリーフのケツを両手でおさえて、倒れてしまっている。

「寺田!!このくらいでぶっ飛ばされるとはなさけねーぞ!!さあ、立て!!もう一本、残ってるぞ!!」

 それは荒井監督の母校・県立商業・硬式野球部における「本塁打フルスイングケツバット」だった。進学校のがり勉・メガネ君である寺田がぶっ飛ばされてしまうのも当然だった。

 しかし、寺田は、荒井監督の辛辣な言葉に、

「ちくしょーー」

とつぶやくように言うと、3年間野球部で鍛えた負けじ魂を発揮して、立ち上がる。

 そして、足をやや引きずるようにして、再び、バットを握りしめた荒井監督の前に立つと、まだジリジリと焼けるように痛いケツを潔く突出し、

「お願いします!!」

と、2本目のお灸を願い出るのだった。

「よし!!行くぞ!!」

ブゥ〜〜ン!! 

ベチィ!!

 バットが己のケツの炸裂した瞬間、寺田は、「うぅ・・・」と低いうめき声を上げながら、両目をギュッと瞑って、脳天へ突き抜けていく激痛の衝撃にグッと耐えるのだった。

 2本目はどうにかふんばることができた寺田。もちろん、これは、荒井監督が、1本目と違ってやや手加減したからである。ケツバットは刑罰でもないし、軍隊における私刑でもない。その本質は、教育的指導にある。荒井監督は、圭悟たちに万が一にもケガのないよう、ケツバットの強弱を絶妙に調整しながら、血気盛んな高校生男子に対するケツバットの教育的効果を最大限に引き出しているのである。

 そして、寺田は、なにか熱い餅がぺったりと張り付いた様な感覚を、ケツに感じながら、荒井監督の方を向くと、

「ご指導ありがとうございました!!」

と、気合のこもった挨拶をし、ペコリの頭を下げるのだった。

 教師、先輩から教育的指導を受けた後、「ご指導ありがとうございました!!」と挨拶することは、男子校である県立一高において、戦前の旧制中学時代からの伝統である。

 昭和40年代までは、授業中・部活中を問わず、県立一高校内のいたるところで、「ご指導ありがとうございました!!」の挨拶が聞こえてきたものだった。しかし、昭和50年代に入って急速にその伝統は廃れていき、圭悟や大悟が通った時代は、硬式野球部、サッカー部、柔道部、剣道部など、運動部の一部にその伝統が残るだけとなり、硬式野球部においては、監督さんから指導を受けた時のみ、この挨拶が行われた。また、さらに、県立一高・共学化後、山崎卓が入学する平成時代には、この挨拶は、完全に過去のものとなっていたことを付言しておきたい。

「よし!!列に戻って、正座して反省!!」

「は、はい・・・」

 寺田は、痛そうに、ブリーフの尻に右手をあてながら、足を引きずるように列に戻ると、すでに正座している2年生の隣に座って正座をしようとする。

「い、いてぇ・・・」

 しかし、寺田が、ケツを両踵の上に置こうとした時、ケツに激痛が走り、寺田が、思わず声を上げる。

 それをみて、荒井監督は

「痛くてあたりまえだ。その痛みを噛みしめて、よく反省しろ!!」

と手厳しい。

「は、はい・・・」

 2年生の宮林の隣で、どうにか正座しようとする寺田。

「ちくしょう・・・ケツがいてぇ・・・正座できねぇ・・・」

 3年生・寺田の低いうなり声を聞きながら、2年生の宮林は、申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだった。

「よし!!次!!森!!」

 荒井監督は、圭悟たちの列から森を呼び出す。



「お願いします!!」
 
べチィ!!

ベチィ!!

「ご指導ありがとうございました!!」

「よし!!次!!清野、出て来い!!」

「お願いします!!」
 
べチィ!!

ベチィ!!

「ご指導ありがとうございました!!」

「よし!!次!!谷岡だ!!」

「お願いします!!」
 
べチィ!!

ベチィ!!

「ご指導ありがとうございました!!」

 一発目はぶっ飛ばされ、二発目はどうにかふんばる。県立一高ナインに対するお仕置きが粛々と厳行されていく。

 その音は、廊下をはさんで向かい側にあるAロッカー室で反省・正座中の、県立農芸の15人の選手たちにも聞こえていた。

「あっ・・・アイツらもケツバットやられている・・・」

 県立農芸の選手たちは、荒井監督のバットが、喧嘩相手チームの選手たちのケツに炸裂する音を聞きながら、そのケツバットが、自分たちが相良監督や小林コーチから食らったケツバットと同様、鬼の厳しさであることを知る。県立農芸の選手の中には、バチィ!!という鈍い音が耳に飛び込んでくるたびに、思わず目を瞑り、ブリーフのケツをキュッと引き締め、身をすくめるようにする者もいた。

 県立農芸の主将・早川は、彼らの「ご指導ありがとございました!!」の挨拶を聞きながら、県立一高ナインたちの負けじ魂を感じ取る。

「アイツらも、根性だしてんじゃん・・・がんばれ・・・ケツバットに負けるな・・・」

と、心の中でエールを送るのだった。

 いままで、秀才でガリ勉の県立一高の生徒など、同じ男子高校生でも、自分たちとは全く違う「人種」だと思っていた県立農芸の選手たち。しかし、彼らもまた彼らの監督さんからケツバットというお灸をすえられていることを知り、県立一高ナインとの心理的な距離が、少しだけ、近づいたような気分になるのだった。




 森、清野、谷岡と、2本ずつケツバットを食らい、痛そうに尻を押えながら、反省の正座の列に戻る。ケツを踵にちょっとつけるだけで激痛が走り、正座もまた彼らにとっては、いい薬となっていた。

「よし!!次!!中村!!出て来い!!」

 荒井監督から呼び出され、思わず、ドキッとする圭悟。

「いよいよ、オレの番か・・・今日のケツバット、容赦なしだもんな・・・いてぇーんだろうな・・・俺も、前にぶっ飛ばされるのかな・・・」

と不安に思いながら、監督の前に行き、前のヤツと同様、ブリーフ一丁のケツを監督さんのバットの前へと突き出すのだった。

「お願いします!!」

「中村!!もう高3なんだ、おとうさんの立場も考えて行動しろ!!」

 圭悟の父親が、市立一中の教頭であることは、県立一高でも有名であった。圭悟とは相いれないところが多い主将の北村が、圭悟に一目おくのも、そのためであったかもしれない。

 荒井先生の特別説教に、

「またその話かよ・・・」

と、ちょっとムッとする圭悟。

「だから、宮林のこと、先生のところに伝令として送ったんじゃないですか・・・。」

と言いたい気分だった。

 しかし、そこはグッと抑えて、ただただ、

「はい!!すいませんでした!!ケツバット、お願いします!!」

と言う圭悟。

「よし!!行くぞ!!歯をくいしばれ!!」

 荒井先生の声が終わったと同時に、圭悟は、背後に、

ブゥ〜〜〜ン!!!べチィ!!

という音を聞き、ケツを押されるようなものすごい衝撃を感じる。

「うわぁ!!!」

 気がついたときは、ロッカー室のつめたい床に両手をつくようにして倒れ込んでいる圭悟。すぐ横には、正座している2年生の膝小僧が見える・・・。

「いってぇ・・・」

 ケツがズキズキ腫れるように痛む。どうにか立ち上がるも、ケツの奥の方に違和感を感じる。ブリーフのケツの谷間の奥の方を右手でしきりとさぐり、抑えるようようなしぐさをしながら、2本目を受けるため、荒井監督の前へ戻る圭悟。

「お願いします!!」

と言って、ケツを再び突き出す。

「いくぞ!!」

と監督の声が聞こえるや、

ガツゥ〜〜ン!!

と、今度は、ケツから脳天までズーンと貫き響くような痛さを感じる圭悟。

「いっ痛い・・・」

 無意識のうちに両手でケツをかばうようにする。

「いてぇ!!」

 ケツにちょっと触れただけで、ズキンと激痛が走る。そして、ケツの奥の方になんともいえないつらさを感じ、思わず、しゃがみこんでしまう圭悟だった。

「中村!!もう一本残ってるぞ!!どうだ?ギブアップするか?」

 自分から2年生の分のケツバットを引き受けると言った手前、ギブアップできるわけがない。かといって、つらくて、すぐ立ち上がることはできなかった。

「ちくしょう・・・いってぇ・・・」

 ここでギブアップしたら、同期の手前、後輩の手前、男のプライドがズタズタだ。圭悟は、負けじ根性を絞り出し、どうにか立ち上がるのだった。

 自分の番を待つ、北村、横山、丸山のケツバット3本組は、不安そうな表情で、圭悟のことを見守るのだった。

「お願いします!!」

 圭悟は、やっとのことで、元の位置につき、荒井監督に3本目を願い出る。ブリーフ一丁のケツは、腫れて熱っており、温かかった。 

べチィ!!

「うぅ・・・・」

 荒井監督からの3本目の指導が圭悟のケツに入り、思わずうめく圭悟。しかし、どうにかふんばって、3本目を受けることができた。

 エアコンの効いたロッカー室で、パンツ一丁であっても、全身汗だくの圭悟。荒井監督の方を向くと、両手を脇にしっかりとつけ気をつけの姿勢をとり、気合を振り絞るかのように、

「ご指導ありがとうございました!!」

と挨拶し、上体前傾45度の一礼をするのだった。

「よし!!正座してよく反省するように!!」

と荒井監督の命令。

 2年生、そして、すでにケツバットを食らった寺田たちの方へ戻り、圭悟は、谷岡の隣に正座しようとする。しかし、ケツが痛くて、踵の上にケツを置くことができない。

「いっいてぇ・・・ケツがこんなに痛くちゃ、正座なんて、できねーよ・・・」

とつぶやくように言う。
 
「中村!!ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ!!正座して反省だ!!」

と荒井監督は厳しい。

「は、はい・・・」

 グッと我慢して、全身に力をいれ、そぉ〜とケツを両足の上におろそうとする。しかし、どうがんばってケツをおろそうとしても、ケツが踵のところにちょっと触れただけで鬼の激痛が走り、まともに正座などできなかった。たかが一本、されど一本。その日の荒井監督のケツバットは、一本違いで大違い。マジで容赦なしのケツバットだったのである。

 もちろん、ケツが痛いといっても、立って反省することなど許されないことはわかっていた。圭悟は、両手を脇腹のあたりにおいて、腹筋に力を入れ、踵とケツの間に拳一個分の空間を入れて、すなわち、ケツを浮かせて、正座しているふりをするしかなかった。「空気椅子」ならぬ「空気正座」をするしかなかったのである。


「よし!!次!!丸山!!出て来い!!」

「はい!!ケツバットお願いします!!」

「ったく、喧嘩するくらいの元気があったら、ホームランの一本くらい打ったらどうだ!!」

と荒井監督からのキツい一言。

 試合で活躍できなかったことを指摘され、屈辱で真っ赤な顔になる丸山の尻にも、

べチィ!!

と、荒井家督のバットが容赦なく炸裂する。

 ばさぁーーーーと、お約束通り、前に吹っ飛ばされる丸山。やっとのことで立ち上がり、再び、ケツを出す丸山。

べチィ!!

 そして、2本目では、圭悟と同じく、苦しそうにうずくまる。

「どうだ?ギブアップか?」

と、荒井監督。

 しかし、ここでギブアップしちゃ、男じゃねぇとばかりに、丸山は、

「いえ、大丈夫です!!」

と気合で答えて、ブリーフのケツのド真ん中を押えるようなポーズをとりながら、苦しそうに立ち上がる。

 そして、

「よっしゃ!!来い!!」

と己に気合を入れるように言うと、荒井監督の前に立ち、右向け右して、ケツを後ろに突き出すのだった。

「よし!!ラスト、行くぞ!!」

「来い!!」

べチィ!!

 3本目は、荒井監督の通常の強さのケツバットだったのかもしれない。しかし、1本目と2本目の痛み蓄積効果で、丸山にとっては、3本目も鬼のケツバットだった。

「いっ、いてぇーーー!!」

と、丸山は恥も外聞もなく叫ぶと、ケツを両手でさすろうとする。しかし、ブリーフの上からケツにちょっと触れただけでもケツに激痛が走る。ケツをさすることをあきらめた丸山は、腰のあたりに両手を添えて、やや仰け反るような恰好をして、苦しそうに天井をただただ仰ぐのであった。


 丸山の雄叫びは、Aロッカー室へも響いて聞こえていた。しかし、苦笑いするのは、相良監督や、小林コーチなど指導陣だけ。正座させられている県立農芸の選手たちは、Bロッカー室で敢行されている秀才たちへのケツバットの厳しさを実感し、おケツをもぞもぞと落ち着きなく動かしたりするのみであった。

 しばらくして、

「ご指導ありがとうございました!!」

の丸山の声が聞こえてくる。

「正座してろ!!」

と荒井監督の声。

「次!!横山!!こっちにきて、ケツ出せ!!」

「お願いします!!」
 
ベチィ!!

ばさぁーーーー。

べチィ!!

「うぅ・・・」

ベチィ!!

「いってぇーー!!」

「コラァ!!挨拶はどした!!」

「ご指導ありがとうございました!!」

「よし!!正座して、自分たちがいかに無責任であったかをよく反省しろ!!」

 正座している県立農芸の早川たちは、その音と声を聞きながら、「アイツら、ケツ痛くて、正座もまともにできねえんだろうな・・・」と県立一高の秀才君たちをちょっと哀れに思う。さっき自分たちのことを「蒙古斑野郎!!」とバカにしたことに対するわだかまりはもうなかった。


 そして、最後は、主将の北村の番だった。

「よし!!次!!北村!!」

「はい!!」

 覚悟を決めた表情をして、荒井監督の前に立つ北村。そして、荒井監督は、主将の北村に対して、説教を始める。

「おまえ、主将として恥ずかしくねーのか?」

「・・・・」

北村主将は、悔しそうに唇をかみしめ、めずらしく荒井監督に反抗的な視線を向ける。

「なに黙ってんだよ!!」

 そう言ったかと思うと、バチィ〜〜ン!!と、北村のすでに青あざがある左頬に、荒井監督の右手ビンタ一発が遠慮会釈なく強襲する。右によろける北村。正座している圭悟たちは、その音にハッとし、よろける主将の姿に、それが重いビンタであることをさとるのだった。

 北村は、すぐにまっすぐに立って、

「ご指導ありがとうございました!!」

と叫ぶように言う。

 北村はその噂を知っていたのだ。県立農芸・野球部との喧嘩に負ければ、その負けた高校の野球部員は、その後、再び喧嘩に勝つまで、ずっと、県立農芸野球部のパシリをさせられるという噂を。だから、一か八かで、県立農芸の早川に立ち向かっていったのだ。しかし、そのことは決して言わずに、荒井先生の叱責にジッと耐える北村だった。

 
 北村をビンタする音は、Aロッカー室で正座している県立農芸・主将の早川にも聞こえていた。

「あっ、アイツ、ビンタもされてる・・・」

 野球部の主将は、時として、監督からの叱られ役だ。それは、県立一高でも変わらないことを知り、北村に素直に同情する早川。

 もちろん、早川は、北村とのタイマンで、北村が全く喧嘩の経験がないことを知るのだった。たしかに正捕手の北村は、県立一高の選手の中では体格が一番ガッチリとしていた。しかし、喧嘩経験ゼロの北村が、向かってきたことに、早川は、驚き、そして、その根性をリスペクトする。己が主将を務める野球部をマジで守ろうとする北村の真っ直ぐさを感じ取り心を動かされたのだ。

 正座して目をつむりながら、早川は、

「北村・・・先公の説教とビンタになんか負けるな・・・それにケツバットにも・・・」

と念じるのであった。


 「おまえ、主将としての責任感ゼロだな!!」 

バチィ〜〜ン!!

 今度は、北村の右頬に、荒井監督のビンタが飛ぶ。左によろける北村。

 しかし、すぐに姿勢をたてなおし、ピシッとした姿勢で、荒井監督の前に立ち、

「ご指導ありがとうございました!!」

と礼を言う。

「いいか、あの喧嘩が、表ざたになれば、どうなるかわかってんだろが!!言ってみろ!!」

「対外試合出場禁止・・・」

「そうだ!!それに、ここの運動場にも出入り禁止になる。おまえらだけじゃねーぞ、県立一高の生徒全員がだ!!」

「・・・・・・」

バチィ〜〜ン!!

 北村主将の左頬に、再び、荒井監督の強烈ビンタが飛ぶ。

「部活だけじゃない。おまえは、帝都経済大学の推薦狙ってるんだろ!!推薦入試に出願するってのは、学校の代表でもあるんだぞ!!そんなお前が、喧嘩に参加するなど、無責任極まりない!!」

「は、はい・・・グスン・・・ご、ご指導ありがとうございます・・・・」

 北村は、監督から部活以外のことも指摘され、よほど悔しかったのか、涙声になり、目からこぼれ落ちる涙を、右腕で必死に拭き始めるのだった。

「あっ・・・主将、泣いちゃった・・・」

 正座して反省中の県立一高ナインたちは、主将の涙を見て、自分たちが仕出かしてしまった事を恥じるのだった。自分たちの大将を守るどころか、逆に、恥をかかせてしまったことを。

「泣くくらい悔しかったら、これからはもっと責任を持って行動しろ!!」

「は、はい・・・グスン・・・」

 北村は、まじめな性格で、野球は部活一上手、練習もまじめに参加し、学業も同期で一番。そんな監督のお気に入り部員であるはずの北村に対して、その日の荒井監督は容赦なかった。

「北村!!ケツ出せ!!これから主将の責任の重さをおまえのケツにたっぷり教えてやる!!」

「は、はい・・・」

 北村は、圭悟たちと同様に、右向け右をして、ブリーフのケツを後ろへと突き出す。みれば、北村の白ブリーフが、チームで一番、土と泥で茶色く汚れている。試合で攻守ともに活躍したのは主将の北村だったのだ。

「お願いします!!」

「よし!!いくぞ!!歯をくいしばれ!!」

ベチィ!!

 北村のケツに、荒井監督のバットが炸裂する。苦しそうな顔をしながらも、北村は、どうにか前にぶっ飛ばされずにふんばるのだった。そして、腹の奥から声を絞り出すように、

「ご、ご指導ありがとうごいました!!」

と挨拶する。

「さすが、主将だ・・・ぶっとばされなかった・・・」

 正座して反省中の部員たちが、北村のことを見る。特に、2年生で、次期主将の宮林は、尊敬のまなざしで北村のことを見つめているのだった。

「北村さん、すげぇなぁ・・・よし!オレも主将になったら、あんな感じで、監督さんからのケツバットを男らしく受けてみせる!!」

と、宮林は決意するのだった。

 白ブリーフの無防備な尻を、荒井監督のバットの前に突き出しながら、ケツバット2本目を待つ北村。

「あぁ・・・これかぁ・・・先生が前に言っていた県立商業の鬼のケツバットってのは・・・」

「よし!!2本目、いくぞ!!」

「はい!!お願いします!!」

 再び、全身を緊張させ奥歯をグッとくいしばる。前方に拳上したこぶしをギュッと握りしめ、両脚はしっかりふんばり直し、ケツを後ろにしっかりと突き出す北村。

 3年間の野球部生活で鍛え上げられプリッと盛り上がった北村のケツ肉に、仕上げの喝を入れるかのように、荒井監督のバットが下から上へ、ベチィ!!と入れられる。

「うぅ・・・」

 北村は、思わずうなり、目をキュッとつむる。ケツから脳天へズ〜〜ン突き上げる激痛に、目の奥で火花が散っているようだった。そして、すでに腫れるようにズキズキ痛むケツが、さらにズキッ、ズキッと痛み始めるのだった。

 すこし落ち着くと、北村は、目をカッと見開き、

「ご指導ありがとうごいました!!3本目、お願いします!!」

と挨拶し、自分に気合を入れ直す。

「よし!!ラスト、いくぞ!!」

 荒井監督は、しっかりとふんばり差し出されている白ブリーフで覆われた北村の鍛えられてムッチリしたケツに、眼光鋭く、狙いを定める。そして、ベチィっと、容赦なく、北村の臀部にある、まさに監督さんからの 教育的指導を受けるために盛り上がった双丘に、最後の一本を遠慮なく見舞うのだった。

「うぅ・・・・」

 やはり苦しそうにうめき声をあげる北村。しかし、ケツをさすることもなく、監督の方へ向き直ると、両腕をピシリと両脇につけ、

「ご指導ありがとうございました!!」

と最後のあいさつをして、ペコリと頭を下げる。後ろへ突き出したケツに、ズキンズキンと焼けるような痛みを感じながら。

 もちろん、監督は、北村にも正座を命じ、退室までの約30分間、しっかりと反省タイムとなるのだった。

 

 退室の時間。夏期制服に制帽姿となり、野球部独特の遠征バッグを背負いながら、A、Bそれぞれのロッカー室から出てくる両校の選手たち。

 一瞬、目と目が合い、北村たちも、早川たちも、ちょっと恥ずかしそうで気まずそうな顔になる。両校とも、監督さんからみっちりとお仕置きされたばかりだ。黒い学生ズボンの下、白ブリーフに覆われたケツが、まだズキズキ痛むことをお互い十分に知っていることが照れくさかった・・・。

 しかし、やはりそこは男子高校生同士、互いに声をかけることもなく、また目を合わせることもなく見て見ぬふり。

 それでも、ケツバットというお灸の効果は覿面(てきめん)だったのか、両校の部員とも、絶妙の間をとりながら、お互い譲り合い、デカい遠征バックを背負いながらもぶつかり合うこともなく、狭い廊下を整然と抜けて、粛々と球場をあとにしていくのだった。

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「畜生!!!早川が打たれた!!」

「えっ!!もしかして、さよなら負け?」

「ああ、満塁ホームランだ!!」

「畜生!!悔しい!!」

「あーあ・・・応援してたんだけどな県立農芸・・・今年もまた県商が甲子園に行くのか・・・・」

 夏休みも目前に迫った県立一高・硬式野球部部室。地方大会決勝戦の模様を部室にあるラジオで聴く圭悟たち。県立農芸の決勝戦敗退を、まるで我がことのように悔しがっているのだった。

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