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「色柄を持たないパンツはく山崎すぐると、彼の担任の中村大悟」

 番外編07 頭髪検査と懲罰床屋 1980 

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十九、懲罰床屋 1980

「なんだその坊主頭は!!父ちゃんの目をまっすぐに見て、説明してみろ!!」

 月曜定休のバーバー青木の店内に、店長・青木義介の怒号が響き渡る。

 店のど真ん中には、真っ赤な顔の息子・青木義之が、父親と目をあわせることもできず、下を向いたまま立たされていた。頭髪は青々と五厘に刈られながらも、顔は耳までまっかっか。学校から帰ってきてまだ着替えも許されず、学ラン姿のままだった。

 月曜日で店は定休だったが、ベテラン理容師・青木が、後輩の若手理容師たちのために「ブロースカット研修会」を開いており、店内にいた数人の若手理容師たちも、気まずそうに下を向いたままだった。

 ブロースカットとは、全体に起毛状態(毛が立っている)にカットする散髪技法であり、スポーツ刈り、角刈り、GIカット、丸刈りなどがこれに含まれる。カット技術としては、理容師の技量差が如実に出るカット法であり、これを苦手とする若手も多かった。しかし、当時の日本において、これらの髪型は、まだまだ需要が高く、ブロースカットは、理容師として独り立ちするには必須のカット技術でもあったのだ。

「吉田先生から電話で聞いて、父ちゃんは、全部しってんだからな!!」

「じゃー、聞くなよ・・・」と思いながら、その場の若手理容師たちも、いつもとは違う店長の息子の五厘頭に、学校でなにかやらかしたんだなとすでに気がついていた。

「こりゃ、研修会どこじゃねぇなぁ・・・」

と誰もが思っていた。しかし、それを口に出せる雰囲気ではなかった。

「ご、ごめんなさい・・・・」

 下を向いたまま、蚊の鳴くような声でボソッという青木義之。石井先生の竹刀で打たれたケツがまだ重く腫れた感じで疼いていた・・・。 

「なにがごめんなさいだ!!このぉバッキッヤロー!!てめぇの馬鹿さ加減にはなぁ、父ちゃん情けなくて涙が出てくらぁ!!!」

 青木オヤジのその怒鳴り声を聞き、若手理容師たちの間に、微妙な空気が流れる。

 その日の研修会に参加している中で一番の若手、理容師・若林が、「あっ、オヤッさん、あのセリフ、もしかして・・・プフッ・・・フフフ」と思わず吹き出してしまう。

バシッ!!

「い、いってぇ!!」

 隣にいた一番年長の研修生・前田が、そんな若林の尻をバチンと一発叩いてたしなめるのだった。

 ケツを叩かれ、思わず左手でケツを押えながら、横を向く若林。

「誰がここで笑うか!!このバカ野郎!!」

と言わんばかりに若林を睨みつける先輩・前田だった。

 時はまさに1980年。その年の3月に初代あばれはっちゃくである「俺はあばれはっちゃく」の放映が終了したばかりである。

「このぉバッキッヤロー!!てめぇの馬鹿さ加減にはなぁ、父ちゃん情けなくて涙が出てくらぁ!!!」

は、そのホームドラマで、東野英心演じる父親が、息子でやんちゃ坊主の長太郎をしかりつける時の名台詞だったのである。

「ったく、父ちゃんの顔に泥をぬりやがって!!この看板をよく見ろ!!これはな!!父ちゃんがこの町でこつこつまじめにはたらいて少しずつ築いてきた信用の証なんだぞ!!」

 そう言って、店内の壁に誇らしく掲げられたプラスティックのプレートを指さす青木オヤジ。それは、横幅15cm、長さ70cmほどの黒色プラスティックプレートで、表面には、「市教育委員会・指定理容店の証」と金色のデカい文字がド派手に、しかし、誇らしく刻まれていた。

「それをおまえは、今日、台無しにしちまったんだ!!」

「だ、だから・・・あ、あやまってるでしょ・・・」

 義之は、ちょっと反抗的なトーンで言う。

「なんだ!!おめえ、全然、反省してねーな!!」

 オヤジのその言葉に、息子・義之は、ボソッと

「は、はんせいしてます・・・」

と言ったものの、口をとがらせるようなしぐさをして、せいっぱいの反抗的な態度をとるのだった。

 それをみたオヤジの怒りは、頂点に達する。

「ったく、この野郎、ただじゃすまさねぇ!!おめえみてぇに、おもてじゃ大人しい顔しやがって、うらじゃとんでもない悪さしでかしてるヤツが、いちばんたちわりぃんだ!!そのひんまがった性根を叩き直してやる!!前田!!奥いって、革砥(かわと)持って来い!!」

 店長のその命令に、研修生の前田は、ややとまどいながらも、

「は、はい・・・」

と返事をして母屋の方へと行くのだった。

 研修生たちの間に、再び、微妙な空気が流れ始める。そんな研修生たちの視線を痛いほどに感じながら、青木義之は、何かを覚悟したようにギュッと目を閉じるのだった。

 理容師が、客の髭剃りに使うカミソリの刃先は、砥石で研いだだけではミクロスコピック、すなわち、微視的に荒れているため、安全にヒゲを剃れるよう、さらにレザーストラップ形状の革の上で摩擦し、刃先を滑らかに整える必要がある。その時使う革のことを革砥と言うのである。

 ほどなく、研修生・前田が、幅7cm、長さ60cmほどの使い古されたこげ茶色で鈍い光沢を放つ革砥を持ってきた。



 その革砥をみて、研修生の誰もが思わずゴクリと生唾を飲み込む。集まっていた研修生たちは、皆、床屋の二代目の若旦那。しかも、バーバー青木に修行に送られてきただけあって、彼らのオヤジさんたちもまた相当な頑固者だ。その革砥がケツに炸裂したときの重く熱い衝撃は己のケツを以って体験ずみだった・・・。

 ブゥ〜〜〜ン!!

 ブゥ〜〜〜ン!!

 青木オヤジは、研修生の前田からその革砥を受け取ると、それを両手で持ち、野球のバットを振るかのように、2、3度、素振りしたのであった。

 革砥が空を切る鈍い音を聞いて、義之は、早く忘れてしまいたい腫れぼったいケツをあたらめて意識するのだった。

「義之!!わかってんな!!今日はたっぷりと折檻して、おめえの根性を叩き直してやる!!!そこの椅子に手をついてケツを出せ!!」

「は、はい・・・」

 義之は覚悟を決めたように、唇をキュッと結んだまま、上体をやや倒し、バーバーチェアの背の部分を両手でギュッとつかみ、学ランズボンのケツを後ろへ突き出すのだった。

 しかし、青木オヤジはそれだけでは許さなかった!!

「このバッキッヤロー!!ズボンとパンツも脱ぎやがれ!!」

「えっ・・・・」

 義之は戸惑ったような顔をして、後ろで待っているオヤジの顔をチラッとみるのだった。

「生のお尻は許してよぉ・・・兄ちゃんたちのみている前で恥ずかしいよぉ・・・」

とでも言いたげな息子の顔をみても、その晩の青木オヤジは、厳として息子のことを許さなかった。

「なに女みたいにグズグズしてやがんだ!!男だったら、いさぎよくフルチンになって、父ちゃんの折檻を受けるんだ!!」

 義之も中3男子だ。顔見知りの研修生たちがみている前で丸出しの生ケツを折檻される羞恥心は、分厚い革砥でケツを打たれる恐怖心をはるかに凌駕していた。

 義之の顔は、前にも増してまっかっか。

「は、はい・・・」

と蚊の鳴くような声で返事をするも、ベルトのバックルを外そうとする両手はかすかに震えていた。

 そんな義之の羞恥心いっぱいの姿をサディスティックに眺める研修生がいた。研修生の中では、前田に次いで二番目に年長の谷口稔だった。

「フフフ・・・青木のおやっさん、オレのオヤジと同じでマジきびしぃからなぁ・・・あの分厚い革ムチで丸出しのケツ打たれると、2、3日はまともに座れねぇもんな・・・よし坊も、かわいそうに・・・今夜は・・・フフフ」

 谷口稔は元ヤンキーだ。十代の頃は、やんちゃばかりしでかして、床屋を営むオヤジから、生ケツへの革ムチ折檻をよく受けていた。しかし、いまはしっかりと改心し、専門学校も卒業し、オヤジの店「バーバー谷口」の二代目と認められるべく修行中だ。

「オレのオヤジなんか革ムチだけじゃすまねぇんだぜ・・・」

 そんなことを思いながら、研修生・稔は、なにを思い出したのか、ポッと頬を赤らめるのだった。

 義之がズボンとパンツを脱いで、下半身フルチンになる。義之は、恥ずかしそうに、右手でどうにかチンチンを隠そうとするが、それをとがめるかのように、オヤジの厳しい声が飛ぶのだった。

「なにチンチン隠してんだ!!さっさと、椅子に両手をついて、ケツを出すんだ!!おまえの折檻が終わるのを、兄ちゃんたちは待っててくれてんだぞ!!」

 その言葉に、もう泣きそうな義之は、とまどいながらも、バーバーチェアに両手をつき、ケツを後ろに突き出すのだった。

 学ラン上着とシャツのすそから、恥ずかしそうにその双丘をのぞかせる義之のケツ・・・。それを見て、研修生たち、そして、ケツを出すよう命令した青木オヤジも、息をのむ・・・。義之のケツには、石井先生に竹刀で打たれた痕が、赤紫色にクッキリと三本残っていた。

「これが吉田先生の指導か・・・」

 息子・義之の裸のケツをみて、青木オヤジの息子を折檻しようとする決意が揺らいでくるのだった。青木オヤジは、整髪にくるやんちゃな中学生たちが口にする「吉田のケツ竹刀は容赦ねぇーからなー」とか「池永のケツ竹刀って、もう鬼ッスよ・・・一発だけでもう2,3日座れないっスから・・・」との言葉が、必ずしも大げさでなかったことを初めて知るのだった。

 一番年長の研修生・前田は、義之と同じ市立三中出身。吉田先生と池永先生の厳しいケツ竹刀指導のことはよく知っていた。そして、「おやっさん、今夜、よし坊のケツ叩くのむちゃですよ・・・」と思うのだった。

 一方、二番目に年長の研修生・谷口稔の視線は、別の方向を向いていた・・・。そして、なにを考えているのか、顔は耳までまっかっかであった。

「よし坊、かわいい顔して、しっかりチン毛はえそろってんじゃん・・・おやっさん、うちのオヤジと同じで、ケツ折檻のあと、あの毛をそっちゃったりして・・・フフフ」

 谷口稔のオヤジは、ケツ叩きだけでなく、ケツ叩きのすんだ後、必ず息子・稔のチン毛を剃ってしまうのだった。もちろん、本格派の床屋さんカミソリでである!!

「おめえみてぇなワル、ケツぶんなぐったくらいじゃ、きかねぇからな!!これからお前のチン毛をそってやる、いいか、これからおめえは、チン毛がもとに戻るまで、風呂にはいったとき、しょんべんするとき、自分のツルツルチンコをみて、今日仕出かした悪さのことを、よぉーく反省するんだ!!」

 それが、谷口オヤジが息子を仕置きする時の決まり文句だった。

 これは、谷口稔にとって、効果てき面のお仕置きだった。自分がツルツル君であることを思い知らされるのは、風呂に入ったときでも、しょんべんする時でもなかった・・・それは、ヤンキー仲間の女子と、不純異性交遊を楽しむときだったのである。

 ビンビンにおっ勃起して、戦闘準備万端の稔のジュニアをみて、

「チェッ!!稔、またオヤジにチン毛そられたのかよ!!ダッセェーー!!チン毛ツルツルのガキなんて向こう行け!!」

と、ヤンキー女子から口汚くののしられ、エッチ本番直前拒否をされた日にや、男の面目まるつぶれ、お家に帰って一人さびしくシコる元気さえなくなってしまうのである・・・。

 そんな谷口の回想はさておき、研修生・前田が、青木オヤジの躊躇している様子に気がつき、青木オヤジをとめようとしたその時だった。母屋の方から聞こえてきた声に、店にいた全員が驚くのであった。

「お父さん!!!義之君は、今日、学校で十分に罰を受けました!!義之君のお尻をみて、わかったでしょう!!許してやってください!!」

 そう言って母屋の方から店に入ってきたのは、青木義之の担任である石井良太先生だった。石井先生は、その日の夕方、自らの手でケツ竹刀の罰を与えた秋吉君、森田君の家庭訪問を済ませて、三軒目の青木の家へフォローのための家庭訪問をしにきたところだったのだ。

 息子の担任・石井先生の姿を見て、驚きながらも、青木オヤジが石井先生に投げかけた言葉は辛辣だった。

「どうせ、吉田先生か池永先生にやってもらったんでしょう!!石井先生!!息子の父兄としてひとこと言わせてもらえりゃ、アンタにも、普段からもっと息子のこと厳しく指導してほしかったんですよ!!そうすりゃ、うちのバカ息子だってすこしはマシに・・・」

「うわぁ〜〜〜ん!!!とうさんのバカ!!!石井先生のこと悪くいうな!!」

 父親の石井先生への批判めいた言葉に、義之が堰を切ったように泣き始め、尻丸出しのまま、父親にむかっていくのだった。

「なにを!!生意気な事いうんじゃねぇ!!!このバカ野郎!!」

 いまにも息子を殴ろうとする青木オヤジの権幕に、まわりの研修生たちはとめにはいるのだった。

「バカなのはとうさんの方だろ!!今日、ボクのお尻を叩いたのは、吉田先生でも池永先生でもない!!石井先生なんだ!!」

「えっ!!」

 その言葉に、驚いたように、石井先生の方をみつめるのは、青木オヤジだけではなかった。まわりの研修生たちも全員、石井先生のことをみつめるのだった。自分たちの前に立つ、色白で長髪の、ナヨッとした風貌の男が、中三男子のケツを竹刀で打ちすえたとは、にわかに信じ難かったのである。

「いやー、そうだったんですか!!だったら、もっと早くいってくれたら・・・あんな失礼なことは・・・」

 青木オヤジの石井先生に対する態度が180度ガラリと変わる。

「でもねぇ、先生、もうちょい早く、今日のような厳しい指導をお願いしたかったですがねぇ・・・父兄の一人としては・・・」

 青木オヤジのその言葉に複雑な表情を浮かべる石井先生。しかし、すぐさま意を決したように、

「今晩はお願いがあって来ました。今回のことはボクの指導不足にも責任の一端があったと思います。お店が休みのところ、恐縮ですが、ボクの頭を、義之と同じ髪型にしてください!!!」

と言うと、石井先生は、バーバー青木の店長、青木義介にペコリと頭を下げるのだった。

 石井先生のその唐突な申し出に、一瞬、静まり返る店内。

「先生・・・先生のせいじゃないよ・・・グスン・・・」

と、青木義之。

 しかし、

「おめえは黙ってろ!!」

と、青木オヤジが一喝する。

 そして、青木義介は、

「いいんですか、先生?このバカ息子と同じ髪型ってことは、五厘ですぜ!」

と、石井先生の決意を試すように問うのだった。

「はい。お願いします。」

 石井先生のその返事に、青木オヤジは、男気を感じる。根っからの職人である青木オヤジが男気を感じた時、青木オヤジの辞書に「休日」の二文字はなくなるのだ。

「よし!!じゃあ、さっそくやりましょう!!お代はいただきませんよ!椅子にどうぞ!!」

 そして、石井先生が遠慮しながらバーバーチェアに座ると、青木オヤジは、バーバー青木の二代目になるはずの義之に、

「バカ野郎!!いつまでフルチンのままでいるんだい!!パンツとズボンはいてケープ持ってきな!!」

と命令するのだった。

 義之は、戸惑いながらも、

「は、はい・・・」

と返事をして、研修生・前田からバーバーケープを受け取って、石井先生の肩にかけるのだった。バーバー青木のバーバーケープは、古典的だが、一番衛生的な真っ白なケープであった。

 そして、店内に、床屋ならではの交流式電動バリカンの音が鳴り響く。男の断髪式にはやっぱり電気コードがある交流式バリカンだ。家庭用充電式スキカル君でのお手軽断髪式ではダメなのである。

 折しもその日は、若手理容師たちのために「ブロースカット研修会」。丸刈りもそれに含まれる。たかが丸刈り、されど丸刈り。五厘刈りなど3ミリ以下の丸刈りは、理容師の技量がその出来に如実に反映するのである。若手理容師たちにとっても、店長・青木義介の五厘刈りテクを見ることは勉強になるのであった。

 ウィ〜〜〜ン!!!

 さすが店長だ。石井先生の長髪に直接バリカンを入れて丸刈りにしていく。ベテラン理容師ならではある。

 一方、バーバーチェアに座って「断髪式」に臨む石井先生。電動バリカンが自分の頭の上をなめらかに移動していくのを感じながら、ジッと両目を閉じて、考えていた。

「僕は、本当に、義之たちのことを思って、彼らの尻を叩いたのだろうか・・・いや、違う・・・あれは、ボクの見栄だったんだ・・・いつもボクのことを『しろうるり』とバカにしている吉田先生や池永先生たちの前で、いいとこみせたいだけだったんだ・・・ああ、なんてことをしてしまったのか・・・生徒に暴力をふるってしまうだなんて・・・ボクはもう、教師としての資格などないのかもしれない・・・」

 さすがバーバー青木の店長。石井先生のあの長髪をあっという間にきれいなクリクリの丸刈り頭に仕上げていくのだった。

「先生、終わりましたよ・・・丸刈り、似合いますね!!おみそれしました。」

 店長のその言葉に、どこか悩んだような表情を浮かべながら、

「ありがとうございました。」

とだけ短く礼を言う石井先生。

 「反省の断髪式」を終え、店長、そして、義之に見送られて店を去る石井先生の表情は、依然、硬いままだった。

 

二十、宿直室の夜は更けて 1980

 生徒と教師が帰った夜の校舎。その校舎の中で、一室だけ、明かりが灯った部屋がある。それは宿直室だった。

 現在、夜間の学校校舎警備は、警備会社に委託するのが一般的である。しかし、当時はまだ、その学校に勤める男性教諭たちが順番で夜の校舎に泊まり込みその任に当たっていた。いわゆる宿直当番である。そして、宿直当番の男性教諭が学校で一晩を過ごす、その場所が宿直室なのである。

 3Bの木村君や3Cの青木君がケツ竹刀を受けた日の晩、宿直室には、もう一人、じっくりと反省しなければならない男がいた・・・。

 赤ジャージ、そして、上半身はTシャツ姿で宿直室の畳の上に正座させられている新人体育教師の近藤先生。背筋をピンと伸ばし、さきほど放課後まではいていた自分の白ブリーフの腰ゴムを両手で拡げて持ち、そのフロント部を顔の高さのところに掲げていた。

 その日の当直、先輩体育教師の宮本先生の命令で、近藤先生は、己の白ブリーフのフロント部にベットリとついたクリーム色でゴワゴワ染みをみつめながら、体育科控室で己のしでかした淫行について、じっくりと反省中であったのだ。

 一方、宮本先生は、ラジカセから流れるお気に入りの曲、岩崎宏美が唄う「熱帯魚」を聴きながら、畳の上にあぐらをかき、教育雑誌「月刊 たのしく鍛える体育実技」のページをペラペラとめくっていた。

「ったく、センズリおぼえたての中学生だって、学校じゃシコらねぇだろ・・・なぁ、どう思うよ・・・近藤先生・・・・」

(太朗注:シコる・・・男性が一人エッチに興じること。)

「は、はい・・・つ、つい、ガマンできなくて・・・」

 真っ赤な顔でそう答える近藤先生。さすがに、「自分は中学生の時、学校のトイレでよくシコってました!」とは言える雰囲気ではなかった・・・。まだまだ若い近藤先生は、シコることを考えただけで、愚息の鈴口からは先走りの透明粘液がほとばしる・・・・。赤ジャージの下の、さっきはきかえたばかりの白ブリに、先走りの染みがもうついてしまっていた。

 反省の正座は、もう一時間以上に及んでいた。顔の前に掲げた青臭い白ブリを持つ両手が、そろそろブルブルと震えだしていた。

「まあ、オレだったからよかったんだぞ・・・他の先生に見つかってたら、懲戒処分だ・・・」

 その日の放課後、校庭での大反省会を、体育科控室の窓をこそっと開けて覗き見し、右手をジャージの中に突っ込み、白ブリの上から己の男性自身をシゴキあげていたところを、たまたま戻ってきた宮本先生に見咎められてしまったのだった。

「は、はい・・・ありがとうございます・・・反省してます・・・」

「よし!!だったら、反省してますってところを、態度で示してもらおうじゃねぇか!!」

 そう言うと、宮本先生は、読んでいた雑誌を畳の上に置き、立ち上がると、座卓の引き出しの中に入っていたバリカンを取り出すのだった。

 しかし、そのバリカンを見て、正座している近藤先生は、

「えっ・・・ぼ、坊主だけは許して下さい・・・週末、おふくろがどうしてもって、見合いがあるんです・・・あっ、もちろん、断るつもりですけど・・・」

と許しを請うのだった。

「そうか・・・ウソじゃあるまいな・・・。」

「ウ、ウソじゃないです・・・どうしても坊主っておっしゃるなら、来週まで待ってください・・・」

「よぉし・・・そこまで言うなら、まんざらウソでもなさそうだな・・・でも、来週までなんて待てねぇな・・・おまえ、どうせ忘れちまうだろ・・・悪い野郎は、とっつかまえたとき、ビシッとお仕置きしとかないとな・・・特に、野郎って生き物は、忘れっぽいからな・・・」

「じゃ、じゃぁ・・・どうすれば・・・」

「そうだな・・・オレが出た大学の男子寮でもな、なんかやらかしちまった時は頭を五厘に丸めて先輩にわびを入れるのが普通だったが、すでに五厘の時や、就職活動の面接直前で五厘不可なんかの時は、代替手段があってな・・・」

「代替手段?」

「そうだ・・・バリカン不可の時は、T字カミソリってな!!」

「えっ・・・ま、まさか・・・チン毛ッスか?」

「ピンポ〜〜ン!!大当たりだ!!オレの大学の男子寮じゃ、風呂ん時、前なんか隠すヤツいねぇからよ・・・ツルチンのヤツは、すぐに反省中ってわかるんだよな・・・」

 そういうと、宮本先生は、ニヤニヤしながら、洗面所からシェービングホームとT字カミソリを持ってくるのだった。

 そして、後輩・近藤先生の正座を解くと、その場に立たせ、赤ジャージをガバッと下ろす。

 近藤先生の「1A 近藤」と黒色油性極太マジックで記名されたブリーフが、宮本先生の目の前に晒される。宮本先生は、近藤先生の記名入り白ブリを見てニヤリとする。
 
 これは、池永先生の指導の下、中一の初めての体育の授業で行われる「パンツには正しくクラス名と苗字を記入しよう!!」オリエンテーションの手本を示すために、近藤先生の白ブリにオンネームされたものである。

 オンネーム白ブリのモデルのお兄さんは、一番後輩の体育教師の役割だ。近藤先生が市立三中に着任するまで、宮本先生が「1A 宮本」とモデルのお兄さんだったのである。

 それはさておき、宮本先生は、さらに、近藤先生のパンツの腰ゴムをムンズとつかむと、ガバッと遠慮なく、近藤先生の膝のあたりまで、近藤先生がはいていた白ブリをずり下げて、近藤先生をフリチンにしてしまうのだった。

 宮本先生は、目をギラギラさせながら、フリチンになった近藤先生の股間に、シェービングホームをぬりたくり、T字カミソリで手際よく、近藤先生を「ツルチン君」にしてしまうのだった・・・。

 近藤先生のツルチン君は、その風貌には似合わず、ちょっとかわいいホーケー君。それでも、宮本先生から股間を十分に刺激され、皮被りのまま、屹立し、ドクン、ドクンと脈を打つ。

 それを見た宮本先生は、ニヤニヤ笑いながら、

「おめえの息子、元気いいなぁ。おめえ、やっぱ、見合い、断わらねぇ方がいいぞ・・・おめえのようなやんちゃエロ坊主は、早く、嫁さんもらって、しっかり管理してもらうんだな!!」

と言い、近藤先生のツルチンホーケー君を、右手中指で、ビコ〜〜〜ン!ビコ〜〜〜ン!とはじくのであった。

 宮本先生の言葉を聞きながら、

「えっ・・・そ、そういう問題じゃ・・・で、でも、管理って言葉、オレ好きっす・・・」

と思いながら、近藤先生は、顔を赤らめるのであった。

 一方、宮本先生は、宿直室・常備の「布団叩き」を用具入れの中から取り出してくる。もとより、その布団叩きは、宿直室の男臭いせんべい布団を干した時に、叩いて、埃を掃う時のものだった。

 宮本先生は、

「反省を確固たるものにし、二度と、学校で淫行などしないよう、仕上げのケツ一発だ!!そのまま、ここへ来て、ケツを出せ!!」

と、近藤先生に命令するのだった。

「ふっ、布団叩きッスか・・・それだけは、勘弁してほしいッスよ・・・あれは鬼痛ッス・・・自分がガキのころは・・・」

 そう言いかけて、近藤先生は、ポッと頬を赤らめるのだった。

 もちろん、宮本先生には、図星だった。

「おめえ、いくつまで、ねしょんべんこいてたんだ?」

「えっ?ず、図星・・・」

「あたりまえだろ!!ねしょんべんの罰は、布団叩きで、ケツをバシッ!!って相場は決まってるんだ!!」

 もちろん、それは、宮本先生の子供の頃の経験からである。寝小便をこいてしまった日の朝は、フルチンのまま、布団がかわくまで、布団とパンツを干した隣で立って反省だった。そして、オヤジさんが布団の埃を掃う時、その布団叩きがそれて、宮本先生の生ケツにバシッと飛んできたのである!!

「あっ・・・そうか・・・」

 そうつぶやく近藤先生に、宮本先生は、

「で、いくつまで寝小便こいてた?」

「しょ、小5ッス・・・」

と答え、顔をさらに赤らめる近藤先生。

 そんな近藤先生に、宮本先生は、「勝ったぜ・・・オレは、小4の時までだ・・・フフフ」と思い、態度には出さねど、心の中でガッツポーズを決めるのであった。

 そして、宮本先生は、厳しく、

「甘ったれるな!!こっちへ来い!!」

と、近藤先生に命令するのだった。

 近藤先生は、まるで子供の頃に戻ったような「ツルチン君」を晒しながら、

「は、はい・・・」

とガックリと肩を落として、宮本先生のところへとやってくる。そして、宮本先生の指示に、さらに顔を赤らめるのであった。

「さあ、オレの膝の上でケツを出せ!!」

「膝上ッスか・・・じ、自分、もうガキじゃないッスよ・・・」

「バカモン!!センズリ一つ、ガマンできんとは、ガキ以下だ!!さあ、オレの膝の上でケツを出すんだ!!」

 近藤先生は、宮本先生のその言葉に、あきらめたように頷くと、己のツルチンを、近藤先生があぐらをかく膝の上に乗せて、ケツを天井へと突き出すのだった。

「よぉし!!反省を確固たるものにする仕上げのケツ一発!!行くぞ!!」

 宮本先生は、右手に握った布団叩きを高くかかげて、自分の膝上で、天井に上向けてプリッ突き出された近藤先生の青年雄尻に狙いを定めるのだった。

バッチィ〜〜〜ン!!!

「ぎゃぁ〜〜〜!!いってぇ〜〜〜!!」

 布団叩きは、近藤先生の生尻に、エクストラ・ハード・ランディング!!近藤先生は、すぐさま、飛び上がるように、宮本先生の膝上から起き上がると、両手でケツを押えて、畳の上で、ピョンピョンと飛び跳ねるのであった・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「反省を確固たるものにする仕上げのケツ一発!!か・・・宮本先生、あいかわらず、気合入ってるよなぁ・・・」

 そんな宿直室での一部始終を覗き見している男子生徒が一人いた・・・3Aの中村大悟だ。

 宮本先生は、市立三中において、一番の人気体育教師であり、男子生徒にも人気が高かった。そして、宮本先生が宿直当番の時は、男子生徒が、よく、宿直室まで、いろいろなことを相談しにやってきたものだった。

 その晩も、エロいことばかりついつい考えてしまい、思うように受験勉強がはかどらないことを宮本先生に告白し、励ましのケツ平手打ち一発バチン!!を求めて、大悟が、宿直室の宮本先生のところを訪ねてきていたのだ。しかし、近藤先生という先客がいて、外から、中の様子をそぉっと覗き見ていた大悟だったのである。もちろん、大悟の股間は、ビンビンにテントを張っていたことは、いまさら述べるまでもない。

 そんな大悟もお仕置きが必要なのかもしれない。しかし、それはまた別のお話であろう。

 そして、大悟が中にいる先生たちに気づかれないように宿直室の窓から離れようとしたその時だった・・・。

「あれ?ピアノの音が・・・・」

 宿直室にしか人のいるはずもない静まり返った校舎から聞こえてくるかすかなピアノの音色。

 大悟は思わずブルッと身震いし、

「やばい・・・圭悟兄ちゃんがいっていた『音楽室のよし子』さんの幽霊かも!!!」

と言うと、小走りにその場から離れ、校外へと帰っていくのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 近藤先生を先に帰して、宿直室でひとり教育雑誌の続きを読み始める宮本先生。深夜ラジオからは、谷山浩子の「カントリーガール」が流れてくる。
 
(太朗注:谷山浩子の「カントリーガール」・・・1980年3月21日にリリースされたオリジナル・シングルバージョンの方です。https://www.youtube.com/watch?v=ahI3jOiSIfs )

 しかし、一人になってみると、本能的に感覚が鋭敏になるのか、ちょっとした物音でも気になるようになる。

「あれ・・・なんだ・・・上から音が・・・気のせいかな・・・宿直室のすぐ上は音楽室だよな・・・こんな時間に人がいるはずねぇよな・・・」

 そうつぶやきながら、ラジオのボリュームを下げる宮本先生。

 そんな時に限って、もうとっくの昔に忘れてしまっていていいはずの女子生徒たちのぺちゃくちゃ話を思い出してしまう。男子生徒には、ケツ平手打ちでビシッと厳しい宮本先生も、女子生徒にはめっきり弱く、昼休みのたわいのないおしゃべりにつきあわされてしまうことが多かった。特に、女子生徒たちのおしゃべりからなかなか抜け出せず、体育科の職員会議に遅刻して、池永先生に睨まれたときは、「やっべぇ・・・マジでケツ竹刀されそう・・・」と思ったものだった。

 その女子生徒たちのおしゃべりの一つに、「トイレの花子さん」「理科室の慶子さん」「音楽室のよし子さん」という当時流行していた三大学校怪談話があったのである。

 この手の怪談話には、結構ビビりな宮本先生は、

「やっべぇ・・・もしかしたら『音楽室のよし子さん』かも・・・近藤先生がいれば、見に行かせたんだけどな・・・あのエロ教師、もうちょい、正座させときゃよかったぜ・・・」

 そう思っている間にも、直上の音楽室から聞こえてくる物音は、自分の気のせいではないことがわかってくるのだった。

 宮本先生は、ラジオのスイッチを切ると、校庭側に出て、音楽室の方を見上げてみる。真っ暗な音楽室。灯りはついていなかった。

「おかしいな・・・ピアノの音も聞こえてくるぞ・・・しょーがねぇーな・・・見回りにいってくるか・・・」

 そうつぶやきながら、宮本先生は、懐中電灯を持って音楽室がある校舎2階へと行くのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 電灯もついていない音楽室。しかし、外から差し込む月明かりで、ピアノの白鍵は、青白く光ってはっきりと見える。

 ピアノの前に座る丸刈り頭の石井先生。太陽の下では、五厘頭は、青く見えるが、月光の下では、黒く見える。色白の石井先生の額とのコントラストが際立っていた。

 ピアノの前で大きく深呼吸する。今晩なら弾けるような気がした。大学生のとき、決勝戦で敗れた帝都経済新聞社主催「全国男子学生ピアノコンクール」の第三課題曲:ベートーヴェン作曲 ピアノソナタ第17番 ニ短調 「テンペスト」第三楽章を・・・。
 
(太朗注:ベートーヴェン ピアノソナタ第17番「テンペスト」より第三楽章を丸刈りのピアニストRNさんの演奏でどうぞ!! https://www.youtube.com/watch?v=mekvupBBzko )

 深夜の音楽室に響き渡るピアノの音色。もう石井先生を邪魔するものはなかった。決勝戦のあと漆原公平君から投げかけられた辛辣な言葉(太朗注:第八節参照)も気にならなかった。石井先生はもう決心がついていたのだった・・・。

 月下独弾

 約7分間の演奏が終わると同時にパッと音楽室の蛍光灯がつく。ギョッとする石井先生・・・。

「石井先生ですか?宿直室に一言声掛けしてくれないと・・・」

 宮本先生の声にハッとして立ち上がる石井先生。音楽室の入り口の扉のところに懐中電灯を持って立っている宮本先生。

 立ち上がった石井先生をみて、今度は、宮本先生が、ギョッとする番だった。

「すいませんでした・・・」

 申し訳なさそうに頭を下げる石井先生。その頭は五厘刈りだった・・・。

「せ、先生・・・その頭は・・・」

「今回の整髪証明書不正のことは、自分の監督不行き届きだと思っています・・・だから、ボクも、生徒たちと同じく、頭を丸めました・・・・」

「せ、先生がそこまでしなくても・・・・で、でも、先生の愛のムチ、ナイスでしたよ!!これからは先生にもあのくらい厳しく指導してほしいです。」

「あれは愛のムチではありません!!」

 石井先生の強い語気に、再び、ギョッとする宮本先生。

「そ、そうですよね・・・竹刀でケツを殴るのはちょっとやりすぎだとボクも常々思ってました。どうですか、ケツ平手打ちはいいですよ。教師の愛情が直につたわりますからね・・・バシィッって・・・池永先生なんかはバカにするけど、平手打ちってのも案外難しいもんなんです。弱すぎると、アイツら教師のことなめてかかりますからね。ちょっと痛くしてやらないと・・・ケツに平手の痕がクッキリつくくらいがちょうどいいんです。」

「い、いや、でもボクは・・・・」

「遠慮しないで下さいね。お望みならば、ボク、先生に直接、指南しますよ。ケツ平手打ちの極意を!!」

「ありがとうございます・・・で、でも・・・今晩は本当にすいませんでした・・・宿直室に寄らずに勝手に学校に入ったりして・・・今晩はこれで失礼します・・・」

 そう言って、話を打ち切るようにして音楽室から出ていく石井先生に、ちょっとムッとする宮本先生。しかし、石井先生の後姿を見ながら、ニヤッとして、

「フフフ・・・明日が楽しみだな・・・吉田先生や池永先生、どんな顔するんだろうか・・・」

とつぶやくように言うのだった。

 
 翌朝、出勤した石井先生は、職員や生徒たちの好奇の目に晒されながら、校長室へ行き「辞職願」を提出したのであった。 

 

< 関連スピンオフ 1981 兄貴もつらいぜ!!勧誘失敗 >

< 関連スピンオフ 1981 兄貴もついらぜ!!敗戦のロッカールーム 喧嘩なしバージョン >

< 関連スピンオフ 1981 兄貴もつらいぜ!!敗戦のロッカールーム 喧嘩ありバージョン >

 

二十一、盆踊り 1981 


 8月中旬。蒸し暑い夏の昼下がり。学校の校庭で行なわれていたテニス部の練習も、「日射病」予防のため、しばしの中断一休み。ある者は部室へと戻り、ある者は校舎の陰でそれぞれ自由に座って汗をぬぐって水分補給をしていた。

 そんな中、校舎裏の日陰のところで、テニス部顧問の宮本先生の怒号が響き渡る!!

「コラァッ!!おまえらそこでなにやってんだ!!!」

 宮本先生は身長170cm、今夏もテニス部の合宿や校内練習ににつきあって、小麦色に日焼けして、真っ白なテニスシャツから出る腕が太く逞しかった。テニス短パンも白で、その白短パンの下の白ブリーフの五角形のシルエットラインが、いつもよりもクッキリと観察できた。

「や、やべぇ・・・・逃げろ!!」

 そう言って、テニス部の中二男子部員と思われる生徒三人が、宮本先生が仁王立ちになっているところとは逆の方向に逃げ出すのだった。

「ワハハハハ!!おまえら!!今日は逃がさんぞ!!」

と、その三人の生徒たちが逃げていく向こうには、宮本先生と同じ白のテニス短パンをはいた近藤先生が仁王立ちで待ち構えていた!!

 近藤先生は、宮本先生よりも身長がやや高い175cm。宮本先生よりもやせたイメージだが、筋肉質の均整のとれた体躯。やはり小麦色に日焼けして、昨年度よりも精悍なイメージが増した。近藤先生と同じ白短パンの下にはく白ブリーフに、「1A 近藤」とオンネームされているのはご愛嬌。実際、当年度は、1年A組の正担任になっていた。

 ただ、昨年9月の「体育準備実ひとりH発覚事件」以来、宮本先生には頭が上がらず、今夏は、テニス部・部活動の副責任教師をやらされており、宮本先生同様、夏休み返上で、テニス部員たちのおつきあいだ。

「さあ、こっちへでてきて一列に並べ!!」

 校舎裏は、すぐ横が塀となっており、その塀をよじ登らない限り逃げ道はない。その三人のテニス部員は、すぐさま「御用」となったのである。

 逞しい両腕を胸のところで組んで厳しい表情をしてみせる宮本先生と近藤先生の前に、下をむいたままで、真っ赤になって並ぶ三人の中二男子生徒。

 もう名前を確認する必要はなかった。

 宮本先生にとっては、顔見知りの三人。担任クラスである2年B組の沢口康介、深沢稔、富田俊平の三人だったからだ。

 一方、近藤先生にとっては、彼らがはく白短パンの下にすけてみえる白ブリーフの記名をみれば、クラスと苗字は確認できた。三人ともまじめに「2B 沢口」「2B 深沢」「2B 富田」とオンネーム白ブリをはいていた。

「また立ちしょうべんしてたな!!」

「・・・・・・」

 無言で下をむいたままの三人。三人とも「やっべぇ・・・バレたか・・・」と思っていた。それもそのはず、三人はしょうべんをすませたばかりの時に御用になった。あたりに立ちこめるアンモニア臭で、そのことはあきらかだった。

「おめえら、犬じゃねーだんからよ。校舎にトイレあるだろうが!!」と近藤先生。

「戻るのめんどくさいし・・・校舎の中、すげー暑いし・・・」

「そ、それと、男子はみんなここで立ちしょんべんしてます!!ボクたちだけじゃありません!!」

「バカもん!!みんながやっているからって、おまえらもやっていいことにはならんぞ!!一学期に何度注意したと思っているんだ!!」と宮本先生が一喝する。

 いったい誰から始まったのかは定かではないが、校舎裏の立小便は、市立三中、1981年度(昭和56年度)一学期において、男子生徒たちの「流行」であった。

 もちろん、生活指導の吉田先生や池永先生が黙っているはずがない。

 前年9月の「整髪証明書不正事件」以来、よりいっそう厳格な生徒管理が必要とのことで、新年度4月より、吉田先生と池永先生の指導用・竹刀は、「鉄芯入り」にアップグレード。まだ特にやんちゃな一部の3年生男子に対してしかケツ竹刀指導はなさていない。そして、そのケツ竹刀指導受けると、身体を鍛えている運動部の三年生男子でさえ、一発でうずくまり、ケツをおさえてしばらく立ち上がれなくなる厳しさだった。

 当然、「校舎裏の立小便も見つけ次第厳しく指導する。」との通達が、職員全員に周知徹底されていた。

 男子のみとはいえ、鉄芯入り竹刀で中学生のケツを殴るなど、やりすぎにもほどがあると考えていた宮本先生は、吉田・池永両先生に捕まる前に、立小便させないようにするのがなにより大切と、自身が一番かかわっているテニス部員男子や中二の男子生徒たちには、一学期中より口うるさく、「用便は校舎内のトレイでしろ!!」と事あるごとに注意喚起してきた。そして、もちろん、宮本先生自身が生徒たちの立小便を見つけた時は・・・

「よし!!三人とも回れ右!!」

 もうわかっているのか、三人は、「あぁ・・・」と溜息をもらして、ちょっとがっくりしたように肩を落としながら、

「は、はい・・・」

と返事をして、回れ右をするのだった。

「よし!!三人とも中腰になってケツを出せ!!」

と宮本先生は、厳しく命令する。

「は、はい・・・」

 もう慣れているのか、沢口康介、深沢稔、富田俊平の2Bテニス部員三人組は、宮本先生の指示どおリ、中腰になって後ろにケツを突き出す。両手のひらは、それぞれの膝小僧の上だった。

「よし!!行くぞ!!一人一発ずつだ!!」

 そういうと、宮本先生は、彼ら三人の後ろで、腰を少し落としてふんばるように構えると、右腕をグッと高く後ろに上げて、彼ら三人の白短パンに覆われて、ブリーフラインもくっきり浮き出たプリっとしたケツを

バチィ〜〜ン!!

バチィ〜〜ン!!

バチィ〜〜ン!!

と、一発ずつ、平手で打ちすえていくのだった。

「いってぇ〜!!」

「いたい!!」

「ひ〜いってーー!!」

 平手打ちといっても、屈強な男性体育教師が、全体重を右腕先に集中して、力いっぱい叩く、渾身の一発だ。

 叩かれた沢口、深沢、富田たちは、三人とも、両手でケツを必死でさすっているのだった。そして、再び整列した時、ケツはボワァ〜〜ンと温かく、しかし、かすかに痛みも残って、まだまだケツをさすっていたいそんな感じなのである。

「いいか!今日、家に帰って風呂に入る時、おまえらのケツを鏡でじっくりみてみろ!先生の手形がピンク色に残っているはずだ!!それをみて、今日、校舎裏で立小便してしまったことをじっくりと反省するんだ!!」

「はい・・・」「はい・・・」「はい・・・」

 たしかに、宮本先生の平手ケツ打ちの強さは、短パンと白ブリーフにおおわれたケツを一発叩かれて、その日の晩まで先生のピンク色の手形が、まるで判子でも押されたようにケツにクッキリと残るほどの強さだった。

 宮本先生は、自分の前に立つ三人の2B生徒たちをにらみながら、両掌をさかんにすりあわせていた。これだけの強さで運動部の中学生男子のケツを叩くと、叩いた先生の手のひらも痛くなってしまうのだ。特に、新学期以来、吉田先生や池永先生に目をつけられる前の予 防が大切と、宮本先生の平手打ちもやや強めにしてきた経緯があった。

 そんなわけで、一日、十人の中二男子生徒のケツを平手打ちをしたときは、さすがに、手のひらの皮下からポツポツと内出血するほどの負担が、手のひらにかかっていた。中学生男子のケツともなれば、それを懲戒のために叩く側の先生も楽ではないのだ。

 まだ右手でケツをさすりながら、沢口、深沢、富田たちは、ちょっと反省したような表情をみせる。

 宮本先生は、この三人に、さらなる釘をさしておこうと、

「いいか!!今度、おまえら三人が、校舎裏で立ちしょんべんしていたら、先生は、おまらのチン毛を剃るからな!!冗談じゃないぞ!!覚悟しとけ!!」

と、もちろん冗談だが、そう宣言するのだった。

 三人とも、

「えーーー!!!やばい!!」

と、「チン毛」と聞いて恥ずかしいのか、頬を赤く染めるのだった。

「えーーーじゃないぞ!!三人とも前がツルツル君になるんだからな!!それを覚悟して立小便しろよ!!」と宮本先生。

 しかし、その言葉に、

「えっ!ツルツル君・・・そんなのヤダ!!」

と、いままで以上に真っ赤な顔になり大声を出した生徒がいた。
 
 三人の真ん中に立っていた深沢稔だった。深沢は、三人よりも背が低く、体格もまだ幼かった。クラス全体で並ぶときも、2B男子の中で、前から2番目だったのだ。

 宮本先生は、おどろいたように、深沢の方を見る。

「稔・・・いきなりどした?」

と聞いてくる宮本先生に、深沢は、無言のまま。クリクリッとした両目にいっぱい涙を浮かべているのだった。

「あっ!先生!!深沢のこと、傷つけちゃいました・・・」

と、気まずい顔で、となりの沢口が言うのだった。

「な、なんでだ・・・なんで、稔が傷つくんだ?」

と、状況がつかめず、あせる宮本先生。隣に立っていた近藤先生も心配顔だった。

 沢口とは深沢稔をはさんで反対側に立っていた富田は、真剣な顔で、深沢稔と宮本先生のことを交互にみながら、

「稔、まだチン毛はえてこないんです・・・それで、そのことがクラスの女子にもバレちゃって、ツルツル君って呼ばれているんです・・・」

と説明するのだった。

 第二次性徴における個人差は仕方がないこととはいえ、その説明が、深沢をさらに傷つけてしまったのか、富田が話し終ると、

「うわぁ〜〜〜ん!!!ボ、ボク、ツルツル君なんてやだ!!」

と言って、宮本先生の身体に抱きついてきて、宮本先生のちょうどみぞおちあたりに顔をうずめて、わんわんと泣き始めるのだった。

 これには、宮本先生もちょっと困ったような顔をする。しかし、後輩の近藤先生の手前、いつまでもそのままにはしておけんと、まるで幼子をなだめるような口調で、

「先生が悪かった・・・よし、よし・・・そう泣くなよ・・・チン毛はそのうちはえてくるから、心配すんな・・・」

 それを聞いて、深沢稔は、急に泣くのをやめると、真っ赤なクリクリの目で宮本先生の方を見上げながら、

「そのうちって、いつですか?」

と聞いてくる。

「えっ・・・そのうちっていうのはだな・・・そのうちだ・・・」と宮本先生も口ごもる。

 そんな先生の返答に、深沢稔は、

「もう一生、チン毛はえてこないかも・・・うわぁ〜〜ん!!」

と言って、再び、泣き始めるのだった。

「あー、わかった、わかった・・・おまえが心配なのはよくわかったから・・・もう泣くな・・・そんなに泣くと、女子部員に気づかれるぞ・・・」

「えっ・・・」

 再び、急に泣くのをやめる深沢稔。最後のは、ちょっとウソ泣きのようだった。

 それに気がついた宮本先生は、「こいつ・・・甘えやがって・・・」と思い、ちょっとからかうつもりで、

「よし!!そんなに心配ならば、先生がチン毛によく効くおまじないをしてやる!!」

と言うのだった。

「えっ!!ほんと?」

「先生はウソなんて言わないぞ!!おまじないしてほしいか?」

「は、はい!!」

「よぉ〜〜し!!じゃあ、さっきやったみたいに回れ右してケツを出せ!!」

「えっ?」

とちょっと困ったような顔をする深沢稔。

「えーーまた!?」

と、沢口と富田は、半分笑いながらあきれた調子で言うのだった。

 これには、近藤先生も苦笑い。

「先生、冗談きついッスよ・・・」

と思うのだった。

 しかし、深沢稔は、真剣な顔つきで、

「お願いしまーす!!」

と言うと、くるっと向こうをむいて、中腰になり、ケツを出すのだった。その白短パンのケツは、沢口、富田のケツより二回り以上小ぶりにみえた。下にはく白ブリもまだ小学生用なのかもしれない。

 宮本先生は、

「よし!!稔!!行くぞ!!」

と言うと、さっきよりはすこしやさしめだったが、右腕をグイッと高くあげて、それを深沢の小ぶりな白短パンのケツめがけて、

バチィ〜〜ン!!

と振り下ろすのだった!!

「いってぇ〜〜!!」

と言って、中腰の姿勢から立ち上がると、ピョンピョン飛び跳ねながら、両手でケツをさする深沢。

 しかし、深沢稔は、すぐ真剣な顔つきに戻って、いま自分のケツを平手打ちした宮本先生の顔をジッとみつめて、

「先生・・・いつはえてくるんですか?チン毛・・・」

とさっきと同じ質問を繰り返すのだった。

 宮本先生は、今度は自信を持った顔つきで、

「心配するな!!明日の朝までには生えてくる!!」

と言ったのだった。

  深沢は、宮本先生の自信をもった態度に、ちょっと安心したように、

「はい!!ありがとございました!!」

と言って、ぺこりと頭を下げるのだった。

「よし!!そろそろ練習再開だ!!校庭の方へ戻りなさい!!」

と宮本先生。

「はい!!」

と元気よく返事をして、テニス部員たちがいる中へと戻っていく三人だった。

 三人の男子生徒たちの後ろ姿を見送りながら、近藤先生が、

「あんなこと言っちゃって大丈夫なんですか?」

と宮本先生に聞いてくる。

 宮本先生は、自信ありげな表情をくずさず、

「あたりまえだ!!」

と言う。

 それでも、

「も、もし、深沢のチン毛が明日の朝までに生えて来なかったら、どうするんですか?」

とくいさがる近藤先生。

「そんときは、オレは、アイツと同じくツルツル君になって、アイツと一緒に銭湯に行く!!そして、堂々とフリチンになって、チン毛がはえていないことなんてちっとも恥ずかしいことではないって、アイツに教えてやるんだ!!近藤先生、そんときは、オレのチン毛を剃ってくれ!!」

と言うのだった。

 近藤先生は、宮本先生の真剣なその返答に、ちょっと戸惑いの表情をを浮かべながらも、

「は、はい・・・そ、それは別に構わないッスけど・・・」

と言って、部員たちのいる校庭の方へと戻っていくのだった。

 そんな2B男子と宮本、近藤両先生の様子を、少し離れたところから、微笑ましく眺めている丸刈りの先生がいた。その先生の視線に気がついた宮本先生は、ニコニコと笑いながら、

「やあ、石井先生!!いらしたんですか!!だったら、声をかけてくだされば・・・みずくさいなぁ・・・」 

と言って、校舎通用門のところに立っている石井先生の方へ近づいていくのだった。

「一言ご挨拶と思って・・・それと今夜、もしご都合がよろしければ、お願いします!!」

「ええ、もちろん、浴衣に着替えて、参加させてもらいますよ!!楽しみにしてますから!!」

「ありがとうございます!!」

「でも、先生がいなくなっちゃうと、ほんとさびしくなるなぁ・・・」

「ありがとうございます・・・でも、これがベストだったと思っています・・・二学期からボクのかわりに、一中で音楽の非常勤講師をしている山上先生が、専任として転任されてくるそうで、それも安心しました・・・。」

「ええ、教頭からその話は聞きました。もう少しながく先生には三中にいてもらえると思ったんですけど・・・決まったからには仕方ないですね・・・・終業式の日にも言いましたが、2Bの副担任をしてくださってありがとうございます。あっ、それから、音楽コンクールの方、2位入賞、おめでとうございました!!」

「い、いや・・・お恥ずかしいです・・・でも、音楽部のこと、最後まで面倒見てやれたんでよかったです・・・それでは、今夜の準備がありますので、これで失礼します・・・」

 そう言うと石井先生は通用門の外へ出ていくのだった。石井先生の後姿は、1年前、「しろうるり」と呼ばれていたころとは見違えるようにたくましくなり、白の半袖開襟シャツからでている両腕は、宮本先生にも負けず劣らず、浅黒く日焼けして、太く逞しかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「大悟さん・・・卓のことお願いしますね・・・卓ったら、大悟さんの背中におぶんされるのが、一番、安心するみたいで・・・」

 一歳になろうとしている山崎卓の母親であり、中村家の家政婦でもあるキミさんが、大悟の背中に、ベビーストラップにのせられた卓のことを託すのであった。

「うわぁ!!コイツ、重くなりましたね・・・」

「大悟さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫ッス・・・ラグビークラブで鍛えてますから。卓のことはボクにまかせといてください。ボクもいくけど、キミさんは、おふくろと盆踊り楽しんできてくださいね!!踊るんでしょう?」

「えっええ・・・奥様にゆかたを新調していただいたんです・・・だから、今夜は、そのお披露目に・・・雨ふらなくて、ほんと、よかったわ・・・」

 家政婦キミは、女性らしくちょっと頬を赤らめながらも、早く盆踊りに行きたいわオーラを、ビンビンに漂わせていた。

 その時、玄関のチャイムがピンポーンとなるのだった。

「あっ、キミさん出なくていいですよ・・・きっと、アイツらだから・・・」

 そう言って、玄関の方へと行く中村大悟。その後姿をみて、キミさんは、

「大悟さん、高校生になって、すごくたくましくなったわね・・・」

とつぶやくのだった。

 玄関の扉をあけると、そこには顔見知りの二人が立っていた。つい五か月前まで一緒だったのに、もう何年もあっていないような懐かしい感じだった。

「こんばんわ!!だいちゃん!!久しぶり!!いつもうちの床屋利用してくれてありがとう!!高校生になると美容院にいっちゃう男の子多いんだよね!!」と青木義之。

「あーーー、だいごちゃーん!!おひさー!!あたいもさそってくれて、さんきゅー!!」と、市立三中、随一のカマキャラ男子だった元3年D組の小山修一だった。

 青木も小山も、県立工芸高校へ進学。将来、青木は父親と同じく理容師に、小山は、カマキャラ・カリスマ美容師になって、東京・南青山に自分のお店を開くことが夢だ。

「オッス!!二人とも久しぶりだな!!さあ、盆踊りに行こうぜ!!三中の校庭だったよな!!」

「もーーー、だいごちゃん、しばらく見ないうちに、たくましくなっちゃってーーー、もしかして、お兄ちゃんと同じ野球部だったり?」

「いや、ガキの頃から通ってるラグビークラブでラグビーはやってるけど、高校の部活は、数学・パズル・電子計算機研究部なんだ・・・」

「えっ、数学・パズル・・・さすっがーーー県立一高ね。部活の名前からしてむずかしそー!!」

「学校では、スパ電研って呼んでるんだぜ!!」

「スパ??ますますわかんなーい!!キャハハハ!!」

 その笑い声に、大悟の背中にいる卓も目がさめたのか、「キャハキャハ、バブブブゥ・・・・」と声をだし、手足をバタバタさせる。

「あっ、卓君、大きくなってね・・・。もうすぐ歩けるようになるね!!」と義之が、大悟の背中の卓をあやすようにして言うのだった。 

 そんな三人を、キミさんが、後ろからあわてて呼び止めるのだった。

「大悟さーん!!万が一のために、これ持って行ってください。卓のおしめです・・・盆踊り会場で、おもらしして、泣き止まないとたいへんだから・・・」

「わ、わかりました・・・・」

「あっ、大悟さん大丈夫かしら・・・卓のおしめ、とりかえたことあったかしら?」

「えっ、そ、それはまだ・・・」

「大丈夫でーす!!あたい、昔、弟の修二君のおしめ毎日とりかえていたから、やり方しってまーす!!あたいの親、もう家族計画めちゃくちゃで、弟の修二君、今年、小1になったばかりなんでーす。キャハハハ!!!」と小山修一。

「そう、それは安心だわ・・・じゃあ、頼みますね・・・」

 そういうと、キミさんは、早く盆踊りに行きたいのであろうか、家の離れの方へと小走りで戻っていくのだった。

 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 懐かしい市立三中の校庭。すでに盆踊りは始まっており、中央のやぐらの上では、半被に鉢巻き姿の石井先生が、太鼓の撥を握っていた。すでに市立三中を自己都合により退職することが決まった石井先生。中学校がある街の住民たちに、いままでお世話になった最後のお礼にと、盆踊りの太鼓を叩くことを引き受けたのであった。

 そして、その下では、キミさんをはじめとするその地域の住民たちが、浴衣姿で、盆踊りに興じていた。市立三中の生徒や、OB・OG、そして、宮本先生をはじめとする三中の教師の姿も何人かみられた。

 薄暗くなって、昼間の蒸し暑さはうそのようだった。秋の訪れは早いのだろうか。提灯にきれいに彩られた三中の校庭には、いくつかの露店も出ており、卓をおぶった大悟たちは、それらの露店をのぞきながら、石井先生が打ち鳴らす、太鼓の音を聞いているのだった。

「あっ・・・圭悟・・・あれ、おまえの弟じゃないか・・・」

「赤ん坊、おぶってるぜ・・・それにしてもムッチリしたいいケツしてんなぁ、おまえの弟・・・ほんと、野球部じゃなくて惜しいよな・・・」

「ま、まあなぁ・・・」

「ちょっと、からってやるか・・・」

 そういうと、圭悟が止めようとする間もなく、圭悟の県立一高・野球部仲間の森と丸山が、大悟たちの方へと近づいていくのだった。

 圭悟同様、森と丸山は、真っ黒に日焼けして、クリクリの坊主頭の浴衣姿。お約束通り、一回戦負けに終わったものの、夏の地方大会を無事乗り切り、部活も引退となっていた。

バッチィ〜〜ン!!

「いってぇ〜〜!!誰だよ・・・赤ん坊おっぶってんだぞ!!あぶねーな!!」

 ケツをいきなり平手で強襲され、ケツをおさえながらも、びっくりして後ろをむく大悟。

「あっ・・・やっべぇ・・・あんまり会いたくない人たちだ・・・」

と思う大悟。

 大悟が県立一高に入学して以来、森と丸山は、大悟に会うたびごとにケツをバチィ〜〜ンと平手打ちして、「なんで、おまえ、野球部にはいらなかったんだよ!!圭悟の弟のクセに生意気だよ!!」とちょっかいを出してくるのであった。

「オッス!!」

「オッス!!」

と大悟に挨拶して、ニタッと白い歯を出して笑う森と丸山。その向こうに、兄貴の圭悟がいるのも目に入ってくる。

 大悟は、「チェッ・・・この三人、いつも一緒だよな・・・」と思いながら、

「チワッス・・・ケツ叩くの、いいかげん、やめてくださいよ・・・いまは卓をおぶってるんですから・・・」

と口をとんがらせて、二人に言うのだった。

 そんな大悟の態度にはおかまいなし、森に続き、丸山も、

「おまえいいケツしてるから、かわいがってやってんだよ!!」

と言いながら、大悟のケツに

バッチィ〜〜ン!!

と一発平手打ちを見舞うのだった。

 大悟のケツの思わぬ堅さに、

「いってぇ〜〜!!」

と今度言ったのは丸山だった。

「おまえ、しっかり鍛えてるみたいだな・・・いまからでもおそくねー、野球部に入れ・・・主将の宮林にはオレたちから言っとくから。」

と、またもや大悟を野球部に勧誘する。

「もーー、この人たちしつこいなぁ・・・」

と思いながらも、圭悟の親友たちの手前、はっきりとは断れない大悟。

「ま、まあ・・・それはあとで・・・・」

とくちごもる。

 そのうち、背中の卓が、手足をバタバタさせながら、

「シッシィー、シッシィー」

と声を出し始める。

 大悟は、まもなく一歳になる卓がおぼえたその「語彙」のことを正しく理解できなかった。

 そして、

「なぁ・・・すぐる・・・うるさい人たちなんて、シッシィー、シッシィー、あっちへいっちゃへだよな・・・おまえは、オレの味方してくれてんだな・・・あんがと・・・」

と思うのだった。

 しかし、大悟の背中におぶわれた卓は、引き続き、手足をバタバタさせて、

「シッシィー、シッシィー」

と繰り返すのだった。

 それに気がついた青木義之が、

「ねぇ、大ちゃん・・・卓君、もしかして・・・」

と言う。

「えっ?」

と大悟。

 青木と同じく傍にいた小山修一が、

「すぐるくん、おしっこだよ・・・きっと・・・それかー、もうおしめの中でやっちゃてるかも・・・向こうに行っておしめとってみた方がいいよ・・・」

と言うのだった。

「おお・・・そうするか・・・」

 そう言って、大悟たちは、校庭の端の手洗い場へと行き、そこで卓をおろし、卓のおしめをとるのだった。

 寝かされておしめをとられ、すっきりしたのか、卓は、

「キャハハ、バブバブブゥーーーー。」

と声を出しながら、うれしそうに手足をバタバタさせている。しかし、卓のおしめはぬれてはいなかった。

 そして、また、天使のような笑みを顔に浮かべながら、

「シッシィー、シッシィー」

「シッシィー、シッシィー」

と何度も繰り返すのだった。

 そして、ついに、それをのぞきこんでいた大悟に、災難がふりかかる!!

 天使の笑みを顔にうかべながら、卓は、己の赤ちゃんチンポを、覗きこむ大悟の顔に向け、

「シッシィー、シッシィー、キャハハハ、バブバブブゥーーー」

と言うが早いか、覗きこむ大悟の顔に向け、シィーーーーーーーーー!!!と放尿して、あろうことか、大悟の顔に小便をひっかけたのである!!

「あーーー、コイツ、な、なにすんだ!!」

と、あわてて手で顔を覆う大悟。

 まわりでみていた小山と青木もあわてて、その場から身を引くように離れる。

 そして、後ろの方でみていた、圭悟と、野球部仲間の森と丸山は、大笑い。

「だっせー!!大悟のヤツ、赤ん坊に、しょんべんひっかけられてやんの!!」

「だっせー!!」

「なっ!なっ!!やっぱオレが言った通りだろ!!あんなダサい弟、野球部に入ったって、俺たちの足を引っ張るだけだって!!」

 そう言うと、圭悟は満足そうな顔をして、

「大悟のことはもうほっといて、向こうにある縁日の射的ゲームやりに行こうぜ!!オレ、あのドラえもんの貯金箱ほしくてさー!!」

と言って、森と丸山を誘うのだった。

「おお!!」

「おお!!」

と言って、大悟たちからは離れていく圭悟と圭悟の友達たち。

 大悟はほっとしながらも、真っ赤な顔になって、キミさんからあずかった卓のあたらしいおしめで、顔をふきながら、

「卓め・・・オレの顔にしょんべん、ひっかけやがって・・・そのうち、もっと大きくなったら、たっぷりとお仕置きしてやる!!」

と言うのだった。

 大悟兄ちゃんがそんなことを自分に言っているのを知ってか、知らずか、

「キャハハハ、バブバブブゥーーー」

とうれしそうに手足をバタバタさせながら、放尿し終えてすっかり気持ちよさそうな卓は、小山修一に、おしめをつけなおしてもらうのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 やがて、あたりはすっかり暗くなり、盆踊りもあと一曲を残すのみ。町内会長の締めのあいさつで、「東京音頭」の前奏が流れ始める。いつしか、盆踊りの輪に加わっているのは、高校生になった元3Cの生徒たちだった。

「義之!!始めるぞ!!」

「なにかっこつけてんだよ!!早く来いよ!!」

「そうだよ!!男子学級委員がこなくちゃ、始まらないだろ!!」

 大悟たちと盆踊りの輪を遠巻きでながめいた元3C男子学級委員の青木義之に声がかかる。

「えっ・・・だって、ボク、盆踊りなんて、踊ったことないよ・・・」と青木。

「バーカ・・・そんなの関係ないの・・・輪にはいってまわりにあわせてればいいの・・・ほら、みんな、おまえのこと呼んでるぞ・・・早くいけよ!!」

 そう言って、大悟も、義之の背中をポンと叩くのだった。

 照れくさそうに、盆踊りの輪に加わる青木義之。やがて、東京音頭の唄が始まる。石井先生の太鼓の伴奏を聴きながら、ぎこちなくはずかしそうに踊る、青木義之だった。

 石井先生の太鼓の伴奏に合わせて何周やぐらの周りを回っただろうか、やがてテープから流れてくる音楽がとまり、やぐらの上の石井先生の太鼓の打音も止まる。そして、盆踊りの輪の中から元3Cの生徒たちの拍手が一斉に沸き起こるのだった。

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 翌朝、7時。市立三中の校庭で、テニス部の練習の準備をする宮本先生。そこに元気よくやってくる一人の男子生徒がいた。

「先生!!!」

「おお、稔か!!どうした!!」

「今朝、チンチンみたら!!チン毛がはえてました!!」

「おお、そうか!!よかったな!!」

「みてくださいよ!!ね!!ここです!!」

 そういいながら、深沢稔は、練習のためにすでに着替えてきたテニス短パンと白ブリをちょっとおろして、先生に自分のおチンチンを見せるのだった。稔のリトルウイニーのちょい上に、ニョロっと生えている一本の陰毛・・・。

「ね!!すごいでしょ!!先生のおまじないってよく効くんですね!!中一の時からやってもらえばよかった!!」

とマジメな顔して言う深沢。

「よかったなぁ・・・これで、ツルツル君なんてもう言われなくてすむな!!」

「は、はい!!」

 そして、深沢はにっこりと笑うと、回れ右して、中腰になり、

「先生!!もう一回、昨日のあのおまじない、お願いします!!」

といって、プリッと小ぶりのケツを宮本先生の方に突き出すのだった。

 これには苦笑いと同時に、ちょっと罪悪感も感じてしまう宮本先生。

 そして、

「稔・・・悪いがなぁ、あのおまじないは、一回しか効かないんだ!!あとは、自然にまかせるしかないんだな・・・」

と言うのだった。

「えーーーー、そうなんですか・・・残念・・・これから毎日、おまじないしてもらおうと思ったのに!!」

「そういうことなんだ・・・悪いな・・・さあ、そろそろみんなも来るだろうから、稔も、部室に行って、テニスネットを持ってきてくれないか?」

「は、はい!!ありがとうございました!!」

 そう言って、うれしそうにテニス部の部室の方へと走っていく稔君だったのである。

「それにしても、なんで、近藤先生はまだ来てないんだ・・・アイツ、夕べの盆踊りの納会で随分と飲んでいたからな・・・寝坊してやがんな・・・ったく、あとで部員たちの前で正座させて、たっぷりとお仕置きだな・・・」

 そんなことを言いながら、宮本先生は、部活の準備に余念がないのであった。

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 その頃、石井良太先生は、新潟へ向かう急行電車に揺られていた。中学校の音楽教師を辞職し、佐渡へ渡り、太鼓芸能集団・鼓童の一員となるためだった。

 石井先生の手には、桐山音大時代の恩師・祭田六尺(まつりだ ろくしゃく 本名読み:さいだ むつのり)特任教授の推薦状と、一枚の色紙が握らていた。

 その色紙には、市立三中・昭和55年度・3年C組の生徒たちの寄せ書きが綴られていた。

「来年の夏、盆踊りにまた戻ってきてください。 青木義之」

 その寄せ書きに思わず微笑む石井先生。

「いろいろあったけど、またいつかこの街に戻ってきたいな・・・義之もがんばれよ・・・」

 そんなことを思いながら、石井先生は、大悟たちの住むその街に別れを告げたのだった。

 おわり 

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